第1項 英語を学んで「楽しい」と語る自己
学生時代に英語に対してどのようなイメージを持っていたのかを尋ねると、意外にも英語に苦手意識や嫌悪感を抱くインタビュイーが多かったのに驚いた。英語がもともと好きだったインタビュイーは16人中9人だったのに対し、嫌いだったと答えたインタビュイーは16人中7人にものぼり、はじめから英語好きなインタビュイーの数と殆ど大差がなかった。
多くのインタビュイーが学生時代に英語に対して苦手意識や嫌悪感を持っていたにもかかわらず、社会人になってから英会話学校に通い始めるのはなぜだと語られるか。
インタビュイーが英会話学校に通い始めるきっかけはさまざまだが、大まかな傾向として主に以下の4つが多かった。
1.英語が話せる身近な人からの影響(20代女性会社員Oさん・Uさん・Hさん、20代女性研究職Sさん、30代主婦Bさん)
2.単に海外旅行を楽しむため(20代女性会社員Kさん、30代女性会社員Mさん・Tさん・Dさん)
3.海外旅行での体験を通して感じた英語の必要性、学生時代もっと勉強しておけば良かったという後悔や悔しさ(20代女性研究職Sさん、30代女性会社員Cさん・Tさん)
4.ぺらぺらになることや英語を使った仕事への強い憧れ(20代女性会社員Uさん・Hさん・20代主婦Yさん、40代女性団体職員Rさん)
他に少数派ではあったが、「職場で英語を使うため」(30代女性会社員Eさん・Fさん)や「英語アレルギーを克服するため」(20代女性会社員Aさん)、「特に何もない」(40代女性会社員Iさん)という方もおられた。
やはり全体的に見て、海外旅行先での体験や友人や身内など身近な人からの影響を受けて通い始めたインタビュイーが16人中10人と多く、英語を職場で使うためといったツールとして学び始めたインタビュイーは16人中2人だけであった。
きっかけは「海外旅行」「友人や身内といった身近な存在」「話せることへの“憧れ”」「職場での使用」「苦手克服」とさまざまである。英会話学校に入って元々英語が好きだった方はもちろんのこと、英語に苦手意識や嫌悪感を抱いていたインタビュイーまでもがみんなで口を揃えて「楽しい」と語っている。
Tさん(30代女性会社員)は「海外旅行に行く度に帰ってきたら英会話教室行こうって決心するんですけど、入学の際のテストがどうしても嫌でずっと先延ばし」だったそうだ。英会話学校に通い出す前はTさんにとって「学校で学んできた英語=受験英語」であったし、Tさんの中で英語に対する嫌悪感ばかりが残っていた。Tさんは海外旅行での体験を機に英会話学校に通いたいとの思いは前々から持っていたそうだが、その一歩がなかなか踏み出せないでいたのである。そんなTさんのインタビューにはいたる所に「楽しい」ということばが出てきた。Tさんは「楽しみながら学べることとお金の高さを天秤にかけたら、別にこれくらいの投資は構わない」と語っている。ここには、これまで述べてきたように、Tさん自身の今までの体験、つまり、学生時代のテスト中心の英語の勉強への疑問、海外旅行へたくさん出掛けそこで自分の英語力不足を感じたことなどの影響が働いているように思える。それがTさんの現在精力的に英語を学習することの原動力になっているのだろう。今後は、昇進試験の際のTOEIC受験へ向けての勉強も前向きにやっていきたいと語っていることから、Tさんの語りの中で、キャリアアップの要素として少しは意識されていることが分かる。しかしながら、現時点では“楽しく学ぶ”ということが強調されていることから、Tさんにとって英会話学校に通い続けることは「自分への投資」であり、社会的上昇や昇進に関しては距離を置いた話し方をしていた。
