市民権と文化的アイデンティティ−多文化主義をめぐる一考察−


 国民国家は文化的同一性を基盤にして形成されたが,それが過去の理想にすぎないことは,今日誰の目にも明らかになっている。世界中で見うけられるエスニックな紛争,対立,主張を制度化するためにも,今後,多文化主義(multiculturalism)の実現がいっそう要請されるであろう。しかし,文化的差異に依拠する多文化主義は,普遍的な平等思想によって,異をとなえられることが少なくない。報告では,普遍性の表現としての市民権(citizenship)をとりあげ,近代的な市民権理念の「普遍的」を批判的に検討する。
 ひとつの批判点は,市民権の資格に関するものである。万人に与えられると想定された市民としての権利は,実は同質的国民国家への帰属を前提としていた。市民という成員資格は,常に国家によって線引きされてきたのである。いまひとつは,市民権の中立性に関するものである。たとえ平等が形式的には保障された場合でも,それは事実上の平等につながるわけではない。平等や公的な中立性は常にマジョリティ集団に適応されるかたちで達成されるのである。
 以上のような問題点をとおして,現実の多様性に対応した柔軟な市民権の構築,また平等と差異の両立可能性を考えたい。

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