第一章 問題関心
「おたく」という言葉は1983年に中森明夫が提唱してから、今も尚アニメや漫画、ゲーム、特撮、鉄道などを愛好する人々の名称としてしばしば使われている。
森川(2008)によると、「おたく」という言葉は提唱されたあと、その当時おたくとされた人々によって自分達を自嘲する言葉として広がった。そして1989年に起きた連続幼女誘拐殺人事件を契機に世の中に広く伝わったとされている。この事件の容疑者である宮崎勤が、自室に特撮モノやアニメを録画したビデオテープを5763本所有し、小太りで気弱な風体という、その時のおたく像に合致したものであったため、おたくは「虚構の世界にこもり、現実と虚構の区別がつかず、小児性愛的な性向を持った人物を想起させる呼称」として世間一般に定着した。そしてアニメファンにはそのようなネガティブな人格的傾向があるという偏見が、強く形成されたとしている。
そのような流れを辿りながらも、宮崎事件の記憶が生々しさを失うに従い、おたくという言葉には犯罪者予備軍というニュアンスが薄れ始めた。そして「映画オタク」や「ファッションオタク」といった、特定の対象に趣味的に執着することを指し、軽いからかいや自嘲を含む使われ方がされるようになった。そのような一般的な人々が用いるような言葉となる事に伴い、意味的、用法的な拡散が起きるようになった。その一方で森川は、「おたく」という言葉だけで使われる場合に想起される人物像やニュアンスは、中森が提唱したステレオタイプからほとんど変わっていないとしている。
しかし近年では、ステレオタイプとは合致しないが、自身を「おたく」と称する人々が現れた。そのような中で「おたく」というものの世界が徐々に変わりつつあるのではないかと感じた。本調査では、中森が提唱した「おたく」の人々とは少し異なるおたくであろう人々に対するインタビュー調査をもとに、その様な人々が「おたく」とどう異なるのかを明らかにしていきたい。
また本論文では先行研究を除き、アニメや漫画、ゲームなどを好む人々をおたくと記す。そして先行研究での表記はその著者の表現をそのまま使用している。吉本(2008)はおたくという表現を男性に限って使用していたが、本調査では性別には限らず男女ともに使用する。またおたくという言葉やその定義にかかわる場合は「おたく」と表記する。