第2章 先行研究
第1節 用語解説
第1項 フィルムツーリズム
フィルムツーリズムとは、エコツーリズム、グリーンツーリズム、文化観光、産業観光、ヘルスツーリズムに並ぶ「ニューツーリズム」の1つである。これらは従来の旅行とは異なりテーマ性が強く、人や自然とのふれあいなど、体験的な要素を重要視した新しいタイプの旅行のことだ。中谷(2007)の研究では、フィルムツーリズムを「映画やテレビドラマなどの映像メディアの撮影地となったところを訪れ、映像の世界を追体験する観光」と定義している。
第2項 フィルムコミッション
中谷(2007)は、2001年に設立された全国フィルムコミッション連絡協議会において、フィルムコミッションは「映画やテレビドラマ、CM などのあらゆるジャンルのロケーション撮影を誘致し、実際のロケをスムーズに進めるための非営利公的機関」と位置づけられていると述べている。フィルムコミッションが提供する主なサービスとしては、ロケーション場所に関する情報の他、宿泊、食事、機材、レンタカー、許可申請についてなど、地域で撮影する際に必要な情報の提供が第一に挙げられる。個々のフィルムコミッションによっては、警察署、公的機関などへの撮影許可手続きの代行、エキストラの手配、撮影への同行といったサービスもある。つまり、これまで製作者側がかなりの手間と労力をかけて進めてきたことが省力化されるサービスを提供しているのである。
第2節 撮影誘致による具体的なメリット
斎藤、嘉数(2008)の研究では撮影誘致の具体的なメリットとして、
1.直接的経済効果
(撮影スタッフの滞在に伴う宿泊費・飲食代・機材レンタル代・車や船のチャーター代等)
2.観光振興
(映像作品を通じて地域の魅力を発信、ロケ地ツアーの企画)
3.文化振興
(地域住民の文化レベルの向上やコミュニティ形成のきっかけづくり)
の3つを挙げている。また、地域資源を映像作品として発信するだけでなく、エキストラなどで地域住民が参加することや自治体の協力など、制作段階において地域にネットワークを構築することが地域活性化にもつながると述べている。
第3節 筒井(2013)の類型分類
聖地巡礼は、一般的に漫画・アニメの観光用語として使用されることが多く、アニメツーリズムと言う論者もいる。筒井(2013)も聖地巡礼を、「漫画やアニメなどの熱心な愛好家が、好きな著作物などに縁のある土地を聖地として訪れること」と定義しており、フィルムツーリズムの1つの形態であると述べている。またツーリズムの対象となる聖地を、「原作や映像作品中に地名が明示されているか」、「地元が事前に関与するか」といった点に着目し、いくつかの類型に分類している。
表2-1 作品の要素による「聖地」の類型分類
項 目 |
A型 (作品において現実の地 名が明示されない) |
B型 (作品中で現実の地名が明示される) |
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1型 |
2型 |
3型 |
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ストーリー内容 |
地域との関連はない |
地域は重要な要素では |
地域は重要な要素では |
地域施設や行事等と密 |
ない |
ない |
接に関連して進行 |
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現実の場所との対応 |
地域は明示されないが、 |
現実の地名が明示さ |
現実の地名が明示さ |
地名が明示され、映像 |
映像の背景がネット等で |
れ、映像の背景も当該 |
れ、映像の背景も当該 |
の背景も当該場所が使 |
|
特定され「聖地」となる |
場所が使用される |
場所が使用される |
用される |
|
(このタイプの変形とし |
||||
て現実に近い仮名が使わ |
||||
れるケースもある) |
||||
地元の関与 |
エンディング・クレジッ |
エンディング・クレ |
エンディング・クレ |
エンディング・クレ |
トに名前は出ない |
ジットに名前は出ない |
ジットに名前が出る |
ジットに名前が出る |
|
イベント |
通常イベントはない |
イベントと放映期間に |
イベントと放映期間は |
イベントや広報が放映 |
はタイムラグがある |
ほぼ同時期 |
前から行われるケース |
||
がある |
注.筒井、2013、16ページ 図表5を引用
A型=作品において現実の地名が明示されない
B型=作品中で現実の地名が明示される
