富山大学人文学部

平成20年度 卒業論文

 

トヨタコミュニティコンサートの意義と課題

―社会貢献のパートナーとしてのアマチュアオーケストラ―

 

人文学部人文学科 社会学コース

学籍番号 10510066 氏名 前田 理美

目次  

 

第一章    序論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

第一節   問題関心 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

第二節   調査方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3

第二章    企業の音楽支援とアマチュアオーケストラの現状について ・・・・5

第三章    TCC概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7

第一節  TCCの歩み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  7

第二節  JAOから見たTCC・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7

第三節  TCCの仕組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10

第四章    アマチュアオーケストラ、それぞれのTCC・・・・・・・・・・ 14

第一節   半田市民管弦楽団・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14

第一項   半田市民管弦楽団について・・・・・・・・・・・・・14

第二項   離島での演奏会から得た充実感・・・・・・・・・・  16

第二節  富山シティフィルハーモニー管弦楽団・・・・・・・・・・・・・17

第一項   富山シティフィルハーモニー管弦楽団について・・・・17

第二項   「自分たちのペースを守る演奏活動がしたい」・・・・ 18

第三節   新潟交響楽団・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19

第一項   新潟交響楽団について・・・・・・・・・・・・・・・19

第二項   「定期演奏会は外せない」・・・・・・・・・・・・・ 21

第五章    考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24

第一節 TCCがもたらしたもの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24

第二節 2つの反応 ―個人志向と社会貢献志向―・・・・・・・・・・・24

第三節 まとめ―TCCの意義と課題―・・・・・・・・・・・・・・・・26

参考文献・参考URL・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29

 

巻末資料 2008年度TCC制度概要(総括版)

申請から実施までの流れ

 

 


第一章 序論

 

第一節     問題関心

 

トヨタコミュニティコンサートTOYOTA Community Concert以下「TCC」と表記する)は、音楽を通じて地域文化の振興に貢献することを目的に、アマチュアオーケストラの最大の悩みである財政難や指導者不足に対し、()日本アマチュアオーケストラ連盟(The Federation of Japan Amateur Orchestras Corp.以下「JAO」と表記する)と提携して、全国のトヨタ販売会社とともに行う地域のアマチュアオーケストラの音楽活動支援のことである。正統派クラシックコンサートあり、ファミリーコンサートあり、地元合唱団と連携してのコンサートなどが行なわれている。日頃クラシック音楽を聴く機会の少ない青少年や高齢者・障害者を対象とした招待コンサート、離島や山間部、病院などへの移動・訪問コンサートを展開している。

私がTCCの活動を取り上げるきっかけとなったのは、2006年の2月にオーバードホールで行われた、富山県内の社会人アマチュアオーケストラ団体の演奏会であった。私は手伝いでプログラムのビラはさみをしていたところ、トヨタ自動車の社会貢献活動のビラが目に入り、TCCの存在を知った。トヨタ自動車という日本を代表する大企業が、大都市圏でもなく、地方都市にすぎない富山市内のアマチュアオーケストラに支援していることに驚きを覚え、興味を持った。

アマチュアオーケストラは職業としてではなく趣味という範囲で、プロと同じように地

域の大きなホールを借り演奏会を開催することを活動にしている団体がほとんどである。

アマチュアオーケストラにとって資金不足は深刻であり、また地方の団体にとってプロの

指揮者やソリストの確保も問題になっている。そのためTCCはアマチュアオーケストラへ

の金銭的支援が目的であった。2002年度のTCC申し込み要項にも「各オーケストラの定期

を中心とした自主公演において、プロの指揮者、ソリストを入れたいが、費用面で困難で

あるというケースを支援するコンサート」であると書かれている。

しかし、2007年度のTCCの取り組みに関して、「社会貢献をより鮮明にした企画を優先

する」という記述が見られるようになった。アマチュアオーケストラはもはや支援の対象

ではなく、各地域のトヨタ自動車販売会社と社会貢献を共に行うパートナーだという関係

になったのではないだろうか。アマチュアオーケストラにとって、TCCの変化はどのよう

な影響をもたらし、団体としてどのように適応していこうとするのだろうか。アマチュア

オーケストラ3団体とJAOへのインタビュー調査をもとに、TCCの現状と意義、そして今

後の課題について考察していきたい。


第二節 調査方法

 

富山シティフィルハーモニー管弦楽団と新潟交響楽団の代表者にはインタビュー調査を行い、半田市民管弦楽団とJAOの代表者にはメールで質問を送り、その回答を分析した。団体名とインタビュイー(または回答者)を以下にまとめる。なお、分析にあたりJAOのホームページより閲覧可能となっている「TCC事後レポート」の文章を使用する。

 

JAO The Federation of Japan Amateur Orchestras Corp.

 

回答者:Aさん(JAO常務理事・事務局長)

 

・半田市民管弦楽団

 

回答者:Bさん

 1986年の楽団発足以来、事務局を担当している。 半田市民管弦楽団は「この町にオーケストラを作ろう」と言う地元の半田青年会議所の市民運動展開によって作られたもので、Bさんも青年会議所のメンバーだった。もともと音楽を聴くのが大好きだったこともあり、楽団立ち上げの責任者を担っていた。現在も楽団の運営のみに携わり、楽器は吹いていない。

 

・富山シティフィルハーモニー管弦楽団

 

インタビュイー:Cさん

 富山シティフィルハーモニー管弦楽団事務局長を担当し、団の年間予定や予算を決め運

営を行っている。団体に所属して5年になる30代半ばの男性。トランペットを吹いている。富山シティフィルハーモニー管弦楽団には演奏部と事務局が存在する。また、団長・事務局長・演奏部長・演奏副部長の4人で構成する選曲委員もあり、演奏会のコンセプトや曲について話し合う。演奏部長や演奏副部長は曲の難易度など技術的な面を切り口に話し合い、事務局長はエキストラや演奏会の予算の面から意見をする。

 

場所:芸術創造センター集会室(練習場所)

日時:200896() 17:0018:30

 

・新潟交響楽団

 

インタビュイー:Dさん

 新潟交響楽団団長でありJAOの理事にも参加している。1986年より団長を任されており、団員からの信頼も厚い。年齢は65歳で楽団最年長。楽器はバイオリンを担当している。新潟交響楽団には楽事委員会と運営委員会がある。演奏会の開催に関する話し合いをする場合、楽事委員会では純粋に音楽のこと(曲目選定・主席・管の場合はローテーションの選定)について話し合い、運営委員会はエキストラの人数・特殊楽器の確保が財政的に困難など金銭面から演奏会を作り上げていく。団長は運営委員会を仕切るのが仕事であり、練習計画・会場手配・指揮者との打ち合わせなどを考え、楽団の活動の運営を行っている。

 

場所:りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館内喫茶店(練習場所)

日時:2008111()12:3014:00

 


第二章 企業の音楽支援とアマチュアオーケストラの現状について

 

住川(1996)では、日本に社会貢献活動の意識がもたらされたきっかけとして、次の3点をあげている。

1つ目は、戦後から1980年代の日本で公害問題、オイルショックに起因する売り惜しみ・買い占めなどの企業の反社会性が問題となったことである。このことにより企業に対する消費者からの批判や不満が高まり、企業側も看過できない状況に追い込まれた。反社会的行動を慎むだけでは済まされず、企業が積極的に何らかの貢献活動を行い、利益追求だけではなく社会に対して喜ばれるような事業を展開していく必要性があった。

2つ目は日本企業の海外に進出である。「企業活動をする以上、地域社会に貢献し、社会的に認められる企業になることが当然の社会通念である」とう欧米の考え方や「取引先の海外企業と同化するためにも社会貢献活動をすべきだ」という認識が日本にも浸透していった。社会貢献活動という事業を展開していくことは企業イメージの向上と海外企業とのビジネス関係を円滑にするため日本人が海外で認められるための手段でもあった。

