第4章 調査結果の分析

 第3章では、調査での主旨を明確にし、基礎的なデータによる推測を試みた。しかし、それは分析の前提に過ぎない。この章では、観光経験に対する新たな見方と観光において何が求められているのかという2つの点を意識し、何らかの見解を得るためにさらなる分析を進めていく。
 作業の過程としては、まず第1節で、問9の旅行の良い点に関する質問項目を、因子分析にかけそこから因子を抽出する。それを、旅行の指向性を意味する要素と考えて、それを用いて、次の第2節ではクロス集計をとり、指向性の方向がどの様な条件によって決定されているかを見ていく。

第1節 因子分析
(1)因子分析の方法

 因子分析とは、いくつかの量的変数の相互の関連から、それらの変数を規定している少数の「因子」を抽出することである。また、因子分析は、「因子」を抽出するという目的だけではなく、複数の変数によって1つの概念を測定したい場合にも用いられる。
 そこで、問9を(10)の「その他」を省いて(自由回答がほとんどなかっため)因子分析にかけたところ、大きく3つの因子を抽出することができた。(表−4、因子分析結果参照)



 まず、累積寄与率(Cum Pct)を見る。これは、因子分析の成否と因子数の選択に関わる重要な指標である。寄与率はそれぞれの因子が変数全体の分散の何割を説明できるかを示したもので、累積寄与率はそれを累積させたものである。ここでは、3つの因子が抽出されたので、第3因子の累積寄与率を見る。すると、3つの因子で48.0%説明できるということが分かる。これは非常に良い結果とは言えないが、そこそこの数字であると言える。
 次に、(回転後の)因子負荷行列(Roated Factor matrix)を見る。因子分析の解釈作業において最も重要なのがここに示された数値であり、この数値はそれぞれの因子が、それぞれの変数にどれほど大きな影響力があるかを示したもの(因子負荷量)である。
 因子負荷行列を見ると、第1因子はQ9x2(精神の成長)、Q9x5(刺激)、Q9x6(ふれ合い)、Q9x9(大切なものの再認識)への負荷が高く、第2因子はQ9x1(煩わしさを忘れられる)、Q9x4(ルールからの解放)、Q9x7(疲れ回復)への負荷が高い。そして、第3因子はQ9x3(変わった体験)、Q9x8(思い出)への負荷が高い。以上のことより、各因子に含まれる変数は、それぞれ相互に関連が強いと言える。
 各因子の関連性を見ると、第1因子は、例えば異文化への興味や自己鍛錬等、旅先での経験の内容に価値、もしくは意味を見出そうとしているタイプで、旅行において何か得ることを期待しそれが動機とも深くつながっているだろうと考えられる。また、第2因子は日常生活においての不満等からの逃避のための手段として観光を位置づけているタイプである。そこでは日常生活圏から、一時的であるにせよ離れたいという意志が強く働いていると言えよう。第3因子は、2つの変数しか含まれていないので、その共通性を見つけるのは難しいが、どこへ行き、何をしたかという経験そのもの、つまり経験をある種の記念として重視しているタイプと考えられる。そこで第1因子を「本物志向的要素」、第2因子を「離脱的要素」、そして第3因子はその中間にあると考えられるので「思い出作り的要素」と呼ぶことにする。
 この結果より、前章でも述べたように、質問作成時の意図が、3つの因子として期待通りに抽出することができたと言える。

(2)観光経験の3要素

 因子分析によって抽出された3つの因子は、観光における指向性を決定づける要素として捉えることができる。名前の付け方で、コーエンの提唱した分類において示された5つの要素と類似しているように思われるが、本質的な部分において異なった性質のものである。つまり、コーエンの示した5つの要素は、意味の深さという尺度で考えたとき、段階的に同一直線上に並べられるものであるのに対し、因子分析により抽出された3要素はそれぞれが独立していて、直角に交わっている、言い換えると同一直線上に並ぶ性質のものではないのだ。これは、因子分析という方法の特性に基づくものだが、そこで得られた要素を用いて観光経験を考えるときは、複数の要素の中で、傾向としてより強く表れているのはどの要素かという解釈が要求される。
 つまり、コーエンの分類が一元的であったのに対し、ここでは観光を多元的に捉えていこうというのが基本的な前提となっている。
 一見、「本物志向的要素」と「離脱的要素」は、観光に対する姿勢として、積極的と消極的と言うようにも見えるので、この第3因子だけが浮いているようにも考えられるが、それぞれが独立した要素であるのだから、「思い出作り的要素」も、第1,第2因子と同じだけの意味を持つ。
 それでは、この3つのタイプのうち、どのような観光のタイプが多いのだろうか。そこで各因子を比較するために、抽出された3つの因子に含まれる変数のパーセンテージの平均を見てみる。第1因子(「本物志向的要素」)に含まれる(2)、(5)、(6)、(9)の平均は20.7%で、第2因子(「離脱的要素」)に含まれる(1)、(4)、(7)の平均は48.7%、第3因子(「思い出作り的要素」)に含まれる(3)、(8)の平均はは31.4%という結果となった。
 この数字をどう見るのかが重要であるのだが、単純に相互を比較してみると、最も多かったのが「離脱的要素」であることから、旅行する際に約半数の人が、多少の違いはあるにせよ、日常生活から逃避したいという願望に動機を見出していると考えられる。次いで多かったのが「思い出作り的要素」、そして最も少なかったのが「本物志向的要素」という結果が出た。
 しかし、このような結果になったのは各要素に含まれる変数の違いによるものであるとも考えられる。確かに、多くの人が「離脱的な要素」を求め旅行に出かけるという傾向があるのかもしれないが、断定するには材料不足である。そこで、その点を念頭に置きつつ、次節ではクロス集計において、このような要素を求める理由と考えられるいくつかの項目を具体的に示して、さらに分析を進めていく。

