第二章 先行研究
第一節 若者の雇用状況
内閣府(2011)によると、若者の労働力人口(15歳以上人口のうち、就業者と完全失業者を合わせたもの)は、一貫して減少している。平成22年(年平均)の15〜29歳の子ども・若者人口は2023万人で、このうち1190万人が労働力人口である。5年前の平成17年の1356万人と比較して166万人の減少である。また、若者労働力人口のうち、若者就業者数は1093万人で、5年前の平成17年の1256万人と比べ163万人減少している。それに対し若年無業者数は、平成17年64万人、平成22年60万人と横ばいであり、若者の労働力人口に占める割合は高くなっていると言える。
また、24歳以下の完全失業率が、2010年には9.4%(前年比0.3ポイント上昇)、25〜34歳については、6.2%(前年比0.2ポイント低下)と依然として厳しい状況にある。2011年3月卒業予定者の就職内定率は、大学については過去最低の91.0%(2011年4月1日現在)となっており、高校については95.2%(2011年3月末現在)と、前年同期に比べ1.3ポイント上昇したものの、依然として厳しい状況となっている。
さらにフリーター注(1)数は2010年には183万人となり、前年(2009年178万人)に比べ5万人増加するなど不安定な形態の就労に従事している若者は依然として多い。
第二節 ひきこもり、ニートについて
第一項 ひきこもりの定義
「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」(厚生労働省 2010)によれば、様々な要因の結果として社会的参加(義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則的には6カ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念として「ひきこもり」は定義される。なお、ここでいう「ひきこもり」は原則として統合失調症の陽性あるいは陰性症状に基づく「ひきこもり」状態とは一線を画した非精神性の現象だが、実際には確定診断がなされる前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべきともされている。
第二項 ニートの定義
厚生労働省(2010)によると、「ニート」とは、「Not in Education,Employment or Training」の頭文字(NEET)からくる英国での造語で、直訳すると「就業、就学、職業訓練のいずれもしていない人」となる。日本においてこれにあたるものは、内閣府による「平成17年青少年の就労に関する研究調査」の報告書に記載された、いわゆる職に就いていない若者(無業者)について「高校や大学に進学しておらず、独身であり、ふだん収入になる仕事をしていない15歳以上35歳未満の個人(予備校や専門学校などに進学しているものも除く)」とした定義があり、これが日本においての定義である。
第三節 若者自立支援について
ここでは、共同生活による若者自立支援について制度の変化を特定非営利活動法人教育研究所(2010)に依拠してまとめる。
2003年4月文部科学省、厚生労働省、経済産業省、内閣府の4省府によって「若者自立・挑戦戦略会議」が設置され、同年6月に「若者自立・挑戦プラン」が取りまとめられた。この施策の中で「若者自立塾」が2005年度から厚生労働省の委託で始まったが、2010年の事業仕分けにより廃止。緊急人材育成・基金訓練に組み込まれ、「基金訓練 社会的事業者等訓練コース 合宿型若者自立プログラム」として再開されることになった。しかし、基金訓練の合宿型若者自立プログラムは基金訓練の認定基準の改正(平成23年2月3日中央職業能力開発協議会発表、平成23年4月1日から順次施行)により廃止となった。この基金訓練に代わる制度として求職者支援制度が建議され、平成23年5月13日に「職業訓練の実施等による特定求職者の就職に関する法律」が成立し、同年10月1日より施行された。
第一項 若者自立塾について
若者自立塾は、様々な要因により働く自信をなくした若者を対象として、合宿形式による集団生活の中での労働体験や、ボランティア活動等を通じて、働くことについての自信と意欲を持ってもらい、就労へと導くことを目的としている。安宅(2006)は、その可能性と課題を指摘している。
若者自立塾の実施面からみた可能性について、第一に「自立塾が親子関係や対人関係の再構築・追体験の場になり得る」ということがある。塾生は、対人関係の経験が不足している場合が多い。特に親子関係が「不仲・疎遠」または「過剰な密着」のどちらかである場合が多く、親と子が互いの距離感をつかめていない。そのため、お互いの関係性から抜け出すことができない。いったん家族から離れ、共同生活をすることで家族や他人との付き合い方を経験する。共同生活や合宿生活が「疑似社会」あるいは「疑似家族」の役割を果たすことで、塾生たちに経験の場を提供することにつながり得るという可能性である。
第二の可能性が、「『ニート支援』のための包括的アプローチの実効性についての示唆」である。「ニート支援」を労働、福祉、教育に分断して考えるのではなく、これらの多分野・複数領域の要素を包含した自立塾が設置され、一定の成果を収めている。このように「ニート支援」を多分野・複数領域で考え、包括的なアプローチをしていくことの必要性が明らかになった。
