第五章 分析

 

 調査の結果、啓発活動が発信してきたうつ病のイメージ、対応の仕方、一般にうつ病に対して抱かれているイメージ、実際にくだされている医師の診断、これらそれぞれに食い違いがあることが観察された。

 それぞれの違いを、イメージ、診断、治療、対応の4つに分けて、各カテゴリー別にポイントを整理し、以下にまとめる。

 

第一節     イメージ

 

教えて!gooyahoo!知恵袋でうつ病に関するイメージの調査からは、啓発されたイメージを受け止めている部分と、偏見が残る部分が重なって見られた。

うつ病や精神疾患のイメージについて、ストレートな質問が投げかけられている以下の四つの質問と合計27の回答に注目する。第四章(2)で参照した、yahoo!知恵袋の質問のY1Y2Y3、教えて!gooの質問のG1をこの節では扱う。

 

Y1「【うつ病】という病気についてあなたはどんなイメージを持っていますか?」

Y2「うつ病について、あなたがお持ちのイメージを教えてください。社会一般の印象が知りたいです。 」

Y3「「うつ病」という言葉はどんなイメージですか? 誰かがうつ病になったというわけでなく、ただ単純に、「うつ病」という言葉を聞いてどのように思いますか?? 容認でも、偏見でも、どんなイメージでも結構ですのでたくさんの、いろいろな意見を知りたいのでおしえてください。」

G1「躁うつ病と診断された学生です。(中略)(1)躁うつ病などメンタルの病気に対して、どんなイメージがありますか?(後略)」

 

G1に関しては(1)の回答のみを扱う。回答はいくつかのパターンに分類することが出来た。 それぞれのカテゴリーについて、例を挙げる。

 

■うつ病やメンタルの病気に対し、否定的な見方をする回答 5件

「これだけ怠け者が増えると 日本経済は大丈夫か」

「自分がうつ病って言うひと。←ただの逃げ。」

 

■性格的な面に関する回答 4

「(前略)うつって完璧主義 自分を犠牲にする人ってイメージですね。」

「…気分転換が下手な人…」

(1)繊細で、考え過ぎてしまい、外部以外に自分で自分を追い込み傷付けているイメージ」

「とにかく暗い!!!!(後略)」

「怠けている 暗い 仮病見たいな感じ だらだらしている(後略)」

 

■うつ病を脳疾患として捉える回答 4件

「単なる脳疾患としか思わないです。人の感情は脳内のホルモンバランスによって決まります。うつ病の人はそのバランスが崩れている、それだけの話です。」

「ホントのうつ病は脳の中で情報が正しく伝達されない病気です(後略)」

 

■特別でないこと、仕方ないこととして捉える回答 4件

「特別なこととは思いません。ただ、心が疲れてしまった状態なんだな、と認識します。」「今は、誰でも掛かる病気の一つなので、印象と言われれば 優しいから、疲れちゃったのかな・・・が、私のイメージです。」

(1)仕方ないとしか言えない。でなければ、うつ病なんて言葉は無いし、精神科なんていらない。精神病にかかった人が悪いと言う意見は、ただの精神論で役に立たないと思ってます。」

 

■うつ病経験者の回答 4件

「過去に苦しんだ経験から非常に辛いものというイメージ。二度と、あの頃のようになりたくない。」

「まともで、ごく普通の人なら大抵はかかる可能性の高い病気だと思っています。」

 

■その他の回答 6件

「色々な意味で大変そう、の一言に尽きます。」

気の毒。かわいそう。理解できない。心が弱い。だめな人間。必ず治る。死なないでなんとか頑張って耐えてほしい。ピンからキリまでいる。

 

 まず、啓発の影響を受けていない、うつ病や精神疾患に対して否定的な見方としては、うつ病を「これだけ怠け者が増えると 日本経済は大丈夫か」「自分がうつ病って言うひと。←ただの逃げ。」という回答が寄せられている。

