第3章 分析

第3章では、会話分析の手法を用いて漫才の分析をおこなう。本論分では、先行研究のように演者側のみの分析をするのではなく、演者と観客の両方についての分析をする。

第1節は、分析で用いた漫才について、第2節は漫才の記述の仕方について、第3節は漫才の分析の方法についての説明をする。第4節は演者から観客へターンが移る場合について、第5節では、逆に観客から演者にターンが移る場合についての分析をおこなう。

 

第1節 資料とする漫才

分析に使用する資料は、2004年12月26日にテレビ朝日系列で放映されたM−1グランプリ(注5)である。その中から、「千鳥」・「タカアンドトシ」・「南海キャンディーズ」・「POISON GIRL BAND」・「アンタッチャブル」(注6)の漫才を資料として用いた。

 M−1グランプリを資料として選んだ理由は、M−1グランプリに出場している漫才師の多さが挙げられる。M−1グランプリは、漫才日本一を決める大会だけあり、プロ・アマ問わず2617組(注7)というたくさんの漫才師が出場している。その中から選ばれた9組であり、漫才師たちはいずれもコンビ結成10年以内ではあるものの、十分に笑いを生み出すことができると考えられる。さらに、決勝に残った9組は今の時代の笑いを反映している漫才師であることも選んだ理由の1つである。

また、本論文では演者と観客の両方について分析するため、観客の笑い声が編集されていないということも資料を選ぶ上で重要な要素である。これについても、M−1グランプリは生放送であるため、漫才と一緒に笑い声が収録されており観客の生の反応を見ることができると考えられる。

なお、上記の漫才師を選んだ理由は、関東・関西のコンビやしゃべるテンポの違いなどを考慮して、なるべくさまざまな漫才師を選んだつもりではあるが、やや関東の漫才師に偏ってしまったことは否定できない。そのことをここに付しておく。

 

第2節 漫才資料の示し方

 本論文では演者と観客の両方の分析を行うため、演者の発話はもちろんのこと、観客の笑い声についても文字化している。(詳しくは下記参照)

 分析対象は、観客の笑いが発生している部分である。なお、動きなどの非言語行動が笑いを喚起している部分は除いている。以下は用例中の記号についての説明である。

 

(数字) 休止や沈黙の秒数。

(間)  0.5秒に満たないくらいの休止や沈黙。

//    発話の重複の発生。このマークで囲われた部分の直下の、同じくこのマークで示された発話との重なりを示す。

−   演者のターンや観客の笑いが前行(あるいは2行前)から連続していることを示す。

(発話) 聞き取りの困難により、カッコ内の文字化が不正確な部分を示す。

(?)  聞き取りが不可能だった部分を示す。

 H   大きな笑い。

    h       小さな笑い。

  h h h (hの間にスペース)  パラパラとした笑い。   (注8)

 =   途切れなく発話がつながっていることを示す。

 〜〜//        会話中のあいづち。

      //うん(など)

 ?   疑問を表す。

 なお、演者のターンは演者の呼び名の最初1字を載せ、観客のターン(笑い)についてはなにも付していない。

 

第3節 分析の方法

 本論文では、演者と観客の両方についての分析をしている森本の先行研究を参考にする。森本の先行研究では、「漫才が行われる場で、演者たちと観客が実際にどのようにして相互行為を組織していくか、あるいは、相互行為の組織のためにどのような手立てを講じるか」(森本 2002-3:97)ということを考察している。森本は、一般会話と漫才の例を比較することで、演者が観客の笑い1つのターンとみなし、それによって「構造Bにおいての相互行為が形成されていくこと」(森本 同上:106)、「フィラーやあいづちは−−中略−−構造Bにおける相互行為を組織しながら、同時に構造Aを維持するためのよすがである」(森本 同上:106)ことを証明した。本論文でもこの考えを土台として、分析を進めてゆく。

 分析の方法は、漫才について、演者の発話と観客の笑いをすべて文字化し、観客の笑いの起こり方に注目するというやり方でおこなう。本論文では、この発話がどうしておもしろいのか、ということを分析するのではなく、笑いの起こり方・笑いのタイミングを分析することで漫才のルールを見つけてゆくという方法をとる。

