「テレビドラマにおける現代女性の人生観
―恋愛・結婚・仕事を中心に―」
社会学コース 冨士井 彩乃
目次
第一章
問題関心・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第二章
先行研究のまとめ・・・・・・・・・・・・・4
第三章
調査対象・調査方法・・・・・・・・・・・・6
第四章
1998年以降のドラマの傾向分析・・・・・・・8
第一節 葛藤の種類・・・・・・・・・・・・・・・8
第二節 結婚へのアプローチ・・・・・・・・・・・10
第五章
ヒット作品に見る現代女性像・・・・・・・・16
第一節 各ドラマのあらすじ・・・・・・・・・・・16
第二節 共通点・・・・・・・・・・・・・・・・・18
第三節 相違点 3人のヒロインの特徴・・・・・・20
第六章
考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
第七章
おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・24
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
参考資料・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26
付録・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27
第一章 問題関心
大学3年生の冬、私は悩んでいた。いよいよ就職活動が始まる。学生のときの自分から社会人への脱皮。長い就職活動を経て出会った社会人の先輩たちは言う。「なりたいイメージをもって会社を選ぶといい。」「どんな生ライフスタイルにしたいのか、ちゃんと考えたほうがいいよ。」特に、自分が女性であることを意識して具体的に将来をイメージしたことはおそらくなかっただろう。幼い自分が「お嫁さんになりたい」という夢想をしていた以外は。高校進学、大学進学において自分が「女だから」という理由で、進学先を決めた覚えは全くといっていいほどない。現代の社会では教育現場において教育の機会は男女ほぼ同等に与えられる。「女の子は4年制大学に行く必要なんてないでしょ」と言われていたのは一昔前の話である。しかし、大学を卒業したその先に待つのは、自分が女として生きていくのだろうという漠然とした見通しであった。就職のガイダンスでは女学生専用に就職活動のメイクアップ講座が開設され、男女雇用機会均等法についての説明があった。内定が決まった会社でずっと仕事を続けることが可能なのか、それを予測するための育児休暇はどの程度取る事ができる実績があるのか、女性の管理職の人数割合はどれくらいなのか。いつのまにか、自分が将来、結婚や出産を経験することに何の疑いもなくそうした、働く環境について意識していた。
そこで私が関心を持つのは、女性が自分の人生を設計していく上でどのように結婚・恋愛・仕事を位置づけているのかという点である。ある程度自由に職を探し恋愛し結婚相手を選べる現代社会だからこそ、人々は自分の選択に納得し、責任を持てるように慎重になっているのかもしれない。
私が悩みを抱えていたのと同じ頃、ある海外ドラマに夢中になっていた時期があった。そのドラマは何年も前に衛星放送されており、私がみた当時は民放で深夜に放映されているときだった。劇中で登場人物が身に纏うおしゃれな衣装や、ハイセンスなニューヨークでの都会生活もさることながら、30歳を超えたシングルウーマンたちがそれぞれシングルウーマンであること故に感じる現代社会の理不尽さ、またそれを語る本音の台詞は、20歳代前半の私にも納得のいくものであると同時にドラマが視聴者に与える影響を考えずにはいられなかった。そこで今回の私の興味関心にぴったりのテーマで、つまりテレビドラマを題材に女性の生き様を分析するという、調査を行うことにした。ただし、考え方や宗教観、習慣のちがう海外のドラマを使うことには戸惑いがあったので、もっと身近で馴染みのある、日本のテレビドラマを題材にすることにした。ドラマが私たち現代に生きる人々の何かを反映しているのだとしたら、より多くのテレビドラマを見ることは、ヒロインたちの生き様に重ね合わせて現代の女性の生き様を見ることになりはしないか。ヒロインたちの葛藤はそのまま私たち女性が感じるであろう葛藤とみることができるかもしれない。
今回の調査では、テレビドラマを分析することによって、現代に生きる女性の価値観を垣間見ることができれば幸いである。
第二章 先行研究のまとめ
まず、私たちはテレビドラマとどのように接しているのかを考えてみたい。もちろん私たち視聴者はテレビドラマが架空の物語であり、制作者側によって作られた、現実の出来事ではないということを認識している。それなのに私たち視聴者が3か月間、毎週同じ時間にテレビの前に座ってドラマを観賞するのは、テレビドラマがフィクションではあるけれども、全く自分たちの世界からはかけ離れたものとは思えない、「なさそうで有りそうな現実」の物語を提供することによって、人々に共感を与えているからではないだろうか。そしてその作り物の世界が私たちに自分も経験し得る体験を見せることによって、親近感をもたせると同時に、自分では経験しないと思われるような体験を見せることによって、登場人物に対する憧れを感じることもあるだろう。例えば、登場人物たちの恋愛体験やそれに伴う感情の揺れ動きは多くの人が経験することであり、またスタイリッシュな服装に身を包む、洗練された都会の女性や看護士、医師、弁護士などの職に就き颯爽と働く姿、人里離れた田舎の美しい風景の中で繰り広げられる物語には「こんな生活をしてみたい」とドラマの中での登場人物たちの生活に憧れや魅力を感じる。そしてテレビドラマを見終わった後の私たちは、何らかの印象に残るシーンを反芻しながら自分の人生、ライフスタイルに照らし合わせている。
阿部孝太郎は、マスコミ、大衆文化研究の意義を、物語の構造がいかに変化していくかを観察することにメリットがあるとしている。そしてそのような解釈は、テレビドラマにおける物語の展開や物語の構造の変化を探ることによって、大衆文化上に現れる時代の変容の過程を明らかにすることを可能にする(阿部、1997)。例えばテレビドラマ『101回目のプロポーズ』(1991年)では、「結婚したがらない女性」についての台詞がある。私たちは女性の未婚化が大きく取り上げるようになったのはここ数年の流れだと考えがちだが、10年以上前からそういった現象がメディアに取り上げられていたという事実を知ることができるのだ。そして、当時の視聴者達も、物語の登場人物たちの会話をほとんど違和感をもつことなく受け入れていたことは、今現在のテレビドラマを見る私たちの態度と照らし合わせてみれば、容易に想像できることである。このように、テレビドラマの構造の変化を追うことによって視聴者(大衆)の無意識の領域を探ることも可能になるのだ。
阿部は論文中で、実際のドラマ、『東京ラブストーリー』(1992年)『101回目のプロポーズ』(1991年)そして『ずっとあなたが好きだった』(1992年)を題材に、テレビドラマについて分析の方法を示している。ドラマの物語を13ものシークエンスに切り離し、上に挙げた3つのどの作品にも表層的な設定の差異をこえて、かなりの程度で共通する構造があると指摘した。(阿部、1997)ここでは、論文から13のシークエンスについて簡単にまとめる。
〔表2 ドラマのシークエンス〕
(a)男(過去の恋人)Xとの別れ・破局=不均衡状態 (b)友人Aによる「お金/権力が大事」という進言 (c)男(新しい恋人)Yとの出会い (d)Yとの齟齬 (e)Xとの再会=タブーの発生 (f)Yとの裏切り(しばしば浮気) (g)X、Y、二人の間で迷う (h)Xはヒロインに対してやさしく振る舞う (i)Xとの精神的、また肉体的に再び結ばれる=タブーの浸犯 (j)ヒロインに対して、Yが謝罪する/執拗に追いかける (k)友人Bによる「愛情が大事」との進言 (l)Yとの別れ (m)Xとの結婚=均衡状態の回復 |