一方ではうつ病を「単なる脳疾患」「完璧主義」「心が疲れてしまった状態」「必ず治る」など、啓発によって広められたイメージが根付いている様子も見られた。

 興味深いのは最後の回答である。短文が重ねられているが、「気の毒」という同情的な見方の一方で「心が弱い」「だめな人間」と、複数のイメージが一人の回答者の中で混在している様子を見られる。

 新聞ではインターネットと違い、うつ病に対する偏見や、自殺、犯罪に結びつくイメージが見られた。以下は偏見におびえる思いがつづられていた読者の投稿記事である。

 

心を病むのは罪なのですか(声)

 主婦 竹木ゆき(埼玉県 44歳=仮名)

 私は約六年間、うつ病に悩まされています。夫の家庭内暴力、息子の不登校、老親の介護など様々な要因が複雑に絡み合い、「心」が壊れてしまった状態です。

 神経科、精神科と過去三度、通院しました。現在は通院をやめ、薬も飲まず、不眠や不安、不意に襲う自殺願望と必死に闘いながら日を過ごしています。本当は精神科医に助けを求め、再通院したいのですが、職場に知られるのが怖く通院できないのです。

 先日、勤め帰りのバス停で友人と偶然に会い、一番耳にしたくない言葉を浴びせられてしまいました。

 「うつ病だったこと、絶対に職場の人間にしゃべっちゃ駄目よ」

 その場は何事もなかったように取り繕いましたが、私の胸の奥で何かがガラガラと崩れ落ちるのを感じました。

 理解してくれなくてもいいのです。ただ、やむを得ず精神科の門をたたかなければ生きていけない人々がいることを、どうか認めて下さい。

 犯罪が起きると、まだ「通院歴」が話題になったりします。通院歴を隠さなければいけない社会は、いつまで続くのでしょうか。

(朝日新聞2001316日朝刊)

 

 このように、うつ病が犯罪と結びついているように考えられており、投稿者は職場に精神科への通院を知られるのが恐ろしく、通院をしていないという。20031114日の記事には、うつ病と診断された男性が「まさかと思った。「うつ病」イコール「自殺」という言葉が頭をよぎった。」と言う言葉を載せている。うつ病が自殺や犯罪と強く結び付いてイメージされる記事は多く発見することができた。啓発されたイメージに対して、このような啓発と対極に位置するイメージも観察された。

 


 

 第二節 診断

 

 うつ病の診断については、専門家と一般の人との間で、感覚のずれが起きている様子が見られた。

 インターネットにおける調査で、うつ病のイメージには、第一節で取り上げた回答にもあったように、「完璧主義」「繊細」「気分転換が下手」など、その人の性格とセットになっている面が多い様子が見られた。新聞おいても同様に、うつ病と性格的なイメージを強く関連付けている記事が見られた。

 

病で考え直す、わが会社人生(声)

 会社員 坂田純(神奈川県 37歳)

 「うつ病通じて教師人生考え」(2日)を読みました。私も同じ病気と闘っている者の一人です。私の場合、公私にわたる心労に過労が重なり昨年11月に「うつ病」と診断されました。

 当時、会社の健康診断で血糖値が上がり、産業医からストレスが原因と言われ、専門医を紹介されました。妻と一緒に病院に行ったのですが、「うつ病」と宣告された時はやはりショックでした。ストレス性のうつ病になる人は、まじめ、きちょうめん、完全主義が特徴と知り、自分が人一倍、「家庭も仕事も完璧(かんぺき)に」という気持ちが強すぎて、自分に全くゆとりが無い生活をしていたことに気付きました。結局、会社を3カ月休みました。職場復帰して10カ月がたとうとしていますが、今もって治療継続中です。

 幸い主治医から「予想をはるかに上回るペースで順調に回復している」と言われています。この先も着実に治そうと思います。

 うつ病になったことは、今後の人生において自分自身を見直す機会を得たのだと思うようにしています。お互い頑張りましょう。

 (朝日新聞20031209 朝刊

 

