2節 臨床心理士以外の資格集団の戦略

戦略1.資格認定団体の結成、要望書の提出

阿形は専門職化について、まず「専門職団体が次々に結成されるという形で進んでいく」とし、「専門職はまず自分達のサービスを売る市場を作り出さなければならなかったし、次には、その成員のために特別な地位を獲得し、社会的尊敬を勝ち取る必要があった」という(阿形1995: 85)。スクールカウンセラーに関してみてみると、スクールカウンセラー事業開始の翌年に「学校カウンセラー」、翌々年に「学校心理士(日本教育心理学会会員のみ)」、「認定健康心理士」の資格ができた。制度化された2001年には学校心理士の資格申請の幅が広がり、また、日本教育カウンセラーが特定営利法人として申請し、翌年には4つの学会が協同し「臨床発達心理士」という資格も誕生した。そしてこれら心理学系14団体が要望書を提出している。

スクールカウンセラーにおいて臨床心理士が「既成専門職業」的存在として君臨する中、他の資格集団は、自分たちの団体を作り、要望書を提出することで、スクールカウンセラーという職業の中に自分たちの市場を確保しようとしたと言える。

また、26〜28は、臨床心理士、学校心理士、教育カウンセラーのそれぞれ資格レベルについての発言であるが、これらを比較すると、臨床心理士がその資格取得の困難さ、つまりレベルの高さを指摘しているのに対し、学校心理士や教育カウンセラーはある種それを否定している。また、『児童心理』では、「教師がとれるカウンセラー資格」として、学校心理士や教育カウンセラーなど複数の心理系資格が定期的に紹介されており、資格取得が勧められている(14)ここからも、臨床心理士が「社会的閉鎖」を戦略とするのに対し、他の資格は自分の資格集団への入り口を広げ、仲間を増やす戦略を用いているといえる。

 

戦略2.専門性の希薄化

1〜8を見てみると、学校臨床心理士の学問背景が「病理臨床」であるのに対し、学校心理士や学校カウンセラーは「学校心理学」を学問背景であることが主張され、学校臨床心理士との専門性の違いが述べられている。しかし、これは臨床心理士の外部性や専門性の主張とは異なる。強調されているのは、教育や学校になじみのある存在であるということだ。20、21では、学校心理士や教育カウンセラーが教育になじみのある資格であるということが強調され、時には臨床心理士との比較を用いて、教員の味方であるという印象を与えている。また、22〜25を見てみると、自分たちの資格の不完全さや他の専門家との連携が強調されているが、これは臨床心理士には見られない傾向である。つまり、スクールカウンセラーとしてのあり方や各自の資格の捉え方に、臨床心理士に見られた専門性の強調が見られないのである。

 

この専門性の主張の度合いの差異は、スクールカウンセラー像の違いだといえる。臨床心理士のスクールカウンセラー像が「外部の専門家」であるのに対し、その他の資格集団のスクールカウンセラー像には教員とのかかわりみられる。そこで、他の資格集団にとってのスクールカウンセラー像を探る。

 

岩内は、専門職業をめぐる問題として「隣接」(専門)職業の発生を挙げ、そのタイプを「既成専門職業の職務の一部が委譲された『スピン・オフ』タイプ」と「科学技術などの発達により『独自に出現』したタイプ」の2つに分類している(岩内1975: 186-187)。その他の資格集団のスクールカウンセラー像はこの「スピン・オフ」タイプだといえるのではないだろうか。つまり、教員という既成専門職業の職務の1つである、生徒のメンタルヘルス等に関する職務が委譲したものがスクールカウンセラーであるという考え方である。実際、これまで日本では、スクールカウンセラーとして教師を対象に、養成・訓練が行われてきた。文部省はじめ各都道府県教育委員会が毎年、教師や養護教諭のためのカウンセリングの理論や技法の訓練をやっており、つまり「教師カウンセラー」の養成が行われていた。

日野は、「臨床心理士によるスクールカウンセラーの導入という公教育市場画期的な出来事が起こった学校現場で、現在行われている教師による学校教育相談活動が見直される機運が出てきている」(日野1997: 146)という。また、『児童心理』において、教師に対し取得が勧められている資格の中には学校心理士や教育カウンセラーなど、スクールカウンセラーと深いかかわりのある資格もある。ここで、臨床心理士以外のいくつかの資格について、その目的や役割に関する論をまとめてみる。

 