(阿部、1997)
また、ストーリーの進行から離れて、人物相関図から次のことを明らかにした。題材の3作品のドラマは、カネ・権力軸と愛情軸の対立を主軸にして展開しており、ヒロインは決してカネ・権力側の男性とは結ばれないという事実から、人気ドラマは、いわば、王子様とは結ばれずに平凡な青年と結婚するという、典型的な「アンチ・シンデレラストーリー」(=相対的な下降婚の物語)になっているということを導き出した。(阿部、1997)さらに、阿部はシンデレラストーリーと家父長制との因果関係を近い距離のものであるとみなしたが、だからといって「アンチ・シンデレラストーリー」が「アンチ・家父長制」だと見なすことには慎重な態度をとっている。そして最終的に、「アンチ・シンデレラストーリー」が受け入れられた背景には社会階層の問題を強く意識した、一種の屈辱感、無力感があると締めくくっている。(阿部、1997)
ここまで述べてきたのは、テレビドラマを分析することが現実の社会の構造を観察することができるというメディア分析の意義である。そして後半では、実際に分析するにあたって、テレビドラマにおける構造や人物相関関係を読み解くことによって、現実の世界に反映させて考えていくという方法について述べた。「アンチ・シンデレラストーリー」や13のシークエンスに分けた物語の読み解き方は、本論文でも大いに活用していきたい。
第三章 調査対象・調査方法
前章では、テレビドラマを観察することによって、社会の構造を読み解く可能性と意義について述べてきた。この章では、実際にテレビドラマを題材にどのような調査をおこなったかということを具体的に説明する。前章の先行研究を参考に、物語の構成、登場人物の相関関係に着目した分析を目指していく。また、テレビドラマにおけるストーリーの構成、そして物語に登場する人物のキャラクターは各々の作品の違いを決定付ける重要な要素であると認識し、また今回の調査では時間の経過の中で、ドラマの傾向がどのように変化していくのかという点について着目することによって、近年のドラマを分析するという方法をとることにした。
ドラマラマを題材にするにあたって、二つの方法からアプローチをかける。一つは、時代の流れの中でのヒロインたちの変化を読み解いていく方法をとる。もう一つは、数あるドラマの中の代表的な作品のドラマ全体を眺めていくという方法をとる。そこで、一つ目のアプローチはドラマの本数が必要になってくるのだが、今回はフジテレビのホームページから私の問題関心に合う作品を選ぶために、20歳代以上の独身女性が主人公、またはそれと同格の扱われ方をしていること、主人公が恋愛している、そして結婚を意識する段階にあること、学園もの、ミステリーものはリストから除外すること、結婚経験の有無や出産経験は問わない、という四つの条件を設け、これら条件に見合うものを選び出した。そうして選び出した作品は、28本で、これらを一つ目のアプローチのサンプルに決定した。以下はその作品のリストである。
〔表3−1 ドラマリスト〕
1998年・『ハッピーマニア』『殴る女』 1999年・『オーバータイム』『パーフェクトラブ*』『恋愛結婚の法則』 2000年・『ブランド』『イマジン』『お見合い結婚*』『バスストップ』『神様のいたずら』『やまとなでしこ*』 2001年・『2001年の男運』『ラブレボリューション*』『できちゃった結婚*』 2002年・『恋ノチカラ*』『初体験*』『春ランマン*』 2003年・『いつもふたりで*』『東京ラブ・シネマ*』『ハコイリムスメ*』 2004年・『ラストクリスマス*』『マザー・アンド・ラヴァー*』『曲がり角の彼女*』『プライド*』 2005年・『不機嫌なジーン*』『スローダンス*』 2006年・『トップキャスター*』『君の瞳に恋してる*』 |
以上の作品を、ホームページのあらすじの中から、葛藤から終結まで、結婚へのアプローチ、の観点で表にし、そこから時代の流れを読み取っていく。フジテレビのホームページは、番組を「バライティ」、「報道」などと、いくつかのジャンルに分けており、その中から「ドラマ」をクリックすると、現在放送されている6本のドラマのオフィシャルサイトにアクセスできるようになっており、そのコーナーの下には前クールに放映したドラマ、さらには歴代のドラマのホームページにアクセスできるようなつくりになっている。歴代のドラマのホームページを見るには、「過去に放送されたドラマ」の中から、ドラマのタイトルをクリックするだけでよい。フジテレビの公式ホームページには、1998年から2006年の8年間に放映されたドラマのタイトルが五十音順に並べてあり、98年以降の作品については、作品のタイトル自体が掲載されておらずそこからアクセスすることはできない。さらにそれぞれの公式ホームページには、表紙となるような作品のタイトル、脚本家や出演者たち、スタッフの名前が書かれており、作品の主題となるようなコメントも載せられている。そしてその表紙のページから、各回のあらすじ、もしくは3話分ずつのあらすじに分けられてリンクページが貼られており、それらを読むことによって大まかなストーリーの流れを把握することができる。ただし、結末については、まだ作品を見ていない視聴者への配慮のためかホームページには掲載されておらず、*の印を付けた作品については実際に最終巻のみレンタルビデオで確認した。*印以外の作品にいたってはビデオの入手が不可能だったため結末を確認することはできなかった。
そしてもう一つのアプローチでは、1996年の『ロングバケーション』と2000年の『やまとなでしこ』、そして2004年の『プライド』の三つを挙げ、実際にこれらのドラマの全編を視聴した。この3作品は、フジテレビの月曜夜9時、いわゆるゴールデンタイムの中でも人気の番組枠(月9枠)での平均視聴率ランキングを見ると3位に『ロングバケーション』(29.6%)、8位に『やまとなでしこ』(26.38%)、10位に『プライド』(25.2%)といった具合にそれぞれベスト10にランクインしている。さらに月9枠の最高視聴率においても『ロングバケーション』(最終回・36.7%)が第3位、『やまとなでしこ』(最終回・34.2%)が第5位をマークしており、その当時の人々の話題となったことは間違いない。そして出演者も山口智子、松嶋菜々子、竹内結子をヒロインに、木村拓哉、堤真一をヒーローにキャスティングするなどして、その当時の旬の俳優を起用しており、製作者側の作品に対する意欲も見てとることができる。偶然にも4年おきに制作されたこれらの作品の共通点と相違点をみつけながら、時代の特徴となること、また年代を通して変わることなく視聴者の共感を得るようなポイントを整理し、時代を超えてヒットする作品について考察を深める。
第四章1998年以降のドラマの傾向分析
この章では、1998年から2006年までのドラマ作品が次の二つの観点で時間の流れと一緒に全体としてどのような特徴をもっているのかを表を参照にしながら考察していく。まず、注目すべき二つの観点について整理する。第一に、ヒロイン(主人公の女性)がストーリー上で抱える葛藤について述べる。ドラマの特に後半の部分ではヒロインが葛藤を抱え、それを解決することによってドラマのストーリーは結末へと集約される。その意味でも、葛藤に着目することは、物語の主題をキャッチすることを手助けしてくれると考えられる。ただし、一つの作品でさまざまな葛藤が見受けられることもしばしば見受けられるが、本論文では話の本筋となる葛藤は、一作品につき原則一つとした。第二に、物語上での結婚に対するアプローチについての視点を取り上げる。恋愛が主題の一つとして挙げられる作品には結婚に関する描写少なくない。ヒロインたちが結婚のアプローチにどのように対応していくのか、ということにスポットをあて、その傾向を探る。
第一節 葛藤の種類
