研究室探訪

もどかしさと喜びを感じながら

須永 修枝 特命助教(社会文化コース 国際関係論分野)

研究のスタート 調べたいことは?行きたい場所は?

須永 修枝 特命助教
須永 修枝 特命助教
(社会文化コース 国際関係論分野)

 私の関心は、東アフリカにある「ソマリア」「ソマリランド」という国・地域の人びとや出来事、そしてそれらの場所から移動/避難し、イギリスの首都、ロンドンで暮らしている人びとの行動や自己認識にあります。調査地であるロンドンでは、出身地域で直接または間接的に紛争を経験した人びとが運営するコミュニティ活動に参加したり、インタビューをしながら、彼ら/彼女らがどのように「ソマリア」「ソマリランド」という場を捉え、共同作業をしたり、自己を認識しているのかを調べてきました。なお、ソマリランドは1991年にソマリアからの独立を宣言しましたが、いまだに国際的には主権国家として認められていない所謂「未承認国家」です。

 そもそも私は、この国・地域のことを紛争で多くの人びとが犠牲になっている場所として知りました。この地域では1980年代末から紛争が激化し、今でも安定した治安が確立されていません。安心して生活することができない人びとが多くいる場所です。しかし、ソマリアやソマリランドについて調べ始め、この地域の写真を見たり文献を読み進めていくうちに、私はこの場所に対してある種の憧れを抱くようになりました。人びとがラクダと共に移動しながら生活していること、詩によって考えや気持ちを表現することなどを知り、この地域と人びとに対して「なんて美しい世界なのだろう」と想像力を巡らせるようになりました。

 紛争という考えるだけでも苦しくなる状況と、この地域で育まれてきた美しい世界が私の頭のなかで混乱することもあり、ソマリの人びとはどんな環境でどんな生活をしているのか、何をどのように考えているのか、私も経験してみたいという思いが強くなっていきました。他方で、外務省から退避勧告地域に指定されている場所に行くことは私にとって難しく、怖さもありました。彼ら/彼女らのことを知りたい。でもストレートにそれを実現することは難しい。どうしたら良いのかと、もどかしくなるばかりでした。

 もやもやしながらも文献を読み進めると、ソマリアやソマリランドから多くの人びとが紛争を逃れるために、周辺諸国のみならず海を越えてヨーロッパや北米、アジア、中東へ移動し、生活していることが分かりました。確かに、行きたい場所はソマリア、ソマリランドであることに変わりはなく、もどかしさは払拭されないままでしたが、ソマリの人びとに会いたいという気持ちが勝りました。その結果、植民地政策との関係によりヨーロッパ諸国で最も昔からソマリの人びとが移住し、その人数規模も最大級と言われるイギリス、とりわけロンドンで調査をすることにしました。

研究テーマ 調査中の気づきを活かして

 ロンドンでソマリの人びとと過ごすなかで、「日常が国境を越えて繋がっている」と感じるのと同時に、「ソマリの人びと、とりわけソマリランドの人びととは誰のことなのだろうか」と考えるようになりました。これらの感覚や疑問が、今の私の研究テーマに繋がっています。まず、世界が繋がっていると感じたことについては、確かに日本にいる時から考えることではありました。ただ、ソマリの人びとの日常は私の感覚を凌駕するものでした。

 例えば、日常的に別の国にいる家族や親戚とSNSを通じて連絡を取り合い、離れて暮らす家族/親戚との間で送金のやりとりがあります。出身地域で深刻な水不足が発生すれば、世界各国で暮らす親戚がSNS上でやりとりをしてお金を出し合い、給水車を派遣する準備を整えます。また、遠縁にあたる子どもたちが学校に行けるよう、世界各国で暮らす親戚関係にある人びとが月額でお金を出し合い、会ったこともない子どもたちを就学させています。

 このように、ロンドンにいるソマリの人びとの日常は、他のヨーロッパ諸国、北米、中東、アフリカ諸国などにいる家族や親戚と常に繋がっています。SNSや送金システムが発達している現代において、ツールを用いればどこにいても誰とでも日常的に繋がり、問題を話し合って対処法を考え実行することができる。何か特別なことがあるから繋がるというよりは、繋がっていることが日常だという生活の仕方があることに気が付きました。

