第4章調査分析結果

第1節 同人誌に関する単純集計

最初に、やおい少女の社会的属性はどのようなものであるのか。単純集計から見ていきたい。

平均年齢21.9才(SD4.4)19才をピークに14才〜46才までの分布になり(図4−1)、ほぼ予想通りの結果となった。

コミックマーケットという即売会の特徴を考えると、日頃頻繁に行われている(特に地方都市における)小、中規模の即売会での平均年齢よりも若干高くなることも予想されるが、それほど大きな差異はないであろう。また、結婚経験の有無については(図4−2)年齢的なこともあるだろうが予想通りで、96.1%とほとんどの人が未婚者であり、離婚経験者はいなかった。

職業は(図4−3)の通りである。これも、年齢から考えると妥当なところであろう。ただ、同人誌というのは、(特に作ることを考えると)時間のかかる趣味であるので、20才前後で比較的時間が自由になる大学生の割合が、多いのではないかと予想していたのだが、予想よりも、やや低い値になり、社会人が一番多かった。

同人誌を読み始めた時期は(図4−4)の通りになった。中学生という答えが49.4%と圧倒的に多く、高校生までで、92.0%の人が読み始めている。この時期というのは、自分で自分の趣味を選び取る年齢ともいえるのであろう。

同人誌を選ぶ基準に対する答えは(図4−5)の様になった。

「好きなジャンルのもの」という回答が圧倒的に多い。これは質問の仕方と選択肢があまり適切ではなかったと考えられる。好きなジャンルの同人誌で、さらにどのようなものを選ぶのかということをはっきり質問するべきであった。その場合、特に「好きなキャラクターが出ているもの」「好きなカップリングのもの」の項目において回答分布に違いがあったのではないかと思われる。この2つを比べた場合、やや「好きなカップリング」を選ぶ人のほうが多い。これは「好きなキャラクター」が「受け」か「攻め」かが選ぶ基準になり得るということかもしれない。また、回答の多い「作家が好き」「ストーリーが好き」「絵が好き」は商業誌のマンガや小説を選ぶ時も同じ事が言えるのではないだろうか。そして、「Hシーンがあるもの」「あまりHシーンがないもの」は両方とも回答者は少ないという結果になった。これは同人誌を選ぶ基準として「性描写の有無」は関係が無いということになるであろう。

パロディであるということに注目した質問については以下の通りになった。まずパロディ同人誌が好きかどうかについての質問(図4−6)で「嫌いである」と答えた人はわずか0.4%しかいなかった。

これは、現在の同人誌の主流がパロディであり読む同人誌のすべてがパロディとは限らなくても、同人誌を読むことと、パロディ同人誌を読むことはほぼ同じ事を指しているといえよう。パロディ同人誌の面白さについては3つの項目で50%を超えた(図4−7)。

特に「原作以外のエピソードで話に広がりができるから」という答えが一番多く、これは自分の好きな原作をさらに楽しみたいということであろう。そしてさらに、やおい少女たちは「同じ作品が好きだという連帯感」を楽しみたいというよりも「原作では脇役の好きなキャラクターが主人公になったり、たくさん登場したりするから」や「原作に無い自分に理想的な話を読むことができるから」という回答が大変多いことから考えると、その作品に対して(自分の思うように)積極的に関わっていきたいという、やおい少女の積極性、能動性を表しているといえよう。そしてさらにそれは同人誌とのかかわり方からも同じ事がいえる(図4−8)。

これから同人誌を作ってみたいと考えている人もあわせると、じつに94.7%の人が同人誌を作る側として何らかの関わりを持っている。(同人誌により関わっている人の方がこの質問紙調査に対しても強い関心を示したということは多少あるだろうが、94.7%という数字は、非常に高い数字といえるであろう。)これも、やおい少女の能動性の高さを表す数字といえよう。そしてこれは、先に述べたように現在の同人誌の主流がパロディであり、その手法が同人誌を書き始めるきっかけとしてやおい少女の能動性を、さらに後押ししているともいえるであろう。

やおいについての質問に対する回答は以下の通りである。やおいとは何かという質問(図4−9)に対しては「Hシーンのあるものすべて」という答えが一番多く、次は「ストーリー性のないHシーンのあるものすべて」であった。

