第2章 先行研究のレヴュー
<「ニート」と呼ばれる人たちの真実>
日本において一般的に認識されているニートの定義は、厚生労働省の「労働経済白書」によると、「非労働力人口のうち、年齢が15〜35歳で、通学、家事もしていない者」となっている。
無業者は大きく3つに分類される。仕事を探すための具体的な行動をとっている、失業者とも呼ばれる人たちが「求職型」、働きたいという希望はあるが、具体的な求職行動をとっていない人たちが「非求職型」、働きたいという気持ちを表明していない人たちが「非希望方」となる。これは、平成17年7月に内閣府が報告した『青少年の就労に関する研究調査』の第2部『就業構造基本調査』の集計結果によるものである。
ニートはこのうち、「非求職型」と「非希望型」にあたる人たちのことをさす。
近年、ニートに対する世間の注目が高まっているが、その中でも特に、「非希望型」のニートに対する否定的な見解が多くなっている。「非希望型」には、「ひきこもり」というもっとも困難な状況にある若者を含む上、「働きもせずにふらふらと世間に漂っている存在」というニートのイメージと合致しているからである。「非希望型」ニートは、まさに将来の社会的コストに結びつく可能性が高いと考えられる。
しかし、本田由紀(2006)によれば、世間で言われるようなニートに対する言論は、やや方向性を見誤っているという。
近年、突如としてニートに対する世間の認識は高まったが、実は、「非希望型」のニート、すなわち働くということからいちばん遠いところにいるニートの数は、前出の内閣府の調査によると、平成4年には41.2万人だったのが、平成14年は42.1万人と、ほぼ横ばいである。「非希望型」のニートは近年急増したという事実はまったく存在せず、むしろ近現代の日本において、いつの時代でもそのような若者は社会の一員をなしていたといえる。
さらに、「非希望型」のニートを詳しく見ていくと、彼らが全員、必ずしも何らかの問題を抱えているわけではないことが明らかになる。内閣府の報告書によると、「非希望型」のニートが普段主にどんな活動をしているかの回答を全国の32名の若者に求めたところ、「特に何もしていない」と答えた者が、男性で52.9%、女性で20.0%と、割合としてはそれほど高くない水準である。他の回答を見ると、「進学、留学準備」が男性で35.3%、女性で20.0%、「趣味・娯楽」が男性で5.9%、女性で6.7%、また、「結婚準備」と答えた女性が20.0%、ニートとみなすかどうかの議論が分かれることの多い「家業手伝い」が13.3%などとなっている。回答数は決して多くはないが、この調査から、「非希望型」のニートにはそれぞれの日常があり、間違っても全員が「ひきこもり」に近接するような、怠惰な生活を送っているわけではないということがわかる。
一方で、ニートおける「非求職型」、すなわち働きたいという意思はあるが、具体的な求職活動を行っていない若者の数は、平成4年で25.7万人だったのが、平成14年では42.6万人と、約27%の増加となっている。
「非求職型」を詳しく見ていくと、前出の主な活動内容の調査で、「非求職型」の回答(58件)の内訳は、「進学、留学準備」が男性で32.1%、女性で6.7%、「資格取得準備」が男性で21.4%、女性で16.7%、「特に何もしていない」が男性で17.9%、女性で43.3%、「療養」が男性で10.7%、女性で3.3%、「芸能芸術プロ準備」が男性で3.6%、女性で3.3%などとなっている。「非希望型」と同じく、ニートとひと括りにして言及するには多様な生活体系を示しているという結果になった。
また、同じく内閣府が報告した、「非求職型」を対象とした、「求職活動をしていない理由別人口」の調査によると、2002年時点でもっとも多かった理由が「病気・けがのため」で、10.4%に上る。これは、以前働いていた職場で過酷な労働条件にさらされ、体調を崩した人や、うつ病などの精神病にかかって、現在は働ける状態ではない人たちのことをさしている。このような人たちは、「非希望型」にも多く見られる。