また、Sさん(20代女性研究職)は「小・中・高までは受験のものとしか考えたことがなくて」と語っており、そんなSさんも英会話学校に入るきっかけとなったのはやはり「海外旅行」と「友人の影響」だった。Sさんは、学生時代、海外に対する“憧れ”は全くなかったといい、海外旅行で刺激を受けて初めて興味が芽生えたのだという。現在も会社で英語に触れる機会が多いというSさんだが、インタビューの中では何回も「“楽しい”ということが一番だ」と強調しており、英会話学校に通い始めて「友達ができた」とか「いろんな職種の人の話がきけてお得」、「生徒さんの間での交流」が「楽しい」と語っており、英会話学校が必ずしもスキルを磨く場としてあるのではないことが分かる。
「来るだけ」「友達ができたり、異なる職業の人や幅広い年齢層の方との交流があるから」など、後付的な要素である生徒・先生との交流やネイティブとの会話に大きなメリットを感じて英会話学校が「楽しい」と語るインタビュイーは多い。
Hさん(20代女性会社員)もその一人で「理解しているかは別。上達した気はしないけど楽しい」と語っている。Hさんの場合、友人の影響と海外旅行での体験が英会話を始めたきっかけに大きく関わっている。Hさんは日本語を喋るような感じで、英語を話せることに憧れを抱いており、Hさんにとって英会話学校に通い続けることによってHさんの思い描いている“英語を話せる自分”へのイメージを膨らませていると考えられる。また、Hさんは、英会話学校を離れた職場や日常生活の中で、英語を使用する機会は全くなく、Hさんにとって英語を使う場は英会話学校だけである。「上達した気はせんけど、楽しい」と語っており、Hさんの場合、ネイティブの先生たちとの会話や交流に“楽しさ”を感じている。「いつも喋った後には、頑張らんとなって思う」と語っており、学生時代は「できればあんまり触れたくない感じ」だったHさんだが、語学のできる友人の存在や海外旅行を経験することで「英語が話せるようになりたい」との思いを強くしたようである。英会話学校に通い続けることが“ぺらぺらになる”ためには必要なことであり、英語を手段として具体的に何かやりたいということよりも、英会話自体をネイティブの先生たちと“気軽”に“楽しむ”ことが第一だと考えているような語り方の印象を受けた。
また、高校時代に受験英語で挫折した経験を持つUさん(20代女性会社員)は「特に目標はない。とにかく楽しければいい」と語っており、HさんもUさんにも、英会話学校に通い続けることによって得られた「英語で話す楽しさ」、「幅広い年齢層・職業の方々との交流」、「友達がたくさんできた」(20代女性研究職Sさん)など英会話学校に入ってからでないと得られないもの、しかも英語が話せるようになること以外に関して、満足感や意義を感じているというような語りが見られた。
英会話学校に通い続けることが「楽しい」と語るインタビュイーの中には、さらに「ぺらぺらになることが目標」であるインタビュイーも多い。しかし、彼女たちにとって「海外旅行での悔しい思い」(20代女性研究職Sさん、30代女性会社員Cさん・Tさん)や「友人がぺらぺら喋れることが癪だった」(20代女性研究職Sさん)ことが英会話学校に通い始めるきっかけとはなっても、通い続ける上で一番の目的だったはずのスキルの向上よりも、むしろ英会話学校に通うことでしか得られないことに重きが置かれて語られており、「英語+α」のαの部分に「楽しさ」を見出しているインタビュイーが多かったのである。「友達ができた」「いろんな職種の人の話が聞けてお得」「異なる職業の人や幅広い年齢層の方との交流」という語りに見られるように、多くのインタビュイーによって語られるプラスαの要素の一つは、インタビュイーが英会話学校に通うことで得ることができた「交流」である。
英会話学校は“学校”とは異なる。もちろん多かれ少なかれ、「英語は通じてこそ嬉しいというか、楽しいから、それがあって覚えるだけで嫌なことも私にはできる」(30代女性会社員Cさん)・「どんどん目標が高くなっている」(20代主婦Yさん)・「だんだん欲が出てきて限りないかも」(30代女性会社員Cさん)と語られているように、スキルの向上も期待されているが、同じ日本人同士とはいえ、幅広い年齢層とさまざまな職業の人々、さらにはネイティブの先生たちとも交流できる場として、インタビュイーにとって英会話学校の利用価値がさらに高くなっているのである。