 そして、このような方法で分析を進める中で、笑いを優先させるために演者が観客にターンを譲っている場合と、発話を優先させるために、演者が観客からターンを取り返している場合の2パターンがあることがわかった。次節からはこの分け方を基に、それぞれの場合について分析をする。

 

第4節 演者ターンから観客ターンへ

 はじめに、演者が観客にターンを譲っている場合についての分析をおこなう。これは、演者が観客の笑いを優先させるためにターンを譲っているものと考えられる。この場合には大きく分けて2種類の型があることがわかった。

1つ目に、「演者の発話と観客の笑いが被らないもの」である。これは、演者の発話と観客の笑いが重ならずに起こっており、演者と観客でターンの受け渡しがスムーズに行われているものである。

 2つ目に、「演者の発話と観客の笑いが被るもの」である。こちらは、演者の発話と観客の笑いが重なって起こっているものである。これは、一般の会話ではあまり見られないものであるが、漫才においては被らない場合よりも多く観察された。このパターンには以下のものが分類される。

・合図としてのツッコミ

・意味のあるツッコミ

・説明

・繰り返し

 次からはそれぞれの場合について例を挙げながら、説明をしてゆく。

 

第1項 発話と笑い被らない型

 まずはじめに、演者の発話と観客の笑いが重なることなく発生している場合を見てもらう。以下はその例である。

 

例1 千鳥

29 大 ジョゼフ(間)

30             hhh

31 大 どうした?(間)そんなにグリンディスのことが心配かー(間)

32           h h                                                                  h h h

 

 例1は大悟が趣味の「中世のヨーロッパ」を披露し、中世の騎士になりきった大悟が1人芝居をしている。注目してほしいのは、大悟の発話(29)(31)と重なることなく、綺麗に観客の笑い(30)(32)が発生していることである。

 

 例2 南海キャンディーズ 

83 し はい、ふふん、おもろい顔してます(1)

84                     hhh

85  し ここのほくろがはなくそみたいで(1)

86                                   hhh

87  山 おほほ、殴りてぇ(2)

88                      hhh

 

例2は医者役の山ちゃんが看護師役のしずちゃんに患者の様子を尋ねている場面である。ここでも、しずちゃんの発話(83)(85)や山ちゃんの発話(87)と観客の笑い(84)(86)(88)が被らずに、綺麗に話者交替が行われている様子がわかる。

 

またこのタイプには、上記のように発話と笑いが重なることなく、きれいにターン交代されているものと、これから紹介する、笑いの発生時点では発話とは被っていないがその後笑いが演者の発話と重なっているものがある。

 

例3 南海キャンディーズ

27    う〜ん、この顔にそれはリアルすぎるよ(2)

28                                         HHH

29  山 違うよー(1)

30  −hhhhhhhhh

31  山 いやねぇ、実は僕ね、お医者さんになりたかったんですよー

32  −h h h h h h h h

 

 例3は山ちゃんが昔なりたかったものについて語っている部分である。山ちゃんの(27)の発話の直後から観客の笑いが発生している(28)。笑いが起こった部分では、演者の発話と被っていないが、その後観客の笑いは治まることなく続き、山ちゃんの発話(29)(31)と被っている様子がわかる(30)(32)。

 

例4 南海キャンディーズ

35    平成16年だよー(2)

36                     HHh

37 山 しずちゃん、おてんばが過ぎるってー(間)

38  −h h h h h h              

 

 変なポーズをとるしずちゃんに対して、山ちゃんがツッコミを入れている場面であり、観客の笑いは(35)のツッコミの後から発生している(36)。ここでも、観客の笑いが続き、山ちゃんの(37)の発話まで被っていることがわかる。

 

 これらのように、演者の発話と観客の笑いが重なることなく発生するのは、観客が演者の潜在的完結点を察知しているために起こることだと考えられる。“潜在的完結点”とは、会話において今の話し手がどこで話を終えるかは何らかの仕方で聞き手に予期され、つまりは発話の順番が変わるところである。一般の会話では、この潜在的完結点を予測することで発話の順番の交替がおこなわれる。これをターンテイキングシステムという。