他には、「探したが見つからなかった」が5.3万人、「急いで仕事につく必要がない」が4.9万人、「知識・能力に自信がない」が4.2万人、「希望する仕事がありそうにない」が4.1万人などと続いている。後者の二つは、就業経験がほとんどない若者の回答数が多かった。
これらの結果から導き出せることは、「非求職型」のニートは、「求職型」、すなわち失業者やフリーター(正社員ではなく、パートやアルバイト、派遣などの非正規雇用で働いている人、または求職中の失業者で、学生や主婦を除いた人たちと定義される)などと非常に親和性の高いところに位置づけされるべきであるということである。「非求職型」と失業者、フリーターとの違いは、「非求職型」が今、働くことができない何らかの事情を抱えているということにあり、社会的に不安定な立場にいるという点ではいずれも共通している。
このように、ニートの個々は様々な事情を抱えていることがわかる。しかし、問題は、「非求職型」や「非希望型」、あるいは引きこもりも含めて、それらをニートとひと括りにされてしまうことである。それぞれの類型ごとに必要とされる支援の方策は異なるにも関わらず、その内情がニートという言葉の前にぼかされてしまい、そこに含まれる人たちがただ単一に「働く意欲のない若者たち」と認識されてしまっているのが現状である。ニートの一部である「非求職型」のように、働きたいという意欲がある人たちも数多く存在するが、それは世間一般におけるステレオタイプ的なニートに対するイメージと合致していない。
<困難な状況にいる「非希望型」ニート>
それでは、各々異なる事情を抱えているニート、あるいはフリーターに対して、実際にどのような解釈と対処がなされるべきなのか。
まず、働くということからもっとも離れたところにいる、「非希望型」ニートについて考えてみる。先にも述べたとおり、この中には「進学、留学準備」や「結婚準備」など、今働く必要や予定がない人たちも含まれるので、そういった人たちはひとまず考慮の外に置く。彼らは、特に政策的支援を必要としていない人たちである。
問題は、「特に何もしていない」人たちや、孤立的で、自分自身の中に閉じこもって深く考え込むようなグループである「ひきこもり」、あるいは、「犯罪親和層」という、仲間とつるんで町を闊歩し、暴力や違法行為にも手を染めがちな集団に対して、何ができるか、ということである(本田は「ひきこもり」と「犯罪親和層」をまとめて、「不活発層」と仮に呼んでいる)。
先述の内閣府の調査によると、「純粋無業」と名付けられた、「不活発層」に近い部類の層において、家族との離別や死別、家庭内不和などのトラブル、家計の厳しさ、不登校、教育機関の中退などを経験した比率が相対的に高くなっている。
そのような困難を抱えた若者は、思い悩むことが多くなり、人間関係や学業がうまくいかず、次第に世間で浮いた存在になってしまい、職場や社会にと距離を置いてしまうという「負の連鎖」のパターンに巻き込まれてしまった例が多い。「ひきこもり」には、中産階級のホワイトカラーの子弟が多いとされるが、彼らも人生のある時点において大きな挫折を経験している可能性が高い。「不活発層」は、自分を苦しめる社会に対し、違和感や不満、反発心を持っている。
内閣府の調査では、中学卒業学歴のニートの約7割は就業経験がほとんどないとされるが、この資料からも、「不活発層」は職場への移行が難しいことがうかがえる。
このような状況にある「不活発層」に必要な対策は、「負の連鎖」に陥る前の予防と、すでに巻き込まれてしまった人たちに対するもので、二段階に分けて考えなければならない。この点に関しては、本章の後の部分でも触れられているが、予防策としては、中学在学中の職業体験や、親代わりの相談相手となれる年長者をチューターとして配置する試みが有効と考えられる。また、予防という段階を過ぎてしまった人に対しては、それぞれの抱える事情を入念に検討するという条件がつくが、「若者自立塾」や「サポステ」(第3章、第4章第2節参照)のような、根本的な自己回復から規則正しい生活習慣への復帰、そして就職活動への移行までをサポートする機関に身を委ねることが有効かもしれない。
