第2章 先行研究

 

第1節 結婚難の要因

山田昌弘は現代の未婚化・晩婚化という、いわゆる結婚難をもたらした原因の一つとして「恋愛の変化」が挙げられると指摘する。以下に、山田(1996)の論を簡単にまとめる。

 

第1項 男女交際機会の増大と恋愛観の変化

山田昌弘は、男女交際の機会の増大が若者の恋愛観や結婚観に変化をもたらした、と述べている。戦後から、1960年代ごろまでは、「恋愛結婚イデオロギー」の普及によって、結婚に結びつかないような恋愛が制限されていた。「恋愛結婚イデオロギー」とは、恋愛感情を家族の中に囲い込むもので、家族を壊すような自由な感情(結婚前、及び、結婚外の男女関係)はよくないものとされていた。つまり、結婚を前提としない恋愛はあり得ない、結婚に結びつかない男女交際は単なる遊びだという意識が広がっていた。このような男女交際のあり方が1970年代以降、女性の社会進出や青年の意識変化(1)、また青少年の経済的余裕の発生(2)や、都市社会のハード面の発達などから変わってきた。これに伴い、男女交際が量・質両面で活発化してきた。言い換えれば、結婚せずに「広く」「浅く」男女交際することが可能になったという。それでは、男女交際の「量」や「質」はどのように変わったのか。

まず、「量」の面から言えば、日常生活で男女が出会う場が多くなり、恋愛相手を広い範囲から選ぶことができるようになった。「質」の面からいうと、付き合いの深さに関するタブーがなくなってきたことが挙げられる。結婚を前提としていようがいまいが、恋人であろうがなかろうが、身体的、精神的にどの程度の付き合いをするかどうかにタブーはない。「性関係を持ったから二人は結婚すべき」というような価値観は、現在では社会的に共有されているとは言えず、性関係と結婚への発展どころか、性関係と恋人関係でさえも結びつかないケースも増えている。(山田:1996)

 

第2項 男女交際の活発化がもたらすもの

以上に見てきたような、男女交際の量と質の多様化は、恋愛や結婚のあり方に様々な影響を及ぼすことになる。その影響は結婚においてマイナスの方向に作用した。

山田は、この時期に始まった男女交際の活発化を「恋愛の自由化」とも呼んでいる。高度成長期以降、男女交際が活発になったにもかかわらず、男女の平均初婚年齢が上昇しているのは、日本独特の「離婚のしにくさ」にあるという。日本では1970年代以降、未婚者に関しては、恋愛の自由とともに「別れる自由」が実現した。恋人の段階ならば、一方的に別れても、社会的、法的に支障はない。しかし、一度結婚してしまうと実質的に別れる自由はなくなる。嫌いになっても一方的に別れることはできない。山田は「未婚時代の自由、結婚後の不自由、このギャップが結婚を遅らせる」(山田1996121)と述べている。

 

第3項 男女交際の活発化が結婚難をもたらす要因

前項では、1970年代から始まる男女交際の活発化に伴い、未婚者のみに別れる自由が与えられたことが晩婚化の一要因になっていると述べた。しかし、一般的には別れる自由が与えられたとはいえ、恋人としてお互いが結婚を意識して交際をしていれば、すぐにはそのような感情に結びつかないはずである。結婚難をもたらした原因として、別れる自由が与えられたことが大前提として挙げられるが、それ以上に男女の交際というものの質や恋人同士の意識が大きく変化したことが原因ではないかと思われる。山田は現代の結婚難の要因について、意識調査やメディア分析から3つの項目にわけ考察している。一つめは「恋愛と結婚の分離」、二つめは「もてる人ともてない人の階層分化」、三つめは「もっといい人がいるかもしれないシンドローム」(山田1996122)である。一つめの「恋愛と結婚の分離」については、本稿の中核であるため後に詳しく述べることにする。二つめの「もてる人ともてない人の階層分化」と三つめの「もっといい人がいるかもしれないシンドローム」についてはここで簡単にまとめておく。