以上の例のように演者の発話と観客の笑いが重ならずに起こっている場合には、漫才でもターンテイキングシステムが働いていると考えられる。また例1・例2のように、演者の発話と観客の笑いが重なることなくターンの交替がおこなわれている場合には比較的小さな笑いが起こっており、例3・例4のように笑いが次の演者の発話まで続いているときは観客の笑いは大きいことがわかる。

 しかし、漫才において、潜在的完結点で起こる笑いはそれほど多くなく、大半は次項で扱う発話と笑いが被っているものなのである。

 

第2項 発話と笑い被る型

(1)合図としてのツッコミ

 合図としてのツッコミとは、ツッコミに笑いの要素が含まれておらず、ツッコミ自体に特に意味はないものである。

 

例5 千鳥 ノブの発話

33 大 ならばその心配、この剣で断ち切ればよいアダム、馬をひけ、丘に向かうぞ=

34 ノ=何がおもろいんな、おい(間)そ、何がおもろいねん、今のお前

35    HHHHHHHHHHHHHhhh h h                                           h h

 

 例5は、中世のヨーロッパが趣味という大悟が、中世のヨーロッパの騎士になりきり敵を討ちに丘に向かおうとしているところである。大悟の1人芝居が終った(33)と同時にノブのツッコミ(34)と観客の笑い(35)が発生している。その際のノブのツッコミ(34)は、「何がおもろいんな」という、大悟の様子を見ての感想を述べたようなものになっていることがわかる。

 

例6 アンタッチャブル 柴田の発話

52 山 ちょー得意なんだから

→53 柴 なまってんじゃないかよ()出だしでつまづいちゃったよお前は

54      hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh h h h h h h h h h h h h h h h

 

 例6は、「ちょー得意なんだから」のイントネーションがおかしい山崎(52)に柴田がツッコミを入れている場面である。この例でも(53)のノブのツッコミと共に観客の笑い(54)が生じている。この時の柴田のツッコミも山崎の発言を聞き、「なまっている」というそのままの事実を述べたものになっている。

 

 このように、合図としてのツッコミは、ボケに対して観客の笑いと重なってもかまわないような言葉でツッコミを入れることで、観客にターンを譲っているのである。つまり、ボケに対して合図としてのツッコミを入れるということは、演者が観客に対し“ここで笑ってよい”という合図を送っているといえるのである。

これは、意味の持たないツッコミを入れることで、構造A上で漫才は進行しているものの、そのツッコミは特に意味を持っていないため、構造B上では演者から観客への働きかけが行われていないのである。これはつまり、演者が観客にターンを譲っているとみなすことができるのである。だからこそ、合図としてのツッコミの場合、ボケの発言をただ否定しただけのような単純なものになると考えられるのである。さらに極端な話、観客は笑いの合図さえわかればその後のツッコミは聞こえなくてもよいのである。

合図としてのツッコミとは、演者が観客にターンを譲ると共に文字通り、観客に対して笑いの合図を送っているのである。

 

(2)意味のあるツッコミ

意味のあるツッコミとは、ツッコミそのものに意味があり、ツッコミを入れることでそこから笑いが生まれるものである。

 

例7 千鳥 大悟の発話

113  ノ (3)アブラヒモビッチ

114  大 違う違う違う=

115      hhhhhhhhh

116  ノ=違うってなんなん、お前

117    hhhhhh h h h h h h h h

118  大 アブラヒモビッチてなんなん、お前

119                                                            h h

120  ノ 何が、お前

121    h h h h h h

122 大 そんなもんお前、石油掘るような国の奴やないかい=

123                                               hhhh

124 ノ=知らんがなそんなもん=

125   hhhhhhhhh h h h h h

 

 これは、大悟に中世のヨーロッパの騎士ごっこを勧められたノブがヨーロッパの騎士の真似をした部分である。大悟の(122)の発話「石油掘るような国の奴」はノブの(113)「アブラヒモビッチ」と言ったことに対するツッコミであり、大悟の(122)の後半から観客の笑いが発生している。(122)の下線部「石油掘るような国の奴」はノブの「アブラヒモビッチ」の「アブラ」を基にした発言であり、そのことで観客は笑っていると考えられる。

 

 例8 南海キャンディーズ

125  し (1)店長

126  山 おおっ

127  山 先生だよ、おぉい、しずちゃーん、中盤でトリッキーなことすんなよ〜(1)