<「逆風」にさらされるフリーターの事情>
続いて、フリーター(非典型雇用従業者)や失業者、「非求職型」のニートの実態をみていこう。実は彼らの存在は、社会の中で懸案とされる要素が、「非希望型」のニートよりもはるかに大きいことが、数字の上からも明らかである。先にも述べたとおり、「非希望型」のニートがこの十年でほとんど増加していないのに対し、「非求職型」のニートはこの十年で約27%も増加している。フリーターや失業者に関しては、増加の傾向がより深刻で、厚生労働省が報告した『平成17年版 労働経済白書』によると、1992年の時点で約101万人だったフリーターは、2004年には約213万人と、約2.11倍の規模となり、同じく1992年に約64万人が存在していた失業者は、2002年に129万人と、約2.02倍もの増加が確認されている。
この事実は、近年急激に注目を集め始めたニートよりも、フリーターの方がより深刻に考えられるべき対象であることを物語っているといえる。
フリーターが増加した要因はいくつか挙げられるところだが、社会・経済の観点からすると、やはり1990年代前半のバブル経済の崩壊による景気後退が大きい。この頃には、いわゆる「団塊の世代」が50歳代という、高賃金の年齢層にさしかかり、また、バブル時代に大量採用した「団塊ジュニア世代」の存在も大きく、女性の晩婚化による離職率の低下も含めて、企業の人件費が傾いた企業経営を圧迫していた。そのため、企業は新卒者の採用を抑制せざるを得なくなった。
また、経済のグローバル化に伴って企業の経営環境において予測不可能な変動要因が世界中から押し寄せてくるようになる中で、生産サイクルが短期化し、人材の雇用に量的柔軟性が求められるようになったことも、企業側のアルバイト・パート・派遣などの非典型雇用への需要が高まった要因である。この「不安定層」に対しては、安価かつ雇用を柔軟に調節できるという利点があり、その手法にもはや依存している企業が非常に多い。最悪の場合、フリーターを働くだけ働かせておいて、用が済んだら使い捨てるという、「ハンズ」と呼ばれる扱いをする企業も存在する。1980年代後半には、フリーターという響きからは、自らの価値観に合わせて自由に働き方を選択する生き方が連想されたが、今や社会的な立場が不安定かつ不利な人たちの代名詞として定着した感がある。
問題は、一度「不安定層」という身分になってしまうと、正社員に転身することが困難になってしまうということである。
その理由としては、前述の通り、非正規雇用が企業側にとって非常に都合の良いやり方であるということが近年、強く認識されてしまったこともあるが、もう一つ、日本の伝統的な採用方法である「学校経由の就職」の存在も大きい。これは、生徒が学校に在学している最中に、学校から企業を斡旋・紹介、あるいは推薦してもらったりしながら就職先を決め、卒業と同時にその企業で働き始めるという、いわゆる新卒採用にあたるものだが、この「学校経由の就職」は、企業が正社員を採用する際の、半ば独占的なルートになっている。そのため、いったんその道から外れてしまった若者は、正社員として雇用されることが困難になるのである。近年はバブル期の反省を踏まえて、新卒採用が過剰にならないようにしている企業が多く、ましてやフリーターには正社員になるチャンスが回ってくることはより少ないという事情も、「不安定層」の立場を難しくしている。
フリーターは今、不利な現状にいる上に、見通しのつかない未来を見据えなければならない。彼らはまさに、社会から吹き付ける「逆風」に立ち向かいながら生きていくことを強いられている。
<企業に利用されたフリーターを救うのは企業の役割>