まず「もてる人ともてない人の階層分化」とは、男女の出会いの増大は「もてる人」「もてない人」を出現させ、一部の人たちの間だけで交際が活発することになる。だからといって、このような人たちの間でも結婚が増えるわけではない。さらに出会う数が多くなるだけで、好きな人と交際できる確率も減る。このような理由で、男女が交際する機会が増えたからといって、全員にこのような機会が与えられるわけではないし、結婚が早まるわけでもないということである。

次の「もっといい人がいるかもしれないシンドローム」は、前述したように異性との出会いが増え、選択肢が多くなったがゆえに、恋人として付き合う分にはいいのだが、いざ結婚となると「もっといい人がいるかもしれない」と結婚を先延ばしにする。これが「もっといい人がいるかもしれないシンドローム」である。このシンドロームは特に、魅力がある女性がかかりやすい。要するに、相手を選り好みし、結婚しないがゆえに、これも結婚難の一つの原因になっているという。

 山田は「男性も女性も魅力があって恋人がいるからといって結婚が早まるとは限らない。魅力の階層というものを考えれば、異性への魅力がありすぎる層と魅力がなさすぎる層が、結婚を遅らせて、晩婚化に寄与していると考えられる。」(山田1996144)と述べている。

 

恋愛と結婚の分離

ここで本稿の中核である結婚難の要因としての「恋愛と結婚の分離」というものについてまとめておく。「恋愛と結婚の分離」とは結婚に結びつかないような恋愛をすることが自由になり、恋愛と結婚が分離して考えられるようになったということである。山田はこれを「結婚を前提とせずに、恋愛そのものを楽しむという意識が強まってきた。人生にとって重要なのは、「結婚」と言う形式ではなくて、「愛情」、いってみれば、男女のコミュニケーションがもたらす満足感にあると言う考えが広まってきた。」(山田1996124)と述べている。さらに「現在のように、結婚しなくても恋愛を楽しめる時代では「結婚をする理由」を捜さなくてはならない。」と指摘する。昨今では、逆に妊娠することが結婚の大きな理由になるぐらいである。つまり、妊娠でもしない限り、恋人となっても結婚のきっかけがなかなか見つからないことが、結婚を先延ばしにする原因にもなると考えられる。よって恋愛が自由化され、男女交際が増加しても、恋愛と結婚が分離しているがゆえに、結婚が増えないのである。(山田1996131

 

 このように1970年代以降は男女交際が活発化し、恋愛結婚イデオロギーが崩壊した。これによって恋愛が自由化され、必ずしもすべての恋愛が結婚に結びつかなくなった。この影響が、昨今の晩婚化や非婚化といった結婚難の根本的な原因になっているという。それでは、本当に山田が指摘するように、恋愛の自由化により「恋愛と結婚の分離」という意識が広まっているのだろうか。次節では大学生を対象に行った調査からこのような意識が読み取れるかを検証する。

 

 

第2節 意識調査

ここでは前節で述べた「恋愛と結婚の分離」といわれるような意識が本当に現代の若者にも広がっているのかを検証するため、3つの大学で行われた意識調査を分析の対象に挙げた。どれも大学生の恋愛や結婚の意識について調査したものである。それぞれの調査方法や調査対象者については順に注(3)(4)(5)とし、論文末尾に提示する。

 

 

第1項 大学生の恋愛・結婚観―「大学生の恋愛観」(石川:1994

 石川の調査では主に、大学生の恋愛観について詳しく調査されている。この中で恋愛の定義について問うた質問に対する回答では、これを讃美し、美化する傾向が強い。同時に「お互いの人格を高め合うもの」「人間を成長させるもの」「向上していくもの」と恋愛による人格の陶治を主張したり、「人生に必要不可欠のもの」「人間であることの絶対条件」など、恋愛の人生における意義を主張したり、恋愛を真摯に考えている人が多いことが分かった。また、恋愛が楽しいばかりのものでないことも認識したり、感情的にならず、冷静にこれを正視する態度もみられた。     

しかし、愛そのものをどれだけ深く考えているかについては疑問が持たれる。

「恋愛は人生で唯一度だけ、唯ひとりの人にだけ捧ぐべき愛情である」には67.6%が「反対」と答えている。学生にとって恋愛はもっと気楽なものであるらしい。恋愛に対しては大賛成であるが、恋愛と結婚との関係については充分な考察はなされていないようである。以下の表を参考に提示する。

