第二章 先行研究
第一節 地域ブランドの概要と分類
地域ブランド構築の先駆けは1979年の大分県で始まった「一村一品」運動である。高度経済成長期の市町村合併を背景として、住む人々に地域に対する誇りを持ってもらうために始まった。この運動がきっかけで2000年には県内で329品目(約2倍増)で販売高は1402億円(約4倍増)になった。成功事例として「関あじ・関さば」や「大分麦焼酎」などがあげられる。
「地域ブランド」という言葉は、地域限定商品という意味で用いられてきたが、平成の市町村大合併を契機に関心が増し、地域を元気にする「切り札」として浸透した(林,中嶋,2008)。
地域ブランドがもたらす地域内外への好循環は、非常に魅力的であり、賛同する人がほとんどである。しかし、ブランド構築の本質は構築過程にあり、優れたブランドの背景には大変な労力や苦しみが必要となる。利害関係を超えて地域が一体となるという響きは美しいものではあるが、建前としては共感しつつも、個人第一で自己の生活を守ることを優先してしまっては意味がない。矢野(2007)は、そのような意識で取り組むと、事業や規則を作っていく段階において、利害が対立し、自己に苦しみや痛みが必要になるということがわかった途端、歩調が合わなくなるという点が最大の課題だと述べている。個の生活を優先させる意識が集団内で発生すると、地域内での調整や合意形成がうまくいかなくなり、単なる「競争」環境を生み出す。建前ではなく本音で地域を機能させるためには、協力し創造する、「協創」の環境づくりや、自らも消費者として評価し、競い創りあげていく「競創」環境が必要である。林、中嶋(2008)は企業のブランド構築が個人(法人という一つの仮想的な人格)の課題解決を中心に発展を考え構築するのに対し、地域ブランド構築は「家族や親族のようなより大きなコミュニティにおける将来的発展や継続を考えるもの」であり、「自らの行動は一族のためであり、時には互いに叱責激励しながら共に歩んでいくという意識を持つような仕掛け作り」が大切である。
佐々木(2008)は合意形成ができるかどうかが、地域ブランド構築の最大のポイントだと指摘する。また、矢野(2007)はブランド・マネージャー(地域コーディネーター)やブランド・オフィサー(最高責任者)などの強力なリーダーシップが必要であるとしている(林.中嶋,2008)。
北村(2006)は、地域ブランドの取り組みは合意形成作業そのものだと述べている。合意形成は時間がかかり、合意形成をしたが、市場で通用しないということでは意味がない。そのため合意形成をする部分とリーダーシップをとる部分を切り離して行っていかなければならない。地域ブランド化は地域経営ともいえる(北村,林ら,2006)。
地域ブランド構築は大きく分けて二つに分けられる(北村,林ら,2006)。地域で生産される産品に地域名を冠とする取り組みと、地域全体を統一的コンセプトによりブランド化する取り組みである。
1.地域で生産される産品に地域名を冠とする取り組み
地域団体商標登録をすることによって、産品の差異化とイメージ向上を図る戦略である。代表的なものとして、松阪牛や夕張メロンなどがある。単品によるプランのため、戦略をたてやすい。しかし、広い地域に複数の産品がある場合地域イメージをただ一つの産品で代表させることが難しくなる。そのため産品間の利害対立が発生することもある。また、固定化されたイメージが地域に付着するのでイメージや商品の拡張性に乏しい。
2.地域全体を統一的コンセプトによりブランド化する取り組み
地域を統一的なコンセプトによってブランド化する取り組みである。この取り組みでの成功事例は日本にはまだあまりない。代表的なものとして長野県の塩尻市が該当し、地域全体のブランド化に取り組んでいる。地域のさまざまなものを内包してブランド化を図るため、地域全体の底上げが可能であり、地域のアイデンティティの確立が可能である。大きな地域、多様性のある地域でブランド化を試みる時の戦力になり、利害対立が生じにくく、地域にあるさまざまなもののブランド化ができる。しかし戦略立案が困難であり、地域全体といいながらも、なにかしらを選択し軸にしなければならないため、決定までに時間がかかる。
両者はともに長所も短所も備えている。坪井(2006)によれば、1は2に内包される。本論文では、後者の地域全体をブランド化する取り組みを矢野(2007)の言葉を借りてエリアブランド構築と記す。