ドラマを観察する中で、ヒロインの葛藤は大きく三つに分類することが可能だ。一つ目は、ヒロインを巡って複数の男性がアプローチをかけ、ヒロインはそれらの男性たちの間で決定的な答えを出せずにいる期間があり、どの男性を選ぶのかが作品の主要な筋になっているものを「複数の男性間の葛藤」と分類する。表には、<複数の男性間>と表記する。二つ目は、単純に言ってしまえば「男性か、仕事か」のどちらをとるのかという葛藤と、それ以外に純粋に仕事上でのトラブルを含めた悩みを「仕事関係の葛藤」(表には<仕事>と表記する)と分類する。最後に、以上の二つ以外で、「本当の自分」がキーワードになりそうな自分探しといったテーマを扱うものを「自己確立の葛藤」(<自己>と表記する)とする。以下の[表4−1]は、第三章に示したドラマリストを三つの葛藤に分類したもので、ドラマの中に見て取れる葛藤の欄に印をつけたものだ。1998年の『殴る女』については葛藤に「複数の男性」と「仕事」の両方に丸をつけたがこれはどちらとも判断することができなかったからである。というのも、複数の男性のうちの一人が、ヒロインが勤めるボクシングジムに所属しており、男性と仕事に切ることのできないつながりがあるので作品をじっくり見ないことには、彼女の葛藤がどちらから由来するものなのかということを判断しかねるのだ。
〔表4−1 葛藤の種類と結末〕
年 |
タイトル |
複数の |
仕事 |
自 |
→ |
結末 |
解決理由・キーワード |
96・夏 |
ロングバケーション |
○ |
|
|
|
|
|
98・夏 |
ハッピーマニア |
○ |
|
|
|
|
|
98・秋 |
殴る女 |
○ |
○ |
|
|
? |
|
99・冬 |
オーバータイム |
○ |
|
|
|
? |
|
99・夏 |
パーフェクトラブ |
|
○ |
|
|
彼の実家近くで夢を実現 |
魅力的な女性でいること |
99・夏 |
恋愛結婚の法則(ルール) |
○ |
|
|
|
? |
|
00・冬 |
ブランド |
|
|
○ |
|
? |
|
00・冬 |
イマジン |
|
|
○ |
|
? |
|
00・冬 |
お見合い結婚 |
○ |
|
|
|
偶然の再会 |
仕事を選んだ彼を応援 |
00・夏 |
バスストップ |
○ |
|
|
|
? |
|
00・秋 |
神様のいたずら |
○ |
|
|
|
? |
|
00・秋 |
やまとなでしこ |
○ |
|
|
|
彼を追いかけてアメリカへ |
お金よりも大事な人。 |
01・冬 |
2001年の男運 |
|
|
○ |
|
|
|
01・春 |
ラブレボリューション |
|
○ |
|
|
彼が仕事をやめて帰国 |
自分のスタイルで生きていく |
01・夏 |
できちゃった結婚 |
|
|
|
|
彼が仕事をやめて帰国 |
子供の出産 |
02・ |
恋のチカラ |
|
○ |
|
|
仕事成功、恋成就 |
? |
02・冬 |
初体験 |
|
○ |
|
|
仕事はやめず、関係継続 |
どちらの犠牲もいやだ。 |
02・春 |
春ランマン |
|
|
○ |
|
2年後、彼が帰国 |
仕事を選ぶべきだと勧める |
03・冬 |
いつもふたりで |
|
|
○ |
|
彼との恋成就、仕事成功 |
彼が恋心を自覚 |
03・春 |
東京ラブ・シネマ |
○ |
|
|
|
本当に好きな人に気づく |
女一人で生きていける |
03・秋 |
ハコイリムスメ |
○ |
|
|
|
偶然の再会で結ばれる |
結婚は好きな人とするものだ |
04・秋 |
ラストクリスマス |
|
|
○ |
|
結婚。 |
病気の克服 |
04・秋 |
マザー・アンド・ラヴァー |
|
|
|
|
結婚。彼は夢を断念。 |
妊娠 |
|
曲がり角の彼女 |
|
○ |
|
|
ヘッドハンティングに応じる |
新しいことを始めよう |
04・冬 |
プライド |
○ |
|
|
|
彼とカナダへ |
待つ女。 |
05・冬 |
不機嫌なジーン |
|
○ |
|
|
研究者になる。 |
仕事に熱中したい |
05・夏 |
スローダンス |
|
○ |
|
|
仕事で大阪、恋の成就 |
チャレンジすること |
06・春 |
トップキャスター |
|
○ |
|
|
彼とNY。仕事の出世 |
|
06・春 |
ブスの瞳に恋してる |
|
|
○ |
|
彼と結婚。夢をかなえる。 |
|
1998年の『ハッピーマニア』から2000年の『やまとなでしこ』まで、ほとんどの作品に<複数の男性間>の葛藤があり、その後、2003年までその葛藤はまったく見られなくなってしまう。その間の主だった葛藤は<仕事>、それに付随するであろう<自己>を扱ったドラマだ。しかし、2003年以降もそれほど多く<複数の男性間>の葛藤が描かれているわけではないようで、3年間に3本しか製作されていない。完全にとは言えないまでも、ヒロインたちの葛藤は1998年から2006年までの8年間でおよそ複数の男性の間で揺れる恋心を描く作品から、恋愛というテーマを残しつつも、仕事に励み、躓きながらもたくましく生きていく女性を描いた物語に移行していく過程が読み取れるだろう。そして社会の中で働く女性が仕事にかかわることで悩みを抱える状況を描くようになったのが2000年からの時代の大きな新しい流れだと位置づけることができるであろう。
この節では、もう一歩踏み込んで大きな新しい流れである、仕事の葛藤について詳しく分析を重ねていく。
1999年の『パーフェクトラブ』では、ヒロインの小山田千夏(木村佳乃)は、スポーツクラブのライフセーバーになるために、ヒーローの楠武人(福山雅治)のプロポーズを断るシーンがある。彼女がそのように決断した理由とは、目標としていたライフセーバーという仕事をやめて武人と結婚しても、武人にぶら下がるだけのいやな女になりたくない、いつまでも魅力的で自立した女性でいたいから、というものだった。仕事を続けるために武人との関係を終わらせようとする千夏は恋愛(男性)と仕事を両天秤にかけているといってもよいだろう。
続いて2001年の『ラブレボリューション』の場合を見てみる。ヒロインの浅丘恭子(江角マキコ)は研究所に勤めながら非常勤の医者として病院にも通っている。ヒーロー、須賀英一郎(藤木直人)との渡米を恭子は研究者としての出世のため断っていた。その後、彼女は同僚の不正をリークし、そのまま研究所を退いた。一度は恋人との関係を犠牲にしてまで選んだ仕事を、自分の信念のために職を手放した。彼女をそうさせたのは、医者としての責任感、そして誇りだ。ここから、仕事と恋人という対立だけでなく仕事と自分の信条という新たな対立軸をみることができる。また、2004年の『曲がり角の彼女』の大島千夏(稲森いずみ)は、ヒーロー、甲本一樹(要潤)との別れの後、舞い込んだヘッドハンティングのオファーに、それまで働いていた会社と、給料のいい外資系企業とを天秤にかける。同様に2005年の『スローダンス』の牧野衣咲(深津絵里)はアパレル会社に勤めており、それまでのキッズブランドの仕事からフィールドの違う婦人服の店長に抜擢され、それまでのキャリアを活かせるのか考え悩む。この二つの作品に共通するのは、出世のチャンスがヒーローとの恋愛関係とは別の問題として描かれるようになっていることだ。そして、どちらのヒロインも新しいことにチャレンジするのは勇気がいることだが、価値のあることだと前向きに捉え、チャンスをものにする。そして、その後にヒーローとの恋が成就するというハッピーエンドを向かえるのだ。
以上からわかるように、1999年の『パーフェクトラブ』から2005年の『スローダンス』の間では、同じ<仕事>に対する葛藤であっても前者は「男性⇔仕事」という対立なのに対して、後者は「今の仕事⇔新しい仕事」といった具合にその内容は10年足らずのうちに「男性⇔仕事」から「仕事⇔自分の信念」そして「仕事⇔別の仕事」という変化がみられる。即ち、近年のドラマの作品での「仕事関係の葛藤」は、それまでのような男性との対比の中で描かれるよりもむしろ、仕事という一つの独立した葛藤として成立する描かれ方がなされるようになったといえる。
第二節 結婚に対するアプローチ