 次に、私はロンドンで暮らすソマリの人びとによる出生地との越境的な繋がりの在り方を明らかにしようと調査を始めたのですが、次第にその調査対象となる人びとはそもそも誰なのだろうかと考えるようになりました。例えば、国籍を取り上げてみても、ロンドンにいるソマリの人びとの国籍はイギリス、オランダ、スウェーデン、ノルウェー、カナダなど多様です。言語を取り上げてみると、確かにソマリ語を話す人びとが多くいますが、そのアクセントや用いられる単語は異なります。宗教も同様です。ソマリの人びとはイスラーム教を信仰していると言われますが、その信仰の仕方は必ずしも皆が同じというわけではありません。

 ロンドンでソマリの人びとを対象に調査をしつつも、その調査対象者をどのように捉えればよいのか。もしかしたら、ソマリアやソマリランドで調査をしていたら、このような疑問を抱くことはなかったかもしれません。目の前にいる人びとを、何の疑問もなくソマリの人びとだと捉えていたかもしれません。ロンドンという場所で「ソマリの人びと」に出会ったからこそ、私は彼ら/彼女らに対して想定外の知的関心を持つことになったのです。

 そのような知的関心に基づき、私はソマリの人びとのなかでも、とりわけソマリランドの人びとによる出身地域との繋がり方や自分たちが存在していることを主張するための活動を研究することにしました。上記のように、ソマリランドは1991年に主権国家としての独立を宣言しましたが、国際的には主権国家として認められないまま現在に至っています。そのため、主権国家システムの下ではソマリランドという国家やソマリランド人という国民も正式には存在しません。国際的には存在しない人びとが目の前にいるということに着目し、彼ら/彼女らのソマリランドとの関わり方や「ソマリランド人」という名のもとで行われる活動の在り方を研究しています。

メッセージ  思考の扉を開き、行動してみよう!

 私の研究は、当初、行きたいと思っていた場所に行けないことから始まりました。もどかしい気持ちを持ち続け、頭の切り替えが上手くできずにいましたが、運よくロンドンで調査をすることになりました。確かに、ロンドンはソマリア、ソマリランドではありません。しかし、そこでの出会いと気づきは私にとって唯一無二であるのと同時に、その出会いと気づきによってそれまでの考え方やモノの見方の偏りに気が付き、新しい思考の扉が開かれることになりました。

 もしかしたら、この文章を読んでいる皆さんのなかにも、やりたいことを思うようにできていない、行きたい場所に行けないなどのもどかしさやモヤモヤした気持ちを持っている方がいらっしゃるかもしれません。そんな時はすぐに気持ちを切り替えることも難しいかもしれません。でも、ほんの少しもどかしさが落ち着いたら、是非、今できることを考え、少しだけでも行動してみることをお勧めします。急に大きな挑戦をする必要はありません。やりたかったことを別の方法でできるか、他にやりたいことがあるかなど、少しだけ考えて行動してみると、想定外の喜びや知的興奮に巡り合うかもしれません。

 根っから明るいわけでも、気持ちと頭の切り替えが上手いわけでもない私が今まで研究を続けているのは、少しだけ気持ちと思考を開いておくと、想像以上の、むしろ想像していなかった考え方や視点を得られる喜びが大きかったからだと思います(なにより、その喜びを感じられる環境や人びととの出会いに恵まれてきたことが研究の継続に繋がっています)。皆さんが試行錯誤を経てたどり着いた発見を、是非周りの人びとと共有してください。私もまた、その喜びを共有する一人となることを楽しみにしています。

略歴

埼玉県出身。日本学術振興会特別研究員(DC2)などを経て、2019年東京大学大学院総合文化研究科退学。2020年より現職。論文として、「「ソマリ・ディアスポラ」とソマリランド平和委員会:「個人」に注目して「ディアスポラ」の越境的な活動を捉える」人見泰弘編『移民ディアスポラ研究 第6号 :難民問題と人権理念の危機』明石書店, 284-304頁, 2017年.「英国ロンドンにいるソマリ人女性たちの生計活動」児玉由佳編『アフリカ女性の国際移動』,アジア経済研究所, 223-256頁, 2020年.などがある。

University of Toyama School of Humanities

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