第4章 新たな「最強」幻想への模索
第1節 リアルファイトへの出陣
人気の上昇にともなってテレビメディアを味方につけたリアルファイトは、世間一般的にも「最強」であることの象徴的存在になっていった。知名度でいっても、K−1ファイターの名前のほうがプロレスラーのそれよりも上回っている状況だろう。そうした中で「最強」の称号の復活を目論む新日本プロレスが採った策はリアルファイトの場に新日本プロレスの選手を送り込み勝利することであった。
この節で用いるデータは新日本プロレスを主戦場にしているプロレスラーが、リアルファイトのルールで闘った全対戦成績である。左側が新日本プロレスの選手である。勝利した選手の側に○印をつけてある。
(表4−1)
年月日 大会名 対戦カード 2000/1/30 PRIDE ○藤田和之VSハンス・ナイマン 2000/5/1 PRIDE ○藤田和之VSマーク・ケア― 2000/5/1 PRIDE 藤田和之VSマーク・コールマン○ 2000/8/27 PRIDE 石沢常光VSハイアン・グレイシー○ 2000/8/27 PRIDE ○藤田和之VSケン・シャムロック 2000/12/23 PRIDE ○藤田和之VSギルバート・アイブル 2001/3/25 PRIDE ○安田忠夫VS佐竹雅昭 2001/5/27 PRIDE ○藤田和之VS高山善広 2001/7/29 PRIDE ○石沢常光VSハイアン・グレイシー 2001/8/19 K−1 藤田和之VSミルコ・クロコップ○ 2001/8/19 K−1 安田忠夫VSレネ・ローゼ○ 2001/11/3 PRIDE 小原道由VSヘンゾ・グレイシー○ 2001/12/31 イノキボンバイエ 永田裕志VSミルコ・クロコップ○ 2001/12/31 イノキボンバイエ ○安田忠夫VSジェロム・レ・バンナ 2002/9/29 PRIDE 小原道由VSケビン・ランデルマン○ 2002/12/31 イノキボンバイエ 藤田和之VSミルコ・クロコップ○ 2002/12/31 イノキボンバイエ 中邑真輔VSダニエル・グレイシー○ 2002/12/31 イノキボンバイエ 安田忠夫VSヤン・ザ・ジャイアント・ノルキア○ 2003/5/2 U・クラッシュ ○中邑真輔VSヤン・ザ・ジャイアント・ノルキア 2003/5/2 U・クラッシュ ○藤田和之VS中西学 2003/6/8 PRIDE 藤田和之VSエメリヤーエンコ・ヒョードル○ 2003/6/29 K−1 中西学VS TOA ○ 2003/9/13 ジャングルファイト○中邑真輔VSシェーン・アイトナー 2003/12/31 イノキボンバイエ 永田裕志VSエメリヤーエンコ・ヒョードル○ 2003/12/31 イノキボンバイエ 村上和成VSステファン・レコ○ 2003/12/31 イノキボンバイエ 安田忠夫VSレネ・ローゼ○ 2003/12/31 イノキボンバイエ ○藤田和之VSイアム・メイフィールド 2003/12/31 K−1 中邑真輔VSアレクセイ・イグナショフ(無効試合) 2004/5/22 K−1 ○中邑真輔VSアレクセイ・イグナショフ 2004/5/22 K−1 ○藤田和之VSボブ・サップ |
藤田選手と中邑選手は活躍しているものの、その他の選手は大した戦績は残していない。
特に2001年12月31日に行われた試合で、永田選手がミルコ・クロコップ選手に負けた一戦は新日本プロレスに衝撃を与えたようである。すでに述べたプロレス界のアングルでいうと、永田選手は次期エース候補として売り出し中の選手だったため(実際に後にチャンピオンになったが)、この敗戦で二の足を踏んだ新日本プロレスは一年近くリアルファイトとの間に冷却期間をおいているほどである。
いずれにせよ、今のところは上のデータでみてもリアルファイトで通用しそうなのは藤田選手と中邑選手くらいである。
第2節 アングルの変化
前節のとおり、リアルファイト勢との対戦においては藤田、中邑両選手の戦績は良い。この両者をやや強引にでもチャンピオンに据えることで新日本プロレス自体の格を上げようという狙いが見てとれる。
それは従来のプロレスでのチャンピオンになるまでの道のりと、上記2選手のその道のりには大きな違いがあるからである。プロレスでいうところのアングルに変化が見られるということである。
