第3章      リアルファイトの登場

 

 

 プロレスのグレーな部分に疑いを持ちつつも、近年まではプロレス「最強」幻想は一応維持されてきていた。それはプロレスに対抗するような勢力が他になかったことも大きかった。そこに1990年代にプロレスを脅かす存在が誕生した。今ではリアルファイトと称されるK−1とPRIDEである。

1993年、正道会館館長・石井和義氏が空手、キックボクシング、拳法、ムエタイなど立ち技競技をしている選手たちに参加を呼びかけて、K−1ルールという統一ルールのもとに立ち技最強者を決める大会を行った。これはプロレスと異なり、真剣勝負によって勝敗を決する方法であった。真剣勝負に飢えていた格闘技ファンたちは徐々に関心を抱くようになり、年々その人気は上昇していった。

少したった1997年にさらにもう一つ新たな格闘技が現れた。急所攻撃や目潰しの禁止などの必要最低限のルールに留めた、立ち技あり寝技ありの総合格闘技PRIDEである。19971011日、総合ルールで400戦無敗が売り文句のヒクソン・グレイシー(グレイシー柔術)と、当時真剣勝負でも強いと信じられていたプロレスラー・高田延彦が対戦した。結果は高田の惨敗に終わり、翌年再戦を行ったが、再びヒクソンの勝利となった。これに衝撃を受けた格闘技ファンたちは総合ルールを支持しはじめ、K−1同様に人気格闘技となっていった。

これら二つの競技に共通するのは、プロレスでいうグレーゾーンが存在しないことである。そうした真剣勝負の場合、プロレスのように派手に大技が飛び交うことはなく、徹底した防御を行うため地味な展開にもなりやすいが、逆にそこにリアルな緊張感が生まれ、固定ファンを増やしていった。

 ただしここまでリアルファイトと称されるものを真剣勝負だとして述べてきたが、それが本当に真剣勝負か否かを示す証拠はどこにもない。真実は内部のものにしか分からないのが現状であるが、現実にはほとんどの人々が真剣勝負として捉えていることだろう。それは一体なぜなのだろうか。

 『REAL  FIGHT!』(2004、宝島社)というムック本の中で、K−1イベントプロデューサー・谷川貞治氏とスポーツジャーナリスト・二宮清純氏の対談が掲載されているが、その中に興味深い部分があるので以下に載せる。

 

 

谷川「今、プロレスが危機だって言われていますけど、なぜかといえば分かりにくいんです。誰がどの団体にいるか、僕らでも分かりませんし。」

二宮「ストーリーも、一回見ただけでは分からない。」

谷川「これだけいろいろな娯楽がある時代に、みんなが毎週金曜8時に中継を見ていた時代の感覚でやっても、それはマッチしないですよね。」

二宮「むしろ昔のプラッシーのような、噛みつきなら噛みつきと一発のインパクトで勝負する方がいいのかもしれませんね。見た瞬間に「この人は悪役だ」と分かりますから()。」

谷川「そういう意味でK−1は、GPのトーナメントのシステムそのものがアングルになるんです。優勝というゴールがあり、その中でライバル関係もあるし、去年のチャンピオンが誰なのかも分かりやすい。」

 

 

 そもそもはプロレス界の隠語であったアングルという用語を用いている。プロレスの場合は主に毎週放送されるテレビ中継によって、あるレスラーの成長または挫折などをファンに伝えていく。それは団体内の上層部の人たちによって作り上げられたストーリーであり、通常10年前後の期間を経てチャンピオンに就くという、ライトなファンが入りにくいマニアックで長大なドラマといえる。

 それに対してK−1というのは、一年をかけて数回行われるトーナメント方式による予選の優勝者が年末に集結する。そこでまたもやトーナメント方式による本戦を行い、その年のチャンピオンを決めるというその非常に分かりやすいシステムそのものがK−1におけるアングルであると谷川氏は言う。

 意図して演出せずとも試合の結果そのものが、次の試合への興味をそそる。また各国で行われる予選を勝ち抜いて、さらに本大会での優勝を目指すというシステムはワールドカップやオリンピックを髣髴とさせる。そうしたスポーツ化とでもいうべきものがリアルファイトにおけるアングルの根底にあり、それが真剣勝負であるということの裏付けとされているようである。