なぜ社会貢献活動として音楽支援を選択する企業がいるのだろうか。社会貢献活動の中でも、文化・芸術活動に対する企業の支援活動のことをメセナ活動という。これは、純粋な文化や芸術の保護ではなく、企業イメージの向上など企業自身による何らかの社会性に裏付けられた保護・支援活動である。メセナ活動の中でも、音楽支援は特にさかんである。1995年度版のメセナ白書によると、1994年度のメセナ実施件数のうち438%が音楽分野である。2位の美術が194%、3位の演劇以下は10%未満が揃うことから見ても、音楽支援が多いことがはっきりとしている。これは、メセナ活動の中でも比較的取り組みやすい分野であることが要因である。音楽支援によって、音楽家に発表の機会を与え、聴者に聴取機会を与えることと、貨幣に還元されない価値や公共財の評価の提示を提示することができる。数多くのジャンルに分けられる音楽支援の中でも大半が管弦楽団への恒常的支援、演奏会への支援であった。しかし、アマチュアオーケストラ支援はごくわずかであった。(住川 199611

TCCの場合、他の企業があまり目を向けなかったアマチュアオーケストラに支援の手を差し伸べたことは、他の企業との差異化をもたらす新しい試みだったのではないだろうか。

それではアマチュアオーケストラとは社会的にどのように見られているのだろう。そもそも「アマチュア」とは、芸術・スポーツなどを職業としてではなく、趣味として愛好する人、愛好家という意味である。アマチュアオーケストラはプロのオーケストラとは違い、本職の傍ら趣味という範囲で音楽活動を行っているが、地域の公共の施設を借りて定期的に演奏会を開催している楽団がほとんどであり、演奏会の練習を日常的な活動にしている。しかし、地域文化の担い手としてイベントや各種学校での依頼演奏もこなし、活動だけを見ればプロのオーケストラと何ら変わりない。

今井 2006)によると、アマチュアオーケストラにとって最大の悩みは資金繰りである。アマチュアオーケストラの中には、行政による公的な金銭的支援を受けている団体もある。こういった団体は、練習会場費や演奏会会場費、指導者や指揮者への謝礼など、多額の経費がかかる項目について援助を受けていて、団員の自己負担額も少ない。一方で、自主管理・運営のアマチュアオーケストラは、活動資金についての悩みが尽きず、練習会場の確保や大型楽器の管理運搬、指導者や指揮者の確保など練習環境を整備するために、自己負担でまかなって行かなくてはならず、日常の活動を維持していくことに直接結びつく。また、オーケストラに対しての団員からの要望も多様化している。取り上げる曲や練習の充実などの音楽的内容の向上、練習会場と自宅、あるいは職場との地理的な関係の利便性、結婚やその後の出産などのライフスタイルの変化に対応した取り組みが求められる。個々の団員レベルでは、経済的な問題(団費・メンテナンス料・練習会場までの交通費を負担していけるか)、地理的な問題(自分の生活圏内で活動しているか)、心理的な問題(運営方針・音楽的なレベルが自分と合っているか)などがあげられる。多様な活動ができれば、オーケストラに活気が戻ってくる。また、社会と何らかの連携を持つことによって活動に広がりができる。内側から提案された問題と向き合いつつ、外側の社会との関係についても考えることが大切となっている。また、芸術活動は非営利なものであり、活動をしていく上で様々な問題を抱えていかなければならない。それでも、アマチュアオーケストラにとってオーケストラの活動自体が喜びであり、心豊かな生活を送るために欠かせないものとなっている。アマチュアオーケストラは地域文化の活性化に貢献するために、例えば企業によるメセナ活動と連携するなどして、よりアマチュアオーケストラが活動をする地域(外側の社会)との結びつきを強めることが大切である。

 


第三章 TCC概要

 

 

第一節 TCCの歩み

 

トヨタ自動車は「販売店のあるそれぞれの地域で、信頼すべき企業として認知してもらうには本業以外にどうアプローチをしていけばいいか」を考えていた。そんな時全国各地にはアマチュアのオーケストラが存在し、それを束ねるJAOの存在を知った。JAO1972年の創設以来、会員による年会費と国・自治体からの助成金を基盤に全国区の活動は行っていたが、地方レベルでの活動支援までに手が行き届いていないのが現状であった。トヨタ自動車は、地域文化の担い手でもあるアマチュアオーケストラの支援を通じて地域に貢献していこうと思い立ち、1980博報堂の仲介でJAOに対し支援検討の意向を伝えた。その結果、翌年正式に単独提携法人としてJAO迎え入れられることになった。(Neighbors Vol. 3 Japanese27)地域レベルで社会貢献活動をしたかったトヨタ自動車と、地域レベルにまでアマチュアオーケストラの活動支援を行いたかったが資金運営に行き詰まっていたJAO2つの組織の要望が合致した結果がTCCである。

TCCの記念すべき第1回は茨城県で開催された。1981年の春、当時の副社長のもとへトヨタ自動車販売の広報部長から「地方のアマチュアオーケストラの育成を通して企業本来の芸術文化支援活動を行いたい。ぜひ地元の販売店でバックアップをお願いしたい」と茨城を指名で依頼があった。第二章でも述べたように、当時まだメセナ活動が今日のように周知されていない時期に、しかも地方でクラシックの演奏会を開くことに開催者側の不安は募るばかりであった。開催するにあたり「できるだけ聴き慣れた曲を」「観客と舞台が一緒になって楽しめるコンサートにする」「障害者の方たちも招待する」という取り決めがなされ、結果、来場者からは「また来たい」「続けてください」という多くの激励のコメントがあった。 

この第1回の演奏会の成功が、後のTCC全国展開のモデルになった。2006年に25周年を迎え、大きく制度を変更することになった。それは、アマチュアオーケストラ支援から社会貢献へとシフトしていくものであった。

2008923日には、()企業メセナ協議会から芸術文化の振興に貢献した企業を表彰する「メセナアワード2008」を発表し、1981年以来、44都道府県・137市町村で合計1229回、延べ986,000人の来場者を迎えた。トヨタ自動車のアマチュアオーケストラによる訪問コンサートが「音楽文化普及賞」に選ばれた。(2008/10/13付、中部経済新聞より引用)

 

第二節 JAOから見たTCC

 

JAO19726月、全国からの呼びかけに応じて愛知県豊橋市に参集したアマチュアオーケストラ23団体で結成された。「全国アマチュアオーケストラフェスティバル」は連盟の主要事業として毎年開催され、北海道から沖縄まで各地をめぐり、それぞれの地域の市民オーケストラの活性化と音楽文化の振興に寄与している。設立以来、全国のアマチュアオーケストラの活動の活発化に伴い加盟団体も増加し、19957月には文部省(当時)より社団法人の認可を取得。また、1998年の世界アマチュアオーケストラ連盟(WFAO)結成においても中心的役割を果たし、アマチュアオーケストラ活動を通じた国際交流にも力を注いでいる。200812月現在145団体の加盟団体を擁するJAOは、1985年から開催している「トヨタ青少年オーケストラキャンプ」、2000年から始まった「日本マスターズオーケストラキャンプ」など、青少年から中高年に至る幅広い年代を対象に演奏する喜びを分かち合い、地域に根ざした音楽活動を推進する組織となっている。(JAOホームページより引用)

 

TCCにおけるJAOの役割は、トヨタ自動車とアマチュアオーケストラの仲介役である。毎年秋頃に次年度のTCC申し込み要項をJAOに加盟しているアマチュアオーケストラに配布している。毎年出される要項の規定に従い、トヨタ自動車とJAOが協議をした上で支援団体を決定する。その際にはアマチュアオーケストラ側の書類提出が必要になってくる。それでは、JAOTCCの現状と意義をどのようにとらえているのだろうか。JAO常務理事・事務局長のAさんからの回答をもとに考えていく。

 

  表1  過去4年間のTCC採択数と採択率

 

応募総数(単位:団体)

採択数

(単位:団体)

採択率

市民参加型

アウトリーチ形式

部分支援型

2005年度

46

40

87

5

5

30

2006年度

55

51

92

2

1

48

2007年度

50

48

96

3

7

29

2008年度

41

36

88

2

5

29

  JAO加盟団体数は2008年現在で145団体である。

 