これらの仕組みは、多くの犠牲者を生んでいる。「学校経由の就職」に乗れなかった人の中には、家庭の事情でフリーターにならざるを得なかった人や、受験に失敗した人、専門学校で習うことが自分に合わなかった人など、その人自身には大きな非がないケースも多い。
そもそも、フリーターには仕事に対する意欲や能力が不足しているという通念があるが、それにも特に根拠はない。厚生労働省が2003年に報告した『若年者のキャリア支援に関する実態調査』の、「正社員/パート・アルバイト別 仕事と私生活に関する意識」の調査によると、「仕事のためには私生活も犠牲にすべきだ」という意識を持つ人の割合が、正社員に比べてパート・アルバイトのほうがわずかに高く、逆に、「私生活を犠牲にしてまで仕事に打ち込む必要はない」と考える人の割合は、パート・アルバイトよりも正社員の方が高いというデータが出ている。また同調査では、自分と同年代の人々と比べたときの「基礎学力」「態度」「知識・技能」についての自己評価もたずねているが、これも、正社員とパート・アルバイトの間で、差はほとんどみられないという結果が出た。この調査は、フリーターは迫害されるべき人たちでは決してありえないという意見を裏付けている。
しかし、現状では「不安定層」は社会的に不利な立場に立たされていることは事実である。では、この問題を解決するために、企業や諸機関はどのような取り組みをすればいいのか。
最優先すべき課題は、行政および企業側がフリーターを「救済」することである。現状では、多くの企業は正社員として働くことを希望するフリーターに対して、門戸を閉ざしている。先述の通り、非典型雇用の従業者は企業にとって有益な存在であり、今後、新卒採用の枠がいくら増えたところで、フリーターは残存し続ける。もちろん、本人が望んでフリーターであり続けるならば、それを否定する手立てはないが、多くのフリーターは正社員として働くことを望んでいるのが実情である。
フリーターの立場からすれば、フリーターから正社員への移動障壁が少なくなることや、賃金や福利厚生の面での処遇が正社員に近づくことが待望される。
フリーターは意欲や能力の面で決して劣ってはいないということを述べたが、それを踏まえた上で、小池和男は、フリーターとして働いている者を正社員として登用するメリットについて次のようなことを述べている。「新卒正社員の採用はせいぜいのべ数時間の面接によるが、これでは仕事の実際を知ることはできず、ミスマッチに悩んで辞めてしまう者が出てしまう。フリーターとして半年、1年と働いた者ならば、職場において十分な経験があり、ミスマッチが減り、なおかつ企業側もその働きぶりを見る時間が十分に確保できる」(小池,2005)。企業側には、今一度、これまでのフリーターに対する扱いが正当なものだったのかを振り返ることが求められる。
ただし、正社員にもまた、厳しい労働条件を課せられているのも事実である。長時間の残業労働、度重なる休日出勤は、企業に新規採用された若手正社員の3割が3年以内に離職している大きな要因であるという統計がある。中高年労働者にはリストラの脅威が待ち受けており、従業員を削減して不足する労働力の分を、既存の従業員がより多く働くことで補う、という悪循環が問題視される。
長年苦労して務め上げれば一定の地位を獲得できるかもしれないが、経済サイクルが短期化した現代においては、それまでの見通しがつかないという認識も、正社員の不安を煽っている。
熊沢誠によると、「高校就職組の最大『希望』職種は『フリーター』だそうです。どうせフリーターにしかなれないというあきらめからくる自棄と、どうせ正社員になってもこき使われるだけ……」(熊沢,2006:110)という、あながち間違いとはいえない判断を下している若者が多いようだ。内閣府の調査によれば、若い人ほど、また、学歴が低い人ほどニートや求職者になりやすいことが明らかになっているが、それも現在の労働市場の状況をみれば納得のいくところである。
