第1章 やおいの実際

第1節 やおいとは何か?

では、まずいったい「やおい」とは何であるのか。先にも述べたように、「男(少年)同士の恋愛モノ」はその嗜好の多様さから様々な呼び方がある。そしてそれらは決して並列的に並べられるものではなく微妙な違いや重なり合いによって混在しており、読者層もまた同じである。読者の間では従来、大まかにであるが次のような分類がされてきたといえる。

  1. 「少年愛」モノ
  2. 耽美系、JUNE系(2’.ボーイズ・ラブ)
  3. やおい

(当然、これらも並列的に並べられるものではない。)

1の言い方をするといわゆる「24年組」と呼ばれる漫画家たち(昭和24年前後生まれの漫画家。竹宮恵子、萩尾望都、大島弓子、山岸涼子らを指す)以降の商業漫画の潮流を指すことになる。24年組と呼ばれる人々は少女マンガの歴史を塗り変えたといわれ、70年代初頭以降、(美)少年同士の恋愛、あるいは少年が愛される対象として描かれてきたマンガ群。そこで描かれたのは「中性的」な、というよりもむしろ、「無性的」な性としての少年であったともいえるであろう。

やがてそれらは、少女マンガ隆盛だった同人誌界に「男性同性愛パロディ」というひとつの方法論を発生させ、70年代後半には「ガンダム」(1979〜)などのアニパロ(アニメパロディ)勢力を生み出し、これは後の「やおい」へとつながってゆくことになる。

そして、1と、少女マンガ系のゲイ嗜好が重なることによって生まれた流れとして2があるといえる。耽美といった場合には、「美しい」「はかなげな」少年が男に愛される対象として描かれる、というイメージで使われることが多いようだ。当初、それはヨーロッパ趣味主流の、選ばれた美少年たちの、歪んだデカダンスの世界であり、知識とセンスとこだわりを必要とする、選ばれた趣味の世界であった。現在は、そこまで敷居の高いものではなく、言うならば「男(少年)同士の恋愛モノ」における「少女趣味」と言った感じであろう。「JUNE系」と呼ばれるのはこの分野の代表的商業誌として『JUNE』が存在しているからである。

さらに、少女マンガが多様化してきたのと同様に2も多様化してきた。そしていわゆる「少女趣味」的作品だけではなくなってきたといえる。それに合わせるようにして90年代中頃に「ボーイズ・ラブ」という言葉ができてきた。これはまさに「男(少年)同士の恋愛モノ」全般を指す言葉として定着しつつある。しかし、この言葉には、それまでの「耽美」といった言葉にあったどこかデカダンス的、アンダーグラウンド的な響きは感じられず、比較的あっけらかんとでもいうような、明るいイメージが伴う。またそれは、このジャンル全体の雰囲気の変化をも表しているともいえよう。

そして3である。この言葉は同人誌界と、切っても切り離せない関係にある。

最初に使われたのは1979年に発行された波津彬子(現在漫画家、同人誌出身)責任編集の同人誌『らっぽり やおい特集号』においてであるとも言われている。この頃大ブームであった「ガンダム」の男性同性愛パロディなどをさして、半ば自嘲を込めて「ヤマなし、オチなし、イミなし(でもセックスはある)」という意味で使われた。しかし、言葉自体は80年代中頃「キャプテン翼」パロディサークルが登場してから、男性同性愛関係(多分に性描写を含む)を扱ったアニパロを指すものとして定着していった。その後、やおいは同人誌の大多数を占めるまでに成長してゆき、パロディ対象はアニメに限らないまでになってきた(詳しくは第2節に)。

そして、やおいを描いていた同人誌作家が次々とプロデビューし同人誌のノリで作品を発表している現在、「やおい」と「男(少年)同士の恋愛モノ」が、同じ意味で使われることが多い(注・1)しかし、それではそれぞれの言葉の指し示すものがあいまいなままになり、特に「やおい」の持つ「パロディ」という性質が隠れてしまうおそれがあるので本論では、「男性同性愛関係を扱ったパロディ作品」として、やおいを定義して使っていくことにする。さらに、やおいは作品を指すものであるが、やおいを中心とした「男(少年)同士の恋愛モノ」を好む女性自身のことも指すことがある。(例:「私はやおいです」)しかし、これも混乱を招くため、このような女性を本論では「やおい少女」と表現することにする。