第三の可能性が、「若者自立塾が新しい仕事を創っていく動力になりうること」である。複数の自立塾では、「ゆっくりした働き方」や「自分に合った働き方」を求める動きや、さらに企業側の意識変革を求める働きかけを確認している。こうした現場の挑戦は、個人の問題としての「ニート」、単なる意欲、スキルの問題ではなく、雇用システムの問題としての「ニート」個人をとりまく経済的・環境的な要因をとらえている点で、一定程度の可能性を有した取り組みとして評価することができる。
若者自立塾政策の課題として、一つ目に「当初の想定を超える困難を抱える若者を受け入れざるを得ないこと」が挙げられる。この自立塾政策によって明らかになったのは、軽度発達障害などの困難を抱える人々の就労や社会的な受け入れを支援する公的なシステムがこれまでほとんど整備されてこなかったという現実であった。改めて、「ニート」状態にある若者たちが多様かつ複合的な困難の中にあるという前提に立った、対象範囲の再検討を伴った、制度設計が必要となっているといえる。
第二の課題が「若者たちをとりまく「環境」の視点の不在」である。この政策のプランが「ニート」状態に陥っている理由を個人的な意識、意欲の問題に還元していたこともあり、個人的・直接的なアプローチを志向した「生活訓練と労働体験」が自立塾の柱となっている。そのため、「制度」としての自立塾には、地域コミュニティーや家族といった若者を間接的にとりまく存在への積極的アプローチが欠けている。それゆえ、自立塾は限定的なものとならざるを得ない。地域や職場のコミュニティーを巻き込む形での事後的・継続的な支援が必要となる。
第三の課題が、「現場レベルにおける「ニート支援」を成果主義的、数値目標的なものにしたことの問題点」である。これらの性質を帯びるようになった理由は、予算の制約があったためである。厚生労働省の担当者の中には、より重い困難(発達障害、長期のひきこもり)を抱えた若者たちにはさらに長期にわたって訓練・支援していくことの必要性を認識する声もあったが、予算の制約のまえではそういった声も縮小せざるを得ない。結果として、「軽度のひきこもり」を対象として、「3か月間」の限られた間で卒業させ、6か月以内に「7割」を就職させることが目標としてとらえられることになった。
制度面からみた自立塾は、限られた予算の枠内において「ニート支援」の実績を残すために設けられた、妥協的な支援の形態であると安宅は考察している。
実施の中から得られた可能性を政策的に再度フィードバックしていくシステムの構築が必要であると安宅は述べている。
第二項 基金訓練について
基金訓練とは、自民党のもとで厚生労働省が推進していた雇用対策事業の一つである。厳しい雇用失業情勢が続く中、雇用調整により離職を余儀なくされた非正規労働者などについては、失業期間が長期化していくことが懸念される。このような、雇用保険を受給できない人に対する新たなセーフティーネットとして、職業訓練、再就職、生活への総合的な支援を図るため、「緊急人材育成・就職支援基金」を創設した。(厚生労働省 2010)その中で2009年7月末より実施している緊急人材育成支援事業の、雇用保険を受給できない人などに対する無料の職業訓練が基金訓練である。緊急人材育成支援事業には、訓練期間中の生活保障のための「訓練・生活支援給付」も含まれる。
基金訓練は、就業経験が少ない人に向けた訓練として、就職基礎力の習得から実践的な職業能力の習得へとつなげるコースを設定していることが特徴である。また、訓練を受講する方のうち、年収要件などの一定の条件を満たす人については、訓練受講中の生活を支援するため、月10万円(被扶養家族を有する人は月12万)の「訓練・生活支援給付」が支給され、さらに希望する人は、上限5万円(被扶養家族を有する人は月8万円)の貸付を受けることができる。
2009年度において、基金訓練は、約12.2万人分の訓練枠を確保し、受講申込者数が約12.0万人、また、「訓練・生活支援給付」は、受給資格認定件数が約3.7万件であった。2010年度においては、6月29日現在、受講者数5.1万人、受給資格認定件数が3.6万件となっている。
この基金訓練や訓練期間中の給付金の支給については、平成23年度中に「求職者支援制度」として恒久化すべく、検討が進められている。
基金訓練・職業訓練情報サイトショクレンによると、対象となる条件と訓練のコースは以下の通りである。
対象となる条件
(1)ハローワークに求職申し込みを行っている
希望する仕事や労働条件などを記入した「求職申込書」を提出すること
(2)ハローワークの窓口で、キャリアコンサルティング(個別相談)を受けて、基
金訓練のあっせん(紹介)を受けた方
(3)訓練を受けるために必要な能力等がある
(4)過去に公共職業訓練を受給したことがある方は、訓練終了後1年以上経過して
いること
(5)過去に公共職業訓練を受給したことがある方は、受講した公共職業訓練の期間
と、新たに受講しようとする基金訓練の期間が合計して24カ月を超えない
以上の条件にすべてあてはまること
訓練コース
(1)横断的スキル習得訓練コース(3ヶ月)
文書作成、表計算、図表作成、プレゼンテーション制作など職種に関係なく必要
とされるITスキルの習得を目標としたコース
(2)新規成長・雇用吸収分野等訓練コース【基礎演習コース】(6ヶ月)