文部科学省の「学校基本調査」によると、高卒者の2003年度の就職先には、男子では生産工程や労務職などのブルーカラー職が、女子ではサービス職と事務職が多く、これらの仕事は彼らにとってはあまり魅力的には映らないであろう。そのため、正社員になるのを避けて、「とりあえず」フリーターになるケースが多くなる。
いずれにしても、正社員の労働環境が改善されないと、正社員になることを恐れるフリーターは残存し続けるだろう。フリーターの労働意欲を活性化させるためにも、正社員労働者が放つ「負のイメージ」が解消されていくことが望まれる。ここでは詳しくは述べないが、労働時間の短縮、ワークシェアリングの導入、労働組合の活性化などの実現が待望される。
しかし、企業側の方針の変化に期待するのは、少々理想が高すぎて、非現実的であることは否めない。近年は各方面でニートやフリーターの増加に対する危機感が高まり、具体的な対策を練る機関が増えているので、次は実際にどのような取り組みがなされているのかを見ていく。
<若者の就業支援は新しい時代へ>
日本における事例を見る前に、日本よりも早くから若年労働者に対する援助を開始した諸外国の例を挙げていこう。
ドイツには「デュアルシステム」という徒弟制のような訓練制度がある。これは、若者がある企業に見習いとして一定期間、従業し、職業資格を得るというシステムである。訓練が終われば、その企業に正社員として雇われるのもよし、同じ業種で違う企業に入るのもよし、また、デュアルシステムで経験したものと異なる業種を志した場合でも、取得した職業資格はその人のステータスとして、どこの企業に対しても評価されるようになっている。これは、デュアルシステムを経験したことで、社会人としてのベースを身につけていると認められるからである。そのため、その後のキャリア展開の足場としても活かせるのである。
また、1970年代に若年失業率が増加したイギリスでは、早くから就業支援プログラムが確立した。16歳から17歳の者に対しては、「スキルシーカーズ」という制度がある。これは、職業能力の獲得や開発を希望する、学校を卒業した16歳から18歳の在職中あるいは求職中の若者に対してイギリスで実施されている職場ベースの訓練プログラムで、訓練生には給与または手当が支給される。18歳以上向けのプログラムならば、「ニューディール」が挙げられる。これは、18歳から24歳の若者で求職者手当ての申請を6ヶ月以上行った者が対象で、初めの4ヶ月間は個々の対象者にパーソナルアドバイザーが付いて就業に向けたカウンセリングやガイダンスを行い、それでも就業しない者には、求職者手当ての受給資格を剥奪した上で、就労するか、フルタイムで職業訓練を受けるか、就学するかを選択させるという流れである。就労の場合は6ヶ月間の補助金、訓練か就学なら12ヶ月間の手当てが支給される。ニューディールは1998年の導入以来、4年半で91万人を受け入れた実績がある。
日本では、他の先進国に比べると、若年労働者の諸問題の困難な状況が露呈するのが遅かったこともあり、対策がまだ十分に確立されていないといわれる。その中でも、最近では各機関で多彩な取り組みが見られるようになってきた。
熊沢誠の「若者が働くとき」(2006)という著書で、
「若者の就業を企業と学校に任せるこれまでの慣行が機能不全に陥っていること、その結果としてのフリーターや無業者の増加が少子化、社会保障の財源の危機、青少年の働く意欲の減退、社会的ルールからの時折の逸脱などとふかい関連があると認識されるに至った」
と前置きされた上で、経済産業省や厚生労働省などが平成15年に、「就労への意欲が薄い若者」に向けた支援を重要視する「若者自立・挑戦プラン」を策定した後に始まった、政府が運営する各機関の取り組みが、いくつか紹介されているので、まずはそれを抜粋する。なお実際のところ、これらの事業の多くは、政府が運営を民間に委託している。
(1)若者に対する懇切な就職支援
・ジョブカフェ……各都道府県の書体的な取り組みによって設置された、就職相談から職業訓練・研修、就職、職場定着に到る一貫したサービスを一ヶ所でまとめて受けられる施設。若者が「カフェ感覚で」立ち寄れることが特徴。
