第3章 スクールカウンセラー事業の問題点

このように、複数の資格が混在することになったわけだが、資格が異なることで実質的な差異がある。また、地域による格差も生じている。そこで第1節で資格による格差、第2節で地域による格差をまとめ、スクールカウンセラー事業の実情をさぐる。

 富山県のスクールカウンセラー事業については、富山県教育委員会の出先機関である富山教育事務所のA氏、現役スクールカウンセラーであるB先生にインタビューを行った。現在大学教員を本職とするB先生は、学校心理士と教育カウンセラー(上級)の資格を保持し、週1回県内の高校でスクールカウンセラーとして勤務している。

 

第1節 資格格差

資格が異なることで実質的な差異の1つは待遇である。自治体により異なるが、例えば平成16年度の島根県におけるスクールカウンセラー募集要項では、「報酬1時間当たりの報酬単価は、5500円とする。ただし、スクールカウンセラーに準ずる者については、1時間当たりの報酬単価は、3500円とする」となっている。また、B先生によると、富山県の場合は、臨床心理士、大学の教員は6000円、学校心理士、教育カウンセラー等は4000円、院生等は3000円となっているという。大学の教員であれば、資格の有無に関わらず6000円であり、有資格者であっても、臨床心理士資格とそれ以外の資格とでは異なるわけで、B先生は臨床心理士との格差を感じたという。また、日本教育心理学会(学校心理士)や日本教育カウンセラー協会(教育カウンセラー)などが2002年に文部科学省に提出した要望書でも、臨床心理士と同等、もしくはより適任であるはずの自分たちのほうがスクールカウンセラーとしての雇用の機会が少なく、時給も低いということが指摘されている。

 

資格による差異の2つ目は、スクールカウンセラーのバックアップである。独自のシステムをもつ学校という場に入るということで、スクールカウンセラー自身が悩みを抱えることは十分考えられる。例えば、教員との人間関係や、カウンセリング内容の扱いについてである。しかし、現在スクールカウンセラーは1校に1人というのが原則であり、つまり同僚に悩みを相談するということはできない。そこでスクールカウンセラーのバックアップシステムの必要性が考えられる。A氏によると、富山県ではスクールカウンセラーのバックアップ機能として「スクールカウンセラー連絡会議」があるが、B先生は事務的な報告会であるという。その点からも各資格認定団体によるサポートの有無、その内容は重要になってくる。

臨床心理士に関しては、スクールカウンセラーのバックアップ機能として、委託事業開始時に三団体合同専門対策委員会(別称:学校臨床心理士ワーキンググループ)が設置され、日本心理臨床学会、日本臨床心理士会、日本臨床心理士資格認定協会の3団体で組織的に対応している(8)

教育カウンセラー協会は、B先生によると、協会の集まりのときに研修会込みでやるため、年約6回。本部のほうからこられた著名な方々がスーパーバイザーとなり、スーパービジョンを受ける。スーパービジョンとは、スクールカウンセラーがカウンセリングを受けるようなものであり、プライバシー等を守りながら、自分が抱えている事例について話し合うという。

学校心理士会の集まりは年2回。教育カウンセラー協会ほど活発ではなく、本部から先生をよび、講演してもらい、そのあと懇親会をする。懇親会はアルコールもあり、そのときに、その先生に話したりするという。

 このように、スクールカウンセラーのバックアップは各資格認定団体ごとの活動となっており、その内容には格差がある。スクールカウンセラー連絡会議以外に、スクールカウンセラーが一同に集まる機会が必要なのではという意見もあるが、B先生は「合同でなんかそういうのやっても、喧嘩になって終わりそうな気がする」という。

 

以上のように、資格の混在は、待遇やバックアップの面での実質的差異を生み、スクールカウンセラー同士の対抗意識につながっていることがわかる。

 

2節 地域格差

資格による実質的格差については前節で述べたとおりだが、スクールカウンセラー事業運営の実情には地域による格差もあった。

最も地域による格差がみられるのは、スクールカウンセラーの採用に関してである。というのも、スクールカウンセラーの第1候補とされる臨床心理士の数が地域により差があるのである。例えば、平成8年度の派遣状況としては、小・中・高、計553校にスクールカウンセラーが派遣されたが、そのうち臨床心理士有資格者が配置されている学校は485校、その他の者が配置されている学校が68校であった。しかし都道府県別にみると、山梨県、福井県、高知県の3県はその他の者が50%となっており、また群馬県、愛媛県、長崎県の3県は40%となっていたという(村山 1998: 90)。また、A氏は、富山県ではスクールカウンセラーが不足しているが、大阪など大都市ではスクールカウンセラーがあまるほどだといい、地域格差を指摘している。実際、富山県は平成13年に、「学校からの派遣希望が急増しているにもかかわらず、それに応える臨床心理士の有資格者が大都市圏に集中しており、地方では人員不足となっていることから、有資格者の確保が急務となっている」ことを理由とし、「スクールカウンセラーについて、臨床心理士の有資格者の養成、全国における人員配置の偏在性を是正する仕組みを構築するなど、スクールカウンセラー制度の充実を強く要望する」意見書を提出している(9)。富山県でのスクールカウンセラーの資格別割合については、B先生によると、臨床心理士とその他の有資格者とでほぼ半々の割合だという。