以下にそれらに関するデータを載せる。
<IWGPヘビー級選手権とは>
1980年12月にアントニオ猪木が「世界に乱立するタイトルを統一する」という構想を発表。翌1981年4月には実行委員会が発足したが、計画は遅々として進まず。それがようやく1983年に実現し、年1回のリーグ戦として始まったものである。第1回大会はハルク・ホーガンが優勝し、第2〜5回大会までは猪木が4連覇を達成した。1987年の第5回大会を最後にベルト化され、優勝者である猪木が初代チャンピオンとなった。その後はチャンピオンが度々防衛戦を行うという現行のシステムに移行され、新日本プロレスの象徴として現在まで存在している。ちなみにこのシングルのベルトに先駆けて、1985年にIWGPタッグのベルトが作られている。しかし権威という点ではシングルのベルトより軽く扱われているようである。2000年4月から2004年8月現在までに、IWGPヘビー級選手権試合とIWGPタッグ選手権試合が同日に開催されたことが8回あったが、全ての大会においてIWGPヘビー級選手権試合のほうがメインイベントをつとめていることからそれは分かる。
(表4−2−1)主なIWGPチャンピオンの変遷
タイトル獲得年月日 デビュー年月日 獲得までの年月 初代 A・猪木 1987/6/12 1960/9/30 26年8ヶ月 第2代 藤波辰巳 1988/5/8 1971/5/9 16年11ヶ月 第6代 長州力 1990/8/10 1974/8/8 16年0ヶ月 第14代 橋本真也 1993/9/20 1984/9/1 9年0ヶ月 第17代 武藤敬司 1995/5/3 1984/10/5 10年6ヶ月 第20代 佐々木健介 1997/8/31 1986/2/16 11年6ヶ月 第22代 蝶野正洋 1998/8/8 1984/10/5 13年10ヶ月 第25代 天龍源一郎 1999/12/10 1976/11/13 23年0ヶ月 第29代 藤田和之 2001/4/9 1996/11/1 4年5ヶ月 |
第30代 安田忠夫 2002/2/16 1994/2/24 7年11ヶ月 第31代 永田裕志 2002/4/5 1992/9/14 9年6ヶ月 第32代 高山善広 2003/5/2 1992/4/28 11年0ヶ月 第33代 天山広吉 2003/11/3 1991/1/11 12年9ヶ月 第34代 中邑真輔 2003/12/9 2002/8/29 1年3ヶ月 第35代 天山広吉 2004/2/15 第36代 佐々木健介 2004/3/12 第37代 ボブ・サップ 2004/3/28 第38代 藤田和之 2004/6/5 |
複数回チャンピオンになっている場合は、初獲得のデータのみ掲載している。ただし第29代以降最近10代に関しては全員載せている。(2004年8月時点)
(表4−2−2)デビューからIWGP獲得までの期間が短い選手ベスト5
1位 中邑真輔 1年3ヶ月 2位 藤田和之 4年5ヶ月 3位 安田忠夫 7年11ヶ月4位 橋本真也 9年0ヶ月 5位 永田裕志 9年6ヶ月 |
特徴的なのは中邑選手、藤田選手のデビューからIWGPベルト獲得までの年月の短さである。なぜ他の選手とこうも差が出ているのか。その謎はベルト獲得までのアングルの変化にありそうである。
(表4−2−3)従来のIWGP獲得までの流れ(アングル)
デビュー→海外修業→IWGPタッグの獲得→数回に渡るIWGPへの挑戦→IWGPの獲得 |
従来までのアングルは上記のような流れになっている。まずはデビューして間もなく海外へ修行に出かける。数年たって帰国し、すぐにIWGPタッグのベルトを獲る。これは苦労して成長し、その成長した証拠としてまずタッグのベルトが与えられるという展開だろう。その後IWGPシングルに挑戦するも何度か失敗する。これはすぐに獲ってしまうよりも、何度も苦汁をなめるほうがファンの共感が高まっていくし、また簡単にチャンピオンが負けてしまうようではチャンピオンの格が問われるからであろう。
こういったアングルが実際どのように使われていたのか、1990年代の新日本プロレスを支えて闘魂三銃士と呼ばれた3人のレスラーを例に挙げてみる。
(表4−2−4)闘魂三銃士(橋本、武藤、蝶野)の場合のアングル