エリアブランド構築の取り組みの重要性は指摘されているものの、成功した事例はまだない。地域のアイデンティティを地域内外に発信することによって、他地域との差異化、地域間競争力の向上、居住者の地域に対する誇りや愛着を醸成する(北村,林ら,2006)。地域のイメージと地域名称が相乗効果を及ぼし合いながら地域イメージを向上させることは、地域の付加価値を高め、多くの経済効果と良好な認知効果をもたらす。そして成功することで、持続的な地域発展が見込める。エリアブランド構築は、地域にとって再生を目指す手立てとなっている(矢野,2007)。
第二節 エリアブランド構築
この節では、矢野(2007)論文より、エリアブランド構築について説明する。
第一項 エリアブランド構築の概況
エリアブランド構築は、地方の再生を目指す場合によりどころとなる。大型小売との競合により苦境に立たされた地域の商店街は消費者のニーズや少子高齢化社会に対応した魅力的な街づくりをめざし、再生への道筋を模索している。観光産業では団塊の世代にターゲットを絞った新たな観光サービスを模索してきている。たとえば、グリーン・ツーリズムや産業観光に代表されるような体験型ルートの開発などである。これらはホスピタリティをベースとして消費者の経験価値を高めることに一層ウエイトを置いて提供されるサービスである。エリアブランド構築は、ブランドの連想により経済効果と認知効果をもたらすことにより、生活者や資金を継続的に地域に引き寄せるという効果を持っている。
第二項 「経験する場」に惹きつける「意味の開発」
地域ブランド品として確立された商品や地域資源を利用した観光サービスは「経験する場」の情報を提供する役割を持っている。つまり、個別のブランドは、地域の情報を与えているということである。エリアブランド化はこのような個別のブランドによって構築され、支えられている。
矢野(2007)によれば、エリアブランド化は次のようなプロセスで行われる。
1.インターナルブランディングの開始
ブランド化は地域内部から行う。まず、ブランド化できるような地域資源を探し、また活用の仕方を検討する。市場で何が求められているかという社会経済のトレンドを把握する。
2.インター・エクスターナルブランディングの強化
引き続き地域内部での地域資源の探求を行い、外部に出していけるような地域ブランドの特産品を検討したり、観光情報のアピールをする。他の生活資源でのブランド化も試みる。ここでは行政、業者、教育施設、市民などの関係機関のチームワークが試される。
3.ブランド管理の強化・評価・再検討
エリアブランド化が完成する。ブランドを管理できるよう評価し、うまくいかない場合は再検討が必要である。
地域発の商品、サービスは「経験する場」に関する情報(天候、歴史、地域伝承など)を発信することが求められる。要するにエリアブランドの開発というのは「意味の開発」である。たとえば、成功事例は、次々と商品、資源、景勝地などを連想させる。つまり消費者が指名買いをするようになれば、現地に赴きたくなる可能性は大きい。現地ならばもっとおいしいに違いない、もっといい景色に違いない、と消費者が思う可能性が大きいということである。「意味の開発」を豊かにすることで、消費者が当該地域に訪れることを促す。
第三項 行政の関わり方
行政機関はエリアブランド構築の実践に当たり、下支え的な立場を遵守して支援活動を行う傾向にある。なぜなら、地域振興の主たる担い手は、地域に拠点を持つ民間企業や地域住民であることが望ましいからである。このような関わり方は、特に既に確立した地域ブランドを抱えている地域で見られる。行政は立場上、できるだけ多くの人たちにブランドの恩恵を受けてほしいという思いや、機会の均等を心がけたいという思いがある。しかし、エリアブランド化はコンセプトによって地域個性を反映させ、他地域との差別化を図ることである。つまり、行政は公平性を重んじるばかりでは、地域から発信する情報に統一性を欠き、統一的な地域イメージの形成を困難にする可能性がある。この課題を解決するためには、ブランドマネージャー(地域コーディネーター)やブランドオフィサー(最高責任者)の判断とリーダーシップの発揮が必要となる。
第四項 地域内部のブランド化
地域外へのブランド情報発信の前に、内部からのブランド化(インターナルブランディング)をしなければならない。
エリアブランド化を成功させるには、できるだけ多くの市民にエリアブランド構築の参加と協働を促すことが望ましい。新幹線が延びる、市町村合併の際などは、地域文化の認識に関心が高まりやすく、市民の理解を得やすくなる機会といえる。