第2節 クロス集計

 因子分析で観光で求められるものを大きく3つに分類した。しかし、観光に対してこのような指向性の相違が生じるのかという疑問が残る。そこで、因子分析で抽出された因子を軸として、クロス集計という方法を用いて、指向性に影響を与えると予測される、いくつかの項目について考察していきたい。
 クロス集計とは二つの質的な変数の間の関連を調べるのに用いられる。クロス表はあるカテゴリーごとに別の変数の単純集計とったものだと考えると分かりやすい。クロス集計における分析は、パーセントの比較が中心であるが、そのクロス表自体が有効であるか否かを判断する基準となる数値について、簡単に説明しておく。1つ目はカイ2乗検定である。これは二つの変数の間に関連がないという帰無仮説を検定する手続きである。カイ2乗検定の計算方法は2つあり、どちらもにた値になるが、通常は「Pearson」の方を用いる。その数字を表の横に記述しておくが、ここの値が十分に小さければ、関連があると判断できる。2つ目は「Cramaer’V」である、ここで示される数値は関連の大きさを示す指標である。0から1間での値をとり、大きいほど関連が強い事を意味する。いずれもクロス表の有効性を示す重要な数値であり、具体的な数値は、各表ごとに記してある。
 ここで取り上げたのは指向性と関連があると考えられる5つの項目についてである。その表では、一方のカテゴリーはほとんどが因子分析で抽出された因子である。ただし、ここでは「思い出作り的要素」は除外し、「本物志向的要素」と「離脱的要素」の2つのみ取り上げた。なぜならば、「思い出作り的要素」に含まれる変数が2つしかないため、そこから導き出される答えに信憑性がない事と、何より他の2つの要素につい関心があると言うのが最大の理由である。表の見方において「本物志向的要素」は「本物志向度」、「離脱的要素」は「離脱欲求度」というように解釈できる。つまり、それぞれの要素に含まれる変数にいくつ印を付けているかを示しているので、その数が多いほど(表では右側の方が)その要素が強く現れていると考えられる。また、「本物志向度」に関しては含まれる変数が4つであり、検定上の都合より、作業の前提としてカテゴリーの併合を行った。具体的に、4つの変数について印をつけた数によって、0、1、2以上と3区分にした。特に説明を記述してない箇所については、「本物志向度」と「離脱欲求度」を横軸にとってある。
 それでは、以下より指向性に影響を与えると考えられるいくつかの要素について考察をしていく。

(1)性別と指向性

参照:表4−1A:問23 性別と本物志向的度の関連
   表4−1B:問23 性別と離脱欲求度の関連



 表4−1Aについては5%検定については有意、表4−1Bについては10%検定において有意である。Bの方が若干関連性は弱いが、考察に差し支えないと判断し、双方の結果を比較するこことで考察していく。
 まず、Aの結果であるが、男性は本物志向度では1〜2以上印をつけている割合が最も多く、何もつけなかった人が最も少なかった。それに対し、女性は全く印をつけていない人の割合が高かった。また、Bは離脱欲求度にいくつ印をつけたを見ることができるのだが、男性は0〜1の割合が多く、対照的に女性は3つ全てに印をつけている割合が最も多いことが分かった。
 このA、Bは相互に補強しあう結果となったことになっている。「男性は本物志向的要素を重視して旅行に出かける」、「女性は離脱的要素から旅行に出かける」という2つのことがここから言える。見方を変えると、性別によって基本的に旅行に対する意識の在り方が違うとも考えられる。
つまり、性別は志向性に影響を与える要素であると言える。

