佐藤裕
人々が「家族とはどのようなものか」と問われた時に、どのような言葉でそれを説明しようとするのか。これもまた一つの「家族言説」であろう。
今回の調査では、2つの自由回答項目を設け、このような「家族言説」を収集した。質問紙調査の自由回答項目で言説を収集するという方法については、インタビューやテキスト分析などと比べていくつかの長所・短所がそれぞれ考えられる。まず、それらを整理したうえで、このデータから明らかにできることを考えてみよう。
長所としては、大量のデータを容易に集めることができることがまずあげられるだろう。また、そのことと関連して、統計的なサンプリングを行うことによって、対象となる集団全体の傾向を推定することが可能であるという点も指摘しておきたい。さらに、自由回答以外の質問への回答とリンクさせることにより、様々な属性や意識・態度との関係を統計的に分析してゆくことも可能となる。
しかし、言説分析のデータとしては、自由回答はかなり重大な欠点も持っている。それは、その「言説」が社会生活上の文脈からは全く切り離された(あえて言うなら「調査」という文脈の中での)「言説」にすぎない、ということである。人々が家族について語る場合、様々な文脈に応じて、その内容は変化していると考えられる。例えば子どもをめぐる言説の中で言及される「家族」、福祉や医療の文脈の中での「家族」、職業活動や消費活動の文脈の中での「家族」、余暇やレジャーの文脈の中での「家族」など、それぞれに異なった「家族」が語られているだろうし、どのような場で、誰が誰に対して語られているのかによっても、異なっている可能性がある。
にもかかわらず、自由回答での「家族言説」の分析を行うのは、自由回答で書かれたことがらが、社会生活上の様々な文脈で語られる「家族」と全く無関係ではあり得ないと考えるからである。おそらく自由回答で書かれたことがらは、これまでの社会生活で実際に使われたものや聞いたことだろうし、今後様々な場面で「家族」が語られる際に参照される可能性があるものであろう。
すなわち、ここで分析される「家族言説」は、社会生活上の文脈からは切り離されたものではあるが、「家族」が語られる際の「言語的資源」のようなものだととらえることができるだろう。以下の分析はこのことを前提として読んでもらいたい。
今回の調査は、富山県在住の20歳以上70歳未満(1997年10月1日時点)の男女を対象に郵送法で行った。
サンプリングは選挙人名簿をサンプリング台帳とし、2段階無作為抽出(2段めは系統無作為抽出)で行った。1地点30人とし、30地点で900人の対象者を抽出した。
事前に葉書で調査依頼を発送し、その際にすでに転出していたことが判明した人は予備サンプルと差し替えた。1997年11月初旬に調査票を発送し、11月下旬に礼状を兼ねた督促葉書を1回発送した。最終的な有効回収率は55.6%(500人)であった。調査票は巻末に資料として掲載しておく。
今回の調査では、2つの自由回答項目で「家族言説」を収集した。質問文は以下の通りである。
問33 | あなたにとって家族とはどのようなものでしょうか。自由にお書きください。 | |
問34 | あなたは現代の日本の家族のあり方についてどう思われますか。自由にお書きください。 |
問33は、「家族」のイメージを抽出することを意図した質問である。この質問への回答から、主要な「家族言説」が得られることを期待している。
問34は、一見中立的な尋ね方をしているが、近年のメディア等に見られる言説状況から、おそらくは現在の家族の問題点を指摘するような回答が多くよせられるであろうと予想してつくった質問である。この質問からは「家族をめぐる問題状況」への「クレイム言説」を抽出できると期待している。
自由回答の回答率は、問33が75%(377人)、問34が64%(322人)であった。問33は男性より女性の方が、また40代が他の年代に比べて回答率が若干高かった(男性71%に対し、女性80%。40代は82%で最低は50代の70%)。以下で分析に用いているその他の属性については、問33、問34ともに回答率に大きな差はなかった。
問33の方が個人的な経験を尋ねたものであるので回答しやすかったのであろうか、回答率が高くなっている。しかし、回答の平均文字数を調べると、問33が(全角で)36文字、問34が62文字と、その関係は逆転し、「現代の日本の家族のあり方」というテーマが、(少なくとも回答してくれた方にとっては)語るべきことが多いテーマであったようである。
これらの自由回答のコーディングは、佐藤の自作プログラムである「AUTOCODE for Windows(Ver. 1.02)」(1)を用いた。これは、回答の中に出現する文字列とコードを結びつける「コーディングルール」を作成することによって、機械的にコーディングを行うプログラムである。「コーディングルール」の作成は、実際の回答文を参照しながら、その中に出てくる特徴的な表現を抜き出し、グループしながら行ってゆく。AUTOCODEによるコーディングは、回答を分類するのではなく、回答の中から要素を抽出するという考え方なので、1つの回答について複数のコードが付与されることがある。最終的に作成された「コーディングルール」は、資料として添付しているので参照してほしい。
