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第3節 4つの概念を通してみた高岡漆器職人の仕事の特徴(大手 邦裕)

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 この節では、高岡職人の仕事と、それに関する職人たちの意識に対して、社会学的枠組みによってアプローチする。調査の準備段階で、我々は「職人労働の分析枠組みを求めて―京刃物に見る「職人労働」の実態に触れつつ」(樋口博美,1996)という論文を読んだ。この論文では「自然性」、「伝統性」、「応用性」、「創意性」という概念を用いて職人労働を分析している。今回は上記論文で整理されている4つの概念を、樋口も参照している『工芸文化』(柳宗悦,1985)にも言及しつつ再整理し、それによって高岡漆器職人の労働を考察したい。

(1)自然性

 樋口は柳の『工芸文化』における自然性を、「職人の労働対象である、素材・材料の自然的性質に規定されるもの」と捉えた。それをふまえて樋口は自然性を、「物理的・科学的自然法則性に従った労働過程の構成原則」と定義している(樋口 1996:90)。今回はこれらより、自然性を、職人労働のうち素材・材料の物理的、化学的な自然法則性によって規定される側面として捉える。ここでは塗師にとっての漆と青貝師にとっての貝について考察する。
 塗師のMHさんによれば、漆は生き物であり、70%から75%ほどの湿度と、20度の温度が乾燥に望ましい。湿度が75%を越えると早く乾きすぎて失敗するという。色も、例えば赤だとしたら茶色い赤になってしまう。逆に湿度が低いと漆が乾かないのである。同じ塗師のUAさんは、漆の乾燥には20度の温度と60%の湿度が適しているという。この条件下では、漆は8時間から10時間で乾燥する。温度が20度より低くても高くても漆にとっては望ましくなく、この条件下で行うのがもっとも失敗しないのである。漆を扱う際の失敗する条件としてMHさんは湿度を、UAさんは温度を挙げた。これは各職人が素材を扱う際に漆のどのような性質を重視しているのかが、職人によって違うということを示しているように思われる。
 青貝師のOHさんは、貝を加飾に使える状態にまで加工する手順を以下のように語る。「これ(アワビの中身)とりますよね。このまわりでは貝ボタン作って、この真ん中が、一枚か二枚だけとれるんですよね。これをとるっていうか、切るんです。切ってしまうんです。グラインダーかなにかでピーっと、この大きさに。そして両面切って、グラインダーをまわしといて、それをこっち側からあて木をあててやって、そこから切るんです。だからこの貝から一枚、これが、両面削っていきますよね。前と、中と外の。だからその、こういう型なっとる、貝が。だからこの厚みあったやつを薄く削ってくんですよ」。素材を使える状態にまで加工するための作業は、多少の違いはあるだろうが、いつも素材との息詰まる対話である。ここにも職人労働の自然性が垣間見える。
 以上のように、当然のことではあるが、職人労働は材料の持つ性質によって規定される。また、素材に対する理解がなくては作業を効率的に進めることは難しい。素材に対する深い理解が、職人労働を支えている事は間違いないだろう。

(2)伝統性

 樋口は伝統性を「長期間の伝統によって既定されている職人の労働過程や労働内容」として捉え、そのうえで「先人たちの過去の経験の中から作り出されてきた、比較的固定化された仕事の手順として既に確立している労働過程の構成原則」(樋口 1996:90)とした。この二つの定義より伝統性を、先人たちの経験や、長期間の伝統によって規定される比較的固定化された側面として捉える。
 HTさんはノミには3種類あり、基準はへらノミ、丸ノミ、三角ノミであると語る。特に三角ノミは高岡の先人が発明したものであるという。三角ノミが開発される以前は小刀であとをつけた部分をへらノミで彫っていたのである。しかし開発後には2つの道具で行っていた作業が三角ノミのみでできるようになった。これは先人たちの経験によるものである。
 今回の分析で、私が8人の職人の語りの中から、伝統性が分厚く語られる部分としてピックアップできたのは、実は上記の部分のみであった。これは伝統性という側面が職人たちの語りの中ではあまり前面に出てこないという事を意味する。これがなぜなのか、後で詳しく考察する。