結婚に対するアプローチは、物語上でヒーロー(主人公の女性の最終的な本命の相手)以外の男性との関わりを描くエピソードと、ヒーローとの結婚に関わるエピソードと、大きく二つに分類することができる。そしてそのアプローチの結果、二人の関係が破局に向かうのかそれとも結婚として成就するのかという視点でデータを取った。〔表2〕では、プロポーズを受けたヒロインが受け入れなかった場合を(×)マークで、受け入れた場合を(○)マークで記入してある。(×)と(○)が同じ枠内にある場合は、右側のマークがヒロインの最終決定である。また、(?)マークで示したものは、ビデオの入手ができずに結末まで見ることができなかったので確信のないものである。そして(―)はプロポーズがなかったことを意味している。物語上ではヒーロー以外の男性にプロポーズを受けたヒロインは、一度その答えを留保、もしくは彼の申し入れを受け入れる返事を出すが、結局はヒーローへの気持ちに気がつくか、引き離されることによってさらにヒーローへの気持ちが深まるなどして、婚約を破棄するパターンが頻繁に見ることができ、おおよそヒーロー以外の男性と結婚するという結末はありえない。そして、ヒーロー以外の男性を踏み台のようにして彼女たちはヒーローとの未来を手にしていくことを暗示させるエンディングが描かれている。例えば2002年の『恋ノチカラ』で、ヒロインの本宮籐子(深津絵里)は、元彼の倉持勇祐(谷原章介)からプロポーズをされる。しかし、この時点で、仕事に興味を持ち始め、上司である貫井功太郎(堤真一)に淡い恋心のような憧れを抱くようになっていた籐子は、功太郎が自分に関心がないのを知っていながら、勇祐の申し出を断っている。そして最終回の最後の数十分になってやっと籐子が功太郎と想いを通わせる。また、2003年の『東京ラブ・シネマ』の卯月晴子(財前直見)は、過去の婚約者・黒崎雄平(大江千里)から、再びプロポーズされるが、同業者の高崎真先(江口洋介)への恋心から雄平の申し出を断る。この2作品に共通するのは、ヒーロー以外の男性からのアプローチを受けている時点では、ヒーローからのアプローチがほとんどなく、恋の成就が見込まれていない段階で、ヒーローではない男性のプロポーズを断る決断をしている点だ。ヒロインはプロポーズを断ることによって、いっそうヒーローへの恋心を確認し、最終回になるとヒーローからのアプローチがあり、二人の恋は無事に成就する。
このように、ほとんどの作品がヒーローとの輝かしい未来を暗示させる結末を迎える一方で、2005年に放映された『不機嫌なジーン』は例外と言える。この作品におけるヒロイン、蒼井仁子(竹内結子)は、名の知れた大学教授の南原孝史(内野聖陽)からの結婚のアプローチに対して、それが魅力的なオファーであると評価しつつも、泣く泣く自らヒーローとの関係を断ち切ってしまうのである。
ところで、なぜヒロインはヒーローとの恋愛関係が成就しなさそうな段階で、ヒーロー以外の男性のプロポーズを受け入れないのか。先に述べた二つのドラマを例に考えてみたい。『東京ラブ・シネマ』の晴子は、元・婚約者の雄平からのプロポーズを断った理由に「この6年間で(雄平とは6年前に婚約していたが、一方的に破棄されたという過去がある)私は一人でも生きていける術を身につけたの」という台詞がある。世間で言われる、女性の経済的な自立によって結婚しなくても生活ができるという理由であるが、果たして本当にそうであるのだろうか。例えば、『恋ノチカラ』の籐子はまだまだ自分の力で仕事をこなしているとは言えない未熟さが残っている段階で、元彼の勇祐からのプロポーズを断っている。このことからも、女性の経済的自立が直接プロポーズを断る理由にはなっていないのではないかと推測できる。ここではむしろ、結婚へのアプローチそのものをヒーローからのアプローチなのかヒーロー以外からのアプローチなのかにとらわれずに大きな枠で観察したほうが、よりシンプルに答えを導き出せる。〔表4−2〕の一番右の欄は、プロポーズの有無とは別に、結婚式や結婚後の家庭生活のシーンが描かれているかどうかをチェックした項目だ。結婚式や家庭生活が描かれていれば(○)、プロポーズを受け入れていなければ(×)、恋が成就し、プロポーズを受け入れていても、その後のシーンが描かれていないものは(−)として示した。この欄から、2002年、2003年では際立って結婚式やその後のシーンは描かれておらず、物語の結末が「結婚してめでたし、めでたし」という描写はされていない。われわれは結婚が物語の終着点として描かれることに対する限界を感じているのかもしれない。ヒロインの恋が成就したからといって、短絡的に結婚を結び付けられないような感覚をわれわれが持つようになったと読み取れるかもしれない。そのように考えるとヒーローの結婚へのアプローチの少なさや、プロポーズに断りをいれる行動そのものがしっくりくる。結婚を匂わせつつ、決定的なシーンを見せないことで、結婚したかもしれないし、してないかもしれない。という曖昧さを結末に残す。このことは、結婚そのものに対するわれわれの意識が、価値を持たないとまではいえないが、それほど価値の高いものだとは考えていないことを意味しているのではないだろうか。ただし、ここ最近、2004年以降では、再び結婚の具体的なシーンが描かれるようになっており、結婚そのものの価値観のみをヒーロー以外からのアプローチを断る理由にすることは難しい。
そこでもう一つ、結婚そのものの価値とは別の次元で議論を進めてみたい。『東京ラブ・シネマ』の晴子は実は雄平とヒーロー真先とを直接天秤にかけているのではなく、ヒロイン晴子のなかでは、二人の男性の間には全く別の自分なりの価値基準が存在するのかもしれない。雄平との結婚は今の自分の生活からは考えられないように感じている。「雄平<今の生活(仕事にやりがいを見出した自分)」だが、真先とは「今の生活=真先」という価値をドラマの中から見て取れる。同じようなことは『恋ノチカラ』の籐子にも当てはまる。元彼・勇祐にプロポーズを受けた時点では、ヒーローとの恋の成就は全くの脈なし状態である。そこで、籐子は断る理由に新しく始めた仕事を挙げる。すると籐子の中では「勇祐<仕事」という価値基準が作られ、その後に功太郎への片思いのつらさから仕事をやめていることから「仕事<功太郎」という図式になる。仕事をはさむことによって「ヒーロー以外<仕事<ヒーロー」という価値ができあがる。このように、ヒーローとヒーロー以外の男性との単純な対比ではなく、間に別の価値基準を挟むことによって、ヒーロー以外の男性のプロポーズはヒーローとの関係の如何に関わらず、断ることが当然のことのようにわれわれに提示されるのである。
〔表4−2 結婚へのアプローチ〕
年 |
タイトル |
アプローチ1 (ヒーロー以外から) |
→ |
アプローチ2 |
→ |
結婚式・結婚後のシーン |
98・夏 |
ハッピーマニア |
中島俊介(神保悟志) |
× |
高橋修一(金子賢) |
○ |
○ |
98・秋 |
殴る女 |
早坂圭介(石黒賢) |
○× |
澤田亮平(吹越満) |
? |
? |
99・冬 |
オーバータイム |
久我龍彦(椎名桔平) |
× |
楓宗一郎(反町隆史) |
? |
? |
99・夏 |
パーフェクトラブ |
|
|
楠武人(福山雅治) |
× |
○ |
99・夏 |
恋愛結婚の法則(ルール) |
浜崎耕三(柳葉敏郎) |
? |
宇都宮(柏原崇) |
? |
? |
00・冬 |
ブランド |
堀口一仁(吉田栄作) |
× |
神崎宗一朗(市川染五郎) |
? |
? |
00・冬 |
イマジン |
|
|
田中洋平(中村俊介) |
― |
? |
00・冬 |
お見合い結婚 |
|
|
広瀬光太郎(ユースケ・サンタマリア) |
○ |
― |
00・夏 |
バスストップ |
笹島小次郎(柳葉敏郎) |
× |
宮前武蔵(内村光良) |
? |
? |
00・秋 |
神様のいたずら |
神谷秋彦(阿部寛) |
○ |
水島賢三(岸谷五郎) |
? |
? |
00・秋 |
やまとなでしこ |
東十条司(東幹久) |
× |
中原欧介(堤真一) |
― |
○ |
01・冬 |
2001年の男運 |
|
|
天羽(田辺誠一) |
― |
? |
01・春 |
ラブレボリューション |
