第五章 先行研究との比較――本調査からの知見

第一節 富山県という地域性

 武田(2005)では兵庫県を調査地として、外国人の母親へのインタビュー調査を行った。兵庫県の外国人登録者数は10万人を超し、全国的に比べても多い。一方、富山県の外国人登録者数は全国平均を下回る数であるが、高岡市や射水市など、外国人の割合の高い地域もある(2)。富山県は交通機関が都市部のように発達しておらず、日常生活の中で車の利用が必要になる場合が多い。

しかし、今回の調査では運転免許を持っていないために不便さを感じていると答えるインタビュイーが多い。Eさんは運転免許を持っていないため、なかなか仕事が見つからないうえ、病院などへは夫の運転が必要になる。Cさんも運転免許を持たず、夫や同居家族の運転に頼っている。また、仕事を探す際に、自宅から自転車で通える範囲を探したというように、仕事の選択の範囲も限られている。Dさんは以前運転免許を持っていない頃、保育園の送り迎えと仕事の両立が大変だったと語る。これらの事例のように、運転免許がないために、外出時の移動手段に関して、同居家族に頼らざるを得ない傾向が強まることがありうる。また、仕事の選択にも制限ができてしまう。運転免許の有無が、子育てや就労を含む日常生活に与える影響は大きい。このことは兵庫県の都市部よりも交通の便が良くない富山県に色濃く表れる特徴といえるのではないだろうか。

 日本語の話せない外国人にとって日本で運転免許を取ることは言語・費用の面で非常に困難であると思われる。Dさんは仕事や育児のために6年前ブラジルで国際免許を取得し、Bさんは国際免許を取得するために現在母国へ帰国中である。このように、外国人の多くが一時母国へ帰り、母国で国際免許を取得し、日本に来てから書き換える、という手順が必要になるようだ。しかし、母国に帰って国際免許を取得するのにも費用と時間がかかり、Eさんのように国際免許の取得も難しいという人もいるだろう。また、Cさんはアメリカで取得した運転免許を日本のものに書き換える手続きを行った。しかし、この手続きもCさんにとっては複雑で、書き換えに時間がかかったという。こういった運転免許に関わる手続きに関して、日本語のわからない外国人に対する支援はあまり注目されていないのではないだろうか。

 

第二節 同居家族からの支援

 今回の調査で印象的だったのは「病院や市役所で困ったことは」という質問に対し「夫や家族に連れてってもらうから大丈夫」といった答えが多かったことである。夫の両親と同居しているBさん、Cさんはもちろんのこと、Dさん、Eさんも夫が同伴することが多い、と答えた。医師とのやりとりや問診票の記入、市役所での複雑な手続きには、言葉が壁となることが多いが、こういった場所の利用では同居家族を頼りにしている傾向があるようだ。また、第一節で述べたように、運転免許を持たない場合、病院や市役所などの利用に同居家族に車の運転を頼まざるを得ない。このように、外国人の母親たちは、言葉・運転に際して同居家族のサポートを得ている傾向にあるようだ。しかし、病院に一人で行かなくてはならなくなったとき、問診票の書き方がわからず困った、というCさんの経験があるように、同居家族からのサポートにも限界があることがわかる。Cさんの事例のように、同居家族のサポートが得られない場合は、一人で言語の問題に直面し、社会サービスの利用が非常に困難になってしまう。 

 このように、同居家族のサポートによって、移動手段や言語面での障壁をクリアしている傾向があるといえそうだ。同時に、同居家族に頼っているために、言語面での障壁が見えづらくなっていて、同居家族の支援を得られない時に困難な状況になってしまうのが現状のようだ。

 

第三節 多種多様なバイリンガル指向

 今回の調査では、インタビューした母親全員が、子供たちに母親の母語と日本語の両方、またはそれ以外の言語の習得を望んでいる、という結果になった。それぞれ国籍や来日経緯が異なってはいたが、全ての母親が子供の習得言語について高い関心を持っていた。また、2言語以上の習得を望む理由について、母国語を話す母親との意思疎通を成り立たせるためだけではなく、他の理由もあることがわかった。

 Aさんは家族の反対もあり子供たちにポルトガル語を教えることはなかった。Aさんは日本語を話せるので子供たちとの意思疎通に問題はなかったようであるが、「自分は教えたい気持ちもある。」と言い、その理由について「二つの言葉喋れるってことは得なこともあるだろうし。一応ブラジル国籍も持っているしね」と語る。Bさんは「英語は仕事しないといけないでしょ、大きくなったら勉強するでしょ。日本語は日本(では)当たり前だから。(タイ語は)ママはタイ人だから、時々(タイに)帰りますから。」と言い、3ヶ国語を習得してほしいと語る。Cさんも自分の子供と必ず英語で話すようにし、「バイリンガル、一番いい。」と言う。この3人は共通して、子供の将来のために日本語以外の言語の習得が有利であると考えている。

Dさん、Eさんは、共にブラジルへの帰国の可能性もあるため、子供たちのポルトガル語の習得を望んでいる。Dさんは「ずっと日本にいるかわからない、もしかしたらブラジルに帰るかもしれないから子供たちにはポルトガル語も覚えていてほしい」と話した。Eさんも、ブラジルへの帰国の思いが強く、子供たちにポルトガル語を覚えてほしいと語った。Dさん、Eさんのように母国への帰国準備として、母語習得が必要となる場合もある。Dさん、Eさん共に、小学校高学年や中学校に入る子供たちに、パソコンを利用しての学習やポルトガル語教室に通わせるなどして、ポルトガル語の習得への手立てをしっかりと立てている。しかし、Eさんの保育園に通う三女にはまだ「まだ小さいから」ポルトガル語の勉強はさせないつもりだという。Eさんの事例のように、ポルトガル語の習得を必要としながらも、日本の生活への適応のために幼い子供に日本語の習得を優先させている親もいる。

このように外国人の母親たちは、子供たちに日本語と母国語両方の習得を望む傾向にあり、バイリンガルが子供の将来に有利に働くからという考えや、母国への帰国の可能性を考えていることが理由にあるようだ。しかし、どのインタビュイーに話を聞いても、自分の子供にも自分と同じ母国語を話してほしいという願いが一番にあるように感じることができた。