4−3 マンガ経験の長さとマンガイメージ


 ここでは、マンガ経験の長さの違いがマンガイメージに対してどのような影響を及ぼすのか、ということについて考察していく。使用した設問はマンガ経験の変化を尋ねた問16(a,b)と、マンガイメージを尋ねた問9,10で、そのクロス表を使用した。

マンガを読む量の変化とイメージの違い


図4−3−1



図4−3−2


 元々読んでない人や、今では子どものときほど読んでない人の方が、マンガは低俗であるというイメージが強い。子どものときより今の方が良く読んでいる人や、今も昔も読んでいる人は、低俗というイメージが弱くなるが、高尚というイメージも弱くなる。
 また、マンガに対する接触度が増えるに従って「未熟」という回答も減ってくる。これはあまりマンガに接してない人の方がマンガに対するイメージが凝り固まってしまっているということではないだろうか。今でも読んでいる人はいろいろなものを読んでいるために「どちらともいえない」という回答が多くなるのだろうと思う。
そして余りマンガに接してないと、イメージが偏るということは考えられるが、その逆に元々そのようなイメージを持っているからこそあまり接しなくなってゆくということもあると思われる。

図4−3−3

 この質問は、イメージというよりはその人のマンガ経験が直接反映されたものといえるだろう。感情移入ができるなら、マンガに接する機会は長くなるのは当然であろう。
また、マンガをよく読んでいる人の方がマンガ独特の表現方法や文脈を読み解くことに長けているために、感情移入もしやすくなると思われる。

マンガを読まなくなることとイメージの変化


 ここでは、マンガを早く読まなくなった人に対する考察を主に活字メディアとのイメージとの違いから行ないたい。



図4−3−4

 図により、全体的にマンガのイメージは子供向けという考え方は多い。また、マンガを読んでいる人と遅くマンガを読まなくなった人は、マンガは大人向けか子供向けかという質問に、どちらとも言えないという答えが多くなる。それは、当然の結果ともいえるだろう。
読んでいた年齢が上になれば、「一概には子ども向けとは言えない」と考えるのは当然であろう。


図4−3−5

 マンガを早く読まなくなった人にとって、読み応えがあるのは活字メディアの方である。
例えば、マンガを早く読まなくなった15歳以下の人にとって、78%は活字メディアの方が読み応えがあると、答えている。
 しかし「どちらともいえない」の回答率に注目すると、20歳以上になってもマンガを読んでいた人になると、それ以前にマンガを読むのをやめた人に比べてかなり多くなっている。マンガに接する時間が長いといろいろなマンガに接するぶん、「読み応えのあるマンガ」に出会う率が増えるともいえるのではないだろうか。
 
 

図4−3−6




図4−3−7
 図4−3−7より、平均的に見れば、マンガを早く読まなくなる年齢が早かった人はやはり活字メディアの方が思考力を養うと考えている。マンガを読んでいる人も「活字メディア」と答える割合はあまり変わらない。しかし、20歳以上になってもマンガを読んでいた人の答えでは「どちらとも言えない」の回答が増えていることが分かる。


総評:マンガに対するイメージの違いをマンガに接する時間の長さで考えた場合、期間の短い人のほうが、マンガに対して否定的なイメージを持つことが多い。では、逆に長い人は肯定的なイメージを持つのかといえば、単純にはそう言えない。大きく違いが見えるのは(大体、20歳以上までマンガを読んでいた人から違いが出てくることが多い)「どちらとも言えない」という意見である。言い換えれば「否定的なイメージは持たない」といったところであろう。
 しかし、この「どちらとも言えない」とう回答にこそ、マンガに対する肯定的な姿勢があるのではないだろうか。
 それは活字との比較にも現れている。乱暴な例だが「小説(活字)と映画とどちらが(エンターテイメントとして)優れているか」と聞かれた場合、「どちらとも言えない」と答える人が多いのではないだろうか。それは小説も映画もそれぞれエンターテイメントとして認められてる結果といえるだろう。
 つまり活字とマンガを別のものとして認めている結果が「どちらとも言えない」という答えになっているのではないだろうか。と、すると、今回のこのアンケートではそれ以上のマンガに対する肯定的意見が具体的には見えないという点では、少し不十分だったのではないだろうか。

担当:陳 国忠、山根 千尋

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