なぜトヨタ自動車は、プロのオーケストラではなくアマチュアオーケストラの演奏会を支援することにしたのか。それは、プロのオーケストラは都市部だけにしかないが、アマチュアオーケストラは全国各地に存在する。第三章第一項でも述べているように、地域レベルで社会貢献活動をしたかったトヨタ自動車にとってアマチュアオーケストラを支援するとは、すなわち地域に貢献していくことになると考えた。JAOTCCの意義として3点あげている。

まず1つ目は音楽家の活動場所の確保である。25年を超える支援の結果、アマチュアオーケストラと共演することでプロの指揮者やソリストの仕事場が確保できている。これはアマチュアオーケストラ側にとってもプロの演奏家と一緒にステージに上がれる機会であり、音楽をやっていく上で貴重な体験となっている。特にオペラなどの滅多に開催することのできない演奏会ができるA方式はアマチュアオーケストラにとってもさまざまな曲に触れるチャンスになっている。

2つ目はアマチュアオーケストラへの金銭的補助である。プロの指揮者やソリストを呼んだり、オペラなどの大曲に挑戦したりできるチャンスでもあり、普段の定期演奏会の資金として団員の金銭的負担を軽くすることができる。「都市部の団員数100人を超えるようなアマチュアオーケストラには、自己負担である程度のコンサートができるのであまりメリットと感じられないかもしれないが、地方の県庁所在地にないアマチュアオーケストラにはTCCの援助は大きい」とAさんは述べていた。県庁所在地にない団体で採択されている団体には、愛知県では豊橋市や半田市、刈谷市が採択されており、岩手県では北上市、宮城県石巻市、福島県郡山市や会津市、栃木県足利市山形県米沢市、酒田市、千葉県市川市、習志野市、木更津市、静岡県島田市、兵庫県姫路市がある。また、トヨタ自動車とJAOは「アマチュアオーケストラに公共の施設で演奏会を開いているのだから、もっと地域に開けた活動を行うべきではないか」と提案している。地方のアマチュアオーケストラは何らかの支援を行政から受けていることも多く、何らかの形で地域に貢献する必要がある。楽団によっては、行政からの依頼で近隣の学校や公共のホールで演奏などを行っている。この依頼演奏の出演料を活動費にあてている楽団もいる。「地域文化の活性化に貢献するために、例えば企業によるメセナ活動と連携するなどして、より社会(外側の社会)との結びつきを強めることが大切である」と今井(2006)にもあるように、アマチュアオーケストラは行政と協力するほかトヨタ自動車と協力することによって、音楽という貨幣に還元されない価値や公共財の評価を提示する地域文化の担い手としての役割を負っていかねばならない。

また、アウトリーチ形式の演奏会を開いたり、市民参加や普段クラシック音楽に触れる機会のない青少年や障害者を観客に迎えたりすることで、地域のアマチュアオーケストラのファンを増やし、結果的にはTCC以外の演奏会においても入場者を増やすことができる。これがJAOの考えるTCCの意義の3つ目である、クラシックファンの増加にともなう地域文化の活性化である。活動の広がりによって優良な聴衆が育ち、日本全国のクラシックコンサートの固定客を増やしているのではないか。TCC事後レポートによると、「定期演奏会への最多入場者数は800名だったが、今回は1,250名と一挙に入場者数が5割増になった」(2007年、神奈川県横浜市、B方式)「 TCCの承認を受けたことにより、PR活動にも弾みがついて、当団初となる会場を埋め尽くす満員のお客様においでいただき大成功のうちに終了することができた」(2008年、千葉県八千代市、B方式)「団員の招待による近隣の小・中学生が多数。観客はほぼ満員となり過去最高の来場者だった」(2007年、愛知県豊橋市、B方式)などといった記載が多い。

TCCで行っている地道な招待活動の継続によって地域のアマチュアオーケストラのファンを増やし、結果的には入場者の増加につなげことができる」というメリットを考えると、アマチュアオーケストラ側にも、次第に社会貢献の意識が生まれるとJAOは考えている。    

しかし、2005年度からスタートしたアウトリーチ形式(2007年以前はB1方式、2007年からはA2方式と制度が変化した)は、初年度5団体、2006年度は1団体と申請団体は少なかった。そのため2007年度よりトヨタ自動車主催に変更し、支援金の上限も50万円から100万円に引き上げ、金銭的な援助を増やした。表1を見るとB方式が圧倒的に多いことが分かる。また、採択数が高いのにJAO加盟数の約3割の団体しかTCCに申請を出していないことになる。応募総数も年々減少してきており、アマチュアオーケストラ側にTCC離れが進んでしまっているのかもしれない。インタビューの中でDさんは「今まで応募が何十件とあったのが、10件とか5件になれば、少なくなってきたことが目に見えて分かる。JAOとしては、このシステムを継続していくためにはやっぱりある程度の応募がほしい。そうでないと、トヨタ自動車の支援は必要ないのではと言われる。」とJ AOの理事という立場から見た問題点も語ってくれた。

 

第三節 TCCの仕組み

 

TCCには、A方式とB方式の2種類が存在する。A方式はアマチュアオーケストラとトヨタ自動車が企画段階から本番当日まで共同で開催する。プロの指揮者やソリストの参加、また音楽監督が就くことによって、良質な音楽を提供することを目的としている共同開催型2007年度より、市民参加形式A1方式アウトリーチ形式A2方式2つができた。B方式はアマチュアオーケストラの自主公演の資金をトヨタ自動車が部分的に援助する部分支援コンサートである=部分支援型

 

A1方式市民参加形式

基本テーマ:地域ニーズを踏まえた幅広い市民が参加できるコンサート

タイトル:トヨタコミュニティコンサートin○○(○○は地域名)

主催:主催アマチュアオーケストラ/開催地トヨタ販売会社グループ/トヨタ自動車株式会社

協力:JAO

金銭的援助:・演奏会ごとに予算上限を定める。

・チケット売上金の50%を算入。

・残りはアマチュアオーケストラの活動予算になる。

 

A2方式:アウトリーチ形式

基本テーマ:生演奏を聴く機会の少ない地域・施設への鑑賞機会の提供

タイトル:トヨタコミュニティコンサートin○○(○○は訪問地域名)

主催:主催アマチュアオーケストラ/開催地トヨタ販売会社グループ/トヨタ自動車株式会社

協力JAO

金銭的援助上限100万円宿泊費宿泊費+交通費)

B方式

基本テーマ:生演奏を聴く機会の少ない青少年や高齢者・障害者を対象とした招待コンサート

タイトル:公演ごとに個別に定める。

主催:主催アマチュアオーケストラ

協賛:○○地区名トヨタ販売会社グループ/トヨタ自動車株式会社

協力:JAO

特徴:・総座席の10%以上を生演奏の聞く機会の少ない青少年や高齢者・障害者を対象とした

招待者が占めること。

青少年や高齢者・身体に障害のある方などを招待する。

金銭的援助:上限50万円(100万円を越える場合は50万円、100万円以下はその半額)

 

※ 参考資料として、「2008年度TCC制度概要(総括版)」と「申請から実施までの流れ」

  を巻末にあげる。

 

TCC開催元年から続いていた方式を受け継ぐ2002年度申し込み要項(比較資料@)と新た

B方式にアウトリーチ形式の演奏会支援の項目が増え、B1方式が成立した2005年度申し込

み要項(比較資料A)、そして、アウトリーチがA方式、つまりトヨタ自動車が主催となった

2008年度申し込み要項を比較することで、トヨタ自動車のアマチュアオーケストラに対する

認識の変化を見ることができる。

 

<比較資料@: 2002年度 TCC申し込み要項より>

 

A方式共同開催型

基本テーマ:通常の定期コンサートとは異なったコンセプトによるプログラムを組み、地域

における文化の創造を目指して、各オーケストラが存分に実力を発揮し、トヨ

タ自動車がそのチャンスを提供する。

タイトル:トヨタコミュニティコンサートin○○(○○は地域名)

主催:主催アマチュアオーケストラ/開催地トヨタ販売会社グループ/トヨタ自動車株式会社

協力:JAO

金銭的援助:チケット代金の90%は各オーケストラの活動資金になる。

 

B方式:部分支援型

基本テーマ:各オーケストラの定期を中心とした自主公演において、プロの指揮者、ソリスト

を入れたいが、費用面で困難であるというケースを支援するコンサート

タイトル:○○交響楽団 定期演奏会 など

主催:主催アマチュアオーケストラ

協賛:開催地トヨタ販売会社グループ/トヨタ自動車株式会社

協力JAO

金銭的援助上限50万円

 