・ヤングジョブスポット……当初は14都道府県で設置された、若者同士の相互交流を通じた職業意識の啓発を目的とする「広場」。若者が集まりやすい場所に「出前」して情報提供や相談に応じることもある。平成20年1月現在、東京と大阪を除いて、全て閉鎖された。
・フリーターの常用雇用支援事業……全国のハローワーク窓口で、常用雇用を目指すフリーターの求職者に対し、職業紹介担当職員や専門相談員が、一人ひとりの希望に応じたきめ細かな常用雇用就職プランを策定し、一貫した就職斡旋サービスを提供する。この施策でフリーター20万人の常用雇用化を目指す。
・フリーター再教育プラン……文部科学省がフリーターに対し、全国56校の専門学校で3〜6ヶ月の間、IT(情報技術)や福祉など、企業が必要とする人材をイメージした教育プログラムの開発が受けられる機会を提供する。
・「就職力」認定……厚生労働省が平成16年に開始した、事務、営業の分野を対象に、就職に必要な基礎的能力を修得している者を、「若年者就職基礎能力修得証明書」の授与によって認証する事業。内容は「コミュニケーション能力」「職業人意識」「基礎学力」「ビジネスマナー」の四項目と、情報技術、経理・財務、語学力のうち一つ以上の資格取得である。
(2)就業を体験させることを通じての雇用促進
・若年者トライアル雇用事業の拡充……ハローワークで「適当」と判断された未就職の学卒者など35歳以下の若者を対象に、3ヶ月以内の試行雇用を企業に委託する。その間に若者の職務経験、技能・知識が企業の求めるレベルに達したと認められれば常用雇用となる。ハローワークはこの「トライアイル雇用実施企業」に対し、一人1ヶ月につき5万円を最大3ヶ月支給する。
・日本版デュアルシステムの推進……高校生、高卒未就職者、フリーターやニートなどを対象に、週3日の企業での実習と、週2日の専修学校など教育訓練機関での座学を並行的に行う、「実務・教育連結型人材育成システム」。終了時には「一人前の職業人」と能力を判定される。平成16年度は、5ヶ月コースに23,000人が受講し、約7割が就職した。
・若者自立塾の設立推進……若者自立塾とは、ニートなど無業の若者たちに、就職活動の前提となる勤労意欲、生活習慣、親からの自立と教育訓練の志向を培わせるNPO法人のこと。一塾あたり約20人が、前半は生活訓練、後半は労働体験と資格取得講座に当てられる3ヶ月の集団生活を営む。委託機関である社会経済生産性本部に選定された民間事業者の塾経営・運営者には、訓練などの奨励金として3ヶ月一人あたり30万から40万円程度の定額補助金が国から支払われる。
・中学在学中の職場体験とジョブパスポート……年5日以上、保育所や商店などで仕事を実習体験した中学生に、その実績を記録するジョブパスポートが発行される。また、同じような取り組みとして、中学2年生が、学校が受け入れを依頼した企業のうち、自らの希望する職場で5日間の労働体験をする「14歳の挑戦」というものもある。
また、世間には数は少ないながらも、民間だけで、または民間主導で行われている若者労働対策も存在する。ここではこれらにも言及する。
(1)懇切な就職指導――大学での「キャリア教育」推進……大学による学内企業説明会の開催や学校推薦、就職斡旋といった従来からの就職指導に加え、平成17年頃には約7割の大学で、一年生段階から学生の進路設計を指導している。例えば、一年生は職業意識の植え付け、二年生は具体的な目標発見、三年生からはそのための能力開発などと学生たちがプランを立てられるように、一人ひとりにキャリアカウンセリングのサービスを提供する。
また、平成20年1月4日付けの読売新聞朝刊では、バブル崩壊後の就職氷河期に大学を卒業したのち、不本意な就職をせざるを得なかった人などを対象に、卒業生対象の就職支援を行う大学が紹介されている。