矢吹守(押尾学) |
× |
須賀英一郎(藤木直人) |
×○ |
○ |
01・夏 |
できちゃった結婚 |
|
|
平尾隆之介(竹野内豊) |
○ |
○ |
02・ |
恋のチカラ |
倉持勇祐(谷原章介) |
× |
貫井功太郎(堤真一) |
― |
― |
02・冬 |
初体験 |
甲田敦史(オダギリジョー) |
― |
広野拓海(藤木直人) |
― |
― |
02・春 |
春ランマン |
|
|
三嶋宗太(押尾学) |
― |
― |
03・冬 |
いつもふたりで |
|
|
森永健太(坂口憲二) |
― |
― |
03・春 |
東京ラブ・シネマ |
黒崎雄平(大江千里) |
× |
高崎真先(江口洋介) |
― |
― |
03・秋 |
ハコイリムスメ |
|
|
キース・コーベット(マーク・コンドン) |
×○ |
― |
04・秋 |
ラストクリスマス |
|
|
春木健次(織田裕二) |
― |
○ |
04・秋 |
マザー・アンド・ラヴァー |
|
|
岡崎真吾(坂口憲二) |
○ |
○ |
|
曲がり角の彼女 |
|
|
甲本一樹(要潤) |
○ |
― |
04・冬 |
プライド |
夏川啓介(谷原章介) |
○× |
里中ハル(木村拓哉) |
○ |
○ |
05・冬 |
不機嫌なジーン |
|
|
南原孝史(内野聖陽) |
× |
× |
05・夏 |
スローダンス |
江上政之(勝村政信) |
○× |
芹沢理一(妻夫木聡) |
― |
― |
06・春 |
トップキャスター |
|
|
結城雅人(谷原章介) |
― |
○ |
06・春 |
ブスの瞳に恋してる |
|
|
山口おさむ(稲垣五郎) |
○ |
○ |
さらにこの節では、結婚という選択肢を物語の中でどのようなものとして描いているのかということをヒロインの結婚に対する姿勢から考察を深める。まず、『不機嫌なジーン』の仁子は、大学院で環境生物学を学ぶ院生で、恋愛に夢中になって我を忘れるというタイプの女性としては描かれておらず、デート中であっても常に研究材料である昆虫のことが頭を離れない、一風変わった女性として描かれている。孝史のプロポーズによって、仁子は、女としてこんな幸せもあるのだと、舞い上がる。そして幸せの絶頂を迎えるのだが、孝史は仁子に研究者になるのもいいが、それよりもいつも自分の側にいてくれることを望んだ。そのことを知った仁子は、もしかしたら孝史と結婚しても研究への情熱が冷めずに結婚したことを後悔してしまうかもしれないと、不安になる。仁子の最終的な結論は孝史と別れることだった。そして、ラストシーンで彼女はロンドンの学会に出席するため、一人タクシーの中にいる。研究者としての成功を暗示したエンディングである。この作品は「結婚が女の幸せ」という価値観を振り切った珍しい作品といえるかもしれない。
さて、時間を少しさかのぼって2004年の『マザー・アンド・ラヴァー』の杉浦瞳(篠原涼子)を見てみると、結婚願望はやや強めである。現在付き合っている彼氏、岡崎真吾(坂口憲二)と、できれば結婚したいと考えている。ある日、瞳は自分の妊娠を確信するが、真吾の反応におびえて打ち明けられずにいた。そして、真吾は瞳にプロポーズをし、それと同時に瞳は真吾との子どもがおなかの中にいると告白した。真吾は役者を志し、フリーターとして一人で生活していたが、家族が増えることを考え役者の夢を諦めて就職活動をはじめる。結局、結婚式のシーンと家族がそろっているラストシーンを迎える。結婚と妊娠出産が同時にやってくるというハッピーエンドを迎えるわけだ。2001年の『できちゃった結婚』は、先ほどの『マザー・アンド・ラヴァー』と同様に、結婚してから妊娠するという順番を崩している。妊娠が発覚し、結婚も決まった小谷チヨ(広末涼子)と平尾隆之介(竹野内豊)であったが、チヨの出産間近になって、テレビ番組のプロデューサーである隆之介に南米での長期取材のチャンスが訪れる。最終的に隆之介は出発の直前になって仕事を辞退し、チヨとチヨのお腹にいる子どもが大事だと出産間近のチヨのいる病院へ駆け込む。この2作品に共通するのが、子どもを生むというヒロインの決意によって、ヒーローが自身の夢や仕事よりも子どもとそして新しくできる自分の家族を最優先するという男の選択と促していることだ。子どもが「できちゃった」という事実が、結婚という現実をより具体性をもって迫ってきたとき、結婚に限って言えば、ヒーローの「仕事か家族か」という選択に委ねる部分が色濃く示されるのである。この場合、ヒロインの選択は子どもを産みたいという決意によって終結する。その決意が今度はヒーローの選択を促すような仕掛けになっているおり、結婚するか、しないかという選択は男性の意志によって決定させる。即ち、ヒロインの結婚という選択は、妊娠後に子どもを産むか、産まないかという問題にすり替えられたような描かれ方がなされる。このことによって、結婚という選択に限っては、男性の決定に依存せざるをえず、妊娠というイベントが描かれない場合と比べると、ヒロインはより受動的であるといえるだろう。
ここまで述べてきたことは、結婚してから妊娠するのが当然ではなくなった現代社会で、未婚のカップルにとって、「女性の妊娠」というイベントが結婚へのアプローチを導く引き金になる、ならないに関わらず、子どもの存在が男性の側に決意を促し、その決意が物語の終末に大きく影響を与えるという点だ。また、リストアップした作品のうち『マザー・アンド・ラヴァー』と『できちゃった結婚』以外の作品は、結婚へのアプローチの過程で「妊娠」というイベントをはさまないケースの作品であることから、子どもの存在に左右されない、従来通りのアプローチの仕方が支持される現れと見るべきなのかもしれない。そして、結婚式や家庭生活のシーンが省略されることは、結婚そのものに重点を置かない価値観を示している。それと同時に、ヒーローとの結婚話にはいたっていないにも関わらず、ヒーロー以外の男性の求婚は断ち切ってしまうというヒロインたちの選択は、本命の男性以外との結婚が彼女たちにとって全く価値のないものだということを暗に示している。
第四章 ヒット作品に見る現代女性像
この章では、『ロングバケーション(96)』、『やまとなでしこ(00)』、『プライド(04)』ちょうど4年おきにヒットした代表的な3つの作品について詳しく考察を重ねる。この3つの作品どれも歴代のドラマの中で高視聴率をマークした作品であり、それからもうひとつはその時代に旬の俳優をメインキャストにしており、製作者側の力の入れ様を反映しているのではないかと考えられる。この章では上に述べた3作品の共通する部分、また相違点などをまとめていくことで、時代を超えて視聴者に受け入れられる部分、同時に時代によって移りゆく価値観などを考察していきたい。
第一節 3作品のあらすじ
まず、それぞれの作品の簡単なあらすじから紹介していく。
『ロングバケーション』
結婚式の当日に結婚相手に逃げられてしまった葉山南(山口智子)は結婚相手の同居人、瀬名秀俊(木村拓哉)のアパートで同居生活を始める。瀬名は音楽大学を卒業後、大学院の試験に落ち、ピアノ教室で講師をしながらコンクールを受け続けている。大学の後輩の奥沢涼子(松たか子)に恋心を抱いているが思うように気持ちを伝えられないでいた。南はモデル事務所から解雇され就職活動を始めるが、30歳を過ぎてモデルしかしてない南に職探しは困難なことであった。そして瀬名と南は、同居生活の中でうまくいかないお互いの人生を励ましあうことで絆を深め合っていく。そんなとき、有名なカメラマンの杉崎哲也(豊原功補)と出会い彼の事務所で働くことになる。杉崎からのアプローチもあり南と杉崎は付き合うようになる。一方で瀬名は涼子とはいつまでも先輩後輩の関係から抜け出せずにいる。そんななか杉崎から南へのプロポーズがあり、南の心は揺れ、その原因は瀬名が自分の心の中にいることだと自覚する。その後、杉崎のプロポーズは断る。瀬名のほうでは南に惹かれながらも杉崎と南の仲を誤解して自分の気持ちを切り出せないでいた。南への気持ちを励みに、諦めようとしていたピアノで再度コンクールに挑戦をし、見事最優秀賞を受賞。そのまま南へ告白し、ふたりはボストンへ渡る。ラストシーンは、教会へと手をつないで走る瀬名と南。