女性のインタビュイーにとって、もしかして英会話を始めることはピアノを習う感覚と似ているのかもしれないとも考えられる。多くのインタビュイーが英会話学習を“楽しい”という言葉で表現していたが、ピアノではなく、例えばフラメンコでも社交ダンスでも何でも良いのだが、「そのものを習っているからどうのこうのっていうのはないのではないか」(30代女性会社員Cさん)という言葉に妙に引っ掛かったのだ。“楽しい”が目立つのは、語り手たちが字義通りの“英語の上達”では語りきれないものを表そうとしていることを示そうとしているのかもしれない。
もちろんスキルが向上することも女性インタビュイーにとって大切だが、スキルを身に付けることだけに“楽しさ”を見出しているのではない。その点で女性とは異なり、男性は「楽しい」という情動的な言葉を使わない。あくまで職業上、必要とされる英語力を身に付けることを目指している。
大学生のときに英会話学校に通い始めたNさん(20代男性会社員)は、当時、会話コースとTOEICコースを2年間受講していたが、Nさんが英会話学校に通い始めた動機づけはあくまでも「就職や将来のため」であった。卒業後、外資系の会社で3年間働いていたこともあって「ある程度の英語力を求められた」といい、より上のレベルを目指して英会話学校を辞めた後もTOEICの勉強は通信教育を利用するなどして自主的な学習を続けていたのだという。英会話を再開したのは2002年10月からで、週2回のペースで通っている。「楽しく、勉強という感じはしない。来ることは全く苦痛ではない」という語りの中での“楽しい”はあくまでもスキル向上の“楽しさ”である。事実、2003年5月に受験したTOEICのスコアは805点と非常に高いレベルの英語力を保持しており、着実にレベルアップがなされていることの証しであろう。
また、Wさん(40代男性会社員)は大学を卒業後、海外に工場を持つ会社に就職。当時、90%以上を海外の工場から輸入していたこともあり、英語で書類のやり取りや実際に向こうから人が来ることもあったといい、「高度な英語力は要求されなかったが、そういうこともあって喋れるに越したことはないだろう」ということで英語の学習を始めた。Wさんは10年前、5年間の海外転勤を経験しており、「せっかく身に付けたので、上達することはないだろうけど維持することはできるんではないか」ということで、現地で身に付けたリスニング力と会話力を維持するために2003年3月から英会話学校に通い始めたという。Wさんの場合、海外への転勤もあり、職場で英語を使用する機会が多かったことで、キャリアを築く上で必要とされる英語力を身に付けることが一番の目的だったわけである。Wさんは海外への転勤前の3ヶ月間、集中的に英会話学校に通い始めたそうだが、「例えば、英語を勉強したいということで始めているわけではないので」と語っており、そもそも英会話学校に初めて通ったときは仕事上で必要に迫られていたことがきっかけとなっている。そこには“好き嫌い”や“楽しい”という言葉で語られるほど甘い世界ではなく、実践的にビジネス上で使用するという厳しさとプレッシャーがあっただろうと考えられる。
このように、女性インタビュイーと男性インタビュイーには決定的な違いが見られる。男性インタビュイーは仕事上のツールや地位向上のために英会話学校を利用しており、あくまでも仕事面での英語力の向上や維持のためということが分かる。そこには“好き嫌い”や“楽しい”という情動的な言葉を多用する女性とは、決定的な違いが見られるのである。
英会話学校について語る際に“楽しい”という言葉は女性の常套句でもあるが、スキル向上の面だけでは、インタビュイーたちの英会話学校に通い続ける意味を語り尽くすことのできない何かが“楽しい”という言葉に凝縮されている。その語り尽くせない“何か”を次の項で述べる“変身”のストーリーより読み取ることができた。