C方式:部分支援型

基本テーマ:各オーケストラの定期を中心とした自主公演への協賛

タイトル:公演ごとに個別に定める。

主催:主催アマチュアオーケストラ

協賛:トヨタ自動車株式会社

金銭的援助:協賛費5万円。

 

 

<比較資料A:2005年度TCC申し込み要項より>

 

A方式

基本テーマ:通常の定期コンサートとは異なったコンセプトによるプログラムを組み、地域

における文化の創造を目指して、各オーケストラが存分に実力を発揮し、トヨ

タ自動車がそのチャンスを提供する。

タイトル:トヨタコミュニティコンサートin○○(○○は地域名)

主催:主催アマチュアオーケストラ/開催地トヨタ販売会社グループ/トヨタ自動車株式会社

協力:JAO

 

B1方式

基本テーマ:各オーケストラの定期を中心とした自主公演において、プロの指揮者、ソリスト

を入れたいが、費用面で困難であるというケースを支援するコンサート。

タイトル:○○交響楽団 定期演奏会 など

主催:主催アマチュアオーケストラ

協賛:開催地トヨタ販売会社グループ/トヨタ自動車株式会社

協力:JAO

 

B2方式

基本テーマ:青少年や高齢者・障害者を招待する他、本年より新たに生の演奏を聞く機会の

少ない離島や遠隔地の方々への移動・訪問コンサート。

タイトル:公演ごとに個別に定める。

主催:主催アマチュアオーケストラ

協賛:トヨタ販売会社グループ

 

この大きな改編が行われたのはTCC開催から25周年を控えた時期であった。節目を迎える

にあたり、TCCはアマチュアオーケストラの支援ではなく社会還元に意識を向けることに方

針転換を行った。このことは各方式の基本テーマを見ていくことで分かる。2002年度B方式

では「各オーケストラの定期を中心とした自主公演において、プロの指揮者、ソリストを入

れたいが、費用面で困難であるというケースを支援する」となっているのが、2005年度B

式では招待形式とアウトリーチ形式の2つに別れ、C方式が撤廃された。一方、2005年から

始まったアウトリーチ形式の演奏会は、初年度5団体、次年度1団体と希望者がたいへん少な

かった(表1参照)。TCCの今後社会貢献を強く意識していくために2007年度以降はト

ヨタ自動車を主催に移してA2方式とし、援助額の拡大やトヨタ自動車のネームバリューなど

の後ろ盾を強くして、アウトリーチ形式を希望する団体を増やそうとしていると考えられる。

   

           図  TCCの制度の変化

 



第四章 アマチュアオーケストラ、それぞれのTCC

 


第一節 半田市民管弦楽団

 

第一項 半田市民管弦楽団について

 

愛知県半田市は、名古屋市の南、三河湾と伊勢湾に囲まれた知多半島のほぼ中央、人口およそ12万人の街である。半田市民管弦楽団はこの地を拠点とし、1986年、市民運動展開し行政や事業所などに働きかけ、行政から楽器購入補助300万円、事業所などから700万円、合計1,000万円の資金を得て発足した。団員数は現在71名。団員の年齢層は23歳から70歳。団員は知多半島一円及び名古屋市、春日井市、一宮市、三重県近辺から集まる。  

団の役員構成は名誉団長を現職市長にお願いするなど外部から顧問、会計、団長、副団長、音楽監督を呼んでいる。日常的な活動は毎週1回、土曜日の夜の練習。団員の出席率は毎回およそ70%しか集まらない。

1年を通しての行事は、6月のファミリーコンサートと12月の定期演奏会と依頼演奏である。ファミリーコンサートは「クラシックファンの裾野を広げ、よりクラシック音楽に親しんでもらおう」というコンセプトを設け、名曲や聴いたことのある小曲をその時のコンセプトに合わせて選曲し、司会進行を立て、家族で楽しめるコンサートにしている。定期演奏会は特にコンセプトはなく、選曲委員会にて何曲か候補を出し、団員の投票によって曲を決めていく。このように趣旨をはっきり分けた演奏会を開催している理由は、楽団設立の趣旨に「文化豊な明るい街づくりに貢献、地域に根ざした活動、市民に親しまれるオーケストラを目指して設立、音楽を通じて地域文化の普及向上と青少年の情操教育に寄与することを目的とする」としているからである。演奏会にはプロの指揮者を呼び、最低でも月に12回は練習に来てくれるスケジュール調整が可能な指揮者に依頼している。依頼演奏は市内及び市外の小学校や高校の学校設立記念での演奏、公民館活動の一環で行われたふれあいコンサート、ロータリークラブの記念大会、合唱団からの記念演奏会がある。

活動資金は団費月2,000円と演奏会の負担金15,000円を団員から回収している。依頼演奏の出演料は小学校から10万円、公民館から5万円〜10万円。行政からは、設立以降年間30万円の会場費分補助が出ていたが、10年ほど前から全額補助されなくなってしまった。

 

 

<半田市民管弦楽団TCC開催事例>

@    2006年 B方式

創立20周年記念 2006ファミリーコンサート

〜聴いてごらん 半田のまちの音 まつりと南吉と蔵シック〜

日時:2006611() 午後130分 開演

会場:半田市福祉文化会館

入場者数:1,388

プログラム:

鞍掛昭二 オーケストラのための組曲「はんだ」
モーツァルト フルート協奏曲 第1番 第1楽章
サラサーテ  ツィゴイネルワイゼン
チャイコフスキー バレエ音楽「白鳥の湖」

 

A    2007年 A2方式

トヨタコミュニティコンサートin日間賀島〜オーケストラが日間賀島にやってきた〜

日時:20071021() 午前10時 開演

会場:日間賀小学校 体育館

入場料:会場が学校の体育館ということもあり無料。チケットは販売しなかった。

プログラム:

ベートーベン 交響曲第5番「運命」第1楽章
ビゼー    「アルルの女」より
サラサーテ  ツィゴイネルワイゼン
チャイコフスキー 「くるみ割り人形」より“花のワルツ”
クラウス・バデルト パイレーツ・オブ・カリビアン
リチャード・ロジャース サウンド・オブ・ミュージック

指揮者体験コーナー

楽器紹介

日間賀小学校校歌

 

B    2008年 B方式

2008ファミリーコンサート〜ラブストーリーはオペラから〜

日時:2008615() 午後2時 開演

会場:半田市福祉文化会館

入場者数:1,172人招待者(そのうち半田及び知多ジュニアブラスバンド・市内小中高生・福祉協議会・老人会・擁護学校・国際交流協会 合計214人が招待客)

プログラム:

フンパーディンク 「ヘンゼルとグレーテル」前奏曲
ヴェルディ 「アイーダ」大行進曲
プッチーニ 「ジャンニ・スキッキ」より私のお父さん
      「蝶々夫人」よりある晴れた日に
      「トスカ」より星は光りぬ
      「トゥーランドット」より誰も寝てはならぬ
プロコフィエフ  「ロメオとジュリエット」より

 

 

第二項  離島での演奏会から得た充実感

 

半田市民管弦楽団はここ数年、継続的に支援団体に採択されている。A2方式で開催した「トヨタコミュニティコンサートin日間賀島〜オーケストラが日間賀島にやってきた〜」では離島の子供たちや島民に日ごろ接することの少ない生のクラシック音楽を聴く機会を与えてあげることができた。ベートーベンの「運命」やチャイコフスキーの「花のワルツ」などクラシックの名曲、「パイレーツ・オブ・カリビアン」や「サウンド・オブ・ミュージック」といった映画音楽を選曲し、指揮者体験コーナーや楽器紹介をプログラムに盛り込むなど、堅苦しいイメージのある生のオーケストラを初めて聴く島民が親しみを持てるような内容にした。演奏会の締め目くくりとして、小学校の校歌を、オーケストラの伴奏で子供たちが歌い、観客と一体になった楽しいコンサートは幕を閉じた。「オーケストラをバックに校歌を歌うのは学校側も子供たちも初めてでした。また、この(演奏会を)機会に子供たちに間近で(プロのバイオリニストの)バイオリンの生の音を聴かせたいという思いがありました。名古屋フィルハーモニー交響楽団首席バイオリン奏者に出演をお願いできたのは、トヨタ(自動車)からの援助のおかげです。この演奏会を通じて、子供たちにも(クラシックの演奏会が)喜んでもらえるということが分かり、団員にも肌で感じてもらえたので、歓迎される地域があればまた演奏をしに行きたい」とBさんは述べていた。

