第五章 考察
第一節 同郷者集団の変容の背景
第四章の分析からすれば、まず同郷者集団には当時の経済の変化が大きく影響を与えたことがわかるだろう。活動が活発になる、新たな団体が増加する、活動が多様化する、これらの背景には必ず社会的な好景気の波があった。逆に、県人会が衰退した、会員が少なくなった、活動の規模が小さくなった、これらの要因には程度の差こそあれ、景気の不調が必ず影響していた。資金繰りが上手くいけば、活動は積極的な運営を反映したものになり、資金や社会的なバックアップが不足すれば、必然的に活動も縮小し衰退していく兆候となる。好景気時期には企業からの後ろ盾があったからかもしれないが、同郷者集団にも一般の企業と何ら変わらない好不況の影響を受けていたことが分析できる。
そしてそれらの景気の変動に影響を受けながら、同郷者集団の意義や形も変容していった。
第一期では同郷者集団は当時の成功者達を追い求め、主に会員同士が郷土感情を持ち寄る場であった。ビジネス的な繋がりと郷土への誇りによる結合、これら二つが同郷者集団においてはほとんど区別されずに同居しており、役員達の主導力によって活動が推し進められていた時期であった。
第二期になれば、そういった区別されなかった部分が若干取り払われ、仕事のやり取りが一部では行われる場となった。つまり、第一期のような郷土への誇りを起因とする部分は弱まり、ビジネス的な側面が強く押し出されるようになった傾向にある。そして、成功者達はより如実に自分達の成功を誇示するかのように県人会へ率先して参加し、バブル経済に伴って活動を会員にとって更に魅力的なものへと変容させていった。
第三期では、景気の後退に伴い第二期のようなビジネス的側面が消失していった。代わって、同郷者集団では同郷者達が交流できる場という側面はもちろんのこと、郷土のPRや特産品を売るといった商業的な側面も持つようになった。県人会まつりのように地元の特産品を一堂に集めることでネームバリューや付加価値を利用し、販売促進を行うという同郷者集団ならではの利点を生かした商業的な一面を見出すことができるようになる。そこには、渡邊・飯高(2007)が述べた「地域社会との連携や、地方に興味を持つ人々の取り込み」(ibid.: 55)という側面も見出すことができ、郷土をPRしつつ、その地方の自治体や住民と交流を持ちながら活動を展開させていく姿が見受けられる。これは、第一期・第二期にはない同郷者集団内での結合を中心とした会の様式から、同郷者集団外へも何らかの形で繋がりをもっていこうとする様式へ方向性をシフトさせた結果であるように思われる。同郷者集団は会の活動や運営目的などの点で変容しながら、活動が多様化する中で新たな展開を模索し、現代に至っている。
第二節 活動の変化
活動の変化では第四章で見たように、同郷者集団を運営する役員による影響が非常に大きいようである。その時どきの役員達は、故郷を離れ、成功を掴んだ者達であった。今現在も役員となる人間は年代関係なく、ある程度の社会的成功を収めた人物である。それらの役員達は率先して同郷者集団に従事し、活動を団体の方向性や個性という面での重要なファクターとして捉え、近年次々と新たな展開を模索している。それは自分の成功を誇示するため、あるいは都市部に出てきた同郷出身者の関心を惹くためなどの理由で、総会を中心としつつ多様化させている。それらの活動は衰退、継続、変容、様々な顛末があったが多くは会員同士の交流を深めるという目的のため、郷土と離れた地でも何か郷土と関係性が保つことができる活動を、と実践していることに着目できる。この点は県人会、同郷会、acoicoのような新たな同郷者集団においても相違はなく、現在も共通している部分である。それらを根底にして県人会、同郷会、acoicoと同郷者集団の形が多様化していく中で、それぞれの活動を展開し従来のものから部分部分でシフトさせていっていることが本稿の分析から窺える。
第三節 同郷者集団の課題
現在、同郷者集団は全国的にどの団体も高齢化という問題を抱えている。東海地区県人会では「ものすごい高齢で。うちでもあれですよ、完全にもう超高齢化の県人会ですよ」「各県人会共通で思っているのが、やっぱり高齢化どんどんしていって」とあり、富山県人社では「正直どこの県人会も高齢化してるんですわ」と、共通している。近年多くの同郷者集団に関する文献でもこのような現状は報告されており、本稿の分析で見受けられた同郷者集団の変遷を経てきたことから、全国的に高齢化が問題視されている。この原因はやはり若年層の入会が極端に少ないことである。ここでも東海地区県人会は、「(若い方の入会は)少なくなってますよ。だからそういう意味でね若い人の入会がないのが悩みの種ですね」「(県人会に)若い方はいないですね。(中略)どこのとこもそうやと思いますよ」「(県人会の)若い人の減退が課題としてあります。(中略)(会員が)お年を重ねていってそれに対して若い人が同じだけ入ってくれたら(問題ないが)そうでないので」と語っており、富山県人社は「どんどん若い世代もつながって入会していってもらいたいけれど、そっちの方が昔に比べたらちょっと入りが悪いんですよね」とあり、東海地区県人会、富山県人社、どちらのインタヴュイーもこの問題については深刻に語っている。いずれ県人会をはじめとする同郷者集団が若年層会員の減少により消失してしまう可能性もある。県人会、同郷会関わらず高齢化は同郷者集団の喫緊の問題のようである。
