4章 主人公、山村和之に関する分析

 

 ここでは、ドラマの主人公である山村和之がどのようにして主夫になるか、また、主夫に対してどのように考え方が変っていくか、という点についての描写をとりあげたい。ドラマにおける時系列順に、和之の主夫についての心境の変化に関する描写、また、それに関わる登場人物の言動などを中心に列挙する形で山村和之の変化を捉え、テレビで放送された全13話を大きく四つの節に分けてまとめたいと思う。

 

1節 「主夫」和之の誕生

 

山村和之が主夫になる以前のサラリーマン時代、そして主夫になった初日が描かれているのが、第1話及び第2話である。ここでは和之のサラリーマン時代の主夫(主婦)業に関する考え方、また実際に主夫になってからの微妙な心境の変化が描かれている。

山村和之は大手広告会社のサラリーマンであり、CM製作担当のチーフである。自分の仕事にプライドを持っており、家事は妻の美紀に任せっきりである。また、家事は女がやるものだ、と思っており、主夫なんてもってのほか、と考えている描写が目立つ。主な台詞などは以下のとおりである。

 

 ・部下とのやりとり

部下

「このCMだと、洗剤を買うのは女性だって決め付けてる感じになりませんかね?」

和之

「だって洗剤買うのは女だろ。」

「男が洗濯?男が掃除?男が料理?気持ち悪いだろ。」

 

 ・美紀に対して

和之

「(キッチンをいじる美紀に対し)いいよ、俺はそこ使わないんだから。」

「男子厨房に入らず。」

 

・優介について

和之

「(美紀からの電話に対し)仕事を辞めた?男のプライドはないのかね。」

 

一方、和之の隣人である杉尾優介は妻の笙子がキャリアウーマンとして稼いで、優介が家事をこなす、という「専業主夫」である。番組初登場時は、和之とは全く立場が異なる存在である。

 第1話で和之は失業することとなる。再就職先は無く、美紀はかつての友人から仕事があると誘われる。美紀からは言外に家事をやって欲しいと頼まれるが、口論となる。それを聞かれた優介にも事情を話すが、結局主夫について口論となる。主夫というものに対して非常に反発感を抱いている様子が見て取れるシーンである。

 

 ・和之と優介の口論

優介

「納得したつもりでも、時々嫌になりますよ。特に、昔の同僚が出世した出世したなんて聞いた時にはね。それに、隣に越してきた男がかっこよくバリバリ仕事してるのを見たときとか。あなたはかっこいいですよ。自分の才能で金稼いで…僕なんか劣等感ばしばし感じちゃいますよ。」

和之

「羨ましがられるような生活は終わったよ。これからはおたくも俺を馬鹿にできる。」

優介

「なんかむかつくんだよな。なんだかんだ言って、かっこつけてんだよあんた。」

和之

「かっこなんかつけてませんよ。」

優介

「クリエーターがそんなに偉いんですかね。」

和之

「別に。ただ、プライドは持ってますからね。」

優介

「プライドが邪魔して、主夫なんか出来ませんか。くだらない。」

和之

「くだらない…プライドを捨てたらね、男は終わりですよ。」

優介

「終わりなんかじゃないですよ。肩書きにくっついてるプライドなんて、そんなもん捨てたって、死にゃしませんからね。」

 

 和之は家に帰り、娘の理絵の寝顔を見ながら「誰がプライド捨てるか…俺には捨てられないよ。けどさ、少しの間だったら横においておくことは出来る。」と言い、家事は任せて働きに行けよ、と美紀に告げる。次の仕事が見つかるまでとは言ったが、主夫になることにした。この心境の変化の原因として、先述した優介の台詞と、理絵をはじめとする家族に対する愛情などが、番組の内容から見て取れる。

 第2話では和之は主夫としての初日を過ごすこととなる。ここでの和之の主夫に対する考え方は「ほんの骨休め」と甘く見ている。また、「家事は女性の仕事ですよね。」と家事についても述べている。第2話では和之の主夫に対する考え、態度の変化はほとんど描かれていない。

 第3話では、これまでの夫婦の立場である「和之(夫)が外で働き、美紀(妻)が家を守る」という立場の逆転の描写がなされている。この話では和之が優介に、自分が会社勤めであった頃と主夫という現状を比較して、心境を語っているシーンがある。

 