 

 (石川1994:74)より作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(石川1994:75)より作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2-1を見ると恋愛と結婚は「必ずしも一致しなくともよい」という考え方が最多で(43.2%)、次いで「一致するのが望ましい」(35.5%)が続いている。はっきりと「一致すべき」(6.3%)と言う意見や、「別である」(6.1%)とする意見も少数である。すなわち、大学生の間でも必ずしも確固とした一定の考え方があるわけではないようであるが、やや一致しなくともよいという方向に向いている。(石川199457

このように、一応恋愛と結婚は別と考え、従って、学生時代には大いに恋愛すべしと主張し、図2-2からも勉学の邪魔にはならないとする人が圧倒的に多い。現代学生は、正面きっての恋愛の定義を問うと立派な言をなすが、実際には恋愛をゲーム化し、軽く考える傾向があり、日夜相手のことを思って勉学も手につかないような真剣な愛は少ないようである。(石川199472)石川はこの調査から、全体として現代学生は、恋愛を結婚の過程としてとらえている人は少数であり、兎角安易に考える傾向があり、真剣さに欠けると指摘する。

 

 

第2項      恋愛意識の多様化―「大学生における現代的恋愛の諸相」(渡辺裕子:2000

渡辺の調査では、第1節で述べた、恋愛の「質」の変化について調査された項目がある。今日、友達以上恋人未満の異性の存在や、恋愛であるようなないような関係が増え続けているといわれている。(渡辺2000160)渡辺はこれを「恋愛意識の多様化」と呼び、大学生の異性との付き合い方が多様であることを示している。

そこで、渡辺は、恋人以外のこのような異性との付き合い方で恋愛に関わる意識に違いがあるかを調査している。次の表は性・恋愛・結婚に関わる4つの行動規範に関して、「かまわない」〜「よくない」の4段階で回答を求め「かまわない」としたものの比率を以下に表で示した。この中で「異性の友人」と「異性の親友」の違いはグループで付き合う程度か、それ以上かという違いである。

 

 

21 性・恋愛・結婚に関わる意識(%)―異性との付き合いのタイプ別

実施年:1996

 

「かまわない」とする比率

                 

恋人と

外泊旅行

する

愛情の 

ない

性関係

恋人

以外の 

性関係  

適当な相手が

いても

結婚しない

恋人

あり

(N=83) 

異性の親友も必要(N59

84.7

20.3

11.9

25.6

異性の親友は不要(N24

75.0

 ―

 ―

33.3

恋人

なし

(N=136)

恋人が欲しい(N93

75.5

18.1

8.5

38.8

恋人は不要

異性の親友がいる

N16

87.5

50.0

37.5

56.3

異性の友人がいる

N10

60.0

10.0

10.0

60.0

異性との付き合いなし (N17

82.4

11.8

5.9

58.8

全     体

N219

78.6

18.2

10.5

40.9

                                                                             (渡辺2000:169)より作成

 

 

この結果でも「結婚してもよい相手がいても早く結婚する必要はない」では40,9%で意見は分かれている。恋愛において結婚を意識しない、または恋愛を恋愛として楽しむという考え方も多い。(渡辺2000169)また結婚を意識しない恋愛を肯定する態度は、「恋人あり」の2つの型や「恋人いなく必要」では3~4割程度と少ないのに対して、「恋人不要」の3つの型では6割に上っている。恋人が不要だ、という人の方が恋人がいる人(または欲しい人)に比べて結婚に対して消極的であることがわかる。

ここで、今日大学生の異性との付き合い方の特徴を挙げると「恋人あり/異性の親友は不要」という、従来の「恋愛結婚イデオロギー」の型に当てはまるような付き合いを望む人は一割程度であることが分かった。渡辺はこの結果から、「今後一層、現代の恋愛意識は「恋人なし/異性の親友必要」型に移行が進むであろう、現時点ではまだ少数に過ぎないが、これが大量に生じた場合には、結婚や家族の形態にも変化が生じるであろう。」(渡辺2000177)と指摘する。