第2節 同人誌界におけるやおい

やおいがどのように広がっていき、現在にいたっているのかを、簡単にだが見ていきたいと思う。

やおいが広がるのには、85年頃の「キャプテン翼」サークルの登場が大きな役割を果たした。健康的な普通の日本のサッカー少年たち、そして友情を越えた愛。それは1〜2年で巨大な勢力へと膨れ上がっていった。イチゴ世代と呼ばれた大量の消費者、JUNE系の世界をより一般的にした愛の物語、そして新しい時代の新しいスタイルによる描き手たち、高河ゆん、尾崎南など(共に現在ではプロとして人気の高い漫画家)の登場によってこのジャンル(注・2)は勢いを得る。コミックマーケットの参加者も増え続け、86年にはそれまで1日開催だったものが、2日間開催になり、人数は、1万人単位で増えていった。

キャラクター、設定を借りることで、おいしい部分だけを自らの愛のストーリーとして語ることの出来るやおいの方法論は長い作品を描くことの難しい同人誌において、どんどん広がっていった。

「キャプテン翼」に続いて「聖闘士星矢」「天空戦記シュラト」「鎧伝サムライトルーパー」などが現れ、さらに若い世代を吸収した。ちょうど、同人誌のバブル拡大とも重なったことで、やおい勢力は、同人誌界の6〜7割を占めるほどに拡大し、コミックマーケットの入場者も89年には12万人だったのが90年にはいっきに23万人を超す勢いで拡大していった。

一方、メジャーアニパロ以外にもいろんなジャンルの本が登場するようになり、同人誌においてはジャンルの拡散が進んだ。その中でも注目すべき作品は『魔王伝』であろう。当時ほとんど無名であったこの小説がブームになったのは、すでに同人誌で人気の高かった高河ゆんが、この作品のパロディ本をだしたからであり、それに続いて大手サークル(注・3)がパロディ本をだしファン層を拡大したからである。同人誌の描き手たちの持つ影響力は以前とは比べものにならないほど強くなっていった。

また、伸張著しかったのは音楽系サークルである。TMネットワークと光GENJIの人気が高く、多くの大手サークルが生まれた。音楽系では現在、ジャニーズ系サークル、ビジュアル系サークルなどが活躍している。

アニメでは以前のような爆発的な人気を誇るジャンルはなくなってきたが、それでもその後も、「幽☆遊☆白書」「SLAM DUNK」「るろうに剣心」「ガンダムW」など他ジャンルに比べると大きなブームが続いた。

そして、現在アニメを押さえそうなほど勢いのあるジャンルといえば、ゲームであろう。「ドラゴンクエスト」シリーズ「ファイナル・ファンタジー」シリーズなどRPGゲームから始まり、その他の格闘ゲームまで様々なパロディ本がだされ、大手サークルも増えた。

さらに、最近ではブームのサイクルが短くなる傾向にあり、ますますジャンルの拡散は進んでるといえる。しかし、やおい同人誌の総数は増え続けている。

(注・1)
「やおい」の意味が混合して使われている、わかりやすい例として1つ挙げておきたい。手に入りやすいところで『現代用語の基礎知識1995』で「やおい」の項目を見てみると、「同人誌の少女たちによる「アニパロ」(アニメパロディ)を自ら自嘲的に称した言葉で、ヤマなし、オチなし、イミなしの略である。1980年代初め、ロリコンブームに対抗して半ズボンの「少年趣味」をショタコン(正太郎コンプレックス)と少女たちは呼んでいたが、それと少女マンガの24年組によって開始された「少年愛」路線(耽美派、JUNEとも呼ばれる)が結びつくことで生まれた。既製のアニメやマンガの中の少年キャラクター同士を任意のホモのカップルに仕立て、恋愛、果てはSEXまでさせてしまう遊び、方法論のことである。これは互いに既知の設定、キャラクターを使用することで、短いページ数で物語なしでマンガが描けてしまう手軽さもあって同人誌界で流行、「キャプテン翼」「聖闘士星矢」などのやおいアニパロが大流行した87〜89年にかけて、言葉そのものも定着した。

その後商業誌の中にも進出し、新しいタイプの少女マンガとして受け入れられ、94(平成6)年にはやおい系の雑誌が次々と創刊された。近年の「ゲイ」ブーム、「おこげ」(おかまにまとわりつくおんなのこたちのこと)の増加。また92〜93年にかけては商業出版において少年愛小説の静かな出版ブームが起き、同人誌界の小説の書き手たちが次々とデビューした。これも、やおいの流れの中から起きた動きである。」となっている。

この説明が正確かどうかの細かい判断はおいておくとして、明らかに文章の後半部分では「やおい」と「男(少年)同士の恋愛モノ」が混同して使われているし、「少年愛」「耽美派」等についてもあいまいなままであるといえよう。

(注・2)
同人誌活動の分野のこと。パロディ同人誌においてはその元ネタとなった作品毎に「〜ジャンル」と呼ばれている。

(注・3)
人気のあるサークルのこと。