 ・優介との会話

和之

「俺も忘れてばっかりだったなぁ。」

優介

「なんすか?」

和之

「結婚記念日。」

優介

「あー…、それってひどいですよ。」

和之

「確かにそうだよね。毎年あいつも怒ってたよ。その気持ちがさ、ワインを選んでるお宅を見て分かった。きっとあいつもあんな幸せそうな顔で、結婚記念日の用意してたんだな。いや…毎日の食事も洗濯も、あまりにもささやかで、あまりにも当然だったから…俺、仕事に追われて気づかなかったんだ。誰にも褒められることの無い家事をさ、心を込めてやるあいつの気持ちも、寂しさもわかってなかったんだ。」

 

 仕事に生きていたエリートサラリーマンであったかつての和之は、家事の大変さを理解していなかったが、これまでと逆の立場になることによって初めて主婦の心情を身を持って知ることとなった。これ以降の話でも、夫婦の立場が逆転することによって、和之がかつての美紀の心情を知る、という描写が数多くなされることとなる。

 

2節 「主夫」としての成長

 

 和之も主夫としての生活が長引き、家事に慣れてくると、僅かながらではあるが変化がみられるようになる。第4話では、理絵に手作りの手提げ袋を作るため、ミシンと悪戦苦闘することとなり、自ら優介にミシンを習いに行っている。第2話では、優介に言われてから手助けを求めていたが、今度は自分でまず作ってから優介に教わりに行っている。優介の、「まーしかし、こういうことをやるようになっただけでも進歩なんですかねぇ。」という台詞にも、和之の主夫としての変化が見て取れる。また、自分が作った料理が原因で家出した美紀の母、光江に対して和之はこうも言っている。「33年間もお母さんが作って、33年間もお父さんが食べたんでしょ?素敵なことじゃないですか。」これは食べる側(働き手)の気持ちだけではなく作る側(主婦)の気持ちも理解しているということの表れであろう。翌日も理絵の弁当にりんごのうさぎやタコのウインナーをいれるなど、それまで「作るだけ」だったものから、理絵が喜ぶようにと(出来損ないではあるが)それらのおかずを入れているシーンが見られる。

 

 第5話ではしかし、雑誌に載った部下の記事に触発されて再び職探しに力を入れる。「いつまでもこんな事やってらんないよ。」と、美紀に言っている。クリーニング屋で店主に「旦那、今日はお休み?」と言われ、働き手としての気持ちを思い出したものと思われる。主夫としての腕は上達し、前回散々だった理絵の弁当は美紀に褒められるほどになっていた。また、冴子が家庭訪問で主夫について「女性は子供の世話をしたりするだけで十分幸せって思うかもしれませんけど、男性はそれだけじゃ物足りないんじゃないかな、と思って。」と質問されたが「男はいい仕事をしてこそですからね。」と答えている。

その夜、美紀が給料日ということで和之に包丁を買ってきたが、和之は微妙な表情を浮かべている。自分が主夫であることにまだ違和感を覚えているように見て取れるシーンである。そしてその後、笙子の妊娠を知った優介と二人で話している。

 

・和之と優介の会話:居酒屋にて

和之

「主夫なんてさ、男がいつまでもやってることじゃないでしょ。」

 

(中略)

和之

「稼いでるって、奥さんお腹ん中に子供がいるんでしょ?男として責任ってもんがあるでしょ。」

優介

「じゃあ俺が責任とってないっていうんすか。」

和之

「とってないでしょ。男には男の役割、女には女の役割ってもんがあんだよ。」

優介

「古くせ〜、明治時代じゃあるまいし。」

 

 また、和之の変化ではないが、幼稚園の母親参観日で理絵がプレゼントとして用意したエプロンには和之と美紀の絵が描かれていた。このエプロンは「家事をするものの象徴」的役割が込められているのではなかろうか。

また、参観日を終えた優介が和之に笙子に出産して欲しいと説得することを話すと、「すっげぇかっこいい。そんな生き方もあるんだな。」と優介に対して共感を示している。その夜、美紀に「私もなー、育ててくれる人がいたら子供産んでもいいんだけどな」と言われるが、「俺は出来ないからな、ああいうこと」と返している。共感を示した一方で、自分については積極的に主夫となることには抵抗を感じている面が伺える。

 