この投稿者は、ストレス性のうつ病になる人は、まじめ、几帳面、完璧主義だと知り、それが自分自身にも当てはまっていたことに気が付いている。うつ病になるのは完璧主義な気持ちが影響していると考えており、うつ病と性格的な特徴が結びついている。

 しかし現在では、まじめで繊細な人が心に疲労をため込み発症する、という形のうつ病ばかりではなくなっている。

以下はこれまでにないタイプのうつ病を紹介した新聞記事である。

 

(うつ病治療のいま:上)新型急増、診療所パンク 20〜30代中心、仕事中だけ症状

  「うつ病」患者が急増している。この影響から、精神科クリニックで新患で予約しようとしても「1カ月待ち」というところもある。背景に、病気の啓発が進んだことや、新しいタイプのうつ病患者が増えていることなどがある。そのため、適切な治療を受けられていないケースもあるようだ。患者急増の背景、治療の現状と課題を2回にわけて探る。(佐藤陽、和田公一)

 さいたま市浦和区の坂井メンタルクリニック。「2週間先まで新患の予約はいっぱいです」

 電話の相手に、申し訳なさそうに職員が頭を下げた。クリニックでは、初診の予約を断らざるを得ない患者が、1日5〜10人いる。坂井俊之院長は「新患1人の診療に40分はかかる。丁寧に診察するためにも、これ以上、受けられない」と話す。(中略)また「仕事中だけうつになるような新型(非定型・自己愛型)の患者が増えたことが一因」と話す専門家も多い。

 都内にある企業のベテランカウンセラー(60)は最近、こんな30代の男性を担当した。「眠れない。朝会社に行こうとすると体が動かない」と訴えた。研究部門から開発部門に移ったことがきっかけだった。

面接すると、「前の部署に戻りたい」「上司の指示が細かすぎて、気に入らない」と話す。カウンセラーには、少し「わがまま」に映った。休職中には、海外旅行に行った。カウンセラーは「こうしたうつ病は20〜30代を中心に目立つ。性格的に未熟で、自分の病気を他人や会社のせいにしがちだ」と話す。

 赤坂クリニック(港区)の貝谷久宣理事長(精神科医)によると、非定型うつ病は、パニック障害などの不安障害と合併することが多く、(1)休日は元気になる、ささいな一言で落ち込むなど、気分の浮き沈みが激しい(2)過食・過眠(3)夕方からの抑うつ気分、などの特徴がある。こうした患者が現在、うつ病患者の4割前後を占めるという。(後略)

(朝日新聞20080517日朝刊 佐藤陽、和田公一)

 

 このように、これは本当にうつ病なのか、友人知人がうつ病と診断されたらしいがうつ病に見えない、非定型うつ病はうつ病なのか、などの疑問の声が上がっている。

精神疾患の診断基準であるDSMの診断の特徴について、Sさんはインタビュー中にこう語っている。

 

DSMというのは操作的診断基準であって、要するに横断的に、時間軸で見ると、こう時間軸的に、最初はあれがああなってこうなっていうことで診断するんじゃなくって、ある軸で、どういう症状がありますか。で、それが何個以上あれば、っていう、診断方法ですよね。(中略)だからその人の、さっき言ったカテゴリー化するときに、時間軸に沿った縦断的な、ある時点での、でもいくつもの観点から、物を見ると。例えば、症状としては何がある、それから人格レベルとしてはどうだ、それから社会能力としてはどうだ、身体的な問題はないかって、ある意味では多面的に」

Sさんインタビューより)

 

 このような認識の食い違いは、うつ病を分類するDSMの記述論的な診断によると思われる。DSMでは現在の状態を観察し、いくつかの項目に当てはまればうつ病に該当することになり、その人がどのような歴史を歩んできたかに特別な注目が注がれるわけではない。結果、気分が落ち込んで気力がわかず、楽しみなことがあっても気分が晴れない状態が二週間以上続けば、その理由がわがままに感じられてもうつ病と診断されることになる。その上に、いままでのうつ病とは症状の現れ方も違う新しいうつ病が登場し、既存のイメージとの食い違いが大きく表れている。