AUTOCODEは「文字列」の検索・分類を行うプログラムであり、分析の目的に応じて「文字列」の範囲や分類の細かさを考えなくてはならない。例えば、「家族」「やすらぎ」などの単語を抽出することもできるし、「大家族が良い」「家族には何でも話せる」など、主張が読み取れる範囲を抽出することもできる。分類の仕方は、ほぼ同じ言葉を使っているもののみをひとまとまりにすることもできるし、ある程度同じ趣旨の表現だと判断できれば1つのカテゴリーにまとめてしまうこともできる。
今回の分析では、「言説」を対象にしていることから、単語ではなく主張が読み取れる範囲を対象にした。ただし、実際の回答文は主語と述語がきちんと対応しているような文章で書かれているとは限らないため、主張が読み取れれば単語を抜き出しているケースもかなりある(例えば「大切」とか「宝」とだけ書かれているような場合)。
分類の細かさに関しては、本来は形式的な類似性でのみカテゴリー化を行うことが望ましいと思うのだが、そうするとひとつのカテゴリーにあてはまるケース数が非常に小さくなり、統計的分析には耐えられない。また、細かくするほど分類が困難な表現が増加する。そこで、かなり大胆な統合を行って1カテゴリーのケース数を確保した。この点は十分留意してご判断いただきたい。
問33への回答から最終的に抽出したコードは表1の通りである。一番左の欄はコード名、真中の欄にそのコード名に対応づけた自由回答文中の文字列のなかからいくつかを抜き出して示しておいた。抽出した文字列の全体は巻末の資料を参照してほしい。
最も数が多かったのは、「きずな」というコード名に対応づけた表現である。これらは、コミュニケーション、や相互理解など何らかの意味でのつながりの強さについて言及しているものをひとつのカテゴリーにまとめたものである。実際に用いられる言葉はかなり多様であり、際立って多用される表現を指摘することはできない。
2番目は2つあり、1つは「大切」である。実際に用いられる言葉としても「大切」が多く、それに加えて、「かけがえのない」「なくてはならない」「宝」などの表現をまとめた。
もう一つは「やすらぎ」である。「温かい」「いこいの場」など、リラックスさせられたり気持ちを安らげるような働きを表現しているものをまとめた。
次は「助け合い」である。これは互いの(あるいは一方的な)何らかの意味での支援を表現しているものを集めた。「支援」には、経済的なものから精神的なものまで幅があり、厳密に考えると区別したいところだが、文章からその違いを読み取れるものは少なく、すべての「支援」をひとまとめにした。「信頼」という表現を「きずな」に、「頼りになる」という表現を「助け合い」に分類していることからもわかるように、「きずな」と(精神的な)「助け合い」の境界は微妙である。
表1 問33のコーディング結果
コード名 | 代表的な表現 | 件数 |
きずな | 「つながりが深い」「なんでも話せる」「喜びも苦しみも共有」「信頼」「理解者」など | 131 |
大切 | 「大切」「かけがえのない」「なくてはならない」など | 99 |
やすらぎ | 「いこいの場」「温かい」「ほっとする」「気遣いせず」「明るい」など | 99 |
助け合い | 「支えてくれる」「協力し合う」「頼りになる」「力を合わせ」など | 62 |
張り合い | 「はげみ」「活力源」「元気が出る」「生きがい」など | 47 |
人間関係に問題 | 「煩わしい」「ついついぶつかり合う」「理想通りにはいかない」「逃げ出したくなる」など | 33 |
互いを尊重 | 「お互いの意思を尊重」「尊敬し合う」「お互いに成長していく」「節度ある接し方」など | 19 |
社会に貢献 | 「家族があるから、社会があり」「社会組織の最小単位」「日本の将来を大きく左右する」 | 17 |
しつけ・子育て | 「子供を育成する」「新しい世代を育て」「躾情操教育」「人生観を作ってゆく場所」 | 17 |
「張り合い」は「家族」が仕事などをしていく意欲を作りだしているといった意味の表現を集めている。「はげみ」「活力源」などが代表的な表現である。「生きがい」といった表現は、「大切」とも重なる部分があるかもしれない。
ここまではすべて「家族」に対するポジティブな表現であったが、ネガティブな表現の代表的なものが次の「人間関係に問題」である。家族の中の人間関係に関してなんらかの不満を表明したりや問題点を指摘しているものを集めたのだが、その内容はかなり多様である。「煩わしい」「ぶつかり合う」などは人間関係であることは明確であるが、「理想通りにはいかない」などは微妙なところである。注意しておきたいのは、この「言説」は単独で出現することは少ないということである。この「言説」を書いている33人のうち、「きずな」から「張り合い」までの5つの「言説」のいずれかを同時に書いている人は24人(73%)にのぼる。多くは「わずらわしいこともあるが、大切である(きずなが強い、生きがいであるなど)」といった表現の中に出現する「言説」である。
「互いに尊重」は、ネガティブとは言えないが、家族といえどもその中の個人は独立した人格として尊重すべきだという考えを表明したもので、「張り合い」までの「言説」とはややおもむきが違う。「尊重」「尊敬」などのキーワードが使われているものや、「節度のある」という表現で、やや距離のある人間関係を求めているものも集めた。「互いに成長」といった表現は「しつけ・子育て」との区別が難しいが、子どもを念頭に入れているとは読み取れないものはこちらに分類した。