(2)年齢と指向性

参照:表4−2A 年齢と本物志向度の関連
   表4−2B 年齢と離脱欲求度の関連



 性別と同様、年齢は指向性に大きく影響を与える基本的な要素と考えていたが、その期待に反して、クロス集計の結果カイ2条検定において、5%においても10%においても有意ではなかった。つまりそこに関連はないと言えるのだが、単純に年齢差を比較するデータとしては、使えると判断し参考までにその点にも触れておく。
 端的に言えば、年齢差による指向性の違いについては、ある一定の法則、もしくは目立った特徴は見出せなかった。これは意外な結果であるかもしれないが、年齢をどこで区切るかという問題があるのと、性別で明確な違いが見られたので、逆にそのことにより年齢差が出なかったとも考えられる。つまり、年齢別で見た時、各年代には当然のことながら男性と女性が含まれているので、その比率によって回答にはばらつきが見られる。そのため、年齢差は志向性に影響を与えないというよりは、年齢差より性別の方が志向性により強い影響力があると解釈した方が妥当である。

(3)同行相手と指向性

参照:表4−3 同行相手と指向性の関連(問8.1×問9)



 ここでは、因子分析で抽出された因子ではなくて、興味深い傾向が見られたので、問9とのクロス表を見ていく。ただし、全てにおいて、カイ2乗検定において有効ではなかったが、誰と行くかで旅行の形態が微妙に違ってくる点を比較するための資料として用いた。
 同行相手は、「家族」、「友人」、「一人」の3つのカテゴリーであるが、「家族」と「友人」ではさほど違いが見られなかった。両方において、最も多かったのが「煩わしさを忘れる」で、順番は異なっているが「ルールからの解放」、「思い出」がそれに次いで多かった。しかし、「一人」を選択した人についてはいくつか異なった点が見られた。
 第1の特徴が、最も多かったのが上記の2つと同様「煩わしさを忘れる」であったのだが、その数値が際だっていた点である。つまり、そこから一人で旅行したいと回答した人の多くは日常生活においての自分を取り巻く環境はもちろん、人間関係においても何らかの圧迫を感じていると推測される。確かに、ひとり旅は自分の意志のままに自由に行動できるが、逆に楽しさや感動を分かち合う気心の知れた相手がいないと物足りないようにも思える。しかし、私たちが一人になれる空間は限られており、まして日常生活圏においては人との関わりは必要不可欠である。中には、人間関係に対して不器用な人もいるであろうし、そう考えると煩わしいと感じる要素は環境のみ成らず、日常で深く関わっている人との間にも生じると言える。
 また、「一人」のカテゴリーにおいての第2の特徴は、「異文化とのふれ合い」が次ぎに多かった点である。人との関わりに煩わしさを感じひとり旅を望んでいるのに、別の社会(そこにはその社会に暮らす人も含まれているのだが)とふれ合いたいと思っている事が分かる。つまり、何もかも全てを煩わしいと感じているのではないし、人間関係を完全に断ち切りたいわけではないと言える。
 第3の特徴は、「思い出」が少なかった点にもある。これに関しては、あくまでも推測であるが、いくつか考えられる点がある。まず、思い出は一種の記念であり、誰か身近な人と共有する事で成立すると考えられるので、ひとり旅においては重視されないのではないだろうか。また、思い出は何年立っても語られ、写真や映像として蓄積されていく。家族や友人との旅では、そう言った形あるものも含めて、誰が何をしたか、それによってどう感じたか、と一緒に言った人との関わりも思い出となる。だから、「思い出として」という意識が働くかもしれないが、ひとり旅においては、人に語ることはあってもそれを共有する人はいない。要は、その経験はその人個人だけのものである。後で思い出して何度も話題に上るから、それを共有している人がいるから、思い出という意識が強く働くのではないだろうか。
 これらのことを考慮に入れて言えることは、家族にしても友人にしても同行者がある場合と同行者が無い場合の2つで大きく区分されるということである。つまり同行者の違いというよりは、同行者の有無によって、旅行に対する指向性も微妙ではあるが異なってくるのではないかとかんがえられる。