このような有資格者数の地域格差は、つまりはスクールカウンセラー選考対象者の地域格差ということになる。例えば、広島県における平成14年度スクールカウンセラー募集要項では、スクールカウンセラーの要件が以下のようにされていた。

(1)財団法人日本臨床心理士資格認定協会の認定に係る臨床心理士

(2)精神科医

(3)児童生徒の臨床心理に関して高度に専門的な知識及び経験を有し、学校教育法

(昭和22 年法律第26 号)第1 条に規定する大学の学長、副学長、教授、助

教授又は講師(常時勤務をするものに限る。)の職にある者

(4)大学院修士課程を修了した者であって、心理臨床業務又は児童生徒を対象とし

た相談業務について1 年以上の経験を有するもの

(5)大学を卒業した者であって、心理臨床業務又は児童生徒を対象とした相談業務

について5 年以上の経験を有するもの

(6)医師であって、心理臨床業務又は児童生徒を対象とした相談業務について1年

以上の経験を有するもの

 

これに対し、島根県における平成16年度スクールカウンセラー募集は、ほぼ同様の内容であるが、島根県では(4)以降を「SCに準ずる者」と明記し、時給も異なることが示されている。

また、年齢制限を設けている地域もある。以下に、その例として幾つかの自治体のスクールカウンセラー募集要項を紹介する。

 

<平成16年度台東区>

平成16年4月1日現在、50歳以下の方で、次のいずれかに該当する方。

(1)財団法人日本臨床心理士資格認定協会認定の臨床心理士資格を有する方

(2)大学院において心理学を専攻、修了し、児童生徒等の心理臨床に関する職種の

経験を有する方。

 

<平成16年度埼玉県>

  昭和14年4月2日以降出生の方で、次の(1)~(3)のいずれかに該当する方

  (1)財団法人日本臨床心理士資格認定協会の認定に係る臨床心理士 (平成16年4

月資格取得見込者を含む)

  (2)精神科医

  (3)児童生徒の臨床心理に関して高度に専門的な知識及び経験を有し、学校教育法

第1条に規定する大学の学長、副学長、教授、助教授又は講師(常時勤務を有

する者に限る)の職にある者        

<平成17年度群馬県>

(1)地方公務員法第16 条各号のいずれにも該当しない方

(2)平成17 年4 月1 日で69 歳以下の方

(3)次のいずれかに該当する方

ア:大学院修士課程を修了した方で、心理臨床業務又は児童生徒を対象とした

相談業務について、1年以上の経験を有する方

イ:大学を卒業した方で、心理臨床業務又は児童生徒を対象とした相談業務に

ついて、5 年以上の経験を有する方

ウ:医師で、心理臨床業務又は児童生徒を対象とした相談業務について、1年

以上の経験を有する方

 

富山県では有資格者の人数が少ないため、特定の資格を優先的に採用するということはないそうだが、東京都では「『SCは臨床心理士とする』という文部科学省の方針が変更されない限り、平成15年度中に都内の全中学校に臨床心理士のSCを配置する。都内の臨床心理士は1300名程度なのでうまく配置できるかどうか心配である。SCに準ずるものの配置は考えていない」(10)としており、有資格者数の地域格差が伺える。また東京都SY区では、「SCは学校制度に風穴をあけるのも狙いなので『臨床心理士』にしたい。今後教員出身のSCを採用する予定はない」(11)としており、スクールカウンセラーの絶対数不足に悩む地域もあれば、取捨選択が可能な地域もあることがわかる。

 

待遇に関しては、前節で資格格差として挙げたが、地域差もある。例えば、平成13年度の東京都では年間35週、週1回8時間勤務で、時給5500円とされ、交通費実費が支払われた。SY区でも交通費は実費が支払われたが、週32時間勤務で、約250000円(時給換算1953円)とされていた。平成15年度の埼玉県では 週1日6時間、年間47週で、日額報酬は30600円となっていたが、制度開始当時は時給3000円に届かず、群を抜いて低かったという(星野 2000: 360-361)。文部省からの指導もあり、その後増額しているが、「5000円へのアップと引き換えに」交通費がなくなり、問題が生じているとのことであり、賃金面での地域格差があることがわかる。また、平成16年度の島根県では、1時間当たりの報酬単価は5500円だが、スクールカウンセラーに準ずる者については3500円とされた。前述の通り、富山県の場合、臨床心理士、大学の教員は6000円、学校心理士、教育カウンセラー等は4000円、院生等は3000円であり、資格による待遇格差の有無、その程度についても地域格差がありそうである。また、2000年の長崎県からの報告では、県内の臨床心理士の数が少ないため、学校訪問と学校外相談の二本立てという「長崎方式」で行っており、「カウンセラーとしての報酬は受け取らない」とされている(前田 2000: 320)。つまり、有資格者数の地域格差が、採用や待遇の地域格差につながっていることがわかる。さらに、スクールカウンセラーは原則非常勤であり福利厚生がないのが一般的であり、論争になっているが、平成17 年度の群馬県での募集要項には「労災保険加入」が明記されていた。

 

このように、スクールカウンセラーに関しては資格格差や地域格差があり、スクールカウンセラー制度はまだ確立したものとはいえず、さまざまな問題を抱えている。