「社会に貢献」と「しつけ・子育て」はいずれもかなり多様な回答を集めており、1つのカテゴリーと考えるのはやや無理がある。「社会に貢献」は家族が社会の基礎的な単位であり、家族の営みが社会を支えているといった考え方を想定しているが、「社会組織の最小単位」であるといった表現で、必ずしも家族の機能のようなものには触れているとは限らないものも含めている。「しつけ・子育て」には、子どもの教育・しつけに関するものと、養育に関するものを集めている。
「互いに尊重」以下の3つは、回答数も少なく、カテゴリーとしてのまとまりもやや弱い。また、「人間関係に問題」も回答の多様性が大きく、カテゴリーとしてのまとまりは弱い。
そこで、この自由回答から主要な「家族言説」を抽出するならば、それは、「きずな」「大切」「やすらぎ」「助け合い」「張り合い」の5つであろう。問33に何からの回答を記入した人の中で、この5つのいずれか1つまたは複数を答えている人は84%にのぼる。大多数の人がこの5つのいずれかを書いていると言ってさしつかえないであろう。
この5つの特徴を考えてみると、親密なあるいは情緒的な関係性に関わる「言説」が多数を占めている(「きずな」「やすらぎ」「張り合い」)。「大切」は、どのような意味で大切であるかが必ずしも特定されない表現であり、むしろ特定の理由は必要なく「無条件に」大切なのだという「言説」だと思われる。この点から考えても、親密なあるいは情緒的な関係性への「言説」に近い関係にあると言えるだろう。「助け合い」のみが、機能的ないしは道具的な要素について言及したものであるが、すでに述べたように「頼りになる」など心理的な側面について書かれたものもあり、情緒的な要素が反映しているように思われる。
逆に、回答の中にあまり/ほとんど出てこなかった表現についても指摘しておきたい。
「血のつながり」など血縁関係であることを指摘するような表現はごくわずか(5人)見られただけであった。「きずな」の表現を書いた人の中には、その根拠として血縁関係を想定している人もいるかもしれないが、言説としては表面化していない。
同様に「イエ意識」的な表現、例えば「祖先をまつること」「家屋敷や墓を守ること」「家族の中のヒエラルキー秩序」などについて述べた人もほとんどいなかった。
問33は、「家族をめぐる問題状況」への「クレイム言説」を抽出する意図で配置した質問であることを既に述べたが、結果としてはおおむねその通りになった。問33への回答から最終的に抽出したコードは表2の通りである。表の見方は表1と同じである。
最も数が多かったのは、「きずなが弱い」というコード名に対応づけた表現である。これらは、問33の「きずな」に対応し、それが損なわれているというクレイムである。表現のパターンはいくつかあり、「バラバラ」などつながりが弱くなっていることを感覚的に表現したもの、「愛情が不足」など情緒的な関係の欠如を表現したもの、「会話がない」などコミュニケーションの不足を表現したもの、個人主義的傾向を指摘したものなどをこのカテゴリーに分類した。また、「家族の崩壊」といった表現も人間関係の破綻について述べているのであろうと解釈し、ここに含めた。
2番目は「道徳の低下」である。ここには、「親をいたわらない」などかなり具体的なものも含めているが、多くは「わがまま」「思いやりがない」「感謝する心」など、人間関係一般についての規範の欠如といったクレイムである。また、より抽象的に「道徳の低下」「精神の荒廃」などと書かれたものも含めている。
次の2つは、実はかなり重なっている。「核家族化」は価値判断は含めず単に核家族化している状況を指摘した表現であり、「核家族化反対」の中には核家族化を批判するあるいはそれに反発するような「言説」が含まれている。実際の回答では、例えば「核家族化が多くなり寂しい」といった表現がいくつもあり、このような回答は、核家族化している状況を指摘したうえで、それに対する反発を述べていると判断し、「核家族化」と「核家族化反対」の両方に含めた。
「核家族化」は、「核家族」というキーワードを含むもの以外に、「小人数」「別居」などの言葉で表現しているものも含めた。「核家族化反対」では「大家族」「同居」などの表現も含めている。
「子育てに問題」には、子育てに関する様々なクレイムを集めている。「過保護」「放任」「親の無責任」「躾が不十分」などである。
「現状で良い」は「問題点の指摘」という意味でのクレイムではない。ただしその中のいくつかは過去と比べて現在は良くなったといった表現もあり、それらは過去の(あるいは現在でもある程度残存している)家族のあり方へのクレイムであると受け取れなくもない。
「父・母が問題」は、主として性別役割分業意識に基づいた母役割、父役割が失われていることに対するクレイムである。母に対するものと父に対するものはほぼ同数で、両方を書いている人も多かった。
「社会が悪い」には、何らかの意味で問題の原因を社会に求めているものを集めた。「世の中」一般に対するもの、教育ないしは学校に対するもの、マスメディアに対するものなどがある。
「核家族化賛成」は、「核家族化反対」と反対の立場から意見を表明したものを集めた。ここでもやはり「同居」などのキーワードが使われている。
表2 問34のコーディング結果
コード名 | 代表的な表現 | 件数 |
きずなが弱い | 「バラバラになってきている」「愛情が不足している」「家族の崩壊」「会話がない」「個人主義」「他人行儀となってきている」など | 91 |
道徳の低下 | 「わがまま」「思いやりがなく」「道徳の低下」「感謝する心」「精神の荒廃」「親をいたわらない」 | 68 |