(4)旅行経験と指向性

参照:表4−4A 国内旅行経験と本物志向度の関連
   表4−4B 海外旅行経験と本物志向度の関連



 表4−4Aについては5%水準において有意、表4−4Bについては10%水準において有意であった。Bについては10%で有意であると示したが、ぎりぎりのところで5%水準を満たさなかったので、そこそこ関連が強いといえる。旅行経験の有無については、問5において「旅行をしていない」の回答より抜き出したものである。
 このクロス表では、当初旅行先により違いが指向性に影響を与えるのではないかと想定していた。その旅行先は主に国内、海外の2つであるが、「国内旅行をした」人、「海外旅行をした」人の両方において、結果的には大きな相違は見られなかった。これは、旅行先の選択肢としては少なすぎることに原因があると考えられるが、それにしても全く似たような結果となったのは、意外であった。
 しかし、旅行先の違いで相違は無かったが、旅行経験の有無による違いが見られた。国内にしても、海外にしても最近に旅行経験がある人は、本物志向度において2つ以上の項目に印をつけた人の割合が最も多く、逆に旅行経験のない人では、全く印をつけていない人の割合が最も多かった。
 第1節で見た限りでは、本物志向的要素を求める姿勢よりも、むしろ日常から逃避し、非日常に身を置くということに、つまりは日常から離脱したい欲求が、より強い旅行の動機となっているように思われた。この二つを考え合わせた上で言えることは、旅行に出発する前に期待していた以上の収穫を旅はもたらしてくれるということである。つまり、動機が日常からの離脱したいという欲求によるものであっても、帰ってきた時には少なからず、旅行先とは関係なく、旅行経験そのものによって何かを得ることができたと感じる人が多いのではないだろうか。その仮説が正しいならば、旅行経験の有無が指向性に影響を与える要素となりうると考えられる。

(5)ストレスと指向性

参照:表4−5A ストレス度と離脱欲求度の関連
   表4−5B 仕事ストレス度と本物志向度の関連



 まず、ストレス度は問21にでの質問に基づき、特に仕事、人間関係など、日常生活全般においてストレスの要因と考えられる19の項目があげられている。そこに印をつけた数がストレス度の指標であると解釈できる。見にくいかもしれないが、表においては縦軸ストレス度の度合いを示しており、0は全ての項目に印をつけなかった人で、ストレスを感じていない人と言える。同様に縦軸には印の数が示されており、0から2にかけてストレスのレベルが上がってきていると言える。また、仕事ストレス度とは問21の中で仕事に関する項目である(1)から(6)についてのみを限定して取り上げたものである。表の見方はストレス度と同様、縦軸が仕事ストレス度の度合いを示しており、そこに記されている数字が印をつけた数で、0から2にかけてより強く仕事でストレスを感じていると言える。
 ストレス度に関しては本物志向度と離脱欲求度の両方で検定を試みたが、後者においてのみ5%水準で有意であったので採用した。(表4−5A)また、ストレス度とは対照的に仕事ストレス度については本物志向度についてのみ1%水準で有意であった。(表4−5B)1%水準で有意であったということは、その関連性がかなり強いといえる。
 表4−5Aを見て分かるように、ストレスを強く感じている人ほど離脱的要素をより強く求めている傾向がある。逆に言えば、日常生活においてストレスをあまり感じていない人は、日常から離脱したいという欲求がさほど強くはないと言えよう。つまり、ストレスが強い人が求める旅行は、日常からの逃避的な意味合いを持ち、それによってストレスを発散、もしくは解消しようとする行為と考えられる。
 また、仕事ストレス度が強いほど観光において本物志向的要素を強く求めていると言える。しかし、仕事ストレス度を感じている人が男性に多いのではないかという懸念があり、それがこの結果につながっている節があったので、念のため有職者という条件付きでクロス表をとってみた。(表4−5B’)業種については問27の項目で選択し、パートも含まれている。その条件下での男女比率は若干男性の方が多いが、差はほとんどなく、関連の信頼性は高まったと考えていいだろう。そこでも、仕事ストレス度感じている人ほど、本物志向的要素を求める傾向が見られた。
 その理由については、これだけの資料では少なすぎて、推測でしか言及できないが、仕事においてのストレスは、ある側面において、自分の理想と現実の間のギャップによって生じると考えられる。さらに、その理想が高いほど、例えば、仕事において高く評価されたいもしくは成功したいと望んでいるというようなことであるが、そういう人はどの場面においても、積極的な姿勢で取り組むのではないだろうか。つまり、それが観光の場合においても同様で、言い換えれば、観光と仕事はその人にとっては同一の意味を持つ。それが、観光において本物を求めるということにつながっているのではないだろうか、と言うのが私の仮説であり、ひとつの見解である。
 この章では、まず、観光の捉え方において新たな指標として、因子分析によって抽出された3つの因子を示し、それを観光経験の見方として指向性に影響を与える要素と考えた。次に、その要素を軸とし、それと関連があると予想されるいくつかの条件についてのクロス表を見るという方法で分析を進めてきた。その総括の意味も含めて、次章でこの論文から得られた最終的な見解についてまとめていきたい。

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