 

 


 

 第三節 治療

 

 うつ病の治療には、かつては薬物療法が第一選択とされていたが、現在は心理療法やカウンセリングを取り入れ、薬に頼り切りにならない治療が目指されている。

 第三章第二節で述べたように、うつ病の治療に薬物療法と休養を勧める新聞記事が多く見られた。今一度、うつ病の薬物療法の重要性を説く、2001年の記事を掲載する。

 

うつ病 「治る病気」支えが肝心、副作用の少ない新薬も

(前略)眠れない、食欲がない、やる気が起こらない、食事を作ることができない、何をしても楽しくない、死を考える……。

 ほかの病気はないのに、2週間以上こんな状態が続き、生活や仕事に支障が出るようなら、医師に相談したほうがいい。

 「早期発見・早期治療が大切です」と樋口輝彦・国立精神・神経センター国府台病院長は話す。町中の診療所が増え、精神科に抵抗感がある人も受診しやすくなっている。

 「自然に治るのを待っていたら、何年もかかるかもしれない。症状がひどくなるかもしれない。治療できる病気ですから、治療しないと損ですよ」と市橋秀夫・市橋クリニック院長(東京都渋谷区)は話す。

 検査をし、診断がついたら、薬と精神療法などを組み合わせた治療が始まる。

 「治療中は酒は控え、睡眠を十分にとるようにする。やりたいことがあればしてもいいが、無理に何かをしようとしないことが大切」と市橋院長。

 治療薬の選択肢は増えている。99年にSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)、昨年はSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)が発売された。

 「効果は従来の薬とほぼ同じですが、副作用が減り、使いやすくなりました」と樋口院長。

 ただし効果や副作用には個人差がある。適切な薬の種類や量にするためには、症状の変化や副作用を医師にはっきり伝えることが必要だ。(後略)

(朝日新聞20010916 朝刊)

 

 しかし2011年に行ったインタビューの中では、薬物療法を第一選択としない意見が聞かれた。まず、薬物療法だけでうつ病を治療していくのは難しいと、心療内科医Sさんは述べている。

 

「基本的に、うつの非常に多数の症例からの、科学的な検討で、明らかになってることがいくつかあるわけですよ。そのうちの、非常に重要だけれど日本であまり言われてないことは、薬物の効果というのは限定的なものだということ。最重症のうつを除けば、つまり、昔の、入院しないとどうしようもない、最重症の人を除けば、薬物治療よりも心理療法、特に認知療法の効果の方が大きいっていうのはもう明らかなんですよ

Sさんインタビューより)

 

 カウンセラーの西田さんは、心理療法を行うために、薬物の助けを借りる必要もあるという。

 

西田さん「(相談者からのメールについて)死にたい死にたいでも、しにたいしにたいしにたいしにたいってがーーっと書いてるときは、まだ躁がまじってるので、意外と大丈夫な感じがするんですよ。ほんとのうつのひとって、死に、た、たいみたいな。こう、ぼーっと飛んでる感じ。そうなるとちょっっと…。いかなきゃ!って思っちゃう。その、死に、たいみたいな、そういう状態で心理療法なんつったって、ききませんから。基本的に」

インタビュアー「まずはお薬で落ち着いてから」

西田さん「はい。薬でちょっと、栄養をちょっとあげてもらわないと、とてもじゃないですけど、自分と向き合わせる療法ですから、心理療法っていうのは。このへんにいる時に心理療法なんてやったら苦しくてしょうがないですから。」

 

 このように、うつ病の治療は薬と休養、というのが、啓発活動が推し進めてきたイメージである。しかし.現場を知る上記の二人は、重症の人には薬物治療を行い、そのうえで心理療法・認知療法を行うべきという点で共通していた。薬と休養のみの治療から、心理療法などと薬を組み合わせる方法に、だんだんとシフトしている。

このような動きを受け、2011年には、認知療法の専門家を育てる動きがはじまっている。

 