128    h h h h hhhhhhhh h h h h h h h             HHHHHHHHh

129  し 先生

130    hhhh

131  山 なんだよー

132    h h h h h h

 

 例8は、山ちゃんが医者に、しずちゃんが看護師になってやり取りをしている場面である。(127)の山ちゃんの発話はしずちゃんが「店長」(125)と言ったことに対するツッコミである。そして、山ちゃんの(127)の発話「トリッキーなこと」というのは、しずちゃんが医者役である山ちゃんに対して「店長」と呼んだことを指している。この場合も山ちゃんの(127)の発話の後半部「中盤でトリッキーなこと」と言った後に観客の笑いが発生していることがわかる。山ちゃんの「トリッキーなこと」という発話は、しずちゃんが(125)で「店長」と言ったことを基にツッコんだものであると考えることができる。

 

以上のことから、意味のあるツッコミとは、ボケに対しておもしろおかしい意味のあるツッコミを入れることで笑いを生み出すものなのである。つまり、ツッコミの言葉そのものに笑いの要素が含まれているため、ツッコミをしている最中に観客の笑いが発生するのである。

この場合、構造B上ではボケではなくツッコミが観客に働きかけているのである。そのため、例7では「石油掘るような国の奴」、例8では「中盤でトリッキーなこと」という笑いの意味を持っている言葉の後に観客の笑いが発生しているのである。しかし、いくら意味のあるツッコミが笑いを生み出すとはいえ、ツッコミはツッコミであり、何かのボケなしには成り立たないものなのである。そのボケが例7の「アブラヒモビッチ」、例8の「店長」であり、それがあってはじめて例7「石油掘るような国の奴」、例8「中盤でトリッキーなこと」というツッコミが意味を持つようになるのである。

 

(3)解説

 解説タイプとは、笑いどころを解説することで笑いが生まれるものである。

 

例9 南海キャンディーズ 山ちゃんの発話 

137  山 俺びっくりが下手な人初めて見た(1)

138                        HHHHHHH

139     いいよ、もう、俺がやるよ

140    hhhhhhhhhhhhhhhhhhh h

141  山 いくぞ、せーの、いち、に…(省略)

142   h h h h h h h h h

 

 例9は看護師役のしずちゃんが、医者役の山ちゃんに「心臓マッサージをやって」と言われ、不自然な驚き方をした後の場面である。はじめしずちゃんが驚いたときには観客の笑いはパラパラとしものであった。そしてその後、山ちゃんの「びっくりが下手な人」という発話によってまとまった観客の笑いが発生したのである。

これは、山ちゃんの「びっくりが下手」という発話によってしずちゃんの行動に説明がついたため、観客の笑いが発生したと考えられる。しずちゃんの驚き方というのは、挙動不振にあたりをキョロキョロするものであり、決して驚いているようには見えないのである。一見するとおもしろい動きにしか見えず、突然変な行動をとったしずちゃんに対して、もしかしたら戸惑ってしまった観客もいたかもしれない。しかし、そこに山ちゃんの「びっくりが下手な人」という解説がつくことにより、先程のしずちゃんの行動が意味を持ち、観客の笑いを誘ったと考えられるのである。

 

例10          千鳥

155 大 メルボルンの国をこの手に、皆の者、我らの未来は、ローマと共にー

156 ノ 誰に言うとんだお前は=

157            h h h h h h h

158 大=なんで言わんのんな、おい//ー

159 ノ                         //そりゃ言わんやろお客さんはーお前(間) 

160                                        hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh 

161 ノ−お客さんはそりゃ言わんやろ、お前ー=

162  −h h h h h h h h h h h h h h h h h h h

163 大=こんなかっこいい言葉言えよーお前ー

164   h h h

 

10は中世のヨーロッパの騎士になりきった大悟が1人芝居をしている部分である。今までのように大悟の1人芝居が終った(155)と共に、ノブの「誰に言うとんだお前は」というツッコミ(156)が入っている。それに対して大悟は「何で言わんのんな」と愚痴をこぼす(158)。そこにノブのツッコミ(159)が入り、やっとまとまった観客の笑い(160)が起こっている。