『やまとなでしこ』
貧乏な漁師の家に生まれた神野桜子(松嶋菜々子)は貧乏を心の底から憎んでいる。そして裕福な男性との結婚に最大の価値を見出し、医師で次期院長の東十条司(東幹久)という婚約者がいながら、東十条を上回る富豪を求めて連日のように合コンに出かけていた。ある日の合コンで桜子に運命の出会いが訪れる。お金持ちの象徴である馬主のタイピンをつけた男、中原欧介(堤真一)が現れたのだ。実は欧介は町の魚屋の息子で馬主のタイピンはお得意さんからの借り物だったのだ。欧介のほうも、桜子が元彼女に瓜二つの容姿だったので簡単に恋に落ちた。しかし、欧介が貧乏人だと知った桜子は、あっさり彼との交際をなかったことにした。一方で、桜子の同僚の塩田若葉(矢田亜希子)は密かに欧介に恋心を抱いていた。物語の中盤で、桜子は貧乏人の欧介に嫌悪感を抱きつつも、その優しさに触れて、自覚はないが欧介のことが気になる様子が描かれる。東十条との結婚式当日、欧介が頭を強く打って重体だと連絡が入る。そのときになって初めて自分の気持ちを自覚した桜子は、結婚式をすっぽかし、欧介の元へ向かう。欧介は桜子の告白に驚くがそれを受け入れずに、再び数学者になる夢を追ってアメリカの大学院へと留学してしまう。桜子は欧介を追って、渡米し、ついに二人は結婚式を挙げる。
『プライド』
村瀬亜樹(竹内結子)は、2年も連絡のない彼、夏川啓介(谷原章介)と待ち続けていた。そんなある日、亜樹の勤める会社のアイスホッケーチームのエース里中ハル(木村拓哉)と出会う。ハルは恋愛をゲームだと言い放ち、亜樹との交際も啓介が戻ってくるまでの期限付きの恋人というルールを決めた。しかし、ハルと亜樹はゲームだとは割り切れない恋愛に次第に本気になっていった。そこで音信不通だった夏川が亜樹の前に現れる。亜樹の心は揺れる。再び亜樹の前に現れた夏川は亜樹にプロポーズをする。夏川の登場に、期限付きの付き合いという約束を守ってハルは身を引く。しかし、夏川のハルに対する嫉妬から二人はけんかになり、チームの勝敗がかかった大事な時期に、ハルは夏川を殴って拘置所にいれられてしまう。亜樹は、夏川にハルを訴えないことを引き換えに夏川との婚約を決心する。亜樹の取引によって拘置所を出たハルは見事リーグ優勝を収め、カナダのプロチームの入団試験を受ける。一方、夏川は亜樹のハルへの思いの強さを感じ取り婚約を破棄する。カナダのプロチームでのハルの活躍は連日テレビで放送され、ハルは一躍有名人となる。亜樹はハルのことを忘れたかのように日々を淡々と送る。そして、ハルの凱旋帰国の日。ついにハルは亜樹を迎えに来る。そして、カナダに一緒についてくことを亜樹は承諾するのだった。
3作品について簡単に説明したところで、第二章の阿部論文〔表2〕を参考にこの章でとりあげる3作品のあらすじについてまとめたい。阿部論文におけるドラマのシークエンスについて、物語上でおこるイベントは3作品を通してどれにもあてはまっている。しかし、登場人物の関係性においてはどの作品にも当てはまっているとはいえない。このシークエンスにおいて、結末(m)でヒロインはXと結婚していることから、Xは物語のヒーローとみなすことができる。即ち、Xは瀬名であり、欧介であり、ハルだ。そこで見てもらいたいのがシークエンス(a)の冒頭の部分である。「過去の恋人X」とある。つまり、阿部論文によれば、最後に結ばれる男性と物語の始まり、または初期設定の場面での過去の恋人は同一人物でなければならないのだ。しかし、実際の3作品のどれをとってみてもそのようなストーリーは見られない。近年ヒットした3作品のドラマについて言えば、『プライド』については、冒頭(a)は「過去の恋人Y」となる。また、『ロングバケーション』ではXでもYでもない、結婚式当日に逃げ出した婚約者、という別の男性が存在する。『やまとなでしこ』の場合は「別れ」はそもそも存在しない。それは桜子が特定の男性Yとの付き合いを続けつつ、不特定多数の男性とデートを重ねているからだ。ここでのYとは即ち、杉崎であり、東十条であり、夏川である。そして(c)の「新しい恋人Y」は「新しい恋人X」と読みかえることができる。また、(b)や(k)の「お金/権力が大事」、「愛情が大事」という価値観だが、『ロングバケーション』においてはそのような価値観の対比を描くような描写はみられない。(f)のYとの「裏切り」はその次のシークエンス(g)の葛藤へとのつながりのためになくてはならない布石である。これも3作品の共通点とみることができる。そのあとの物語の流れはおおよそ先行研究のシークエンスに重ね合わせることができる。ここまで述べてきたことを踏まえると、近年のドラマについてのシークエンスを表すには〔表5−1〕のような修正を加えることになる。
〔表5−1〕
阿部論文のシークエンス |
|
|
|
3作品における相違点 |
|
(a)男(過去の恋人)Xとの別れ・破局=不均衡状態 |
⇒ |
Yとの別れ、XでもYでもない人との別れ |
|||
(b)友人Aによる「お金/権力が大事」という進言 |
⇒ |
一部あり、ヒロインによる発言もあり |
|||
(c)男(新しい恋人)Yとの出会い |
|
|
⇒ |
新しい男Xとの出会い |
|
(d)Yとの齟齬 |
|
|
|
|
なし |
(e)Xとの再会=タブーの発生 |
|
|
⇒ |
このあたりでXに対する恋心の露見 |
|
(f)Yとの裏切り(しばしば浮気) |
|
|
⇒ |
Yとの婚約、結婚の段取り |
|
(g)X、Y、二人の間で迷う |
|
|
|
|
|
(h)Xはヒロインに対してやさしく振る舞う |
|
|
|
||
(i)Xとの精神的、また肉体的に再び結ばれる=タブーの浸犯 |
|
|
|||
(j)ヒロインに対して、Yが謝罪する/執拗に追いかける |
|
|
|||
(k)友人Bによる「愛情が大事」との進言 |
|
⇒ |
一部あり |
||
(l)Yとの別れ |
|
|
|
|
|
(m)Xとの結婚=均衡状態の回復 |
|
|
|
|
第二節 3作品の共通点
上に述べた三つの作品には、登場人物の相関関係の構図、仕事に対する態度、結末などに共通する部分をみることができる。ここではそれぞれの共通点について述べていく。
〔図5−2〕
|
ヒロイン |
|
|
ヒーロー(X) |
|
|
葉山南 |
→ |
→ |
瀬名秀俊 |
|
|
神野桜子 |
← |
← |
中原欧介 |
|
|
村瀬亜樹 |
最終的に結ばれる |
里中ハル |
|
|
求婚・ |
↑↓ |
|
|
↓↑ |
思いを寄せたり寄せられたり |
婚約関係 |
↑↓ |
|
|
↓↑ |
途中、ブレイク |
|
ヒーローのライバル(Y) |
|
|
ヒロインのライバル(Z) |
|
|
杉崎哲也 |
|
|
奥沢涼子 |
|
|
東十条司 |
|
|
塩田若葉 |
|
|
夏川啓介 |
|
|
該当なし |
|
|
|
|
|
|
|
まず、登場人物の相関関係について観察した。〔図5−2〕をみてもらい。ヒロインは社会的に成功した地位を持つ男性(Y)、『ロングバケーション』では、有名カメラマンの杉崎哲也と、『やまとなでしこ』では、病院の次期院長である東十条司、『プライド』では有名建築家の夏川啓介とプロポーズ、もしくは婚約関係を結ぶ。彼らはそれぞれの作品においてヒーローの敵役としてヒーローとは対照的なキャラクターとしてキャスティングされている。『ロングバケーション』のヒーロー、瀬名秀俊は音楽大学を卒業後、大学院に入ることができずにピアノ教室でアルバイトをしている。ピアニストのコンクールを受けてもなかなか結果を出せずにいる。『やまとなでしこ』のヒーロー、中原欧介は数学者になるためにアメリカに留学していたが、魚屋を営む父親の他界を理由に、今にもつぶれそうな魚屋の跡継ぎになった。そして『プライド』のヒーローの里中ハルは実業団のアイスホッケーのスター選手でチームのキャプテンをしているが、選手としてのキャリアはこれからといった描かれ方をしている。図を見て一目瞭然なのは、ヒロインを巡って複数の男性(3作品においては2人)との相互関係があることだ。このことからも、3作品においては「複数の男性間の葛藤」という点で共通している。そして相違点として挙げられるのは、『プライド』のみ、ヒロインのライバルに相当するようなキャラクター(Z)が見当たらないことだ。