日本カウンセリング学会認定カウンセラー<日本カウンセリング学会(旧、日本相談学会)>

日本相談学会はすでに1970年代から学校カウンセラー制度について一試案を提言しており、それは、「学級担任の職務あるいはその知見、技能の域を越えている専門教職員」としての「学校カウンセラー」の設置であった(原野,1987: 13)。そして1986年から「認定カウンセラー」の認定を開始している。教師が認定カウンセラーの資格を取るメリットとして山口は、「単に教科を教える教員という職務から抜け出して、児童生徒の心を育てる専門家としての自信がつき、カウンセラーとしてのアイデンティティが高まる」ことを挙げ、「教員免許と認定カウンセラーの資格をあわせもったら、生徒指導や生徒理解の領域で鬼に金棒」としている(山口,2002: 148)。

日本学校教育相談学会認定カウンセラー<日本学校教育相談学会>

専門的に学校教育相談を研究し、その任にふさわしいものを研修し認定することを目的として「日本学校教育相談学会」が平成元年に設立され、「学校カウンセラー」の資格認定を行っている。入会の基本条件は「学校教員(幼・短大・大学を含む)および学校教育相談に関わる者」とあり、主として教員が取得する資格であることが特徴である。日野は、教師がカウンセリングなどの研修を深め、校内での学校教育相談推進のリーダーの役割を果たしている現状を踏まえ、一定の基準を設定してその専門性を認めたもので、基本的には『専門性を有する教師』を認定することを想定しているという(日野1997: 146-147)。また、「教師を支えるとともに校内の生徒指導・学校教育相談機能を充実させることが不可欠であり、わが国で唯一、『学校教育相談』を研究している学術団体である日本学校教育相談学会の認定した『学校カウンセラー』をスクールカウンセラーとして学校で活躍させるべき」(日野,2001: 43)と主張している。

 

教育カウンセラー<日本教育カウンセラー協会>

國分は、教育カウンセラーとは「教育とカウンセリングの両分野になじみのある教育の専門家」のことであり、カウンセリングについてはなじみはあるが、教育については門外漢、教育についてはなじみがあるがカウンセリングについては門外漢、こういう門外漢の限界を乗り越えるには「教育者だからこそできるカウンセリング」を普及定着させることであり、この志を実現しているのが「日本教育カウンセラー協会」だとしている(國分 1997: 144)。また、「臨床心理学分野の修士号を持つ臨床心理士でないと正規のスクールカウンセラーにはなれないという日本の昨今の風潮に対し,私は断固として異を唱える」とし、教育とカウンセリングの両方に見識と技能を有する現場の教育者が教育砦の防人でなければならないと主張する(15)

学校心理士<日本教育心理学会>

学校心理士資格は、原則的に教員免許状を有することが要件である。石隈は「心理教育的援助サービスの経験と能力の豊かな教師と、教育センターの相談員やスクールカウンセラーなどの経験を通して学校教育に関する知識と技能を獲得しているカウンセラーの双方が取得できるところに特徴がある」(石隈1997: 149)という。

 

以上のように、臨床心理士以外の資格集団には、教師をカウンセラーとして養成するという視点があることがわかる。

また、「スクールカウンセラー活用事業」の補助金は「教育研修事業等」の補助金となっており、その目的は、「都道府県・指定都市が公立の小学校、中学校、高等学校および公立中等学校にスクールカウンセラーまたはスクールカウンセラーに準ずるものを配置しそれらを活用する際の諸課題について調査研究事業を行うために必要な経費を一部補助し、もって初等中等教育の振興を図るとともに、教員の資質向上に資する」とされている(日野 2001: 40-42)。このことに対し、日野は「この事業が、あくまでも教員の教育相談への資質を高めるものであり、スクールカウンセラー活動はあくまで学校内での補助的活動である」(日野 2001: 41)と指摘する。

つまり、その他の資格集団においては、「教員の中でカウンセリングを担当する者」の延長上の専門家としてのスクールカウンセラー像があるのではないだろうか。

 

教員側のデータとしては、学校臨床心理士とその他の資格を分けて論じられたものがないと思われ、明確なデータはないが、すべての教員が、外部の専門家に対し好意的であるとは限らない。長岡は、「臨床心理士は主として病院臨床の専門家として教育され、病院では『心理の先生』と呼ばれており、学校教育療育はその主たる専門領域としていないこと、したがってこの領域についての研究や蓄積が他に比べて手薄」(長岡1998: 81)であるとして、学校臨床心理士に対して批判的である。また、外部の専門家が生徒の指導に参加するということは突然のことであり、「突如として、まったく吹いて沸いたように『新しい構想』が示されたのですから、教師が戸惑うのも無理はありません。ことに多年教育相談の問題に心を砕いてきた教師ほどショックは隠せませんでした。」と述べている(長岡1998: 81)。

その他の資格集団のスクールカウンセラー像は、このような、外部者の学校への介入に対する教員側の対抗意識に寄り添う形であるといえる。つまり、専門性を強調する社会的閉鎖(養成過程の確立や国家資格化)という敵の戦略を前に、敵とは逆の、ある種専門性を薄め、教員を味方につけるという戦略をとっているといえる。