ここでは、大悟(155)の発話における下線部、「皆の者」は観客のことを指しており、大悟としては観客にも一緒に「ローマと共にー」と言ってほしいのであった。しかし、観客は今までのように、大悟の1人芝居の中での話であり、「皆の者」という言葉は自分たちに向けられたものではないと思っていたと考えられる。そのため大悟の(155)の発話直後には、観客に意味が伝わっておらず、笑いは発生していない。ここから、ノブの「誰に言うとんだお前は」というツッコミ(156)の後、大悟は観客の方を指差し「何で言わんのんな」と不満そうに愚痴をこぼす(158)。それに対し、ノブも観客の方を指差して「そりゃ言わんやろ、お客さんは」とツッコミを入れているのである(159)。その一連のやりとりを聞いた観客はノブのツッコミ(159)でやっと笑っているのである。

この一連のやり取りこそ、「皆の者」が誰を指していたのか、大悟が「何で言わんのんな」と愚痴をこぼした理由を明らかにするためのものであったと考えられる。つまり、このやり取りは事前に用意されていたものであり、(156)のノブの発話「誰に言うとんだ」は、大悟が誰かに向かって「我らの未来は、ローマと共に」という言葉を言っていたことを暗示しているのである。それをきっかけとして、大悟は観客を指差し「なんで言わんのんな」(158)と言い、それを受けてノブも、観客を指差し「そりゃ、言わんやろ」と言う。この一連の会話はまるで大悟の(155)の発話の意味を解説しているような内容になっていることがわかる。

 

つまり解説型とは、ツッコミがわかりにくい笑いどころを解説することで、観客に笑いの意味を伝えているものなのである。わかりにくい笑いどころにツッコミを入れることでボケの行動や言葉に対しての理由付けをしているのである。そうすることで笑いの意味が伝わり、観客はやっと笑えるのである。その戦略は、例9のようにツッコミがおこなうこともあれば、例10のように、ボケとツッコミが協力することで達成されるものもある。

 

(4)繰り返し

繰り返しタイプとは、ある特定の言葉を繰り返して言うことで笑いを生み出すものである。このタイプはPOISON GIRL BANDのみで観察された。

 

11  POISON GIRL BAND(1)

20  阿 だって帽子が似合ってたもんね=

21  吉=似合ってたね//

22 阿       //うん

23      Hhhhhhhh h h

24  吉 あーのー今年の中日はね//

25  阿                       //うんー

26    h

27  吉−確かに帽子が似合ってた

28               hh

29  阿 もうさー選手ひとりひとりが帽子が似合ってるんだもんな

30   −h h h                                  hhhhhhhhhhh

 

11は2004年にセ・リーグで中日が優勝した理由についての2人が語っている部分である。阿部君の(20)の「(中日の選手は)帽子が似合ってた」という発言を受け、吉田君はツッコミを入れるのではなく「似合ってた」と答えることで観客の笑いを生み出している。その後も吉田君の(27)の発言や阿部君の(29)の発言でも観客の笑いが発生しており、観客が「似合っている」という言葉に反応して笑っている様子がわかる。

 

12  POISON GIRL BAND(2)

96   吉=たまーにいる、確//かに

97   阿            //ボッサボサなん//だよな

98   吉                  //あんま言うな(間)

99                                                     h h

100  吉−かわいそうなんだから

101  阿 うん、//ほんとボッサボサ

102  吉    //なん、いやあんま言うなって(間)

103                     hhhhhhhhh

 

 例12はボサボサのハトがいるという話である。「(ハトが)ボサボサ」と繰り返して言う

阿部君(97)(101)に対して「(かわいそうだから)あんまり言うな」(98)(102)とたしなめる吉田君のやり取りがきっかけとなり、吉田君の発話ターンの後半部で観客の笑いが発生していることがわかる(99)(103)。

 

13 POISON GIRL BAND(3)

246  阿 で、あの、飲みほす時は、よく底をたたいてね

247 吉 つぶつぶ中日みたいになっちゃった、今度(間)

248     h h h h h h h h h h              hhh

249 吉−つぶつぶ中日みたいになっちゃった

250              h h h hhh

 