パロディに関わる項目は回答が少なかった。これは、やおいという言葉が使われるようになって時間が経ち、当初の意味から段々意味に広がっていき、パロディということは、やおいという言葉を使う時あまり重要ではなくなってきたということであろう。3番目に回答の多かった「その他」では「Hシーンの有無にかかわらず、男性同性愛的要素のある作品すべて」という意見が多かった。つまり、「男性同性愛的要素」や「性描写の有無」がやおいを決定づけるという認識が一般化しているといえよう。

やおいが好きかどうかという質問(図4−10)に対して、「嫌いである」と答えた人は2.4%しかおらず、やおいはほとんどの人に受け入れられており、「同人誌を読むこと」と「やおい本を読むこと」も大変近いものであるといえよう。


やおいを知ったきっかけ(図4−11)や読み始めたきっかけ(図4−12)は比較的回答は分散しているが、共に友人の影響という回答が多く、さらに、その他の割合も大きい。その他のなかで目立った意見は「初めて読んだ同人誌がやおい本だった」というものであった。さらに、やおいを読み始めた時期は(図4−13)の通りになり、これは同人誌を読み始めた時期(図4−4)と比べた時、わずかに年齢が上がるがほとんど差は無いといってよいだろう。

これらのことからも、「同人誌を読むこと」と「やおい本を読むこと」は近い関係にあるといえる。さらにこれらの読み始める時期というのは第2次性徴の時期と一致する。この時期は「自分が女であるということ」をはっきりと意識する、せざるを得ない時期でもある。この時期にやおいを選んでいくというのは第2章にあった少年愛作品の根底には女性嫌悪があるという説を補強するのもになり得るであろう。

そしてやおい作品の中でHシーンが描かれる理由についての質問に対する回答は(図4−14)となった。

一番多かった答えは「セックスをすることによってキャラクター同士の結びつきが強調されるから」34.9%であった。「恋愛の結果としてセックスは当然のことであるから」25.4%も多い回答であるが、3番目の意見である。これはキャラクター同士の「恋愛」ということよりも「結びつき」を求めていると言えるのではないだろうか。これはやおいに対してやおい少女たちは「関係性」を求めていることになるともいえよう。そして、2番目に多い回答が「好きなキャラクターとの擬似恋愛が楽しめるから」28.6%というものである。キャラクターと自分との恋愛を楽しむということは明らかにどちらかのキャラクターに自己投影しているということである。ではいったいやおい少女たちは「受け」「攻め」どちらのキャラクターに自己投影しているのだろうか。

そこで今まで好きだったジャンルやキャラクターそしてそのキャラクターが「受け」がいいのか「攻め」がいいのかということを具体的にかき出してもらった。回答者1人1人について「攻めキャラクターが好きな数」から「受けキャラクターが好きな数」を引いて、その差がマイナスになる人は、「受けキャラクターが好きな傾向」ゼロの人は「同じくらい」プラスの人は「攻めキャラクターが好きな傾向」にあるとして集計した(図4−15)。

ただし全体の22.0%はどちらもゼロ(無回答ではなく、好きなキャラクターに対する「受け」「攻め」の指定がなかった)だったので「同じくらい」は実際はもう少し減ると思われる。約半数の回答者が「受けキャラクターが好きな傾向」にあり、「攻めキャラクターが好きな傾向」の人の倍以上という結果になった。好きなキャラクターとの擬似恋愛ということを考えると、やおい少女の多くは「攻め」キャラクターに自己投影しているといえるのではないだろうか。やおい同人誌の中には、書き手による「〜を(ここにはその本の中での受けキャラクターの名前が入る)ヤってしまいたい」という主張がしばしばストレートに書かれている。同人誌の特徴として、書き手と読み手の視点が非常に近いということが挙げられる。これらの主張が、多くの本に書かれ、またそれが受け入れられているということは「攻め」キャラクターに、自分の欲望を投影しているやおい少女が多いことが想像される。この結果から、それまでの男女の恋愛のストーリーでは有り得なかった女性つまり自分が(性的な意味においても)能動的な恋愛をやおい少女は求めているということが言えるのではないだろうか。