心の病治療、国立施設に拠点 来月発足 薬に頼らぬ療法普及へ

  うつ病など心の病に悩む人を1人でも減らそうと、国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市)は4月1日、薬だけに頼らない治療の専門家を育てる組織を発足させる。考え方や行動のパターンを変えることで心の負担を軽くする「認知行動療法」を普及するための取り組み。先行する英国では自殺率の低下などの効果につながっている。

 同センターが8日、発表した。認知行動療法センター長には、大野裕・慶応大保健管理センター教授が就く。初年度の予算は約1億円で、うつ病や不眠症患者向けの療法を研修し、年間100人ほど専門家を育成。地域や職場での活動の支援もする。

 日本では、うつ病治療は抗うつ剤などの薬物療法が中心で、大量使用が問題となっている。薬で治るのは5〜6割程度だが、認知行動療法を組みあわせれば7割以上になり、再発率も低いという。

 英国は専門家を育てるため年間約120億円を投資している。大野さんは「一生のうち5人に1人は精神疾患にかかるとされる。認知行動療法が広がれば自殺予防にもつながるかもしれない」と期待している。

 (岡崎明子)

(朝日新聞20110309 朝刊)

 

 このように、うつ病の治療は薬物に頼り切りにならない方法へシフトしており、薬と休養だけでうつ病の治療を語ることはできなくなりつつある。

 


 

第四節  対応

 

 第五章第二節において、既存のうつ病のイメージと現在のイメージの間にずれが生じていることを示した。これはただ周囲を戸惑わせるだけではない。うつ病は回復するために周囲の人の手助けと理解が必要になる病気であり、うつ病と診断された人物がいれば、周囲はそれに応じた対応を求められるからである。

 では、うつ病の人がいる場合、周囲の人はどのような対応を求められるのだろうか。以下、うつ病に関する医療言説として、一般社団法人うつ病の予防・治療日本委員会(JCPTD)が運営する公式ホームページ「UTU−NET」を参考にする。

 

周囲の人の理解と、温かな愛情が患者の回復を助けます。

うつ病の治療には、家族や職場の人たちの助けが必要になります。うつ病について、正しい知識をもって、理解と愛情で支えてあげてください。患者さんに接する際には、次のことに注意しましょう。

@はげましは逆効果 。温かく見守りましょう

A考えや決断を求めることはやめましょう

B外出や運動を無理にすすめずとにかくゆっくり休ませましょう

C重要な決定は先のばしにさせましょう

D 家事などの日常生活上の負担を減らしてあげましょう

Eできるだけ通院に付き添い、受診に同席しましょう

Fきちんとくすりをのむように気をつけてあげましょう

(UTU−NET うつ病教室 周囲の人たちの対応 一部省略

 

 こうしたメッセージが発信され、社会でどのように受け止められたのだろうか。以下は朝日新聞の声欄の、うつ病に対する対応に戸惑う投稿である。

 

(声)うつ患者への誤解、独り歩き

  文筆業 石橋慶子(東京都三鷹市 48歳)

 私はうつ病だ。7〜8年ほど前から薬を服用中である。

 特に隠し立てしていない。近頃は、「薬を飲むなんて甘いわよ」「気の持ちようよ」「薬をやめて、頑張りなさいよ」といった、ひどく誤った偏見こそ少しは減少してきた。

 一方ここ数年、一般の人からよく、「うつ患者は、励ましちゃいけないんですよね」ということを聞かされる。

 確かに、「励まし過ぎ」もいけないが、友人や家族がたとえうつ病患者であっても、励ましの言葉を一切かけないのは、まるで放置や無視していることに等しい。

 しかし、この点が随分、誤解されているのかも知れない。「うつ患者を励ましてはいけない」という話だけが独り歩きしているかのようだ。

 私は冬山に登るが、経験のない人から幾度も、「雪洞(雪穴)って暖かいんですってね」と言われた。だが、雪洞は寒い。穴の中は氷の世界だ。ぽかぽか暖かいわけがない。ただ、ひどい風雪にさらされるビバーク(野営)よりは暖かい、というだけだ。