 

 

第3項      恋愛・結婚のイメージ

―「相愛女子短期大学の結婚と恋愛に関する意識」(益田圭:2003

益田の調査では、石川と同様に恋愛と結婚の考え方について調査されており、さらに恋人がいる人といない人の考え方の比較がされている。この調査の中で有意な差が見られたのは「早く結婚をしたい」という項目であった。これは恋人がいる人は現在実際に付き合っていくなかで、相手との結婚についても憧れを抱くようになるからかもしれない。

しかし、「結婚と恋愛は、全く別のものだ」という質問では、どちらともいえないがやや肯定するほうが多い結果であった。これは恋愛や結婚のイメージや、恋愛、結婚する相手の条件として重視するもの違いとしても表されていた。結婚と恋愛を別のものと考える理由は、恋愛よりも結婚のほうがより現実の生活に密着したものであるために、現在の恋愛とはかけ離れたもののように思えるからなのかもしれない。以下のグラフは「恋愛・結婚についてのイメージの違い」と「恋愛と結婚において相手の条件として重視するものの違い」を示したものである。図23の縦軸はそれぞれの項目に対し「まったくそう思わない」「あまりそう思わない」「どちらでもない」「ややそう思う」「非常にそう思う」の5ポイントスケールで評定したものである。数値が高いほどその項目に対してそう思うということを示している。

 

 

23 恋愛・結婚についてのイメージ

 

 

                            

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(                                 

(益田2003:25)より作成                               

 

 

24 相手の条件として重視するもの   

                             

(益田2003:27)より作成

 

この3つの意識調査から、まず現代大学生において「恋愛」と「結婚」に対してのイメージが違うこと、さらに恋愛(恋人)と結婚相手の条件として重視するものが違うということがということが分かった。特に恋愛に関しては、非常に肯定的なイメージを持っており、今日の大学生にとって恋愛が楽しく欠かせないものであることはこのようなイメージから想像できる。また、恋愛(恋人)と結婚相手の条件では、重視する部分が違うようであった。これは恋愛よりも結婚の方がより現実の生活に密着したものであるために現実的条件を重視しているように思われた。さらにこの結果から大学生の間では、山田が述べた「恋人であろうがなかろうが、身体的、精神的にどの程度の付き合いをするかどうかにタブーはない。」という恋愛の「質」が変化してきているということについては、渡辺の調査の中から、恋愛が多様化し、変化してきているといえそうである。

以上の三つの調査から、現代大学生において、恋愛と結婚の分離(恋愛と結婚は別である)がはっきりとされているとはいえないが、イメージや相手の条件として重視する部分が違うという意味ではそういえそうである。さらに、男女交際の多様化や、恋愛と結婚相手は「必ずしも一致しなくともよい」という考え方が半数近くを占めていたことから、恋愛が気軽で楽しいものであるために、結婚という煩雑で現実的なものに直結しないようになったのではないかと思われる。

ただ、大学生であるという立場から結婚というものが具体的にイメージしにくかったり、今回の調査ではまだ大学1、2年生(数ヶ月〜1年前までは高校生)の多数が調査対象であったために、まだまだ結婚のことを問うには早いといったことも結果に影響していると思われる。

 しかし、大学4年生においては他の学年と違い状況が変わると思われる。学生時代恋愛を楽しんできたものも、大学を卒業し、就職することよって時間の制約ができたり、相手と離れ離れになることも考えられる。このような状況において、これまでの付き合いの真剣さが問われる時期といえる。就職によって二人の関係になんらかの選択をしなければいけない状況でどのような決断をしていくのだろうか。学生時代の恋愛と割りきって、恋愛を謳歌するのか。それとも結婚について多少なりとも意識し、就職活動をする上で将来を考えた土地を選択したり、または相手の職業や自分の職業の選び方にも影響を及ぼすのか。次章では、現在恋人がいる大学4年生(今回は女子のみ)に、進路選択において恋人がどれほど影響したのかを問い、その選択の仕方から、今の交際の真剣さや将来性などを探りたいと思う。