そして本稿にとって最も発見的だったことのひとつは、新たな同郷者集団の発足や同郷会の活発化によって県人会が形骸化していくかもしれないということである。県人会の下部組織であるはずの同郷会が活発化し、莫大な会員数を保持する県人会は形だけのシンボル的な存在となってしまう危険性がある。富山県人社の方は、「意識的にはみんなこの会(同郷会)に出るのは楽しみにしてる。県人会連合会に出るっていうのはある種宗教的な、参加意識というか、そういう場の確認なんじゃないかなっていう気もしてはいるんですよね。(県人会連合会は)ある種なんか参加意識の確認の場であるような気もしてますね」と、考察している。参加している会員にとっても県人会及び連合会は形式だけの運営上やむを得ない確認のための場でしかなく、会員の主目的はそれ以外の同郷会などの活動にあるのではないかと考察を加えている。同郷会などの活動が活発化することは同郷者集団にとっては望ましいことである。だが、その上に位置する県人会が消失してしまうことは避けなければならないことも、「県人会連合会ががパッとなくなってしまったら、各その個別の会(同郷会)がどれだけ存続するのかっていうのもわからないんですよね。(中略)(もし上にある県人会のような組織が)なくなってしまったらここ(下部組織の会を)まとめる気力が残ってる会がどれだけあるかなっていう恐れはありますね」と危惧している。「やっぱりこれだけ富山県人会っていうのが富山県内で広くあるっていうのが周知の事実になっているんで(地方自治体が同郷会を)作りやすいってのはあるとは思うんですよね」と、県人会あっての同郷会だともその価値の大きさを示唆している。「それ(県人会)がなくなっていいかって言ったらダメなんですよ。シンボルというか、ふるさとをたてるための地元でのシンボルではあるんですよね。フラグシップというか、その旗のもとに集おうという人は大勢いるんですよ、各会の会員役員連中はやっぱり連合会をよりどころにしてるっていうような心の支えになってるのはあると思いますよね」。県人会及び県人会連合会という上位組織は同郷者集団のフラグシップ的な存在として欠かしてはならないものであることは間違いない。だが、先の同郷者集団の高齢化の影響も受け、同郷会以上に県人会の人口はますます減少し、形骸化はより深刻化していくだろう。同郷者集団の規模が大きくなりすぎて生じた県人会の形骸化は、同郷者集団の高齢化や衰退を大きく取り扱っていた先行研究では見出せなかった課題である。本稿でこのような課題が新たに発見できたことは非常に注目すべきことである。多くの同郷会の発足と活発化からくるこのような問題が今後、都心部の県人会だけではなく、更に全国の県人会に見出せるようになっていくかもしれない。県人会の形骸化をこれからどのように改善していくのかも、今後の同郷者集団において大きな課題である。
第四節 同郷者集団のこれから
同郷者集団の高齢化に対しては各会、何らかの方法で対策は講じられている。現に前章で取り上げた県人会まつりやacoicoのような新たな同郷者集団もその一例である。渡邊・飯高(2007)が提唱した「出自にこだわらない適応戦略」以外の対策も本稿では多く見出すことができたのではないだろうか。小旅行やハイキングを行う団体のようなこれまでにない同郷者集団の活動を推進する団体には少なくとも衰退という様相は感じられない。こういった従来の活動からシフトし、新たな活動へと順調に繋がっていけば、多くの同郷者集団の高齢化や形骸化は防げるかもしれない。現代の若年層にとっても同郷の人々が集まり、郷土から離れた地方で活動を行うことは魅力的に映っているはずである。実際、県人会まつりでは、来場者に多くの若年層が見受けられ、県人会会員とともにイベントを楽しんでいた。東海地区県人会への入会者もごく一部ではあるが県人会まつりのおかげで比較的若い人の入会も増えてきているとDは語っていた。また、acoicoにおいても多くの若者が加入し、毎年フェスというイベントが盛大に開催されている。acoicoを若年層に知ってもらうためにホームページ上での広報活動も積極的で、若年層に関心を抱いてもらえるよう活動内容にも工夫が凝らされている。発足から月日が経つにつれ、ますます活動は多様化しており、若年層の同郷者集団への取り込みに成功している現状が窺える。既存の都心部の富山県人会とも交流をもっており、互いに協力しながら県人会を盛り上げていく計画であるようだ。こういった新たな活動の展開によりいかに若年層を確保するかが、今後の同郷者集団の鍵となってくるだろう。若年層の会員は少ないものの、活動の活発化や会員の増加を目指した結果が一部では表れ、今後の同郷者集団へと繋がっていっている。同郷会に次々と新たな団体が発足されていることから多様化は更に顕著になることが予想されるが、具体的な対策の結果、同郷者集団復興の兆しが徐々に表れてくることを願い、更なる活動の活発化と拡大を望みたい。