以上のことから、やおい少女の様々な特性が表せたが、特に注目すべきはその能動性、積極性と言えよう。

第2節 やおい少女のジェンダー意識

今回の調査におけるやおい少女のジェンダー意識が非やおい女性と比べてどのようなものであるのかを考察するため、「性表現の主体としての女性」(岩井,1995)において1991年5月から10月にかけて行われた調査を参考にした。岩井の調査におけるやおい少女群を以下A群、対照女性群を以下B群とし、その調査結果はすべて岩井、1991、p.8−9、表4、表5による。

岩井の調査と比較するため社会と女性の関係の在り方に関する質問の回答(添付の単純集計一覧問20、問27を参照)をいくつかの質問で伝統的女性役割を指向し、女性性の受容が大きいほど得点が高くなるように反転した後、因子分析にかけ岩井の調査にならって4因子を抽出しようと試みたが、4因子の項目にいくつか違いが現れ、そのままでは比較できなかった。そこで岩井の調査において各因子負荷量が0.45以上になった質問項目と同じ項目の因子負荷量の平均をとり、比較することにしたところ、(表4−1)のようになった。

その結果すべての因子「私的領域における伝統的性役割の内面化」「公的領域における伝統的性役割の内面化」「職業観」「女性性の受容」において、A群に近く、B群よりも低い値になった。この事から、第2章でのべた「女制」への拒否の姿勢としてのやおい少女という仮説は、補強されたといえるであろう。

第3節 やおい少女の恋愛観

今回の調査におけるやおい少女の恋愛観の特徴を明らかにするため、「恋愛の主観的構成」(山田昌弘,1991)において1991年7月、首都圏3大学の学生を対象に行われた調査を参考に対照群として女子大学生(以下女子学生群)男子大学生(以下男子学生群)と比較することにした。以下の文章において女子学生群、男子学生群の数値、考察はすべて山田、1991によるものである。(図4−19、21に関しては具体的な数値は添付の単純集計参照)

まずやおい少女の恋愛経験を比較した(図4−16)。

(山田の質問項目の意図が若干分かりにくかったため、今回の調査では恋愛経験について細かい項目で質問し、いくつか組み合わせることで比較した。やおい少女群の「恋愛中」は質問紙における「現在片思いの相手あり」と「現在恋人あり」の合計で、「恋人経験あり」は同じく「現在恋人あり」と「過去に恋人あり」の両方もしくは片方に「あり」と答えた人である。(以下本文中でも同様である。)この結果すべての項目において、やおい少女は一番低い数値になった。比較対照が大学生であり、恋愛に使うことのできる時間に多少の余裕があるであろうことを考慮してもこの差は歴然としている。ただし、異性の友人がいるやおい少女の中ではその親しさにはあまり差はない(図4−17)。

やおい少女は異性との関わり方、特に恋愛に対しては積極的ではないといえる。この事は恋愛の価値付けに対する比較(図4−18)において、やおい少女群は一番低い値を示していることからもうかがえる。

次に恋愛・結婚・性関係の意識上の結びつき(以下「意識上の結びつき」)(図4−19)と恋人以外への排除規範(以下「排除規範」)(図4−20)を比較した。


質問紙上の恋愛観に関わる質問項目(問23、24)はすべて5段階で回答してもらうようになっているが(添付の質問紙参照)、そのうち「そう思う」「どちかといえばそう思う」と答えた人の割合の合計をグラフにして比較した。以下、すべて同様である。その結果、これもすべての項目においてやおい少女が一番低い数値になった。やおい少女は、いわゆる従来の性規範といった事柄に対してルーズというと言葉が悪いが、あまり意識していないということが分かる。男子学生群と女子学生群を比べた場合男子学生群のほうが性交渉と、恋愛・結婚との離脱傾向にあるがやおい少女はさらに顕著に離脱しているといえる。