 これは、中日の選手をジュースの缶に入れてみたときの場面である。(246)の阿部君の発話を受けた吉田君は「つぶつぶ中日みたいになっちゃった」(247)(249)と繰り返して発言している。(247)のターンの時は「つぶつぶ中日みたいになっちゃった」と言ったあとの間の時点で笑いが発生し(248後半部)、(249)では吉田君のターンの後半部で笑いが起こっている(250)。

 

他にもPOISON GIRL BANDの漫才には、特定の言葉を繰り返し言っている場面が観察された。

このように、繰り返しタイプとは、ある言葉を繰り返すことで笑いを生み出しているものである。また、これとよく似ているものに、お笑いの技法で「テンドン」というものがある。テンドンとは、発言や動作の繰り返し構造パターンであり、

1、普通に笑いを成立させる動作・発言を行う

2、しばらくして1と同じことを繰り返す

3、またしばらくして、1をアレンジした動作・発言を繰り返す

ことをおこない観客の笑いをとるものである。

POISON GIRL BANDの場合では、同じ様な言葉が時間をおいてではなくすぐに繰り返されているものの、お笑いの技法にもあるように、印象的な言葉を繰り返すことは観客の笑いを生み出す要素であるといえる。繰り返しタイプとは、そのことを上手に利用して笑いを取っているものなのである。

 

第5節 観客ターンから演者ターンへ

 では、次に今までとは逆の、演者が観客からターンを取り返している場合についてみていく。これは、演者が発話を優先させるために、笑っている観客からターンを取り返すものであり、この場合にも2種類の型があることがわかった。

 それは、「フィラーでターンを取り戻すパターン」と「フィラー以外の方法でターンを取り戻すパターン」である。文字通り、前者はフィラーを用いてターンを取り戻すものであり、後者はそれ以外の方法でターンを取り戻すものである。

いずれの場合も観客の笑いが続いている場合に、ターンを取り戻すことで次のネタにもっていきやすくするための戦略であると考えられる。次項からはそれぞれの技について分析してゆく。

 

第1項 フィラーでターンを取り戻す場合

 はじめに、フィラーを用いてターンを取り戻す場合についてみていく。第2章第3節で説明したように、フィラーとは好ましくない評価を表す前置きとして用いられているが、自分のターンであることを主張するという役割も備えている。そのことを念頭に置いて以下の例を見てほしい。

 

14 南海キャンディーズ 山ちゃんの発話

7 山 ねぇ、皆さん、その、怒りのこぶしは日本の政治にぶつけてくださーい(1)

8                                  hhhhhh

→9  山 いやーねぇーまあ僕らねぇ南海キャンディーズと申しまして

10  −h h h

 

 (7)は、山ちゃんの後ろに隠れて横から顔を出した、しずちゃんに対してのツッコミである。(7)の山ちゃんのツッコミによって発生した観客の笑い(8)は小さくなりながらも1秒以上経っても治まらずに続いている。そこで山ちゃんは(9)の下線部「いやーねぇー」というフィラーの言葉を用いて自分のターンであることを主張することで、観客の笑いを治め(10)、観客からターンを取り返しているのである。

 

15 南海キャンディーズ 山ちゃんの発話

68    しずちゃん(間)この温度差感じてよー(2)

69    h h h h h h h h                    HHh

70 山 なんだよー、いいかい、ナースやってー、わかるー?ナースと?

71  −h h h h h h

 

 例15でも山ちゃんの(68)のツッコミから発生した観客の笑い(69)は2秒以上経っても途切れることなく続いている。ここでも山ちゃんは(70)の「なんだよー」というフィラーを利用することで自分のターンであることを主張し、笑い声を治めることで観客からターンを取り戻している。

 

以上のように、フィラーでターンを取り戻す場合というのは、演者はフィラーを用いて自分のターンであることを主張し、観客からターンを取り返しているのである。フィラーとは、「談話標識として会話を進行する上での機能は持ち合わせているものの、一方で発話としての具体的な意味内容は持たない」(森本 2002-3:105)ものである。演者は観客の笑い声が落ち着いてきたところでフィラーを用いることにより、構造A上で漫才の進行が不自然になることなく、構造B上でターンを取ることができるのである。しかし、この、“観客の笑い声が落ち着いてきたところ”というのが大事なのである。もし、観客が大笑いしている最中にフィラーの言葉を発したとしても、ターンを取り返すことができないか、取り返せたとしても、強引なものになることは想像に難くない。観客の笑いが引くまで、漫才の進行が不自然にならない程度に間をあけ、笑いが治まってくると絶妙のタイミングでフィラーを使う。そうすることで演者は観客からターンを取り返しているのである。