 うつにしろ冬山にしろ、こうした「誤解」は、なぜかくも大手を振って浸透してしまうのだろうか。こうした半端な聞きかじりは、時に危険ですらあることを認識してほしい。

(朝日新聞2007114日朝刊)

 

 インタビュー調査でも、「頑張らせてはならない」という対応の仕方に、疑問が投げかけられた。カウンセラーの西田さんは、やみくもに頑張れというのではなく、今の自分を見つめなおすことを頑張れと言うなら、問題ないと述べている。

 

インタビュアー「うつ病のひとにこんなふうに接しましょうって、一番言われてるのは、頑張らせちゃいけないとかはげましちゃいけないとか、そのふたつかなって思うんですけど」

西田さん「頑張るなってありますけど、僕は違和感を感じましたね。今でも。言ってる意味はわかりますよ。頑張ってるのに頑張れっていわれたとかは。(中略)色んな頑張り方ってあるんですよ。あの、ここ(現在の自分の状態)をしっかり見つめるように頑張ることだってできるわけじゃないですか

(西田さんインタビュー)

 

 うつ病を患う人に対して、どう対応するべきかという情報は、「頑張れと言ってはいけない」「励ましてはいけない」という部分のみが単純化されて伝えられているようであり、きめ細かく情報が行き渡っているとは言い難い。

 それだけでなく、実際うつ病と診断された人の様子と、うつ病の古典的なイメージのギャップから、具体的な対応について迷う人は少なくない。以下は非定型うつ病と診断されたという友人の態度に戸惑う男性が、精神科医が運営するホームページに投降した質問文である。

 

1633】自分のうつ病を宣伝している友人は本当に非定型うつ病なのでしょうか

Q: 私は20代学生です、友人(男)が先週から自分は非定型うつ病と診断されたと自ら報告してきました。 診断されたのは本当らしく、過眠の症状もあり薬ももらっているらしいいのですが、それをブログでみんなに報告したり、それでみんなに「俺を否定しないで肯定していってくれ」と自ら言って気を使わせたり、自分が病気なこと周囲に露骨にアピールしたり、過去の自分に不都合な事も病気のせいだったといったりする始末です。 さらに、その人は普通に気に食わない人の陰口を自分から言ってきます、普通うつ病の人はこのように他人を意味もなく責めるのでしょうか そして一番不可解に思うのは、その友人は普通に生活をしていることです、寧ろサークルには自ら積極的に参加しています。 私にはその診断は間違いで、友人が無理やり自分をうつ病にして、周りのみんなからかまってもらおうとしているようにしか見えません、それとも私の非定型うつ病に対する理解がないだけでしょうか。

Dr 林のこころと脳の相談室 精神科Q&Aから)

 

 この質問の投稿者は、うつ病のイメージと、実際にうつ病と診断を下された友人の様子が一致せず。戸惑っている。この友人が他人を責めたり、サークルに積極的に活動していたりする様子に疑問を感じている。

 うつ病の人は一般に、自分を責める自責感を抱き、自罰的になる。しかし非定型うつ病では、自分を拒絶されたと感じると発作的に激しい怒りに見舞われたり、他人を責めたりもする。これは拒絶過敏性であり、非定型うつ病の大きな特徴である。

 このように、うつ病を患う人にどのように対応すべきかの情報は、きめ細かく伝わっているとは言い難い。「頑張らせてはならない」「励ましてはならない」という点のみが単純化されて伝わり、「家族は通院に付き添ったほうが良い」「決断を迫ってはならない」というメッセージは聞かれない。啓発が細かくは行き届いていない様子が見られる。

さらに、これらの対応についてのイメージは古典的なうつ病に対してのマニュアルであり、非定型うつ病のひとにどのように接するべきかという情報は少ない。古典的なうつ病のイメージを以って非定型うつ病の人に接すると、当然ギャップが生じる。このギャップが事態をいっそうややこしくしているようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図4−1