核家族化 | 「核家族が増え」「小人数となり」「別居とした方が多く」 | 66 |
核家族化反対 | 「大家族が良い」「どうして年寄りと住むのが嫌なのか」「両親と同居する生活を営みたい」「核家族はよくない」「核家族化が多くなり寂しい」 | 47 |
子育てに問題 | 「過保護」「子供に対して無関心」「親の無責任が目につく」「放任」「躾が不十分」「子供はさびしいかもしれない」 | 46 |
現状で良い | 「このままで良い」「自由に生きやすくなった」「女性の地位が上がってよい」 | 18 |
父・母が問題 | 「女は家庭を守り」「男は男のやるべき仕事」「主婦が仕事を持つこと」「父性(権)の喪失」 | 18 |
社会が悪い | 「世の中が悪い」「マスコミが騒ぎすぎ」「勉強、塾と時間も少ない」「学歴社会」「今のままの教育で本当によい人間関係ができるか」 | 16 |
核家族化賛成 | 「親と同居はしたくない」「夫婦単位で生活していくほうが良い」「核家族の方がお互いに自由を束縛せず」 | 14 |
これらの回答から代表的な「クレイム言説」を抽出するとすれば、「きずなが弱い」「道徳の低下」「核家族化反対」および「子育てに問題」の4つであろう。「核家族化」や「現状で良い」はクレイムではないし、「父・母が問題」以下はその4つに比べるとかなり数が少ない。
「きずなが弱い」は先に書いた通り、「きずな」という「家族言説」に対応するものだと考えられ、コミュニケーションや情緒的紐帯が失われているというクレイムである。また「核家族化反対」も、親と既婚の子どもとの関係に関るクレイムであり、コミュニケーションや情緒的紐帯の問題の1つの現れ、もしくは条件であると考えられる。これらはいずれも、状態についてのクレイムである。
これに対して「道徳の低下」は、個人に焦点を当てたものであり、態度や行為へのクレイムであると言うことができるだろう。「子育てに問題」も同様である。
これらのことから、今回の調査から抽出される主要な「クレイム言説」は、「きずなが弱い」「道徳の低下」「核家族化反対」「子育てに問題」の4つであると考える。問34に何からの回答を記入した人の中で、この4つのいずれか1つまたは複数を答えている人は62%であった。「家族言説」の主要5「言説」よりも比率が低いが、これは「クレイム言説」の方が多様な回答パターンが見られたことの反映である。
以上のような「言説」は、どのような人々によって発せられたものであろうか。もしある「言説」を発しているのが特定の属性を持つ人々に集中していれば、それは生活条件や社会的な立場と結びついた「言説」であると言えるかもしれない。そこで、次にそれぞれの「言説」といくつかの属性との関係を見ておこう。
ここで用いた属性は、性別、年齢、最終学歴、配偶関係、結婚形態の5つである。
性別は問1をそのまま使用、年齢は、問2の生年月日から10歳ごとの階級に整理したものを用いた。
最終学歴は問20を就学年数によって3つの階級に整理した。新制の制度に合わせて便宜上「中学卒」(新制中学卒と旧制少学校卒)、「高校卒」(新制高校卒、旧制中学卒)、「大学卒」(新制短大・高専・大学卒と旧制高校・大学卒)と呼ぶことにする。
配偶関係は問3を用いた。離死別は「既婚」に含めた。
結婚形態は恋愛結婚か見合い結婚かの別のことである(問16)。選択肢には「結婚紹介業社」というものもあったが、全く回答がなかった。
表3は、問33の回答から抽出した「家族言説」と属性との関係を示した表である。「言説」は、先に述べた5つの主要な「言説」と、唯一ネガティブな「言説」である「人間関係に問題」の6つの絞った。
表の中の数値は、ぞれぞれの属性ごとにその「言説」を発している人の割合をパーセントで示したものである。比率の分母は有効サンプル全体とした(2)。
数値の右にある「*」印はカイ2乗検定での有意水準を示している。「*」が5%、「**」が1%である。また、「L」はカイ2乗検定において5%水準で有意ではなかったが、属性と「言説」の間にリニアな関係が認められたことを意味している(相関係数が5%水準で有意)。
まず年齢による違いに注目してみよう。家族に関する考え方・感じ方は年齢によって大きく異なっており、それが「家族言説」にも反映しているのと予想されるからである。
ところが、年齢に対してリニアな関連が認められたものは「大切」だけであった。「きずな」「やすらぎ」「助け合い」については年齢による違いはほとんどなく、「張り合い」は年齢と強い関連があるものの、40代に集中しているというものであって、リニアな関係ではない。
「きずな」や「やすらぎ」などの「言説」が、この40年間の間に変化してきていないとは考えにくいが、この調査において年齢による差がないということは、年月の経過による変化があったとしても、それはすべての世代に対して生じた変化(いわゆる「時代効果」)であったのだと考えられる。すなわち、それぞれの世代が同じ性質を保ち続けることによって生じる世代間の違い(コーホート効果)は認められないというのが結論である。
表3
きずな | 大切 | やすらぎ | 助け合い | 張り合い | 人間関係に問題 | |
男 | 20* | 19 | 19 | 9* | 6* | 3** |
女 | 31* | 20 | 21 | 16* | 12* | 10** |
20代 | 24 | 27L | 12 | 14 | 3** | 9 |
30代 | 29 | 20L | 25 | 14 | 8** | 5 |