 

第2項 フィラー以外でターンを取り戻す場合

 前項ではフィラーによって演者が観客からターンを取り返す様子を見てきたが、演者たちはフィラー以外の方法でターンを取り返している場合もあることがわかった。それは、1つのボケに対して、ツッコミを繰り返すことで観客の笑いをゆるやかに治め、次の話題へもってゆくという方法である。

 

 例16 タカアンドトシ

26 タ 顔ゆがんでる?=

27 ト=なにが(だよ)(1)

28   HHHHHHHHHHH

29 ト−ゆがんでねぇし、そして、違う、あーみたいなことを言って  

30  −hhhhhhhhhh h h h h h h h h h h h h h h h h h

 

 例16はタカの(26)の発言「顔ゆがんでる?」がきっかけとなり、笑いが発生している(28)。トシはタカのボケ(26)に対してツッコミを入れ続けており(29)、それとともに観客の笑いはだんだん小さくなっている(30)。そして、トシの(29)の発話後半では笑いが治まり、次の話題に移っていることがわかる。

 

 例17 アンタッチャブル

111 山 ぜんぜんおもしろくないん//です

112 柴                         //困るよ、逆に(間)

113                 HHHHHHHH

114 柴 仕事をしろ、お前はちゃんと

115  −hhhhhhhhhhhhhhh h h h h

116 山 ということはもはや

 

 山崎の「ぜんぜんおもしろくないんです」(111)という発言をきっかけとして、柴田のツッコミ(112)と観客の笑い(113)が発生している。柴田は(112)に引き続き「仕事をしろ、お前はちゃんと」(114)というツッコミを入れている。そうすることで柴田の(114)のツッコミが終る頃には観客の笑いも治まり、山崎が次の話題にもっていっている。

 

 また、ツッコミを繰り返すことで更に観客の笑いが増幅しているものもあることがわかった。しかし、この場合もツッコミによって笑いが増えるが、そこからまたツッコミを繰り返すことで笑いは治まっている。

 

 例18 アンタッチャブル

98     だけどー?

99     だけどじゃない(間)お前なに人の気も知らないで(1)

100           hhhhhhhhhhhhhHHHHHHHHHHHHHHHHHH

101    だけどじゃないんだよー(間)

102    HHHHHHHHHHHHHHH

103    お前、い、俺、親父だぞ、お前言っとくけど(間)

104    hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhHH

105    なにがだけどだよ(間)だけどもくそもあるかいお前

106    HHHhhhhhhhhhHHhhhhhhhhhhhh h h h h h h h

107    はいはいすいません

108    h h h h h h h h h h

109    はいじゃねぇ、だいたい俺はなぁお笑い芸人に娘なんかやりたかないんだよー

110    h h

 

 例18は山崎の「だけどー?」(98)という発話をきっかけとして、柴田の長いツッコミと、観客の笑いが続いている。この例を見ると、柴田のツッコミによって、観客の笑い声が変化していることがわかる。観客の笑い(100)に注目すると、小さな笑いから大きな笑いになっている。大笑いは(102)でも続き、(104)になると小さな笑いになる。しかし、柴田の(103)の発話「俺、親父だぞ、お前言っとくけど」というツッコミが終わると、再び観客の笑い声が大きくなっている(104後半から106前半)。しかし、(106)の後半からは観客の笑いも終息に向かい、(109)の柴田のターンから次の話題へと移行している。

 

 このように、フィラー以外でターンを取り戻す方法とは、1つのボケに対して、繰り返しツッコミをいれることで、少しずつ観客の笑いを治めさせ、笑いが小さくなってきたところで次の話題に移るというやり方なのである。また、上手にツッコミを入れることで観客の笑いが増える場合もある。つまり、フィラーをいれずにツッコミを繰り返すことによって同じトピックで笑いを取り、最後に笑いが小さくなってきたところで次の話題に移動しているのである。フィラーを使わず、ツッコミを入れ1つの話題を引っ張ることで笑いを治め、不自然にならない形で漫才を進める技なのである。