橋本 武藤 蝶野 デビュー 1984/9/1 1984/10/5 1984/10/5 海外修業 1987/10~1989/7 1985/11~1990/4 1987/6~1989/10 IWGPタッグ獲得年月日 1989/9/8 1990/4/27 1990/4/27 IWGPでの敗北回数 4 2 7 IWGP獲得年月日 1993/9/20 1995/5/3 1998/8/8 |
(表4−2−5)新しいアングル
デビュー→リアルファイトでの活躍→IWGPの獲得 |
藤田、中邑の場合、海外修業、IWGPタッグ、IWGPでの敗北ともに全てない。その代わりにリアルファイトでの活躍を経るという(表4−2−5)の流れになっている。それでデビューからIWGP獲得までの期間が短いのである。
(表4−2−6)藤田、中邑の場合のアングル
藤田 中邑 デビュー 1996/11/1 2002/8/29 海外修業 なし なし IWGPタッグ獲得年月日 なし なし IWGPでの敗北回数 なし なし リアルファイトでの戦績 8勝4敗 3勝1敗 IWGP獲得年月日 2001/4/9 2003/12/9 |
従来までのやり方だとデビューしてからチャンピオンに就くまでにどうしても10年前後という期間がかかってしまう。長大な連続ドラマといった形式をとっているからである。そのため従来までのプロレスを楽しむためにはある程度の長期間ファンであることが必要であり、さらにできるだけ見逃しを避けねばならない。そういったことが第3章でも引き合いに出したK−1イベントプロデューサー・谷川氏の「プロレスは分かりにくい」という発言にもつながっているのだろう。
それに対して藤田選手や中邑選手に用いられているアングルの場合、非常に明確でかつ短期間にIWGPベルト獲得まで辿り着くことができるのである。それはリアルファイトという、スポーツ的なアングルを持ち且つそれによって真剣勝負と捉えられている場における活躍それ自体が強さを証明するものとなり得るからである。
また第30代チャンピオンの安田選手も、活躍というまでには至らなかったがリアルファイトに数回出場したことのある選手である。2001年12月31日にリアルファイトの大会で、K−1のトップクラスの選手であるジェロム・レ・バンナを破った翌年の2月16日にIWGPチャンピオンになっている。第32代の高山選手は新日本プロレス所属のプロレスラーではないが、リアルファイトのリングでも人気のある選手である。第37代チャンピオンのボブ・サップに至っては完全なK−1所属のファイターである。
このように現在では、リアルファイト自体をアングルとして用いる傾向があるようである。
第3節 試合展開
リアルファイトによる影響というのは、リング上の試合展開にも及んでいるようだ。特に藤田選手や中邑選手のようなリアルファイト色の濃いプロレスラーの試合では顕著に見られる。本論文ではそうしたリアルファイト的な攻防の多いプロレスをリアルファイト的プロレスと呼ぶこととし、この節ではその試合展開というものに焦点を当てて分析してみたい。分析素材を選ぶにあたっては、入手可能な市販ビデオの中からできるだけ注目度の高いものでかつノーカット収録されているものを選んだ。比較対象とするための従来型のプロレスの試合は1990年代後半の中から選んだ。それ以前の80年代など古い試合とリアルファイト的プロレスを比較するよりも、できるだけ新しい試合を用いたほうが、その急激な変化を示すのに適当だと思われるからである。また参考までにプロレスではないリアルファイトの試合も分析を行った。これらのことから分析素材として用いたのは以下の7試合である。
従来型プロレス
@IWGPヘビー級選手権試合 橋本真也VS長州力 (1997/1/4東京ドーム)
AIWGPヘビー級選手権試合 武藤敬司VS佐々木健介 (1999/2/14日本武道館)
リアルファイト的プロレス
BIWGPヘビー級選手権試合 藤田和之VSスコット・ノートン (2001/4/9大阪ドーム)
C新日本プロレス 藤田和之VS佐々木健介 (2001/10/8東京ドーム)
D新日本プロレス 中邑真輔VS村上和成 (2003/2/16両国国技館)
リアルファイト