立教大学では2006年に、無料で利用できる卒業生専用の就職相談窓口を設置した。就職氷河期に卒業して、不本意な就職をしたものの、雇用が改善した今、よりやりがいのある仕事をしたい考える人が、「母校だから」と安心して足を運べるようになっている。転職希望者には適性判断や面接のアドバイスなどのサービスを提供している。また、早稲田大学や関西大学は立大に先駆けて、卒業生向けの相談窓口や求人情報を提供するサービスを始めている。
(2)「お試し雇用」の展開
・インターンシップ制……学生が在学中に、企業などで自らの専攻、将来のキャリアの見通しに関連した就業体験を行う制度。実際に学生がどのような仕事を体験するかは企業によって千差万別であり、商品開発や企画、販売までを経験できる職場もあるが、中には単純作業や雑業ばかりに従事させる職場もある。
・紹介予定派遣……最大で6ヶ月間、派遣労働者として働いた後、企業と求職者が合意すれば正社員などに直接雇用で採用される制度。現実には紹介予定派遣受け入れの段階で、一般の派遣労働にはない事前面接や履歴書の確認によって選抜されている上に、実際に正社員としての雇用される割合も、人材派遣協会が平成15年に440社、3795人を対象に調査して出した結果によれば、全体で54%、新卒者に限ると30%と、決して高くはない。
ここまで見てきたとおり、実に多種多様な若者の就業を支援する機関が存在していることがわかる。もちろん、ここでは触れられなかった機関は非常に数多く存在しており、それらを全て紹介しようとすることは大変な労力を必要とするだろう。
斎藤環は、これらの支援機関に対していかに評価するべきか、という提言をしている。
第一に、就労する気がない若者を就労へと導くという事業を治療モデルで考えるなら、「どの治療法が有効か」という根拠を蓄積することが重要である。そして、支援策がもたらした結果を正しく評価し、精神論や経験論を超えた技法を抽出・洗練する必要がある。
第二に、就労した若者に対するフォローアップスタディを欠かさないことである。支援をどの程度まで継続できたかの評価も必要となる(斎藤,2005:228‐229)。
ここで紹介したさまざまな取り組みの多くは、国家予算を投入して行われているものなので、その効果はどうあれ、プロセスを最大限有意義に生かしたいところである。
<社会でたくましく生きる若者を育てるには>
識者の中には、若者支援に関して、独自の考えを持っている者もいる。
本田由紀は、「不安定層」への対応策として、就業前段階における、学校での「教育の職業的意義」の構築が有効ではないかという理論を示している。
日本の企業が新卒学生を採用する基準は、その企業の業務とマッチする具体的な職業能力・知識を有していることではなく、仕事への意欲や人柄、学歴、学力といった、抽象的かつ一般的な、どこか漠然としているものが用いられることが多い。企業はそうやって採用した人材をひとまず組織に所属させ、実際に仕事をこなす能力を、一定の期間をかけて育てていくという手法をとっている。
このような採用基準が設けられている背景には、日本の学校が教育要綱の中に、職業面で役立つ知識や技能を身につけさせるようなカリキュラムがほとんど含まれていないという事情がある。
日本を含む11カ国の若者を対象に調査した、国別・最終学歴別の「第6回世界青年意識調査」によると、学校教育に「職業的技能の習得」という面で意義があったと答えた若者の比率は、高校卒業者、専門学校・短大・大学卒業者のどちらについても、調査対象国の中で日本が最低レベルであるという結果が出ている。この調査も、「教育の職業的意義」の欠如を裏付けている。
先にも述べたが、現代の若年労働市場は、学校経由による新卒就業が圧倒的に優位とされ、新卒で正社員の職に恵まれなかった人は、後で正社員に転身するのが非常に難しいという問題を抱えている。
