第二章 参考文献のまとめ
最初に、そもそも「消費」とは何かについて触れてみたい。国語辞典『大辞典』より、消費社会とは「高度に産業が発展し、生理的欲求を満たす以上に消費が広く行われるようになる社会」とある。昔の‘消費’とは「必要なモノを買う」ことであった。それが現代はモノを購入することより、社会的意味を消費することになったといえる。「消費社会におけるモノ=物質+使用価値+社会的意味」(野村一夫,2004)である。消費社会ではモノを買うことが、経済的行動以上のものになっているのだ。また、モノを消費することは自分と他者を区別する記号となり、もはやコミュニケーションである。消費のシステムとは、記号を作り出すシステムなのだ。そこで消費は自己のアイデンティティ形成の新しい形であるといえる。
消費社会について論じているジャン・ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』(1979)から、「記号論」の記号について簡単に抜き出してみる。
まず、記号は「シニフィアン(意味するもの)」と「シニフィエ(意味されるもの)」の二つの要素に分けられる。「シニフィアン」とは記号の形態のことであり、「シニフィエ」とは記号の意味であり概念内容のことである。そして「シニフィエ」にも「デノテーション(外示的意義・明示的意味)」と「コノテーション(内示的意義・伴示的意味)」の二つがある。例えば、アルファベットの小文字のIの真ん中が重なりあったマークがついた商品があったとする。その形態そのものが「シニフィアン」であり、そのマークがシャネルのもので、そのブランドの商品であるとすれば「シニフィエ」である。しかしそれが高価な価値をもつ有名なブランドと認識されるなら、それは「コノテーション」となる。シャネルというブランドの商品という表層の意味を「デノテーション」、高価である程度裕福な身の表徴であるとする深層の意味を「コノテーション」というのである。
【記号論】
記号 記号そのもの
(シニフィアン)
記号の意味 デノテーション
(シニフィエ) (外示的意義・明示的意味)
コノテーション
(内示的意義・伴示的意味)
商品は記号性をもっている。それを上記の記号論に基づいてみてみよう。
商品のデザインや機能は「シニフィアン(意味するもの)」であり、ブランド・付帯イメージ・価格が「シニフィエ(意味されるもの)」となる。
商品 技術とデザインによって
構成されたモノ
意味 使用価値
社会的・文化的意味
=商品コンセプト
さらに記号を広告に置き換えてみる。
広告 コピー・映像
広告コンセプト 商品情報
感性イメージ
この内示的意義である感性イメージは消費者が抱くものであるが、それを社会・企業側が都合の良い方向に操作しようとするために、広告は存在しているのである。
では、消費者と企業の関係を『消費社会論』(間々田孝夫,2000)を参考にまとめてみる。現代の消費は経済的行動以上の、社会的意味をもった行動といわれているが、心理学者のマズローは「生理的欲求、安全への欲求などが満たされていくと、最後に『自己実現』という最も高度の欲求が現れる」といい、この欲求が文化的消費といえるのではないか。現代は経済成長によって所得水準が向上し、ステータスシンボルであったものが標準化してきている。そこで経済的なステータスがシンボルとなるのではなく、「自己目的化」や「自己実現」のあり方がステータスシンボルとなり、そのひとつにスポーツとの関係が存在しているのではないだろうか。
ここで間々田は消費社会について「物質的要素・精神的要素・社会的要素の三つを持つ社会。人々が消費に対して強い関心を持ち、高い水準の消費が行われる社会であり、それにともなってさまざまな社会的変化が生じるような社会」といっている。消費行動が、社会に少なからず影響を与えうることを示唆している。そしてその消費者行動に影響を与える要因を四つ挙げている。1、「潜在的な欲求や価値観等の消費者心理要因」2、「社会情勢や生活水準等の外部環境要因」3、「広告等の消費刺激要因」4、「製品要因や流通過程要因」の四つであるが、最後の要因は消費者と製品の関係が直接的であるため、消費者の需要に従うものであるから最も効果的だろうといわれている。
そして企業戦略を指摘した二つの理論として、パッカードとガルブレイスを挙げている。パッカードの理論は「消費プロモーション」である。これは、「使い捨て化することによって購入頻度を増やす戦略」「一家当りの保有数を増やす戦略」「計画的に製品が早く壊れるように設計する計画的廃物化」「継続的なモデルチェンジによって従来の製品を古く見せる心理的廃物化」などがある。一方ガルブレイスは「依存効果」の理論を用いている。これは「消費者の自律的な欲望から需要が発生するのではなく、供給サイドである企業の宣伝と販売物によって他律的に需要が形成され、消費者行動が生じること」としている。これはパッカードの「消費プロモーション」理論の中でも、広告(宣伝)を中心に考えられているといえる。しかし、広告はそれのみで消費を増やす効果があるのだろうか。そもそも広告とは「情報提供効果・『試しの消費行動』を生じさせる限りの効果」をもち、さらに四つの効果をもつとある。1、「直接消費者の購買行動を促進する効果」2、「流通業者に信頼感を与える効果」3、「自社の社員を鼓舞する効果」4、「経営者の自尊心を満足させる効果」であり、これが広告を行う動機となるのである。この2,3,4の効果をもっているのが特に「イメージ広告・感情広告」といわれるものである。これは客観的な情報ではなく、情緒的な動機づけを与える広告のことで、「商品の属性や特徴を知らせるためではなく、商品を好ましいイメージのシンボルに変えるために行われる。」(山本明,1966)このイメージ広告によって商品に価値が付与されるのである。
テレビタレントやスポーツ選手を起用している広告は商品の機能性を伝えるよりもその人物に付属しているイメージを利用して、商品や企業のステータスを企業の意図するものへと誘導するものである。このようなイメージ広告は直接の消費を促すというよりも、消費者のステータスとなりうるイメージに対して選択的な間接消費といえるだろう。
このように、商品を好ましいイメージのシンボルに変える広告に用いられているスポーツの描かれ方を調査することで、現代のスポーツ自体のシンボルが分かるのではないだろうか。