Eイノキボンバイエ 藤田和之VSミルコ・クロコップ (2002/12/31さいたまスーパーアリーナ)
F アルティメット・クラッシュ 中邑真輔VSヤン・ザ・ジャイアント・ノルキア (2003/5/2東京ドーム)
資料として用いた市販ビデオ(@などの数字は上記の試合に対応)
@『’97 WRESTLING WORLD IN
TOKYO DOME PART2』(ビデオ・パック・ニッポン、1997)
A『激震!新日本世紀末決戦!』(ビデオ・パック・ニッポン、1999)
B『STRONG STYLE 2001 APRIL 9,OSAKA DOME VOL.2』(ビデオ・パック・ニッポン、2001)
C『INDICATE OF
NEXT VOL.2』(ビデオ・パック・ニッポン、2001)
D『COMPLETE COLLECTION1 BIG2
IWGP&NWF2大タイトル戦』(ビデオ・パック・ニッポン、2003)
E『イノキボンバイエ2002』(TBS、2003)
F『COMPLETE COLLECTION3 ULTIMATE CRUSH』(ビデオ・パック・ニッポン、2003)
分析手法としては「プロレス的攻防」と「リアルファイト的攻防」に二分して、時間を追ってどのような攻防が行われたかを表にした。判断を明確にするため攻撃が当たらなかったもの、失敗したものは記録していない。プロレスでのみ見られる攻防や、リアルファイトでのみ見られる攻防は分けやすい。しかしプロレス、リアルファイトともに見られる攻防については以下のルールのように定義した。また両者ともに攻め合っているものは<>で括ってある。試合の結果については○がついているほうが勝ちであり、●がついているほうが負けである。
(まぎらわしい攻防の分類ルール)
○パンチ、キックなどの打撃…プロレスは基本的に技を受け合って見せるものであるため、相手が打撃攻撃をしてきた場合でもガードはしない。リアルファイトはダメージを最小限に抑えようとするためガードをする。よってガードなしはプロレス的攻防、ガードありはリアルファイト的攻防とした。
○タックル…タックルには上半身に向かっていくものと下半身に向かっていくものの2種類ある。リアルファイトでは下半身にいくものしか見られない。プロレスでは両方見られるが、ほとんどは上半身へのもので下半身へは少ない。よって上半身へのタックルをプロレス的攻防、下半身へのタックルをリアルファイト的攻防とする。
○スリーパーホールド、フロントネックロック、腕ひしぎ逆十字固め…これらもプロレス、リアルファイトともに見られる攻防だが、頻度からいうとリアルファイトに多いため、リアルファイト的攻防に入れることとする。
以上の定義で今回取り上げる7試合(従来型プロレス2試合、リアルファイト的プロレス3試合、リアルファイト2試合)に出てくる攻防を次のように二分した。
プロレス的攻防
キーロック ヘッドロック チョップ ドロップキック ジャーマンスープレックス フェースクラッシャー ラリアット ストラングルホールド 逆一本背負い ドラゴンスクリュー 足4の字固め ミサイルキック 雪崩式ドラゴンスクリュー 雪崩式パワーボム パワースラム サソリ固め 監獄固め トルネードボム パワーボム ブレーンバスター 雪崩式ブレーンバスター DDT 垂直落下式ブレーンバスター 場外乱闘 STO 力比べ パンチ、キック(ガードなし) タックル(上半身) |
リアルファイト的攻防
グラウンドでのポジションの取り合い 馬乗りパンチ スタンドでの打撃の攻防 グラウンドでのひざ蹴り 袈裟固め スタンドでのひざ蹴り グラウンドでのひじ打ち パンチ、キック(ガードあり) タックル(下半身) スリーパーホールド フロントネックロック 腕ひしぎ逆十字固め |
(表4−3−1)@(従来型プロレス)1997/1/4 東京ドーム 橋本真也VS長州力
時間 (分) |
プロレス的攻防 |
リアルファイト的攻防 |
||
橋本 |
長州 |
橋本 |
長州 |
|
0 1 2 3 4 5 6 7 8 10 11 12 13 14 15 16 17 |