さらに恋愛・結婚・性交渉の欲求上の結び付き(以下、「欲求上の結びつき」)を比較してみた(図4−21)。

この結果、やおい少女は恋愛・結婚・性関係の関わりにおいて非常に欲求が低いということがわかる。男子学生群は欲求が高いことによって、性交渉が恋愛・結婚と離脱する傾向にあるのだが、やおい少女群は欲求が低いことによってさらに顕著に離脱している。これは欲求が低いというよりも、自分の性行動そのものに関心が薄いともいえよう。この事は恋人以外の異性を求める欲求がやおい少女は一番低い(図4−22)こととも、先に述べた恋愛経験・恋愛の価値付けとも矛盾しない。

しかし、やおいというものは非常に性的なものである。やおいで性描写が描かれるわけとして「キャラクター同士の結びつきが強調されるから」「好きなキャラクターとの擬似恋愛を楽し」んで、「恋愛の結果として当然」という答えが多いこととは矛盾しているのではないだろうか。実際「欲求上の結びつき」において「恋愛では性交渉がなくても満足できる」と回答したやおい少女群は44.4%であり、女子学生群よりも低い数字になった。やおい少女群がすべてに対して欲求が低ければ、この値は女子学生群よりも高くなるはずである。さらに、恋愛の価値付けにおいても「恋愛以上に深い人間関係がある」という質問に対する回答も75.5%とわずかではあるが女子学生群(76.3%)を下回っている。

これは、やおい少女は従来の(恋愛における)男女の関係のあり方を否定しながらも(男女間に関わりなく)「人間関係の深さ」に対する欲求も恋愛や性描写といったことでしか表すことができないともいえる。

さらに、対照群において「男性は恋愛経験を積むにつれ、恋愛を結婚とは別のものだと考えだし、女性は逆に、恋愛経験があると恋愛と結婚を結び付けて考える傾向にある」(山田、1991、p.6)となっている。そこで実際やおい少女においても恋愛経験の有無と恋愛観のクロス集計をとってみることにした。まずクロス表作成に先立って恋愛観に関わる、問23、24の変数の中に極端に度数の少ない変数があり、そのままではクロス表の有為性に支障をきたすと考えられたためすべての5つの選択肢を「そう思う+どちらかといえばそう思う」「どちらともいえない」「そう思わない+どちらかといえばそう思わない」の3つに加工することにした。その結果、有為水準を5%以下で満たすものを表した(表4−2)。その結果恋愛経験があると、やおい少女も恋愛と結婚・性交渉を結び付けて考える傾向にあることが分かる。「意識上の結びつき」「欲求上の結びつき」「排除規範」において、やおい少女群は対照群両方とと大きく違っているにもかかわらず、それぞれのつながり方においては女子学生群に非常に近いものとなっているのである。

第2章で述べた、やおい少女は「女制」というものを否定しながらも、そこにとらわれてしまっているのではないだろうかという仮説は第3章でここまで述べたことと一致するであろう。

第4節 恋愛観・ジェンダー意識とのクロス

やおい少女の中で、恋愛観やジェンダー意識に対して違いがあるのかどうかをクロス集計をとることで考察しようと試みた。まずクロス表作成に先立って恋愛観、ジェンダー意識に関わる問20、問23〜25、問27の変数を加工した。変数の中に極端に度数の少ない変数があり、そのままではクロス表の有為性に支障をきたすと考えられたためすべての5つの選択肢を「そう思う+どちらかといえばそう思う」「どちらともいえない」「そう思わない+どちらかといえばそう思わない」の3つに加工することにした。

そこでまず年齢、職業、学歴と、恋愛観、ジェンダー意識にかかわる質問項目すべてにおいて、それぞれクロス集計をとってみることにした。(年齢、職業もそのままでは変数に偏りがあるので、極端な加工は避けたが、比較しやすいように加工した。)その結果有為であると言えるクロス表はなかった。この事から、やおい少女をやおい少女たらしめる要因というのは、「年齢」「職業」「学歴」といった客観的に判断することのできるものではなくこれまで述べてきたようなその意識においてのものであるといえよう。

さらに同人誌との関わり方(問8)ややおいに関する質問(問13、問17の1〜5)それぞれについてもクロス集計をとってみたが、ここでもまた有為なクロス表はなかった。このことから、やおい少女の中においては同人誌に関わることややおいを読むことは特別なことではないということが分かる。

第5節 まとめ

これまでの分析から分かったことをもう一度まとめると以下のようになる。