40代 | 23 | 25L | 18 | 12 | 18** | 9 |
50代 | 24 | 14L | 24 | 11 | 9** | 4 |
60代 | 31 | 14L | 19 | 12 | 5** | 7 |
中学 | 23 | 15 | 21 | 12 | 9 | 3L |
高校 | 29 | 22 | 19 | 14 | 10 | 6L |
大学 | 25 | 17 | 23 | 11 | 10 | 11L |
未婚 | 26 | 21 | 14 | 8 | 3* | 8 |
既婚 | 26 | 19 | 21 | 13 | 11* | 6 |
恋愛結婚 | 22 | 25* | 22 | 12 | 10 | 3* |
見合い結婚 | 31 | 15* | 19 | 14 | 11 | 8* |
「大切」は年齢との間に弱いリニアな関係が認められるが、その他に結婚形態とも関連が認められる。恋愛結婚をした人ほど「大切」と答えている人が多く、年齢が若ほど恋愛結婚が多いので、年齢と「大切」との関連は結婚形態を媒介とした擬似相関であるとも考えられる。そこで3重クロス集計を行って調べたところ、ほぼそれを支持する結果を得られた。すなわち、若い世代で「大切」が多くなっているのは恋愛結婚の増加によるところが大きいと言える。
「張り合い」と年齢との関連はかなり強い。しかも40代にのみ集中しているというかなり特殊な関係である。「張り合い」言説が40代に集中している理由は、この年代が家族の中で実質的に中心的な役割を担っている世代であるためであろうと推測できる。とするなら、「張り合い」という「言説」は、比較的属性との関連の小さい(すなわち普遍的に見られる)他の4つの主要な「言説」と異なり、家族の中の位置という、発言者の状況と結びついた「言説」であると言えるだろう。
次に性別との関連を見てみよう。すでに述べたように、そもそも女性の方が問33への回答率が高いのであるが、「言説」ごとに見ても、「きずな」「助け合い」「張り合い」「人間関係に問題」の4つにおいて女性の方が比率が高くなっている。「きずな」「助け合い」は「大切」「やすらぎ」と比較して、より具体的な関係性ないしは相互行為について言及したものだと言えるだろう。その意味では女性の方がより関係性指向の「言説」を多く発していると見ることができる。ただし、「きずな」や「助け合い」などが年齢や配偶関係と無関係なことを考えると、家庭内での経験などに基づいたものではなく、一般的な性別役割分業意識のようなものとの結びつきによってこの違いがもたらされたものであろう。
それに対して、「張り合い」は、すでに見たように40代に集中しており、それと関連づけて捉えるなら、性別による違いも性別役割分業意識などからではなく、家庭内の位置に関係しているのかもしれない。
ここまでは女性の方がボジティブな「言説」を多く発しているという傾向であるが、最も性別による違いが際だっていたのは、ネガティブな「言説」である「人間関係に問題」である。女性の方が回答率が高いことから、家庭の中での女性の位置と関係がありそうだが、より詳しく調べるために、配偶関係ごとに性別との関連を調べてみた。その結果は、未婚女性、未婚男性、既婚女性は8〜10%で大差はないが、既婚男性のみが2%とかなり回答率が低くなっていることが分かった。すなわち、この「言説」は、未婚者と既婚女性によって主に発せられているということである。前者はおそらく親との葛藤、後者は家庭内での女性の地位と関連していると思われる。後者については見合い結婚の方が回答率が高くなるということもその仮説を支持する材料であろう。
表4は、問34の回答から抽出した「クレイム言説」と属性との関係を示した表である。「言説」は、先に述べた4つの主要な「言説」と、「現状で良い」の5つに絞った。表の見方は表3と同じである。
表4
きずなが弱い | 道徳の低下 | 核家族化反対 | 子育てに問題 | 現状で良い | |
男 | 17 | 9** | 10 | 7 | 4 |
女 | 19 | 17** | 9 | 11 | 4 |
20代 | 29L | 6** | 8 | 11 | 2 |
30代 | 20L | 8** | 11 | 10 | 6 |
40代 | 15L | 17** | 7 | 12 | 5 |
50代 | 17L | 11** | 10 | 9 | 2 |
60代 | 14L | 22** | 11 | 5 | 4 |
中学 | 17 | 22** | 8 | 7 | 2 |
高校 | 17 | 14** | 10 | 8 | 4 |
大学 | 21 | 7** | 9 | 13 | 5 |
未婚 | 29* | 7 | 7 | 11 | 3 |
既婚 | 16* | 15 | 10 | 9 | 4 |
恋愛結婚 | 18 | 15 | 10 | 10 | 4 |
見合い結婚 | 15 | 14 | 10 | 8 | 4 |
これも年齢による違いから見ていこう。年齢とのリニアな関連が見とめられたのは、「きずなが弱い」と「道徳の低下」であった。特に、「道徳の低下」は高齢者に集中しており、60代と20代では4倍近くの開きがある。年齢による違いは、前述のコーホート効果と、どの時代でも年齢を重ねるに従って考え方が変化してくるという「時代効果」の2つが考えられるが、最終学歴によってもかなりの差があることから考えると(学歴は加齢によって変化しないので)コーホート効果ではないかと推測される。すなわち、世代による意識の違いが反映したものであろう。
