「同和地区生徒」のアイデンティティ形成に関するエスノグラフィー
「法」の期限切れが間近に迫り,今,同和教育は大きな曲がり角に直面している。今後,同和教育はどのように変わっていくのか。あるいは私たちは,自らの実践をどのようにつくり変えていかねばならないのか。同和教育の今後を読む鍵は,同和教育の「今」をどう読むかの中にある。今,同和教育(あるいは同和施策)は子どもたちの世界においてどのように受け止められているのか,また同和地区生徒は,学年や学級の生徒集団の中でどういう位置にあるのか。それらをできる限り正確に読みとることが,今,求められているのである。そのためには,私たち実践者が何かを語らねばならない。そういう思いが本研究の出発点であった。
本研究は,ある同和地区生徒(A子と呼ぶ)に焦点を当て,聞き取り調査と参与観察によって得られたデータを解読することを通して,この課題に迫ろうとするものである。
まず前半においては,学校の日常世界における,地区生徒と地区外生徒の関係に光をあてる。現在,学校の日常世界において,旧態依然たるあからさまな差別はほとんど見られない。かといって,彼女らにとって,学校の日常世界が,部落差別とは全く無縁な世界だというわけではない。たとえば,A子は,友人から,「なぜ学習センターに行ってるの?先生からテストの問題見せてもらってるんやろ?」と問いつめられ,うまく答えられず,仕方なしに,「それやったら私のテスト見せたろか。問題教えてもろててこんな悪い点数とるか?」と,自分のマイナス面をさらけ出すことにより,その場を切り抜けていたというのである。なぜ,彼女らは,「学習センター」などの施策について真実を語れないのか。その背景を,家庭の姿勢,小学校の指導,中学校の指導など,様々な角度から検証してみようと思う。
後半では,彼女の生き方の変化に焦点をあてる。彼女は,今でも,そのような受け答え方をしているわけではない。彼女は,今では,私が前半部分で描こうとしている,同和地区生徒が今おかれている「状況」に,果敢に挑戦する。そして真実を話すことを通して,人と人の間に深い絆をつくっていこうとするのである。私は,彼女の生き方の中に,同和教育の新たな地平を開く,ヒントが隠されているような気がするのである。
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