もう一つの共通点は、ヒロインの仕事に対する態度だ。『ロングバケーション』の南は、30歳を超えており年齢的なことからモデルの仕事を追われ、新人モデルのマネージャーを任されるが、トラブルを起こして解雇される。その後、毎日のように求職活動に励むが、とくに夢を持っているわけでもなく、ひょんなことから知り合ったカメラマン、杉崎の事務所で仕事を得る。しかし、勤務態度はまじめでてきぱきと仕事をこなしてはいるが、新しい仕事への思い入れはなさそうだ。『やまとなでしこ』の桜子は、キャビンアテンダント(CA)として働いているが、仕事そのものに対する愛着よりも華やかな職場で、経済的に豊かな男性と知り合えるという立場に愛着を感じており、理想的な婚約者、東十条との結婚を目前に、あっさり寿退社を宣言する。『プライド』の亜紀は、自分は普通のOLだと自覚しており、仕事面での出世欲もなく、淡々と仕事をこなしている、といった具合だ。彼女たちが仕事面で葛藤を感じたり、喜びを感じたりしていないのはなぜだろう。第四章で述べたとおり、仕事への葛藤は1990年代後半から見られるようになるのだが、それ以後にヒットした3作品に限ってはそれが見られないというのは全くの偶然なのだろうか。彼女たち3人が、そろって仕事に対して思い入れをもたないのは、三つ目の共通点にそのヒントが隠されているように思う。
物語の最後の部分ではそれぞれヒーローたちが成長していく。『ロングバケーション』の瀬名秀俊は応募したピアノコンクールで優勝し、ボストンへと渡ることが決まる。『やまとなでしこ』の中原欧介はもう一度アメリカの大学で数学者を志すことを決意する。『プライド』の里中ハルはアイスホッケーの試合でリーグ優勝を果たし、アイスホッケーの本場、カナダのチームの入団試験に合格し、カナダのリーグで活躍する様子が日本のテレビで放映される。彼らの成功を見守るヒロインは、ついには、ヒーローと結ばれる。南は、瀬名のコンクールの直後、瀬名からアプローチを受け、アメリカの教会へ、ウエディングドレス姿で走りこむ二人の映像が流れる。桜子は、欧介を追って渡米し、一人で欧介のいる大学の前で待ち伏せをする。そして再開を果たす。ラストシーンは教会で結婚式を挙げる桜子と欧介、またアメリカの町並みを仲良く手をつないでショッピングをする様子などが映し出される。亜樹は、一時帰国したハルと再開し、プロポーズを受ける。そして二人でカナダへと渡っていく。ここで注目したいのは、全く別のストーリーであるのにも関わらずこの3作品のそれぞれのカップルは海外へと渡っていくヒーローにヒロインが寄り添っていくという点で全く同じ結末を迎えていくことだ。二人で迎える海外でのエンディングは何を意味しているのだろうか。ヒロインたちが生活の拠点を海外に移すということは、ヒーローたちのそれとは状況が違う。ヒーローは、あらかじめ勤め先や学ぶ目的をもってそのための海外生活を選んでいる。しかし、ヒロインたちにとっての海外とはヒーローこそが目的である。ヒロインが海外に渡るには、国内にいたときの人間関係、家族、仕事をすべて投げ打ってヒーローに自分の身をゆだねることを暗示しているといえるのではないだろうか。もし、彼女たちが仕事にやりがいを覚えるタイプの女性という描かれ方をしていたとしたら、果たしてあっさりと海外移住を決めていただろうか。南も桜子も亜樹も仕事に対して思い入れのない態度をとってきたのは、このエンディングで仕事との葛藤を描く必要のないようにという伏線なのかもしれない。
『ロングバケーション』、『やまとなでしこ』、『プライド』での共通しているのは、社会的地位の高い男性がヒーローのライバルとして登場し、ヒロインは二人の男性間でどちらの男性を選ぶか思い悩むという共通の葛藤を抱く点、それから仕事に対しては、一生懸命になり過ぎないという点、最後にヒーローとの将来を、それまでの自分の身の回りを投げ打ってでも守るべき、価値のあることだとみなしている、そもそも仕事と男性を両天秤にかける発想のない女性がヒロインとして登場するという点である。
続いて、それぞれのドラマの特徴について観察する。
第三節 相違点 3人のヒロインの特徴
物語の結末に向けて、ヒーローたちがそろって成長を遂げているという共通点は第二節で既に述べたが、ヒロインたちのヒーローたちの成長への関わりについては三つの作品においては差が見られる。第三節では主にその点について分析していく。
『ロングバケーション』の南は、婚約者に逃げられて、職も失い、人生のどん底にいる気分を味わっているが、それでも前向きに明るく生きようする頑張りが見て取れる。その南と同居する瀬名のほうも、片思いの相手、涼子がアプローチの甲斐もなく別の男性と付き合い始め、ピアノのコンクールでは思ったような結果を出せないでいる。ヒーロー、ヒロイン共に何をやってもうまくいかない時期にいる。初めに励ましたのは瀬名のほうだ。瀬名は何をやってもうまくいかない南に「そういう時は、神様のくれた長い休みだと思って、頑張らない、もがかない」という提案をする。その台詞によって、南の心は軽くなっていった。そのあと、物語の中盤では、瀬名がコンクールで章を取るのは奇跡に等しいと音楽関係者に言われ、ついにピアニストの道をあきらめようと自分のピアノに鍵をかけてしまう。そこで南は、奇跡が起こることを実践しようと、瀬名のために自分がピアノの練習を始める。そして瀬名の前で練習した曲を聞かせ、奇跡は起こるのだ、あきらめるな、瀬名の弾くピアノが好きだからやめないで、と激励する。南の熱い気持ちが通じ、瀬名は再びピアノの練習を始める。その結果が、コンクールでの優勝だったのだ。南と瀬名は、どちらか一方が励ます、励まされるという関係よりもむしろ、お互いに励ましあう「同志」のような関係であるのではないだろうか。それはもともとお互いがどん底にいることからどちらも上がるしかない状態にあるからなのかもしれない。
次に『やまとなでしこ』におけるヒーローとヒロインの関係はどのようになっているのか考える。欧介に対する桜子の対応は、手厳しいの一言に尽きる。桜子の最も憎んでいる貧乏に一番近い男が欧介だからだ。欧介のすることなすこと桜子は憎まれ口しか出でこない。特に、欧介が数学の道をあきらめて父親の死をきっかけに魚屋を継ぐために日本に帰ってきたという美談ついて、真を突いた指摘をする。「要は、逃げ帰ってきただけでしょ。」と。実際に欧介は、自分の才能に限界を感じていたのだ。しかし桜子の厳しい一言が再び欧介を数学の世界へと駆り立てる結果になった。このことからも桜子は常に欧介に厳しい立場をとり、結果として欧介を良い方向へと刺激する役目を担っているといえよう。それは、桜子の勝気な性格と、欲しいもののためには手段を選ばない貪欲な態度がそうさせているのかもしれない。
最後に『プライド』では、やんちゃなハルを亜樹が母親として見守るような関係にある。それはハルの生い立ちにも由来している。ハルは母親に捨てられたという過去から、女性を信用することができなくなっていたのだ。しかし、亜樹の一途さにハルは安心感を覚えると同時に心を開いていく。もともとの闘争心の強さで成功を手にするのは時間の問題かと思われたが、傷害事件によってハルは試合に出ることができなくなる。それを救ったのが亜樹の行動で自分が啓介と婚約する変わりにハルを自由にするというものだった。亜樹の犠牲によってハルはチャンスを手にし、カナダへと渡っていくのだ。亜樹のハルの成功への関わりは、他のヒロインとは少し種類の違ったものかもしれない。ヒーローに対して直接的に働きかける南や桜子とは違って、亜樹の働きかけは直接ハルに及ぼす影響ではなく、あくまで間接的である。
第六章 考察