日間賀島は楽団でも一度は行ってみたいと思っていたこともあり、この演奏会に対して充実感を抱いている。この充実感が途中経過で出さなければならない提出書類などの煩わしさを吹き飛ばしているようにも感じる。半田市民管弦楽団では、アウトリーチ形式が浸透しやすかった。ファミリーコンサートを開催するときは各小中学校の音楽関係者に声をかけ、積極的に招待活動を行っていた。それは、この楽団が「文化豊な明るい街づくりに貢献、地域に根ざした活動、市民に親しまれるオーケストラを目指して設立、音楽を通じて地域文化の普及向上と青少年の情操教育に寄与すること」を目的としていて、地域に開かれたオーケストラという特色をもっているからである。それは「クラシックファンの裾野を広げ、よりクラシック音楽に親しんでもらおう」というファミリーコンサートにも表れている。また、小学校への訪問演奏会のノウハウを生かした企画立案が可能だった。

トヨタとのやりとりで問題になったのが宿泊費だった。当初A2方式では宿泊費の補助は想定されておらず、交渉の結果、離島で日帰りが困難と言うことで団員1人当たり3,000円出してもらえることになったという。楽器運搬や団員みんなでの宿泊、引率等の役割を全員でこなした甲斐もあって、宿泊することで夜の懇親会ができたことがより一層団員の結束力が高まった。演奏会も、小・中学生合わせて200名、そして島民の感動が直に伝わってきて団員も感動を共有できた。もともと地域貢献意識の強かった半田市民管弦楽団にとって、日間賀島での演奏会はこれらの経験が「歓迎されるところがあればまたA2方式の演奏会に参加したい」という前向きな姿勢につながった。

 

 

第二節   富山シティフィルハーモニー管弦楽団

 

第一項 富山シティフィルハーモニー管弦楽団について

 

富山県富山市を拠点としているアマチュアオーケストラ。富山県内初の社会人オーケスト

ラとして1983年に結成された。楽団員数は95人。20代から80代まで年齢層は幅が広く、夫婦はもちろんのこと、2世代3世代で所属している団員もいる。

団内の組織には顧問、団長、事務局(局長、次長、会計、運営委員{プログラム・チケット・ポスター・ビラ管理・CD/DVD写真受付}、メーリングリスト管理、託児室担当)、演奏部(部長、副部長、パートリーダー、楽譜係)、があり、すべて在籍している団員で役を担っている。

毎週土曜日に12時間半(18:3021:00)の練習がある。2月と6月の年2回の定期演奏会や富山県内のアマチュアオーケストラがすべて参加する「オーケストラフェスティバル」や行政からの依頼演奏、富山県黒部市の「第九を唄う会」の依頼で毎年12月に演奏する曲の合奏をする。

団員に一番求めているのは、週に1回の練習に必ず参加するということ。その条件にも関わらず能登や朝日町から毎週通う団員もいる。Cさんは団員全員が練習に参加することが楽しい練習につながると話している。

団の運営は11人から回収する団費(18千円)と自主演奏会の負担金(約2万円)、

さらに依頼演奏の際の出演料(金額は交渉次第で決まるが約2050万円)でまかなう。

 

 

<富山シティフィルハーモニー管弦楽団のTCC開催事例>

2006年 B方式

富山シティフィルハーモニー管弦楽団ウィンターコンサート2007

〜僕らの街のオーケストラ クラシックってこんなに面白い!〜

日時:平成1924() 午後2時 開演

会場:オーバードホール

入場料:一般1,500円  高校生以下無料

プログラム:

1

ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲

オペラ名曲集

シュトラウス オペレッタ「こうもり」〜侯爵様、あなたのようなお方は

ヴェルディ オペラ「椿姫」から第1幕前奏曲〜あぁ、そは彼の人か〜花から花へ

プッチーニ オペラ「マノン・レスコー」第3幕の間奏曲

プッチーニ オペラ「トゥーランドット」〜誰も寝てはならぬ

2

ホルスト 組曲「惑星」より“木星”

チャイコフスキー バレエ音楽「白鳥の湖」より“情景〜ワルツ〜終曲”

ビゼー 「アルルの女」第1組曲

シュトラウス 美しき青きドナウに

 

 

第二項 「自分たちのペースを守る演奏活動がしたい」

 

富山シティフィルハーモニー管弦楽団では、年に2回開催している定期演奏会のうち、片

方を富山県在住の常任指揮者、もう片方をプロの指揮者に指導と演奏会の出演を依頼して

いる。定期演奏会は毎年の定例行事であり、マンネリ化しやすい練習をいろんなタイプの

指揮者を呼ぶことで活動に変化をつけている。年に1回共演できる指揮者はやはり自分たち

の呼びたい指揮者と共演したいと思うものであり、自分たちのやりたい曲ができることが

重要になっている。

指揮者や選曲に自由が利くB方式でならTCCをやろうという意思があり、団内でも雰囲気

づくりができれば、これからもトヨタコミュニティコンサートに参加していく。実際、プ

ロの指揮者を呼んだ演奏会と呼ばない演奏会では費用が80万円くらい金額に差が出てくる。

団員から集める演奏会の負担金だけでは赤字が出るほどであり、B方式の金銭的援助はたい

へんありがたいものになる。しかし、富山シティフィルハーモニー管弦楽団では2006年に

採択されて以来申請を出していない。「昔、申請を出していた時は、続けて同じ楽団が申請

されることはなかったから、時期を見計らって(申請を)出していた。それが2006年まで

だった。」とB方式の申請が行える時期を見て、申請を出していたようだ。Cさんは、TCC

の方針が変わったことについては、「企業だから仕方がない」と語っている。

Cさんは、「来年は、5月の演奏会にプロの指揮者呼ぶし、TCC(のB方式)から出してみ

るのも手だ」と申請を出すならB方式でどの演奏会で採択してもらおうという具体的な考え

まで持っている。それにもかかわらず、提出書類が多いことやB方式の総座席の10%以上

を生演奏の聞く機会の少ない青少年や高齢者・障害者を対象とした招待者が占める」といっ

た支援に対する条件が厳しくなったことが申請を見合わせる要因になっている。トヨタ自動

車が社会貢献を共に行うパートナーだとアマチュアオーケストラを位置づけることに抵抗

を感じているようだ。また、トヨタ自動車からの援助がどうしても必要というわけではな

い。特にTCCの援助がなくても自分たちでお金を出し合うことで演奏会を開催できるし、

自分たちの好きな曲を選び、自分たちの呼びたい指揮者のもと演奏会を開きたいと考えて

いる。また、いろんなタイプの指揮者を呼ぶことで活動に変化をつけているようである。

自力で音楽活動のマンネリ化を打破できる富山シティフィルハーモニー管弦楽団にとって、

TCCの支援は活動面でも資金面でも選択肢のひとつにすぎないのかもしれない。それがイ

ンタビューで頻りに語られていた「どうしようかな」という言葉に表れている。

しかし、TCCを経て、現在でも自主公演の演奏会に生かしているところもある。富山シ

ティフィルハーモニー管弦楽団では、2006年のTCCの開催を機に定期演奏会でそれまで未

就学児以下無料としていたチケットの値段を演奏会は毎回高校生以下無料にした。結果、

大台の来場者数1,000人突破が実現できた。制度改編後のTCC開催から2年経った現在でも、

コンスタントに1,000人を超える観客が演奏会に訪れていて、クラシックファンの獲得に

つながった。JAOAさんが言っていたように、クラシックファンの増加にともなう地域

文化の活性化というTCCの意義が反映された。(第一章第一節より)地道な招待活動の継

続によって、地域のアマチュアオーケストラのファンを増やし、結果的には入場者の増加

につなげことができるというメリットを考えると、アマチュアオーケストラ側にも次第に

社会貢献の意識が生まれるのかもしれない。

 