ヘッドロック <力比べ> パンチ連打(ガードなし) ブレーンバスター チョップ連打 キック連打(ガードなし) キック連打(ガードなし) サソリ固め ラリアット ラリアット ラリアット ラリアット ラリアット ラリアット ラリアット ラリアット ラリアット チョップ連打 キック連打(ガードなし) チョップ連打 雪崩式ブレーンバスター ラリアット ラリアット 雪崩式ブレーンバスター DDT DDT 垂直落下式ブレーンバスター |
フロントネックロック キック(ガードあり) |
||
○橋本真也(3カウント)長州力●
(表4−3−2)A(従来型プロレス)1999/2/14 日本武道館 武藤敬司VS佐々木健介
時間 (分) |
プロレス的攻防 |
リアルファイト的攻防 |
||
武藤 |
佐々木 |
武藤 |
佐々木 |
|
1 5 6 8 9 10 11 12 13 14 15 16 |
キーロック ヘッドロック タックル(上半身) <チョップの打ち合い> ドロップキック キーロック キック連打(ガードなし) パンチ、キック連打(ガードなし) ジャーマンスープレックス フェースクラッシャー ラリアット ストラングルホールド 逆一本背負い ドロップキック ドロップキック ドロップキック ドラゴンスクリュー 足4の字固め ドロップキック ラリアット ドロップキック ラリアット ドロップキック ラリアット ドロップキック ドラゴンスクリュー ドラゴンスクリュー 足4の字固め |
<グラウンドでのポジションの取り合い> <グラウンドでのポジションの取り合い> <グラウンドでのポジションの取り合い> |
||
18 21 22 23 24 25 27 28 |
ミサイルキック 雪崩式ドラゴンスクリュー ミサイルキック 足4の字固め 雪崩式パワーボム パワースラム ドラゴンスクリュー サソリ固め ドロップキック ドラゴンスクリュー ドラゴンスクリュー 監獄固め ラリアット 足4の字固め ミサイルキック ラリアット トルネードボム パワーボム ラリアット |
腕ひしぎ逆十字固め |
○武藤敬司(ギブアップ)佐々木健介●
従来型プロレスは、当然のことながらほとんどがプロレス的攻防を行っている。またEやFなどの完全なリアルファイトと比べると、多種多様な技が繰り広げられている。多いときは1分間に4つも5つもの技が飛び出している。
展開面では、一方の選手が攻撃を始めるとしばらくはその選手が技を続けてかけて見せ場を作るようである。もう一方の選手はその間耐え続けることになるが、あるとき反撃に転じ、今度はその選手が見せ場を作ることになる。つまり攻守の入れ代わりが見られるのである。それを数度繰り返すため必然的にリアルファイトよりも試合時間はながくなっている。またAの試合の試合経過15分くらいで見られるドロップキックとラリアットのラリーも特徴的である。これはプロレスの試合では時折見られる展開で、キックとエルボーであったりチョップとパンチであったりもするが、要は互いの得意技を交互に素早く打ち合うことで試合の盛り上げに一役買っているのである。
(表4−3−3)B(リアルファイト的プロレス)2001/4/9 大阪ドーム 藤田和之VSスコット・ノートン
時間 (分) |
プロレス的攻防 |
リアルファイト的攻防 |
||
藤田 |
ノートン |
藤田 |
ノートン |
|
0 1 2 3 5 6 |
ラリアット パワーボム <場外乱闘> |
タックル(下半身) 馬乗りパンチ連打 <グラウンドでのポジションの取り合い> フロントネックロック タックル(下半身) 馬乗りパンチ連打 馬乗りパンチ連打 腕ひしぎ逆十字固め スリーパーホールド |
||
○藤田和之(レフェリーストップ)スコット・ノートン●
(表4−3−4)C(リアルファイト的プロレス)2001/10/8 東京ドーム 藤田和之VS佐々木健介
時間 (分) |
プロレス的攻防 |
リアルファイト的攻防 |
||
藤田 |
佐々木 |
藤田 |
佐々木 |
|
0 1 2 4 6 |
ラリアット ストラングルホールド ジャーマンスープレックス <場外乱闘> ラリアット STO ドロップキック 監獄固め |
馬乗りパンチ <スタンドでの打撃の攻防> 馬乗りパンチ連打 グラウンドでのひざ蹴り連打 袈裟固め <スタンドでの打撃の攻防> 腕ひしぎ逆十字固め 馬乗りパンチ連打 |
||
○藤田和之(KO)佐々木健介●