医療、介護・福祉、情報技術、電気設備、農林水産業等の分野で、演習を中心に、
就職に必要な基本能力の習得を目的としたコース。
(3)新規成長・雇用吸収分野等訓練コース【実践演習コース】(3〜6ヶ月)
医療、介護・福祉、情報技術、電気設備、農林水産業等の分野で、座学と企業自
習等により、実践的な能力の習得を目的としたコース。
(4)社会的事業者等訓練コース【ワークショップ型訓練コース】(6ヶ月〜1年)
社会性の高い事業において必要な職業環境・作業への適応、働く自信の回復、基
礎的な技能等の習得を目的としたコース
(5)社会的事業者等訓練コース【OJT型訓練コース】
社会性の高い事業の経営、事業運営に関する実践的知識・技能の習得を目的とす
るコース。
第四節 今後の若者自立支援について
厚生労働省(2011)は、ニートなどの若者の職業的自立を支援するために、地方自治体との協働により、地域の若者支援機関からなるネットワークを構築するとともに、その拠点となる「地域若者サポートステーション」を設置し、専門的な相談やネットワークを活用した適切な機関への誘導など、多様な就労支援メニューを提供する「地域若者サポートステーション事業」を2006年から実施している。2010年6月に政府の新成長戦略において「2011年~2020年の10年間で地域若者サポートステーション事業による就職等進路決定者数10万人」という目標が掲げられたことなどから、2011年度には設置拠点を全国100カ所から110カ所に拡充するとともに、高校中退者などを対象とした訪問支援(アウトリーチ)によるサポートステーションへの円滑な誘導、高校復学や職業訓練移行後の生活習慣改善の定着を支援する継続支援事業の拡充など、ニートなどの若者の職業的自立支援を強化している。
このように政府はニート状態の若者の自立支援について、サポートステーション事業に重点をおいている。若者自立塾のような共同生活による自立支援への補助はなくなり、事業を行うNPOなどの団体も減少している。地域の若者支援機関への補助は十分であるだろうか。また、制度の変化によって支援の内容も変化している。ニート状態の若者に対する支援は十分だろうか。
本論文では共同生活による若者自立支援について、制度の変化で支援機関にどのような影響があったか、共同生活は若者の自立にどのような影響があったか考察していきたい。
第五節 各支援の主な違い
これまで述べてきた共同生活による若者自立支援についての制度の変化を以下にまとめる。自立支援プログラムについては宇奈月自立塾の例である。
|
若者自立塾 |
基金訓練 |
自立支援プログラム |
実施期間 |
2005年から2010年 |
2010年から2011年 |
2011年から |
訓練期間 |
1クール3カ月または6カ月で随時受け付け(6カ月コースは2009年度より開始) |
1クール6か月で訓練期間は定まっている |
基本的に6カ月で随時受け付け |
上部機関 |
社会経済生産性本部 |
中央能力開発協会 |
なし |
対象 |
・義務教育課程終了後1年以上経過し、1年以上前から現在に至るまで無就労、求職活動をしていない、無就学、職業訓練を受けていない ・過去に求職活動を行った ・40歳未満までの未婚の人 |
無就労、無就学の状態で現状を変えたいと考えている人で ・ハローワークに求職申し込みを行っている ・ハローワーク所長の受講勧奨がうけられる ・年齢概ね16〜39歳の人 |
・ひきこもりで社会復帰をめざす人 ・タイやカナダで留学を考えている人 |
申込方法 |
塾へ直接申し込み |
ハローワークが窓口 |
塾へ申し込み |
経済基盤 |
(1)入塾負担金:各自立塾で異なるが、11〜40万 (2)奨励金 ・設立奨励費:一期10名以上で開始された場合1000万円(主に施設・設備費として使われる) ・入塾活動奨励費:募集活動に要した経費(1サイクル30万) ・訓練等奨励費:3ヶ月で卒業した場合一人当たり28.6万円(低所得者には10万円上乗せ) ・資格取得奨励費:塾生が資格を取得した場合、それに要した相当額 ・修了後支援活動奨励費:卒業後のアフターケアのため。一人当たり2万円 |
(1)入塾者負担金(寮費、生活費) ※訓練・生活給付金注(2)が受けられる場合、そこから寮費を支払うことができる。 (2)訓練奨励金:公共職業安定所長の受講勧奨を受けた受講者数に月額10万円乗じた額が支給される。 |
(1)入塾者負担金 ・入塾時納入金:入塾費15万円、設備費15万円。計30万円 (11月生、は設備費のみ。プレ入塾はコース決定後設備費のみ納入。OBは入塾時納入金不要) ・月額納入金:寮費、生活費、生活指導費、就労指導費。計、コースによって異なるが18〜20万円 (2)補助金 生活保護世帯の人などに対して補助が受けられるよう働きかけている。 冬季の暖房費別途必要 ※低所得家庭の人はNPO法人教育研究所の助成補助を受けられる場合がある。 |
ポイントとなるのは、対象となる若者である。若者自立塾では、漠然と無業状態の若者が対象だったが、基金訓練では求職者のための支援となった。基金訓練の後の求職者支援制度のもとでは、合宿型の自立支援に対する補助が全くない状態である。制度の変化により支援する対象の若者が求職者へとしぼられている。「脱合宿型」ともいえる状況だからこそ今改めて、無業状態の若者に対する支援として、共同生活はどのような可能性があるのか考える必要がある。これを調査を通して探っていきたい。