 

第三節   新潟交響楽団

 

第一項 新潟交響楽団について

 

新潟県新潟市を拠点としているアマチュアオーケストラ。1931年創立。日本では2番目に古いアマチュアオーケストラである。

団員は休団者を含めて90名。団員の平均年齢35歳。一番若い団員は大学生で、最年長はインタビューに答えてくれたDさん、65歳になる。団長を筆頭に、副団長が2人、インスペクター(練習総監督。練習計画・会場手配・指揮者との打ち合わせが主な仕事)、サブインスペクター、事務局長(団員の掌握・コンサートを取り仕切る・来場者に対しての接客・演奏会の実施・実現させるための交渉・会計)、事務局次長が2人、コンサートマネージャーが1人。サブコンサートマネージャー、ライブラリアン(楽譜の原本の管理)以上の人たちを団長が仕切る運営委員会と言う。各楽器の首席で組織されたコンサートマスターが仕切る楽事委員会の2つがある。楽事委員会は純粋に音楽のこと(曲目選定・主席・管の場合はローテーションの選定)を話し合う。これらすべての役を在籍する団員で担っている。

1年を通しての行事は、年に2回、春と秋に定期演奏会がある。演奏会の会場を春は県民会館、秋は新潟市民芸術文化会館(通称りゅーとぴあ、以下「りゅーとぴあ」と表記する)との使い分けをしている。りゅーとぴあは、クラシックだけに使用目的が限られるコンサートホールを兼ね備えている。県民会館よりも新しく建てられた建物であり、客席数も多い。楽団としては定期演奏会を2回ともりゅーとぴあで行いたいという考えもある。しかし、「県から助成金も出しているのに県が管轄する施設である県民会館を使わないのか」という指摘が行政側から入った。そのため、会場の使い分けをせざるを得なくなった。12月は第九実行委員会主催の「第九」の演奏会が通例となっている。今年度の依頼演奏は、翠江高校の文化祭、信濃川フェスティバル、県の農林水産省主催の第28回全国豊かな夢づくり大会に出演。 

日常的活動は週に1回、毎週月曜日に行う練習。平日の月曜日に練習日を設けている理由は、日曜や土曜はイベントや冠婚葬祭など個人的に用事が入ることがあるが、月曜日は週の初めになるので、月曜の夜は意外と仕事が少ないと考えた結果であった。しかし、平日で開始定刻に全員が揃うことはない。これは団の問題点でもある。「セクションで、(練習が)始まる時に12人しか来ていないということもある。『何としても都合を付けて練習に参加しなくては』と思うか、『1人くらいいなくてもいいやろう』と思うかの違いが団員の中にある」とDさんは述べていた。

団員は一番遠くて、長岡から練習に参加している。また、東京から呼んでいるプロの指揮者は楽団の常任指揮者でもあり、演奏する機会には必ず指揮を振ってくれる。そのため楽団の日常的な練習の3分の2以上参加してくれるという。楽団側も四六時中先生の指導を仰ぐという体質に楽団自体が慣れ親しんでいる。これは、アマチュアオーケストラの中でも特質している。

活動資金は月1,500円の団費、依頼演奏の出演料、演奏会ごとにチケットのノルマ(1人あたり14千円)でまかなう。楽委員会がとんでもない曲を出してきた場合、例えば経費的に、エキスTCCには2007年度にA2方式、2008年にB方式で採用されている。

 

 

<新潟交響楽団のTCC開催事例>

@ 2007年 A2方式

トヨタコミュニティコンサートinみつけ

日時:2007624() 午後230分 開演

会場:新潟県見附市アルカディアホール

入場者数:676

共演:アルカディア混声合唱団

プログラム:

シューベルト 交響曲第7番「未完成」

モーツァルト 歌劇「魔笛」より“気高き神々よ”

ヴェルディ 歌劇「ドン・カルロ」より“1人淋しく眠ろう”

ロッシーニ 歌劇「セビリャの理髪師」より“陰口はそよ風のように”

團伊玖磨  混声合唱組曲「筑後川」

 

A 2008年 B方式

82回定期演奏会

日時:2008622() 午後2時開演

会場:新潟県民会館

入場料:指定席1,500円 自由席1,000(当日各200円増し)

プログラム:

ブラームス 交響曲第4

ハイドン 交響曲104番「ロンドン」

ベートーベン 歌劇「フィデリオ」序曲

 

 

第二項 「定期演奏会は外せない」

トヨタコミュニティコンサートinみつけ(新潟県見附市)を開催した2007年は、移動・

訪問コンサートがB2方式からA2方式になった最初の年である。新潟交響楽団がA2方式の演奏会を開催するきっかけとなったのは、JAOの理事にも参加しているDさんが個人的にA2方式をやってみないかという話を受けたことだった。JAOとしては、トヨタからの援助を継続してもらうためにはアマチュアオーケストラ側からのある程度の応募がほしい。今A方式の応募が少なく、そのためJAOとしてはA方式の団体を増やして、少しでも支援金が減らないようにしていく。「(申請団体が少ないと)真剣に支援金がほしくないのか」とトヨタ自動車に思われてしまうのを怪訝しているそうだ。

楽団内では楽事委員会と検討した結果、かつて「第九」の演奏会で共演した新潟県見附市の混声合唱団と再び共演し、楽団が新潟市から見附市に赴くという形でアウトリーチが成立するのではないかという結論に至った。見附市はクラシックの演奏会が頻繁に行われず、どちらかといえば音楽に潤ってなかったが文化には前向きだった。また新潟市を拠点とする新潟交響楽団が見附市で演奏会のチケットを売ることは困難であり、チケット売ってもらう組織が必要となった。その点でも合唱団は協力を得やすかった。

「トヨタコミュニティコンサートinみつけ」の選曲は合唱団と協力することを根底において行われた。合唱団の協力を仰ぐためには楽団がやりたい曲を押すよりも合唱団が歌いたい曲をやってもらうのが一番であり、合唱団にも喜んでもらえるのではないかと考えた。その結果「筑後川」という合唱曲になった。合唱とオーケストラの組み合わせと言えば、ベートーベンの「第九」交響曲がイメージされがちであるが、それ以外の曲目はあまり知られておらず、演奏される機会も少ない。今回の合唱組曲「筑後川」は楽団も初めて演奏する曲であり、今回の演奏会がなければ演奏する機会もなかった。毎年12月に演奏する「第九」を演奏するよりは楽団側にも貴重な体験になったようである。

しかし、A2方式を経験して、Dさんは「疲れる」という言葉を口にした。「トヨタ(自動車)は協力してくれるとはいっても、新潟交響楽団で企画立案を立てなくてはいけない。見附市との練習計画や費用の問題もある。それが煩雑で。しばらくはやりたくない。」というのが感想であった。合奏はどちらの地域でやるのか、団員の交通費や楽器の輸送代、指揮者の送り迎えや宿泊、食事代はどちらが持つのかなど、細部まで考えていけばきりがない。

また、アウトリーチ形式の演奏会は訪問先の共演団体との協力がないとできないと語っていた。「(楽団に)よほど素晴らしいネームバリューがないと。聴いてみたいと思うような所詮アマチュアの社会人オーケストラなんてそんなに聴きたいとは思わない」と語る。 

新潟交響楽団の場合は、インタビューの中で、定期演奏会の大切さが顕著に語られてい

た。2009年度は申請しない。2008年と続いたため、連続してはできないのでB方式はできない。それならA方式でやるしかない。A2はしばらく間を置きたいし、A1方式は費やす日数がかかる。そうすると当然、年に2回行っている定期演奏会に影響が出てくる。定期演奏会の合間にA1を入れる余裕はない。練習スケジュールや指揮者の問題もある。定期演奏会を犠牲にしてまでやる価値があるものではない。「定期演奏会をなくして、A2方式の演奏会を開くということになると、団員からも否定的な意見が多い。年2回の定期演奏会は外せない、というのがやっぱり一番だよ」と語り、定期演奏会と比較した結果前向きな姿勢になれないでいるようだ。