(表4−3−5)D(リアルファイト的プロレス)2003/2/16 両国国技館 中邑真輔VS村上和成
時間 (分) |
プロレス的攻防 |
リアルファイト的攻防 |
||
中邑 |
村上 |
中邑 |
村上 |
|
0 1 2 3 4 5 6 |
<パンチ、キックの打ち合い(ガードなし)> |
スタンドでのひざ蹴り <スタンドでの打撃の攻防> <グラウンドでのポジションの取り合い> 腕ひしぎ逆十字固め <スタンドでの打撃の攻防> タックル(下半身) 馬乗りパンチ連打 馬乗りパンチ連打 <グラウンドでのポジションの取り合い> 腕ひしぎ逆十字固め 腕ひしぎ逆十字固め |
||
○村上和成(ギブアップ)中邑真輔●
リアルファイト的プロレスはプロレス的攻防とリアルファイト的攻防が混在している。これは藤田選手や中邑選手などのリアルファイトで活躍している選手がリアルファイト的攻防を使い、その対戦相手がプロレス的攻防を使うためである。
リアルファイトではEやFのように、スタンドで打撃を仕掛けつつ隙をうかがい、タックルでグラウンドに持ち込んで、グラウンドでの打撃か関節技で仕留めようとする流れが一般的である。そしてこれはリアルファイト的プロレスの中にも取り入れられている。
従来型プロレスで見られた攻守の交代は、従来型ほどではないにせよ見られるようである。さらにプロレス特有というべき場外乱闘や、ノーガードのパンチ、キックの攻防も見られる。
試合時間に関しては、従来型のプロレスが20〜30分の試合を行うのに対して、リアルファイト的プロレスは数分間で決着が付いている。実際のリアルファイトはというと、Eの試合の場合は判定までもつれ込んでしまったので計15分の試合を行っているが、通常、KOやギブアップで決着が付く場合はFの試合のように数分で終わることが多い。ということは、リアルファイト的プロレスの試合時間はリアルファイトのほうに近いといえる。
(表4−3−6)E(リアルファイト5分3ラウンド)イノキボンバイエ 2002/12/31 さいたまスーパーアリーナ 藤田和之VSミルコ・クロコップ
時間 (分) |
プロレス的攻防 |
リアルファイト的攻防 |
||
藤田 |
ミルコ |
藤田 |
ミルコ |
|
(1R) 0 2 3 (2R) 0 1 3 (3R) 0 2 3 4 |
|
<スタンドでの打撃の攻防> キック(ガードあり) タックル(下半身) <スタンドでの打撃の攻防> タックル(下半身) <グラウンドでのポジションの取り合い> <スタンドでの打撃の攻防> タックル(下半身) <グラウンドでのポジションの取り合い> キック(ガードあり) タックル(下半身) グラウンドでのひざ蹴り連打 タックル(下半身) グラウンドでのひざ蹴り連打 タックル(下半身) グラウンドでのひざ蹴り連打 <スタンドでの打撃の攻防> タックル(下半身) <グラウンドでのポジションの取り合い> |
||
○ミルコ・クロコップ(判定)藤田和之●
(表4−3−7)F(リアルファイト5分3ラウンド)アルティメット・クラッシュ 2003/5/2 東京ドーム 中邑真輔VSヤン・ザ・ジャイアント・ノルキア
時間 (分) |
プロレス的攻防 |
リアルファイト的攻防 |
||
中邑 |
ノルキア |
中邑 |
ノルキア |
|
(1R) 0 2 3 4 (2R) 0 1 2 |
|
タックル(下半身) グラウンドでのひざ蹴り連打 馬乗りパンチ連打 グラウンドでのひざ蹴り連打 タックル(下半身) グラウンドでのひざ蹴り連打 馬乗りパンチ連打 タックル(下半身) 馬乗りパンチ連打 グラウンドでのひざ蹴り連打 <グラウンドでのポジションの取り合い> 馬乗りパンチ連打 グラウンドでのひざ蹴り連打 馬乗りパンチ連打 グラウンドでのひじ打ち |
||
○中邑真輔(KO)ヤン・ザ・ジャイアント・ノルキア●
第4節 プロレス内リアルファイター
前節で取り上げたリアルファイト的プロレス(B〜D)では、リアルファイト的攻防がかなり混ざりながらもプロレス的攻防も展開されており、また場外乱闘も見ることができるという微妙なバランスの中で成り立っている。
