トンデモ「研究」の見分け方・古代研究編


■はしがき

 古代という言葉は、人々のロマンをかき立てます。社会がさまざまな面で行き詰まりを見せている今、古代の知恵に学ぼうとする人や、古代の素朴な社会に住みよい世の中の手本を求めようとする人も多くいます。

 しかし古代の社会の実像がどうであったかを探るのは、大変な困難を伴います。文献資料は数が少ない上に極めて難解ですし、考古資料の発掘も骨の折れる作業です。少ない資料から古代社会の実像や古代人のものの考え方に迫るためには、犯罪捜査にも似た地道で気の遠くなる作業を続けなければなりません。
 その上近年は学問が細分化し、業績の数ばかり競わされるような風潮が蔓延していますから、微に入り細をうがった研究論文は山積しているものの、一般の人々をもとりこにするような学術書はなかなか出てこないのが現状です。
 一方古代好きが高じた人の中には、自分で研究に手を染めようとする人も多くいます。こうしたアマチュア研究家の中には、まっとうな学者が日夜努力している地道な作業を嫌い、また軽蔑して、ほんの思いつきを「画期的な新発見」と思い込み、いわゆるトンデモ「研究」にのめり込んでしまう人も少なくありません。
 こうしたトンデモ「研究家」は昔からいましたが、以前はアカデミズムの外にいる人が自分のトンデモ「研究」を発表する手段はごく限られていました。学会誌や学術雑誌ではもちろん掲載を拒否されますし、まっとうな出版社もあまりにもとんでもない内容の本を出版しようとはしませんから、(最近はそうでもなくなったようです……こちらこちらを参照)、せいぜい自費出版か、良くてまっとうな学者は相手にしない二流三流の出版社から出版するのが関の山で、多くの人の目に触れる機会はあまりありませんでした。ですからプロの学者も、トンデモ「研究」に対してはいちいち相手にせず無視していればよかったのです。
 ところがインターネットの普及は、こうした状況を一変させてしまいました。ウェブサイト開設に審査はありませんから、どんなにとんでもない内容の「研究」でも、ウェブサイトを使えば全世界に向けて手軽に発表することができます。しかも検索サイトの充実により、こうしたトンデモサイトも容易に人々の目に触れるようになってきました。そしてレポート作成などのために参考となるサイトを探している学生などが、トンデモサイトに引っかかってコロリと騙されてしまう例も少なからずあるようです。
 しかも始末の悪いことに、古代中国や古代日本に関するトンデモ「研究」は、多くが何らかのイデオロギーに染まっています。ほとんどは「日本は偉い、中国憎い」という、国家に対するコンプレックスの解消を目的とするものですが、こうしたイデオロギーは経済の失敗で自信を失い、中国や韓国の台頭におびえている日本人の気分にとてもマッチしていますから、人々の支持を集めやすいといえます。現に西尾幹二『国民の歴史』のような本も、歴史の専門家がこぞって無視している間に(この本のイデオロギーが気に入らないから無視しているのではなく、歴史学の手続きを踏み外しているから無視しているのです。くれぐれもここを間違えないように。)、少なからぬ人々の支持を集め、ナショナリズム高揚に確実に一役買っているのです。
 そして「イデオロギーのためなら、どんな詭弁も強弁も許される。ひたすら声高に叫べばよい」という悪しき風潮が広がりつつあります。なにしろこの国の宰相からして「自衛隊が行っているところは非戦闘地域だ」などと、正気を疑う詭弁を弄し、加えてそれを自画自賛するありさまです。まさに「悪貨は良貨を駆逐する」であり、「詭弁通って論理引っ込む」世の中になろうとしています。
 そうなってくると、ネット上に蔓延するトンデモ「研究」に対しても、もはや無視を決め込んでいるわけにはいかなくなります。といってもトンデモ「研究」のイデオロギーを問題にするのではなく、ただ「学問的に成り立たない」ことを、人々に分かりやすく示すことが急務であるといえます。本稿では古代に関するトンデモ「研究」とはどういうものか、それはどうして「トンデモ」なのかということを解説するものです。

■本稿の対象

 古代中国や古代日本に興味がある人なら、どなたでも対象です。特に次のような方々におすすめします。

■本稿の方針

 本稿では特定のサイトを名指ししての批判はあえて行いません。それというのもトンデモ「研究」を発表している人の多くは、自分の説をかたくなに墨守したがるもので、彼らは自説の根幹を否定されてしまうと、あらゆる手段を使って反撃に出ます。どんなに論理が破綻していてもひたすら声高に言い募り、挙句には口汚い罵倒や人格攻撃も辞さず、自分の誤りは決して認めようとしません。その上彼らは「頭の固い学者に不当な攻撃を受けた」と、自分を被害者に仕立てて人々の同情を買おうとしますから、相手を説得するどころか、かえって相手の狂信を深めるだけで、全く骨折り損のくたびれもうけになるのです。現にトンデモ「研究」サイトの掲示板や、2ちゃんねるなどで、そうした不毛なバトルが繰り返されています。隔靴掻痒の感はありますが、無用のケンカを避けるためにはやむを得ませんので、ご理解いただきたいと思います。
 本稿の目的はあくまでトンデモ『研究』に騙されないための知識を示すことであって、トンデモ『研究家』を黙らせることや、トンデモ「研究家」の人格をおとしめることが目的なのではありません。我が国では学問の自由も言論の自由も保障されていますから、どんな内容の「研究」であろうと、それをやめさせる権限は誰にもありません。自らトンデモ「研究」を発表してしまった人が本稿を読んで改心してくれることも、期待するだけ無駄でしょう。それよりはトンデモ「研究」に引っかかりかけている人に「皆さん騙されないようにしましょうね」と注意を促すことの方が、トンデモ「研究家」本人と不毛なケンカをするよりも、ずっと意義のあることです。一人でも多くの人が本稿で知識をつけて、こうしたトンデモ「研究」に引っかからないようになっていただくことを切に願うものです。

■いざ出発!

 ではいよいよ「古代のロマン」への出発です。まず手始めに、トンデモ「研究家」が好んで口にする「アマチュアだからできる、何物にもとらわれない柔軟な発想」に倣って、私も「画期的な新研究」をやってみることにしましょう。

プロローグその1〜『雪国』の暗号?! へ進む

(注)本稿は途中までは順番に従って見ていただく構成をとっています。トンデモ「研究」を見分ける目を養うためには、最初からきっちり見ていただくのが一番いいのですが、面倒だという方は研究ごっこQ&Aから見ていただいても結構です。


改訂履歴

2007.5.1 「古代神話は史実を反映している?」改訂(読者の方に誤訳を指摘していただきました。多謝。)

2007.4.2 「『話せばわかる』と言うわからず屋」新設、「研究ごっこQ&A」改訂
2006.11.17 トップページ及び「古代神話は史実を反映している?」「漢字は分解すれば由来がわかる?」「『わからないことは悪いこと』という無知」改訂、「中間目次」以降の「トンデモ『研究家』」を原則「自称『研究家』」に変更
2006.3.15 全体のページレイアウトを見直し、各項を改訂
2005.9.1 「研究ごっこQ&A」新設、「中間目次」「古代神話は史実を反映している?」「『わからないことは悪いこと』という無知」改訂 


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ブログ「朴斎雑志」にもトンデモ「研究」に関する考察があります。
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