新潟交響楽団の場合、何十年来と固定のプロの指揮者を呼んでいる。通常のアマチュアオーケストラでは月に12回の合奏と本番の前日練習にしか指揮者と合わせる機会がない。今の指揮者との頻繁な練習に慣れ親しんだ新潟交響楽団にとって、プロの指揮者も団員の1人のような存在であり、A方式になって指揮者との共演がなくなるという事態になると、今後の指揮者との関係や慣れ親しんだ練習に戸惑いを感じてしまうのかもしれない。団内から積極的に「TCCをやろう」という話はない。JAOの理事であり団長でもあるDさんが金銭的な面などTCCのプラス面を持ち出して雰囲気づくりをする。

 

生演奏を聴く機会の少ない青少年や高齢者・障害者を対象とした招待コンサートという基本テーマのB方式に採択されるため、また「総座席の10%以上を生演奏の聞く機会の少ない青少年や高齢者・障害者を対象とした招待者が占める」という目標を達成するために特別に招待客を呼んだ。2007年に、親善事業で演奏しに赴いた高校の生徒や毎年春に行っている楽器講習会の受講生のOBOGにダイレクトメールを発送した。「トヨタ(自動車)は喜ぶんね。今まで動員できていない層が、このTCCをやることによって動員できたことが」とDさんは語っており、TCCの利点としてあげていた。またDさんは事後レポートにも「初級弦楽器講習会受講者の方々で『生のオーケストラを聴くのは初めて』という生徒さんが結構おられたのは意外であった。今回のご招待の趣旨が生のオーケストラの音を体験するという観点からすれば、大変意義深い演奏会であったと言える。私たちの身の回りは音楽が溢れており、聴こうと思えばいつでもどこでも聴けるように思うが、現実はそこに動機付けがなされないと『聴きに行く』行動に移されないということを認識させられた。」と書いている。

しかし、「総座席の10%以上を生演奏の聞く機会の少ない青少年や高齢者・障害者を対象とした招待者が占める」というB方式の条件を、重荷に感じてしまうことが見受けられるのは否めない。事後レポートでも、「招待来場者数対会場収容人数比率10%以上という目標ラインは、支援されているトヨタ(自動車)さんとしては当然の要求かと思うが、毎回このラインを厳しく追及されていくと、企画を見直したり、コンサートホールを変えたりせざるを得ないといったことになりかねず、多少大目に見てほしい項目である」と記述しており、招待客の客層をもっと広げないといけないから、いろんな理由付けて呼びました。10%なんて基準がなかったら(招待)しない」とインタビューでも答えていた。

 


第五章 考察

 

第一節 TCCがもたらしたもの

 

TCCが「アマチュアオーケストラは社会貢献をともに行うパートナーである」という認識を示し、制度変更を行ってから、アマチュアオーケストラ側にも変化が起こった。それは、市民の聴取機会を拡大できたことである。

富山シティフィルハーモニー管弦楽団は、2006年のTCC開催を機に、それまでの定期演奏会で未就学児以下無料としていたチケットの値段を、毎回高校生以下無料とした。TCCのおかげで、目標としていた大台の来場者数1,000人突破が実現できたからである。2年たった現在でも、コンスタントに1,000人を超える観客が演奏会に訪れており、クラシックファンの獲得にもつながった。これは「普段クラシック音楽に触れる機会のない青少年や障害者を観客に迎えたりすることで、地域のアマチュアオーケストラのファンを増やし、結果的にはTCC以外の演奏会においても入場者を増やすことができる」というAさんが考える、クラシックファンの増加に伴う地域文化の活性化につながるのではないだろうか。

新潟交響楽団も、通常の定期演奏会では招待活動を行っていなかったが、トヨタ自動車からの支援を受けるため、TCCの名目で開催する演奏会のみ、2007年に親善事業で演奏しに赴いた高校の生徒や、毎年春に行っている楽器講習会の受講生のOBOGを演奏会に招待した。そこで、10年以上行ってきた楽器講習会の受講者という日頃楽器に触れる機会があるように思われる層にも、「生のオーケストラを聴くのは初めて」という人がたくさんいたことが分かった。プロのオーケストラが演奏会を開く期間も少なく、また「よほど素晴らしいネームバリューがないと。所詮アマチュアの社会人オーケストラなんてそんなに聞きたいとは思わないだろう」とDさんが語っている点から見ても、たとえ県庁所在地にアマチュアオーケストラが存在するとはいえ、まだまだオーケストラという文化が広がりを見せていないように見える。

このような背景を考えると、TCCの招待の趣旨が「生のオーケストラの音を体験する」という観点からすれば、たいへん意義深い演奏会であったといえる。アマチュアオーケストラ側からすれば、「身の回りに音楽は溢れており、聴こうと思えばいつでもどこでも聴ける」ように思えることであるが、現実はオーケストラに日ごろ接する機会のない人々は、そこに動機付けがなされないと、「(オーケストラを)聴きに行く」行動に移すのは困難なのである。

 

 

第二節 2つの反応 ―個人志向と社会貢献志向―

 

第三章第一節では、TCCが高い採択率を保っているにも関わらず、申請団体が減少して

いることを述べた(表1参照)。申請団体の減少はなぜ起きているのであろうか。それは、TCCの変化が、申請に対して「手を上げづらい状況」を作り出しているからである。TCCに申請を出すかどうかの選択がアマチュアオーケストラ内で行われ、その段階が重要になってくるのが、楽団内での「TCCをやろう」という雰囲気づくりである。

富山シティフィルハーモニー管弦楽団のCさんは、制度が大きく変化する前までは続け

て同じ団体が採択されることはなかったので、時期を見計らって申請を出していた。しかし、2006年以降TCCの制度が変わったことで、「今年はいいや」という結論に達してしまったようだ。Cさんは来年は、5月の演奏会にプロの指揮者を呼ぶし、TCC(B方式)から出してみるのも手だ」と、申請を出すならB方式でどの演奏会で採択してもらおうという具体的な考えまで持っている。しかし、提出書類やB方式の総座席の10%以上を生演奏の聞く機会の少ない青少年や高齢者・障害者を対象とした招待者が占める」といった支援に対する条件が厳しくなったことに抵抗を感じている。

新潟交響楽団の場合、団長のDさんの後押しが申請のポイントになっている。楽事委員や事務局でも、「やろう」という積極性はなく、TCCをやることによって、財政的に助かるという話を持ちかけ、「やったらどうだ」と提案するという。「それも団長の仕事だ」とDさんは言う。しかし、Dさんはインタビューの中で「今度の定期(演奏会)を犠牲にして(TCCを)やろうとことになると、やっぱり(団員の)気に障る。定期をやめてA2方式の演奏会を開くということになると、賛否…否の方が多いかもしれない」と述べていた。新潟交響楽団にとって申請を見合わせる要因となっているのは、定期演奏会の存在である。連続で同じ方式を申請することはできないため、時期を見てB方式のみを選択していこうと考えている。

TCCの設けるB方式の条件を照らし合わせると、手を上げにくい状況になっている団体には、後押しをする人の積極性が必要になってくる。また、この2団体に関しては、TCCの応募をB方式に限定している点が共通している。富山シティフィルハーモニー管弦楽団のCさんは、「A方式は企画立案や当日の裏方の仕事もすべて行ってくれる。しかし自由が利かない。自分たちの好きな曲が演奏できないかもしれないし、自分たちの好きな指揮者が呼べないかもしれない」と語っていた。新潟交響楽団のDさんは「A方式は、費やす日数が長い。そうすると定期演奏会に影響が出てくる。その合間にA1を入れられる余裕はない。練習スケジュールも問題あるし指揮者の問題もある」という。定期演奏会中心で動いている団体はTCCの支援から少しずつ離れようとしているのかもしれない。Dさんは「自分たち(アマチュアオーケストラ)はあくまでもオーケストラで飲み食いしているわけじゃないから」と語っていた。