本田はこうした現状を踏まえて、若者たちは、たとえ厳しい労働環境に身を置くことになってしまっても、労働者としての自己定義を保つために、労働市場において市場価値を持ち得るような、一定の専門性を持つ職業上の能力や知識を身につけることが望ましいと考えている。そして、その専門的職業能力と知識を、高校や大学などの教育機関が与えることが、「教育の職業的意義」の構築につながると述べている。加えて本田は、高校専門学科の再評価と復権の必要性を訴えている。
なお、専門的職業技能を一度身につけたら、それに一致する仕事に就くことを押し付けるという状況は否定されるべきである。むしろ、自身が身につけた専門技能にある程度関連する仕事を選べる可能性を広げ、そこで模索や経験を積むことにより、将来的に若者が自分の興味や適性により近い仕事ができるような環境が整備されることが望まれる。
経済サイクルが短期化し、先行きが見渡しづらくなった現代の日本経済においては、労働者が自分の生活基盤を全て企業に委ねると、予期せぬ事態が起こった場合に、行き場をなくしてしまいかねない。そうならないためにも、学校教育段階で特定の専門技能を身につけて自分自身の社会的価値を獲得し、かつ自分の行動を律し展望を見失わないようにするための、自分の「足場」を固めておくことが重要視される。
<ニート支援への関心が行き過ぎることによる弊害>
しかし、これらの機関の取り組みのうち、どんな人に対してでも絶大な効果を発揮する、いわば万能薬のようなはたらきをする場所というものは、恐らく存在しないと思われる。どの機関にも、得意とする分野がある一方で、手が届かない分野があることは否定できない。若者向けの就業支援機関に関わる人たちは、この事実を忘れてはいけない。
近年、ニートやひきこもりに対する世間の認識が高まったことを受けて、玄田有史は精神科医の斎藤環との対談の中で、「実際、『ニート支援産業』は将来的にビジネスとして成り立つと思うんです」と発言している。
民間のニート支援機関の中にも、若者自立塾のように、政府からの援助を受けているところは数多く存在する。それらの中には、働くことに関して悩みを持つ人たちの琴線に触れるような言葉を、ひどく誇張して投げかける機関もあるだろう。ニート支援機関のビジネス化が進むと、同業者間での競争が激しくなり、利用者を確保するためにあの手この手で勧誘活動が繰り広げられることになるかもしれない。
そういう事態になってしまうと、社会への復帰を目指して諸機関にすがりついた若者が、期待していた割には大した成果が得られなかったと嘆くケースが続出することが想定される。それでは本末転倒と言わざるを得ないだろう。
本田が主張する通り、フリーターや失業者、「非求職型」ニートに、本人が望むならば正社員としてのポストが大きな困難なく得られるような労働市場が実現すれば、現代社会が抱える格差の問題はかなり解消され、働く意欲を失った若者たちにも明るいニュースとして希望を与えるだろう。
しかし現実には、企業側の心変わりに期待するのはあまりに心許なく、特に就業支援を必要とする若者は、自分の事情と一致する支援機関に出会わなければ、状況はなかなか変えられないだろう。
ニートの若者たちは社会的弱者であり、彼らを支援する機関は、弱者を助けるという社会的な責任を背負っている。そのため、諸機関には与えられる範囲のサービスを最大限に提供するという原則を遵守することを忘れてはならない。
小杉礼子は、ニートの立場を尊重した上で、社会に向けて、
「ニートは可能性を持った若者たちです。タイミングを失し、可能性を試すチャンスを失し、自信も自尊心も傷ついていることが多い若者たちです。その多くは、失地回復のチャンスを提供し後押しすることで、自立していける若者たちだと思われます。社会の継承と発展のために、社会が支援すべき若者たちだと思います」
というメッセージを寄せている(小杉,2005:65)。
そうした背景を持つ若者たちの事情を顧みず、世論の動向に乗ってビジネスを画策することは、倫理的に道を外れた行為といえる。そして、ニートの親なども、子どもが自立を目指す日々を懸命に支えつつも、そうした「うまい話」に乗らないような賢明さを持つことが求められる時代なのかもしれない。