「きずなが弱い」の方は、最終学歴による差が少なく、配偶関係による差が見られる(未婚の方が回答率が高い)。このことから、この「言説」は家庭内の位置と関っている可能性がある。
その他の3つの「言説」については、いずれの属性とも関連は認められなかった。特に、「核家族化反対」が年齢によって回答率に違いがないことは注目に値するであろう。
最後に、それぞれの「言説」と家族に関する意識との関連を見てみよう。この分析は、それぞれの「言説」が特定の価値観などと結びついているのか否かを判断する参考になるだろう。
「家族意識」は問30の質問の中から以下の3つを選んで分析に用いた。それぞれ回答の選択肢は「そう思う」「どちらかといえばそう思う」「どちらともいえない」「どちらかといえばそうは思わない」「そうは思わない」の5つである。
1)長男には、他の子どもとは異なる特別な役割がある
5)家族こそが最もお互いに分かり合える関係である
11)男性は外で働き、女性は家庭を守るべきである
1)は、「イエ意識」を測定する質問項目としてしばしば用いられるものの1つである。ここでの分析でも「イエ意識」を測定する質問として用いた(以下「イエ意識」とする)。
5)は、家族の親密性・情緒性を強調する考え方であり、近代的な家族観を測定する質問として用いた(以下「近代家族指向」とする)。
11)は、性別役割分業意識を測定する質問である(以下「性別役割意識」とする)。
それぞれの選択肢を、「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」、「そうは思わない」と「どちらかといえばそうは思わない」をまとめ、前者を「賛成」後者を「反対」とした。「どちらともいえない」は「中間」と表記している。「近代家族指向」に限っては、「反対」が極端に少ない(4%)ため、「反対」は「中間」に統合し、2つのカテゴリーで分析を行った。
表5は、問33の回答から抽出した「家族言説」と「家族意識」との関係を示した表である。表の中の数値の見方は表3と同じである。
一見して分かるように、「家族言説」と「家族意識」の間にはあまり関連は認められない。特に、「きずな」と「大切」の2つの「言説」は、「家族意識」とはほとんど無関係であると言ってよいだろう。
「やすらぎ」は、「近代家族指向」との間に関連が見られ、家族の親密性・情緒性を強調する考え方を持つ人によって多く発せられる「言説」であると言えるだろう。
「助け合い」と「張り合い」もまた、いずれの「家族意識」とも関連が見られなかった。しかし、同様の分析を男女別に行うと興味深い結果が得られた。
男性の場合、「助け合い」「張り合い」のいずれも性別役割に賛成する人の方が回答率が高かった(「助け合い」は賛成で15%、反対で2%、「張り合い」は賛成で12%、反対で3%)。このことから、男性にとってこれらの「言説」は性別役割意識と結びついたものであると考えられる。「助け合い」はおそらく男女それぞれがみずからの性別役割を果たすことによる「助け合い」のイメージから来るものであり、「張り合い」は男性が経済的あるいは精神的に家族の中心としての責任を持つといった自覚から来るものではないだろうか。
これに対して、女性の場合は「助け合い」は「性別役割意識」とほとんど関連がなく、「張り合い」は(統計的に有意ではないものの)むしろ性別役割に反対する人の方が回答率が高い。このことから、女性にとっての「助け合い」は必ずしも性別役割分業に基づいた「助け合い」とは限らず、その点で男性の「助け合い」言説とはやや異なった含意を持つ可能性がある。
「人間関係に問題」は、「近代家族指向」と関連が見とめられた。しかし、先に見たようにこの「言説」は属性との相関が大きく家庭内の位置と関っていることが推測されるので、むしろなんらかの「問題」を感じることが「近代家族指向」を抑制する要因になっていると考える方が妥当であろう。
表5
きずな | 大切 | やすらぎ | 助け合い | 張り合い | 人間関係に問題 | ||
イエ意識 | 賛成 | 27 | 19 | 20 | 12 | 10 | 7 |
中間 | 29 | 22 | 13 | 17 | 7 | 5 | |
反対 | 23 | 21 | 23 | 10 | 11 | 8 | |
近代家族指向 | 賛成 | 28 | 22 | 22* | 11 | 10 | 5** |
中間 | 23 | 15 | 12* | 17 | 9 | 14** | |
性別役割意識 | 賛成 | 27 | 19 | 17 | 15 | 10 | 4 |
中間 | 27 | 20 | 22 | 13 | 7 | 8 | |
反対 | 25 | 22 | 20 | 10 | 12 | 8 |
表6は、問34の回答から抽出した「クレイム言説」と「家族意識」との関係を示した表である。
「きずなが弱い」「核家族化反対」「子育てに問題」の3つについては、いずれの「家族意識」とも関連は認められなかった。これらの「言説」については、家族に関する意識とはほぼ無関係だと考えられる。
「道徳の低下」は弱いながらも「イエ意識」との関連が認められる。イエ意識を持っている人の方が「道徳の低下」言説を発している割合が高いという結果であった。この「言説」については、すでに年齢との関係からコーホート効果があるという結果を提示したが、そのことと「イエ意識」による違いとは関連していると考えられる。