この章ではこれまで述べたことを簡潔にまとめながら、第四章、第五章の両方を踏まえた考察を行う。第四章では、2006年までの過去8年間の間で、ヒロインたちの葛藤が二人以上の男性の中から選択する種類のものから、仕事がメインの葛藤がより多く描かれていくようになったこと、そして結婚に対する態度はこの8年間では一貫して妥協する結婚は描かれず、結婚そのものの描写自体も取り上げられなくなっている。また妊娠というイベントが結婚の前に訪れる場合、ヒロインの選択はより受動的になるということを述べた。
ここでは、過去8年の間に移り変わってきた葛藤について特に注目する必要がある。テレビドラマのサンプルとして取り上げた、1998年から2006年の間にいったいどのような世の中の移り変わりがあっただろうか。
1999年4月、改正版・男女雇用機会均等法が施行され、2001年1月、改正版・男女参画社会基本法が施行された。短い期間の中で二つの法律の改正と施行が相次ぎ、そこに人々の意識の変化、製作者側の配慮が反映されたその結果、女性の社会進出の風潮を応援するような内容として、ヒロインたちの「仕事に関係の葛藤」を主題とする作品が作り出されていったのではないだろうか。そこには、ヒーローに依存することを良しとせず、生き生きと働く女性を描く新しい試みが現れている。2000年をまたいだ作品では、仕事ありきの物語の展開が定着しており、上に述べた二つの法律の世の中での定着具合を容易に想像できる。そこでの仕事に楽しみを見出したヒロインたちはもう男性と仕事の対立軸の関係では悩んだりはしない。しかし、恋愛そのものの悩みが全くなくなるわけではなく、それぞれ独立した問題として捉えている。そして、仕事と恋愛そのどちらの悩みが主題になるかといえば、仕事の問題のほうなのだ。それだけヒロインたちが仕事に思い入れを持つということはもちろんある程度女性の労働者に責任のある仕事を任されるようになった風潮と、大企業でも倒産する可能性のある昨今の経済状況の中、生活を保障するのは自分以外にはないかもしれないという不安感の表れなのかもしれない。
その一方で、第五章では、恋愛ドラマの王道ともいえる人物関係図を明らかにし、結末部分でのヒロインたちの振る舞いから、人生の最高順位に愛する男性に寄り添うことに価値を置く女性たちが描かれるドラマがヒットしてきたことを明らかにした。自立した女性像がヒロインとして描かれ始めるようになった一方で、時代を超えて変わらずに大衆に愛されるのは、現代版にアレンジされたシンデレラストーリーの王道だ。現代のシンデレラストーリーの特徴は、うだつの上がらなかったヒーローの成長、そして成功とともに結果的にヒロインが上昇婚を手に入れるという物語だと言える。そしてこのシンデレラストーリーに必要なヒロインは、仕事に一生懸命で自立志向の女性ではない。シンデレラストーリーが成立するためには、仕事はそこそこにこなし、ヒーローの都合で生活の拠点を変えられるぐらいの柔軟な行動をとることができるヒロインが不可欠である。そこには阿部の言う、アンチ・シンデレラストーリーの構造は見えてこない。アンチ・シンデレラストーリーは、「金・権力」軸と「愛情」軸の対比から、ヒロインに「愛情」の選択をさせる物語だと解釈できるが、現代版のシンデレラストーリーでは、ヒロインに「愛情」軸の選択を優先させながらも、結果的には「金・権力」を手にしていくような仕掛けになっていると読み解くことができる。1990年代初頭に見られた下降婚のストーリーはバブルが崩壊して間もない時代に、経済的に豊かであることに価値を置いていた社会に対するアンチテーゼだったかもしれない。しかし、今回の調査はバブル崩壊から十数年が経過した年代を調査対象に選んでいる。この十数年、先行きが不透明な経済や失業率の悪化など、社会は不景気の波を経験してきた。そんな世の中で現代版・シンデレラストーリーは、、「愛する男性がたまたま成功を手にした」という現代女性の現実的な野望とも見て取ることができるかもしれない。
第七章 今後の展望 あとがきにかえて
1996年から2004年までの12年間、変わらずに視聴率を取り続けたことからも、今後も恋愛ドラマの王道は制作されていくだろう。しかし、恋愛ドラマの王道が作られる一方で、現代女性のライフスタイルにぴったりの作品も作られるかもしれない。たとえば、結婚率の低下がさらに進んだとしたら、恋愛ドラマの王道に夢をみつつも、そうはならない自分を肯定してくれるようなドラマがこれまで以上に制作されるかもしれない。また、最近の傾向として、恋愛ドラマ自体の製作数も減ってきたように感じられる。フジテレビ系のドラマに限って言えば、現在放映中の2007年のワンクールでは『東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜』、『拝啓、父上様』、『今週、妻が浮気します』、『秘密の花園』と、未婚の女性をメインにしたドラマは『ヒミツの花園』の1作品のみである。また、前クールのラインナップも『のだめカンタービレ』、『役者魂!』、『僕の歩く道』、『Dr.コトー診療所2006』といったように、恋愛はドラマの主題に上がってこない作品が多くなっているのかもしれない。さらに月曜夜9時のゴールデンタイムに放映される作品も様変わりしている印象がある。10年前の1996年には『ピュア』、『ロングバケーション』、『翼をください』、『おいしい関係』など、恋愛ドラマを想像させるようなタイトルが並ぶが、2006年には『西遊記』(1-3月)『トップキャスター』(4-6月)『サプリ』(7-9月)『のだめカンタービレ』(10-12月)と文学作品や人気漫画のドラマ化など、バラエティーに富んだ内容になってきているように感じた。これは、従来どおりの恋愛ドラマでは人々の関心をひきつけることができなくなった、人々の関心が多様な方面へと向かいだしたことの現れではないだろうか。
参考文献
阿部孝太郎 「テレビドラマの構造分析・序説‐その方法と意義を中心に」1997 マス・コミュニケーション研究 P.127-138
伊藤,守(2003) 「90年代の日本のテレビドラマにおける女性性の表象」
掲載誌/書名: グローバル・プリズム : 「アジアン・ドリーム」としての日本のテレビドラマ p.39-62 平凡社
坂本佳鶴子 『<家族>イメージの誕生‐日本映画にみる<ホームドラマ>の形成』
佐藤正晴 「テレビドラマの内容分析・序説‐TBSドラマ『Summer Snow』の内容分析を例題として」2001 尚美学園大学総合政策研究紀要第1号 P.53-68
参考資料
フジテレビホームページ http://www.fujitv.co.jp/index.html
厚生労働省ホームページ http://www.mhlw.go.jp/
フリー百科事典ウィキペディアhttp://ja.wikipedia.org/wiki/
付録
〈月9歴代視聴率ランキング〉
1 HERO 2001年 34.3%
2 ラブジェネレーション 1997年 30.7%
3 ロングバケーション 1996年 29.6%
4 ひとつ屋根の下 1993年 28.2%
5 あすなろ白書 1993年 27.03%
6 ひとつ屋根の下2 1997年 26.97%
7 素顔のままで 1992年 26.43%
8 やまとなでしこ 2000年 26.38%
9 教師びんびん物語2 1989年 26.0%
10 プライド 2004年 25.2%
〈月9枠最高視聴率30%以上〉
1 ひとつ屋根の下 1993年 37.8%(第11回)
2 HERO 2001年 36.8%(第8回・最終回)
3 101回目のプロポーズ 1991年 36.7%(最終回)
3 ロングバケーション 1996年 36.7%(最終回)
5 やまとなでしこ 2000年 34.2%(最終回)
6 ひとつ屋根の下2 1997年 34.1%(最終回)
7 ラブジェネレーション 1997年 32.5%(第9回)
8 東京ラブストーリー 1991年 32.3%(最終回)
9 素顔のままで 1992年 31.9%(最終回)
9 あすなろ白書 1993年 31.9%(最終回)
11 教師びんびん物語2 1989年 31.0%(最終回)
12 妹よ 1994年 30.7%(最終回)