こうしたリアルファイト的プロレスではどういった場面で観客の盛り上がりが見られるのだろうか。歓声は大小織り交ぜれば常に起こっているものだが、その中で特に大きな歓声が起こった場面というのが前節の表BとCの中で網掛け( )になっている部分である。Dの中邑選手の試合は、彼がまだ知名度がそれほど高くないときのものであり、目立った歓声は聞かれなかった。
これを見るとほとんど藤田選手の相手側の選手が攻撃をしたときに歓声が起こっていることが分かる。唯一Cの試合で藤田選手のグラウンドでのひざ蹴りで歓声が起こったが、これは彼の得意技として知られているために起こったものと思われる。また入場テーマに乗って入場してくるシーンでも、Bの試合、Cの試合ともに藤田選手の相手側の選手のほうが藤田選手と比較してかなりの大歓声で迎えられていた。Cの佐々木選手の入場時には彼ののぼりが50本以上掲げられているのが画面に映し出された。藤田選手ののぼりはなかった。さらに藤田選手が勝利した瞬間、場内は静まり返ってしまった。
こういう状況というのはプロレスでいうベビーフェイス(善玉)とヒール(悪玉)の関係である。正当な手段で攻撃を行うヘビーフェイス役のレスラーが、反則多用のヒールを演じるレスラーを攻撃したときに起こる歓声である。つまり藤田選手は従来型のプロレスで演じられてきたヒール役を任されていることになる。
ただし彼の場合は一切反則を使うことはない。試合スタイルがリアルファイト的であるというだけである。それなのに相手側に歓声が集中するのは、つまり新日本プロレスのファンにとってリアルファイトというのは敵であるという認識があるからであろう。こうしたリアルファイトの選手に近いヒール・藤田選手VSベビーフェイス・新日本の選手という図式を連想させる実況や解説、選手のコメントなどを拾ってみた。
Bの試合
(試合前の実況)「あのPRIDE5つの戦いの実績を引っさげて藤田和之が学び舎に帰ってきました」
(試合中の実況)「藤田はPRIDEで5人の選手と闘ってきましたが、それらの選手とは訳が違う、スコット・ノートン」
(試合中の解説)「ノートンの力ってのはね、さすがのバーリトゥード(リアルファイト)の選手でもかなわないですよね」
(試合中の解説)「バーリトゥードの選手とどう対戦するのかと思ったんですが、心配ないですね、ノートンは」
(試合後の解説)「新日本がPRIDEに負けましたね。新日本がPRIDEから帰った藤田に負けたわけですから」
(試合後の藤田選手)「今の新日本じゃダメだね。――中略――ベルトに喝を入れにきた。――中略――今まで(つまりリアルファイト的プロレスを演じる藤田がチャンピオンになるまで)上下関係はあったけど、それはリングを降りてからのこと。リング上では関係ない。――中略――実力だから、この世界。名前だけじゃないっていうのを俺が証明してる。キャリアや長さだけじゃない。中身だから」
Cの試合
(試合中の実況)「ゲーリー・グッドリッジ(リアルファイトの選手)が藤田のセコンドについております」
(試合中の実況)「PRIDEあるいは様々なところに出て経験を積んでいる」
(試合中の実況)「PRIDEに参戦してあのマーク・ケアー、あるいはケン・シャムロック、このあたりを撃破しているというプライドがあります」
(試合後の佐々木選手)「やはり凄い修羅場(リアルファイト)をくぐってきたというだけありますね」
これらからも新日本の選手であるはずの藤田選手をリアルファイトの選手であるかのように捉え、それだけに真剣勝負での強さという裏付けを携えた強いファイターとして演出が施されているようである。
かつてリアルファイトの場に選手を送り込み惨敗を喫した新日本プロレスが作った自前のプロレス内リアルファイターといえないだろうか。演出や操縦が可能なリアルファイトの選手。これによりリアルファイト的攻防を交えながら、BやCの試合で見られる場外乱闘やDの試合で見られるノーガードの殴り合いといった、プロレスならではの盛り上げシーンも展開することが可能となる。
また藤田選手のコメントからは、従来のアングルの作り方を否定しているともとれる発言があった。これまでは長年に渡ってキャリアを積むことでのし上がっていき、その過程で自然と上下関係の格が生まれていた。しかしそれに反して実力本位というリアルファイトの世界を押し出している。プロレス内リアルファイターならではの新しいアングル作りといえるだろう。