「現状で良い」は「性別役割意識」の強い人の回答率が低いという結果が見られた。「性別役割意識」は他のどの「クレイム言説」とも関連が見られず、性別役割意識に基づいた積極的なクレイムが行われているとは言いがたいが、「現状で良い」言説に対する抑制要因になるという形で消極的な影響を与えているようだ。
表6
きずなが弱い | 道徳の低下 | 核家族化反対 | 子育てに問題 | 現状で良い | ||
イエ意識 | 賛成 | 20 | 17* | 10 | 10 | 5 |
中間 | 12 | 7* | 14 | 9 | 3 | |
反対 | 20 | 10* | 6 | 9 | 2 | |
近代家族指向 | 賛成 | 19 | 15 | 10 | 9 | 3 |
中間 | 16 | 9 | 8 | 8 | 4 | |
性別役割意識 | 賛成 | 15 | 17 | 10 | 8 | 1* |
中間 | 16 | 13 | 10 | 11 | 6* | |
反対 | 23 | 11 | 8 | 8 | 4* |
本調査の第一の成果は、自由回答から「家族言説」の主要な構成要素を抽出したことにある。
「家族言説」の主要な要素は、「きずな」「大切」「やすらぎ」「助け合い」「張り合い」の5つであり、これらは「家族」という「言説」が様々な状況で語られる際の資源となっていると考えられる。
逆に、血縁や祖先などにまつわる言説は年代を問わずほとんど出現しないことも分かった。
「家族」に関する「クレイム言説」として主要なものは、「きずなが弱い」「道徳の低下」「核家族化反対」「子育てに問題」の4つであった。
「家族言説」と属性及び「家族意識」との関連を調べることにより、それぞれの「言説」の背景について、ある程度の知見を得ることができた。
まず、これらの「言説」が時代によって変化してきているかどうかをまとめてみよう。
5つの主要な「家族言説」の中で「大切」だけはコーホート効果が見られたが、これにしても年齢による違いはそれほど大きいものではなく、大まかに言えば、40代に集中していた「張り合い」以外、世代による違いはさほど大きくはないと結論づけて良いだろう。すなわち、「家族」はきずなの強いものであり、無条件に価値のあるものであり、やすらぎを与えてくれるものであり、互いに助け合うものであるという言説は、あらゆる世代に共有されているのである。少なくとも、「家族とは何か」という問に対する答え−「家族のあるべき姿」と言い換えても良いかもしれない−という文脈では言説レベルにおいて世代間のギャップは見当たらない。
これはむしろ、世代間でギャップを生じないような表現が好んで使われているということかもしれない。次の「クレイム言説」で見るように、あるいは「家族意識」を尋ねた場合に年齢による差が現れることからも分かるように、世代による家族観のギャップは決して小さいとは言えない。家族は異なった世代の人々が共同生活を行う場なので、そのような世代間のギャップが曖昧になるような表現が使われているのだと考えることもできる。
対照的に、「クレイム言説」では、「道徳の低下」言説にかなり大きな年齢差−コーホート効果と見ることができる−が見られた。また、この「言説」は「イエ意識」とも関連が見られ、年齢の高い人により特徴的な特定の家族観と結びついた「言説」であることがわかる。注意しておきたいことは、そのような家族観を持つ人々も、「家族言説」としては、家父長制的な色合いを持つ表現を用いているわけではなく、先に見たような各世代共通の表現を使っているということである。
近代的家族観は、家父長制的な家族観と鋭く対立しているのではなく、むしろ「きずな」や「助け合い」など曖昧な表現の中に家父長的な意識を取り込ながら、世代間の違いの少ない言説空間をつくり出しているのだではないだろうか。
しかし、実際の家族生活の中では家族観の違いは様々なコンフリクトを生み出し、それが年長世代の(家父長制的家族観に基づく)「クレイム言説」を生み出しているのであろう。
「言説」によっては、特定の社会的地位に特徴的なものや、同じ「言説」であっても、社会的地位によってニュアンスが異なると考えられるものがあった。
「張り合い」言説は、40代に著しく回答が集中しているという際だった特徴を持った「言説」であった。このことは何を意味しているのであろうか。「家族意識」との関連が認められないことからも、これは先にも述べたように40代という年齢層の家族の中での位置に関っていると考えて良いだろう。この「言説」は、働くこと、努力することの動機づけや意欲を「家族」が与えているという認識の表明である。40代でこのような認識がより多く表明されているのは、子どもの成長段階などから(学齢期の子どもを持つ人に「張り合い」言説が多いことも確認できる)、より大きな責任と負担がかかる年代であることが関っていると考えられる。しかし、この「言説」は決して負担の大きさへの不満を表現したものではなく、むしろ「家族」をポジティブに評価する「言説」である。この点こそが、「家族」という言説の独特の性質なのかもしれない。
「張り合い」言説は、男女によって「性別役割意識」との関連が異なっていることも重要な発見である。男性の場合、「性別役割意識」の強い人の方が「張り合い」言説の回答率が高いが、これは、男性が「家族」を労働の動機づけとして利用するために、性別役割意識が媒介していることを示していると考えられる。女性では、「性別役割意識」と「張り合い」言説の関係はあまりないが、これは性別役割意識に基づいた家族への貢献(専業主婦など)と性別役割意識をどちらかと言えば否定する方向での家族への貢献(市場労働)の二通りの方向性があるためではなかろうか。