しかし、半田市民管弦楽団の場合、楽団設立の趣旨に「文化豊な明るい街づくりに貢献、地域に根ざした活動、市民に親しまれるオーケストラを目指して設立、音楽を通じて地域文化の普及向上と青少年の情操教育に寄与すること」を目的としている。そのためもともと社会貢献の意識が高かったといえる。楽団の年間行事にファミリーコンサートや小学校への訪問演奏会といった日々の活動を行っていた。そのノウハウが日間賀島での演奏会の企画立案に生かされた。半田市民管弦楽団にとっては楽団の活動理念にも沿う活動だったようである。

以上より、アマチュアオーケストラはTCCを経験して、2つの種類にわかれていくのではないかと考えられる。富山シティフィルハーモニー管弦楽団や新潟交響楽団のように、個人志向の楽団と半田市民管弦楽団のような社会貢献志向の楽団である。この2つの志向は個々の楽団の活動方針に関わってくる楽団の特色であり、TCCを日常的な活動にどう組み込むのかは、楽団内から提案される問題になる。

個人志向の楽団は、学生時代の延長で発足した楽団であり、自分たちのやりたい曲を選曲し、呼びたい指揮者を呼び、定期的に演奏会を開催している。定期演奏会の開催が個人志向のアマチュアオーケストラの醍醐味であり、定期演奏会の開催に差し障るような行事には抵抗を感じてしまうようである。そのため、アマチュアオーケストラ側の自由な希望が利かず、準備段階の日数が長期に渡るA1方式や普段の演奏会のノウハウが生かせないA2方式は好まれず、定期演奏会への支援をお願いするB方式のみを申請する動きが見られる。また、両団体とも団員数は90100人の間を保っており、団員から回収することで金銭面はまかなえている。個人志向で、ある程度の人数を確保している団体は、「TCCには頼らない」という選択肢を選ぶのかもしれない。

一方、半田市民管弦楽団は、「文化豊な明るい街づくりに貢献、地域に根ざした活動、市民に親しまれるオーケストラを目指す」ことを趣旨にしているため、TCCの社会貢献意識を強めたことにあまり抵抗もなかった。離島での演奏会もTCCの話が出る前から「やってみたかった」と答えていた。半田市民管弦楽団のように社会貢献志向の楽団には、トヨタ自動車の強い後ろ盾があり、アウトリーチによってさまざまな場所での演奏機会を与えてくれるTCCは、とても魅力的に映るのかもしれない。

 

 

第三節 まとめ TCCの意義と課題―

 

今回の調査では、アマチュアオーケストラの音楽活動を通して、地域文化への社会貢献の担い手としての役割を提示したTCCの現状から意義と課題を考えてきた。TCCは、トヨタ自動車という企業が、アマチュアオーケストラに内側の社会(楽団内)から提案された問題と向き合いつつ、外側の社会(個々のアマチュアオーケストラが活動する地域)との関係についても考えることの大切さを問うものである。アマチュアオーケストラは音楽という貨幣に還元されない価値や公共財の評価を提示する地域文化の担い手としての役割を負うことができる。そのようにしてアマチュアオーケストラを社会的に認められた存在にする音楽支援事業がTCCである。

アマチュアオーケストラはプロのオーケストラとは違い、本職の傍ら「趣味」という範囲で音楽活動を行っている団体ではある。アマチュアオーケストラにとってオーケストラの活動は喜びであり、演奏する場を与えられ、それに向かって練習することが心豊かな生活を送るために欠かせないものとなっている(住川、1996)。それでも、社会的に見れば、地域文化の活性化には欠かせない存在を与えられており、実際に、地域文化の担い手としてイベントや各種学校での依頼演奏をこなす団体も少なくない。地域に根差したアマチュアオーケストラの演奏会を切り口にして、市民に聴取機会を与え、地域の音楽文化の活性化に結びつくのではないだろうか。ここにTCCの意義がある。

しかし、今回のインタビューを通して、TCCがその目的を真に達成するための課題も浮かび上がってきたように思う。ここでは二つの点を挙げて、まとめに代えたい。

第一は、社会貢献志向のアマチュアオーケストラの増加と定着である。正確なデータはないが、半田市民管弦楽団のような団体はまれであり、ほとんどの団体は個人志向であると思われる。TCCに関しては、今後富山シティフィルハーモニー管弦楽団や新潟交響楽団のような団体が増えていくことも考えられるが、その一方で、社会貢献志向のアマチュアオーケストラが少数派ながらも、ある程度の数を保ち、定着することができるのであろうか。現在、個人志向と社会貢献志向の間にいて今後の道を模索するアマチュアオーケストラもあるだろう。そうしたオーケストラにとっては、部分支援型からアウトリーチ形式の演奏会へシフトして社会貢献志向を鮮明にするという選択肢もあるはずである。しかし、すべてのオーケストラが、富山シティフィルハーモニー管弦楽団や新潟交響楽団のような選択をすれば、日本のアマチュアオーケスト全体において社会貢献志向が後退してしまう可能性さえある。したがって、半田市民管弦楽団のようなタイプのオーケストラが、今後どの程度あらわれTCCの援助を受けながら定着していくのかという点に、今後注目すべきである。

第二に、生演奏の聞く機会の少ない層への音楽の聴取機会の提供という点について考えるとき、はたしてどこまで対象を拡大できるのかという点である。富山シティフィルハーモニー管弦楽団も新潟交響楽団も、B方式で招待者を呼ぶにあたり、青少年への間口は広がったが、障害者には及んでいなかった。Dさんは「招待で養護学校の生徒を呼んだ時、演奏の休憩時間に奇声を発した生徒がいた。場内係が父兄に『席を外してもらえないか』とお願いすると、父兄からは『招待しといて、何で席を外さなければいけないの』という言葉が返ってきた。養護学校には、鑑賞に堪えることを条件としたが、父兄には伝わらず、当然トラブルになった。だから招待をやめた」ことをインタビューで語ってくれた。TCC事後レポートにも、「施設からの招待者のマナーについて、他の観客の迷惑になる場面があった。演奏をしていた団員からも問題ではないかとの意見があり、招待の施設に対して、他の観客への配慮を認識していただく」(2007年、山形県米沢市、B方式)と問題点とあげている団体もいる。一方で、北上フィルハーモニー管弦楽団は「障害者団体の招待については、団員もお客様も、『特別なこと』という意識はない」(2007年、岩手県北上市、B方式)という。この楽団の場合は、2006年度TCCB方式で、初めて学校関係以外に福祉団体を招待した。「障害者用駐車スペースや専用の受付を設けたり、障害者サポートのボランティアをお願いしたり、手話の同時通訳をステージ上で行ったりと、万全の体制で演奏会に臨んだ。福祉団体関係者だけではなく、一般のお客様からも『福祉団体を招待することは大変良いこと』と、励ましの言葉をいただくことができた」(JAOホームページより引用)とあるように、万全の体制を整えれば、同じ空間で演奏を聴いてもらうことは可能である。このような部分に着目することによっても、アマチュアオーケストラが真に地域文化の担い手になっていけるのかどうかを占うことができるかもしれない。今後のTCCの活動に期待している。

 


参考文献・参考URL

 

  今井治人、2006、「アマチュアオーケストラの社会学」『研究論文集』11(1):p45−63

  鈴木渉、2008、「成人音楽活動に関する一考察--アマチュアオーケストラの活動を中心に」『山形大学紀要』14(3):p295−312

  住川鞆子、1996「企業のメセナ活動と音楽」、『宮城学院女子大学研究論文集』83p117

  成田和子、1998、「フランスのヴィレット音楽都市における聴衆への音楽教育およびフランスのアマチュア音楽活動について」『東京音楽大学研究紀要』22:p1−19

  村井俊博、河地良一、2004、「地域の活性化を促進する音楽の振興(2)厚田村『海の音楽祭』を中心に」北海道浅井学園大学生涯学習システム学部研究紀要space(4):p2534

  Neighbors Vol. 3 Japanese

  2008年度TCC申し込み要項

  2005年度TCC申し込み要項

  2002年度TCC申し込み要項

 

  JAO (社)日本アマチュアオーケストラ連盟ホームページ

http://www.jao.or.jp/index.html

  トヨタ自動車株式会社グローバルサイト

http://www.toyota.co.jp/index.html

  愛知県半田市公式ホームページ

http://www.city.handa.aichi.jp/index.shtml

・中部経済新聞ホームページ

http://www.chukei-news.co.jp/