(3)応用性

 応用性とは樋口によれば、「労働主体である職人の主体性によって成り立つ労働過程の構成原則」(樋口 1996:90)のことである。今回は応用性を、限られた素材や道具、技法の組み替えを職人が主体的に行う側面として捉える。ここでは素材と道具について、職人たちの語りの中に見えた応用性を分析する。素材についてはMKさんの自然塗料と、HTさんの材料についての意識を取り上げる。道具に関しては、UAさんの髪の毛のハケ、OHさんの鉄筆、彫刻師のノミ、木地師の刃物を考察する。
 MKさんは現在漆を専門に扱っているが、以前は科学塗料やカシュ塗料を使って作品を作っていたという。漆は乾燥に時間がかかり、作業を進めるためには不便であったので、すぐに乾燥する科学塗料を使用した時期もあった。作品の値段を抑えるために、ウレタンやポリエステル塗料を選んで使用することもある。HTさんは作品がどういう目的のものかで素材を使い分けると語る。塗料をかける作品にはカツラ、ホウ、イチョウ、トチ、そして高岡漆器独特のシナベニヤなどの素材を使う。これらの素材は塗料を塗っても木目が出てくる事がないからである。逆に、ケヤキやイチイといった素材は、塗料をかけても木目が出てきてしまうために、色をかける事がなくそのまま置物として使うものに用いられる。HTさんはこのような材質の違いを使い分けることをこう語っている。 「その商品によってその材料を、やっぱ変えていかんがっちゅうことやっちゃ。…(略)…そういう材料によって全部いろいろなものを見分けて作っとる、使ってるいうことやっちゃ。何でも彫られればいえども、そりゃやっぱ自分で考えてやっていかんちゅうことやっちゃ」。
 UAさんは、人間の髪の毛で作られたハケが作業には好ましいという。特に海女さんの毛髪は海水が染み込んでおり、折れにくくて良い。そして素材の大きさを基準にどのハケを使うか、何回塗を重ねる作業をするかを決める。その選択の幅を広げるために多数のハケが必要なのだと語る。OHさんは現在木綿針を先から出したシャープペンシルや、丸箸に針を埋め込んだものを作業に使用する。こういった道具のほとんどを全て自分で作っている。昔は畳針や鉄筆を作業に使っていたが、よりよい道具を求めていくうちに現在のものに行き着いた。もともとの使用意図が違うものでも、作業に適していると感じたらそれを取り入れるという。そのためには常に身の回りにあるものに目を光らせなければならない。
 HTさんはどのような彫りをするのかで道具を使い分ける。彫刻師はノミの刃の部分のみを購入し、取っ手の部分は全て自分で使いやすいように自分の身体に応じて作る。刃の研ぎ方も自分にとって使いやすいようにするのである。よって、他の彫刻師のノミは使いにくいという。また木地師のFKさんも同様に、道具である刃物を自分の使いやすいように改良すると語っている。
 以上のように、作品に適した材料を選ぶことや見つけ出すこと、作業に適する道具の作成が職人労働には必要不可欠であることがわかる。また、道具や素材をいかに応用するのかが作品の良し悪しに直接反映すると考えられる。