B-1型=製作段階における地元の(公式の)関与はなく、放映後の来訪客の増加が認識された後に各種イベント、マップの作成、公式HP上での案内等が行われるケース
B-2型=地元が事前に関与し、放映とほぼ同時に地元自治体、商店街、交通機関等とのタイアップ企画が行われるが、ストーリー上では地元の事情はあまり反映されないケース
B-3型=地元が事前に関与し、ストーリー内容も地域のPV的な要素を含むケース
本研究では筒井(2013)の類型を用いて、富山県における撮影誘致の事例を次章で分類したい。ただし、その際分類し辛さも感じられたため、枠組みに以下の修正点を加えたい。
1つは項目「イベント」についてだ。ここでいう「イベント」の意義は、作品に関連したPR的要素を含む取り組みのことである。筒井はB型の分類の際、イベントが行われる時期について言及しているが、今回はイベントの有無のみに着目する。また筒井はA型=イベントがない、B型=イベントがあると断定して分類を行っているが、筆者はA型にもイベントが存在する作品はあるのではないかと考えた。これは次章で記述するが、実際にA型に該当しつつイベントが存在する作品が富山県内でも見られたからである。したがって、A 型をさらにA-0型、A-1型に分類する。また実際はともかく、理論上はB型にもイベントを伴わないものがありうる。したがって、A-0型に対応したB-0型を新たに設ける。
もう1つは項目「地元の関与」についてだ。筒井の言う「地元」、「関与」の意味は不明確である。また表を見るとエンディングクレジットに名前が出るかどうかという基準で分類を行っているが、特定の地域で撮影が行われればほとんどの場合エンディングクレジットには名前が出るはずであるため、この項目は不可解である。したがって、B-1型とB-2型を結合し、B-(1)2型とする。
以上の通り分類枠組に修正を加えると、以下のようになる。
表2-2 筆者の類型分類
上記の分類の中でも、B-3型は事前に企画された聖地巡礼であり、地域活性化効果は高いと言えるが、実際の場所を意識することによるストーリー上の制約も多くなると思われる。本研究では、このB-3型を地域密着型と呼びたい。
フィルムツーリズムや聖地巡礼の研究においては、作品が地域を特定しないタイプから、地域性の高いものへ進化していくという考え方があるが、筒井(2013)はそれにはクリアしなければならない3つの問題があると指摘している。
1つ目は上記でも述べたように、「作品自体の質への影響」だ。基本的に地域性と経済性は相反する概念であり、地域性を強調するとローカル色が強くなって作品表現の制約になり、完成後のマーケットも狭くなる可能性がある。また地域の風景を入れようとすれば、どうしても地域での生活の場面が多くなり、作風が地味になるかもしれない。制約は、実写の映像においてより顕著であると考えられる。
2つ目は、「人為的な仕掛けの限界」である。つまり事前に企画された事実が、視聴者にどのように受け入れられるか分からないということだ。フィルムツーリズムは、自然発生的に盛り上がるものである。特に「聖地巡礼」の熱心なファンは、作品の背景を丹念に見て場所を特定し、その地域を訪問することを楽しみとしているのであって、最初から××県△△市として場所が特定され、かつ観光案内までやってもらえる作品を特に求めているわけではないのだ。したがって、役所や地元商店街が天下り的に仕掛けたものが、ツーリズムの対象となるのかは疑問と言える。
3つ目は、「外部経済効果が必ずしも生じるわけではない」ということだ。フィルムコミッションの活動を含めて、事前に地域が製作に協力することは、いわば「外部経済効果の前渡し」と言える。ただ事前には外部経済効果が生じるか否かは判断できない。脚本等はあっても内容について正確には分からず、地域の景観が当該作品の中でどのように使われるかは不明だ。作中で地域が望む取り上げ方がされるとは限らず、意にそぐわないイメージが流布する可能性もある。また作品が当たらず期待した経済効果がない場合もあり、そういった場合、フィルムコミッションへの公費支出が問題となる可能性もある。
このように、地域に発生した利益を内部化することは難しい。この点が解決されないと、製作側に事前にフィルムツーリズを意識した仕掛けを組み込むというインセンティブはなかなか生じないであろう。このためには、自治体による政策的な誘致活動が必要となるかもしれない。つまり作品として地域性を前面に出すことは、供給側と需要側双方にメリットとデメリットがあり、現在でも放映される作品はA型に属する作品がほとんどと言える状況にあるのだ。このような中、B-3型(地域密着型)作品は地域社会にとって何をもたらしうるのか。ここに本研究の着眼点がある。