地域の教育機関は、地域文化の学習と体験を教えていくことによって新たな人材育成に結びつけることができる。そのような教育により、新たに発見された地域の魅力は知の資産としてブランドコンセプトの確定に貢献できる。また、地場産業の主体である中小企業は教育機関と連携し新商品の開発を行ったり、研究を依頼する場合もある。地域に拠点をもつ高等教育機関(専門学校、大学)にとっても、実学的な協働参加型学習を実践できる場を求めている場合があるため、両者が連携する可能性は十分ある。このような活動も、地域住民の意識を高める結果となり、地域としても資源のデータベースとなり活用していける。
つまり、市民の意識の高さと支持の向上は、エリアブランド化を発展させることになる。
第三節 長野県塩尻市の事例
ここでは、塩尻市のエリアブランド構築のプロセスを紹介する。(北村,林ら,2006)。
塩尻市は、地域の存続と自立のため、平成15年に市民にアンケートをとり、平成17年の第四次塩尻市総合計画で市民が愛着をもてるまちづくりをするという項目を盛り込んだ。塩尻市は農業も製造業も盛んであり、代表するものを一つ選ぶことができず、平成17年の市町村合併によって新旧住民を融和させるための統一的なシンボルが必要である、また市民が塩尻のアイデンティティ確立を望んでいった理由から、エリアブランド化を目指し、「塩尻『地域ブランド』戦略」と名付けた。市民アンケート調査での「住みやすいけど特徴のない町」というイメージを解消させるため地域アイデンティティの旗の下で、地域全体のブランド化を目指している。平成20年度から戦略の実行が行われ、市役所の経済事業部のなかにブランド推進室を設置した。
エリアブランド化によって、市民が塩尻市に愛着を持つこと、塩尻市の産業が地域間競争をすること、市場(市外)が塩尻市に対して良好なイメージを有すること、その結果定住人口がふえること、の4点を、ブランド化によって達成する目的としている。
ブランド構築は、次のような流れで行われた。
図 塩尻市のブランド構築の流れ
1.ブランド・アイデンティティの決定 ↓ 2.戦略の決定 ↓ 3.アクションプランの策定(戦略の具体的なプラン) ↓ 4.実施 |
1のブランドアイデンティティ(以下BI)の決定とは塩尻市のアイデンティティと結びつくものであり、今後の核になる。
市民へのアンケート調査で、市民が塩尻地域において誇れるところ、他地域よりも強いものを把握し、またインターネットを利用して市外の人からみた塩尻市のアンケート調査を行い、市民が思う塩尻市の強みが市場に通用するかを調査した。調査から得た材料から、塩尻市の価値は、多くの人々が交わることにより新たな知を創出するとしてBI「知の交流と創造」を導出した。
2の戦略とはBIを実現するために必要な大まかな戦略である。戦略策定は行政が起点となって行い、3のアクションプランの策定は市民参画で行った。
市外からのアンケート調査では、安曇野市に対する評価が全体的に高い。安曇野市と塩尻市は自然環境の良さという強みが重なっており、塩尻地域をブランド化し競争力を持たせるには安曇野市との差別化が確実に必要になってくる。ブランド化には市民の協力が不可欠であり、情報提供の必要性が出てくる。認知度を上げるためには、市民に正しい地域ブランドの意味を教えなければならない。塩尻市は定義づけを早くに行ったが、まだ根付いていないのが実情である。
2の塩尻市の戦略は「コミュニケーション戦略」と「ブランディング戦略」に分けられる。コミュニケーション戦略は、さらに「内部コミュニケーション」、「外部コミュニケーション」に分けられる。前者は市民に対するもので、地域ブランドの関心を高め、スポークスマンとして育成することを目指し、地域に対する愛着心を醸成していくことである。平成21年8月には、ロゴマークとキャッチフレーズの募集を行い、塩尻ブランドの統一感や市民の愛着と誇りを持たせることをねらいとしている。ロゴマークが246件、キャッチフレーズが296件の応募があり、12月下旬に決定した。後者は市外に対して行うもので、認知度改善、良い地域イメージを醸成していくことをねらいとしている。また、ブランディング戦略とは、地域資源等を具体的にブランディングしていく戦略である。塩尻市はレタスやぶどうの生産が盛んであり、2009年4月には全国に塩尻を発信する意味で「信州塩尻ふるさと便」の第一弾としてワインと牛肉料理のギフトを発売したり、6月にはレタスアイスを発売している。塩尻市では、人材が集まる、育つ地域とする「人財ブランディング」を中心とし、その下に、地域に根付くように、経済や地域活性の活動を行える土壌を作る「起業家サービスブランディング」、市民と行政の信頼関係を築く「パートナーシップブランディング」、市場に流通する認知度向上のためには塩尻産の産品が必要なので塩尻産の商品をだす「プロダクトブランディング」の3つを下位戦略としている。