(4)創意性

 創意性とは樋口によれば、ほぼ想像性と同意であり、「職人の中にある主体的な想像力が労働過程の主要な原則である」(樋口1996:91)とされる。今回は創意性を、職人が持つ独創的感覚や主体的想像力によって労働過程の中に発見を見出す側面として捉える。ここでは木地師のFKさん、塗師のMYさん、青貝師のOHさん、彫刻師のHTさんによる語りの中に見えた創意性を考察する。
 木地師のFKさんは、素材である木をどうすれば活かせるかを考えることが非常に面白いと話す。また、高岡漆器の伝統による技法でもって伝統的な作品を作るよりも、その技法を使って何か新しい作品を生み出したいと語る。これは独創的な感覚の表れとして捉えられる。塗師のMYさんは、塗装として漆を塗った車を作り出した。これは想像性の発現が、新しい車の塗装に結びついたものである。青貝師のOHさんは、あってもなくても変わりがないとお客さんに考えられる加飾をどう納得してもらうかという点に難しさがあると語る。このことは、購買者の納得を得られる加飾を自らの想像力によって探究していかなければならないことを意味しており、この点にも職人労働の創意性を見てとることができる。彫刻師のHTさんは、新しい試みとして自らの作品に和紙を貼ったものを作り出した。これはお客さんに受け入れてもらえる作品を考えたうえで作られたものである。時代のニーズと自らの想像力が結合した、成功例としての創意性と言える。
 以上で見てきたように、伝統産業といえども何時の時代も普遍的に作品が受け入れてもらえるとは限らない。時代に適応した作品とは何か、時代のニーズにあった作品とは何かを自らの想像力や独創的な感覚で考え、それを自ら具現化する点に職人労働の創意性があるのではないかと思われる。

(5)伝統性と創意性のバランス

 これまで自然性、伝統性、応用性、創意性を個別に見てきた。ここでは高岡漆器職人たちの語りの中に見えた4つの側面に基づき、高岡漆器職人たちの労働観の特徴を考察する。
 今回の調査を通して、職人たちの語りの中に応用性や創意性はよく読み取れた。しかしながら、伝統性が反映されていたとは言い難い。この伝統性が職人たちの語りの中に反映されなかったのはなぜだろうか。ここでは回答としてる3つの見方が可能である。そのうちの2つは創意性と深く関連している。
 まずひとつめは、「敢えて語るほどのものではない程度にまで伝統性が職人たちの中に内面化されており、語りの中に見えなかった」という見方である。
 二番目の見方は「現在の生活様式に適合するのならば、高岡漆器職人達は伝統性には執着しない」という視点である。例えばMKさんは「現代の、生活様式にマッチしたものを作ってけばいいがであって。別にねぇ。塗料を乾かさんなんとか、なんかそういうことは考える必要ないしね。今、あの昔からある材料・・・とか漆を使って今風にアレンジしていけばいいだけの話」と語っている。また別のところで、彼は 「ただ昔やったらね下布・・・あの木地型のうえから布張って、ほいで下地で3回つけて下塗り中塗りで、上塗りってやってかんなんけど、今そいつ省いてもう、今の生活様式に合えば、布張りから直接漆塗ったりね。そういう事して作品を作ってってもいいし。そういうことこだわらんよ」とも述べている。このようにMKさんの語りからは、現在の生活様式に適合するのならば、職人労働も伝統性には拘束されないことが読み取れる。
 三番目の見方は「作品を時代に適合させるために、伝統性を引き継ぎつつそれを活用したり、応用する」という視点である。例えばFKさんは 「その伝統の工芸の、それをもちろん活かしつつも、どっちかっちゅうと、それを引き継いで同じことをするっていうよりも、どっちかっちゅうと新しい事をやっていきたいほうなんで」と言う。彼は、伝統性を引き継いだ上で、それを基に新しい作品を創りたいと語る。伝統に乗っ取った作品を作り続けるよりも、高岡漆器の伝統が持つ技法をこれからの作品に活用したいという意志がそこから読み取れる。
 これらの見方は、今回の調査データの範囲では、どれも信憑性はあり、どれかが正しく、どれかが間違っている、とは判断できない。いずれにせよ、特に第2番目と第3番目の見方の中には、伝統を重んじることよりもその伝統を用い時代に適応しようとする高岡漆器職人の意識が色濃く反映されているように思われる。応用性と創意性を示すデータが厚くなる点に関して年齢による違いが見られない点も考え併せれば、この時代に適応する方法を、作業の中の試行錯誤を通して探し続ける側面に、高岡漆器職人労働の特徴を見い出せるかもしれない。

<参考文献>
・樋口博美,1996,「職人労働の分析枠組みを求めて―京刃物に見る「職人労働」の実態に触れつつ」『立命館大学産業社会論集』立命館大学産業社会学会
・柳宗悦,1985,『工芸文化』岩波書店


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