「助け合い」も同様に、男女によって「性別役割意識」との関連が異なっている。「性別役割分業に基づく助け合い」のイメージが強い男性に対して、必ずしも性別役割分業を前提としないで「助け合い」を表現している女性というずれが感じられる。このことは、「助け合い」言説が社会生活上の文脈で用いられる場合に、複雑な効果を持つと予想される。
最後に、自由回答による(計量的な)言説分析という方法論の有効性や射程についていくつか指摘しておこう。
自由回答を「言説」としてとらえることは、一定の有効性を持つことが確認できたと思う。例えば、「きずな」という「言説」は、それを選択肢を用いた質問に直せば分析中で用いた「近代家族指向」(家族こそが最もお互いに分かり合える関係である)に近い質問文になるだろう。ところが、表5をあらためて見てもらえば分かるように、「きずな」言説と「近代家族指向」の間にはほとんど相関は見られない。すなわち、自由回答に「きずな」表現が書かれているということは、なんらかの意識や態度やイメージが存在しているといったことを必ずしも意味しない。
しかし、これまで見てきたように、いくつかの「言説」については、属性や意識との関連が見とめられ、決してランダムで無意味なデータではないことは明らかである。
それでは、ある「言説」が自由回答の中に出現するという事実は何を示しているのか。私はそれは「家族」というキーワードを中心とした言語的資源のネットワークを(不十分な形ではあるが)表現しているのではないかと思う。つまり、一種の「連想ゲーム」のようなことをしてもらったわけで、例えば「やすらぎ」という「言説」が現れるということは、「家族はやすらげる場である」といった認識や価値観の存在を示しているというよりは、「家族」という言葉と「やすらぎ」(に類する)言葉とが自然な形で結びつきやすいような言語ネットワークを持っていることを示していると考える方がより妥当だと思うのである。
このようなネットワークは、言語的資源として、人々が様々な言説をつくり出していく基礎となると同時に、場合によっては外在的に人々を拘束するような働きをする場合も考えられる。
先に見たように、家父長的家族観を持つ人が、それをストレートに表現する言説よりも「きずな」や「やすらぎ」などの表現を選択してしまうことにより、価値観の違いを覆い隠したり無化させられているとするなら、このような言語ネットワークは、その人にとって「内なる権力装置」であるとさえ言えるかもしれない。
このように考えると、「自由回答による言説分析」という手法は、これまであまり活用されてこなかった自由回答を、従来からある計量的分析と同じ手法に接続するという消極的な意味(それだけでも意味があることかもしれないが)ではなく、全く新しい質問紙調査の可能性を開拓する手法として十分に検討する価値があると思う。そのためには、ここで示したような解釈の論理をより精緻化することも不可欠な作業であろう。
問題点としては、まずコーディングの不安定性を指摘する必要があるだろう。本研究で用いたAUTOCODE for Windowsはコーディングにかかる労力を大幅に軽減し、コーディングルールの明示化を可能にしたが、それでもすべての問題が解決したとはとうてい言えない。私は今回示した回答の分類を十分に説得力のあるものだと信じているが、いくつかの回答については別のカテゴリーに分類すべきだという意見はあり得ると思うし、別の観点からの分類もまた可能なはずだ。すなわち自由回答はアフターコーディングという手続が加わることによって、不安定性が、選択肢による質問に比べてどうしても大きくなってしまう。また、無回答の割合も選択肢による質問と比べて大きいし、特定の回答パターンが出現する割合は一般に非常に小さい。そのため、選択肢による質問の分析よりもより大きなサンプルが要求される。
今回の分析においても、回答をもっと細かく分類していけば、よりつっこんだ分析が可能だったかもしれないが、500という有効回答数ではこの程度の分析が限界であろう。
また、このような分析手法がどのようなテーマでも適用可能かというと、必ずしもそうではないように思う。「家族」という言説は、社会生活の中で使われる可能性がかなり高い言説であり、そのことによって初めてこのような分析が可能になったのだと思う。自由回答すべてが「言説」というとらえ方による分析が可能なわけではなく、その回答の性質をよく吟味した上で適用できるかどうかを判断すべきであろう。
AUTOCODEで用いるコーディングルールファイルを、分析に用いた部分のみそのまま掲載した。
<>に囲んで表示したものが「コード名」であり、その後に続く文字列(抽出文字列)のいずれかが自由回答文中に出現した場合に、そのコードを割り当てる。例えば<きずな>の下には「いたわりあう」という文字列が記入されているので、回答文中に「いたわりあう」と書かれていると、「きずな」のコードが割り当てられる。
文字列の先頭に「<」や「>」と書かれているものは、「回避文字列」である。その直前の「抽出文字列」の直前(「<」)または直後(「>」)に「回避文字列」がつながって現れた場合には、「抽出文字列」が見つかってもコードを割り当てない。例えば、「きずな」という抽出文字列の次に「<へんな」という回避文字列が割り当てられているので、「へんなきずな」という表現には「きずな」というコードを割り当てない。