 第6話では理絵の幼稚園の劇、シンデレラを中心に物語が展開される。ここでも「早く仕事決めて、お前と代わるから」とあくまでも主夫という現状は臨時である、という自分のスタンスを美紀に示している。また、美紀の仕事について、女の仕事を結婚までの腰掛、女には結婚という逃げ道がある、と言っている。美紀が正社員になる、という話を打ち明けるが、理絵の世話はどうするのかという事について口論となる。その後、成り行きでシンデレラの台本の修正を行うことになった和之は、劇に自分の主夫に対する気持ち、家庭の事情についての考え方を、台詞と言う形で盛り込む。

 

 ・劇、シンデレラの台詞

1

「家の事はあなたに全部任せたわよ。」

2

「あー、女が外で働くってとっても大変。」

1

「あなたはうちにいるだけ。楽でいいわね。」

 

(中略)

シンデレラ1

「主婦の仕事だって大変なのよ。」

シンデレラ2

「誰もほめてくれないし。」

シンデレラ3

「やって当たり前だって顔されて。」

 

(中略)

シンデレラ1

「私、結婚したら外に働きに出たいの。」

王子

「えっ、何だって?いったいどうしてなんだい。」

シンデレラ1

「自分を大切にしなきゃ、家族は幸せに出来ない、私そう思うの。」

 

 帰宅後、美紀が劇の台詞について和之に「仕事を続けていいって意味なの?」と問いかけるが、和之は「ゆっくり話し合おうということだ」とやんわり否定する。第5話と同様に、自分から積極的に主夫になろう、という考え方ではない和之が伺える。

 

 第7話、和之は再び就職活動を行っていた。人事担当に対して、「男が主夫なんかやっても、一向に板につきませんね。」と苦笑しながら言っている。人事担当が給与実績を差し出し、和之はそれに対し、「女房の今の稼ぎより多くないと。」と言う。人事担当が共働きはどうか、と尋ねるが共働きはしたくない様子。未だ和之は、自分が働き美紀には家事をやってもらう、という考えを持っている。ここでは、夫婦の立場の逆転が経済面においても影響を及ぼしていることが見て取れ、夫は妻よりも金を稼いでいるべきだ、という「男らしさ」にとらわれている和之の心情が伺える。

また、雑誌に「主夫」ということで取材を受けることとなった優介から一緒に写真に写らないか、と誘われるが、そっけなく断っている。

 

 ・和之、優介、真理江の立ち話

優介

「せっかく雑誌に載るチャンス分けてやろうと思ったのに。」

和之

「主夫で紹介されたってな。」

優介

「だって主夫じゃん。」

和之

「臨時だよ、俺は。再確認しとくけど。」

優介

「ふーん…臨時の主夫にしちゃ手つきいいね。やっぱ体は嘘つけないっていうか。なんかこう主夫って感じになってきたよ。」

 

(中略)

真理江

「主婦になれてきたって言っても、まだまだ大変でしょ?」

和之

「主夫2ヶ月やってわかりましたけど…会社の仕事の大変さに比べたら、どうってことないですよ。」

真理江

「あら、そう。」

優介

「ちょっと出来るようになったくらいで、いい気になってるんですよ。」

和之

「主夫業出来たくらいで、いちいちいい気になるかよ。」

真理江

「そう。山村さんには主夫業なんて大したことないんだ。」

 

 このように、まだ主夫業を軽視した発言が見受けられる。また、再就職について切り出す美紀に対しても、自分が主夫をやることについてまだ納得していない様子を顕にしている。ここでは稼ぎ手=発言権があるという考え方についても触れられている。

その後、家を飛び出した和之はコンビニで優介と出くわす。美紀と笙子がワインを飲んでいる、と優介から聞き、怒った和之は「俺たちのありがたみを思い知らせてやりゃいいんだ。」と酒をカゴに入れる。山村家のリビングで和之と優介が現状について愚痴をこぼす一方、杉尾家の庭では同じように美紀と笙子が飲んでいた。夫の和之=働き手、妻の美紀=主婦という山村家のかつての図式が現実面でも心情面でも完全に逆転している。和之は、自分が働いて家族を養っているということに対して「男らしさ」を感じていたが、「主夫」という「男らしさ」を欠いた現状を受け入れられずにいる。以下の会話では、その逆転によって夫である和之、妻である美紀の両者にたまったストレスが表れている。

 

・和之と優介:山村家リビング

和之

「ちょっと稼いでいるからって偉そうに。」

優介

「お宅なんかまだいいよ。うちは稼いでる上に子供まで産むからね。もうこんな(手で天狗の鼻を作る)。」

和之

「仕込みをしたのは俺だって言ってやれ。」

優介

「他の男だったりして。ハハ。」

和之

「そういうこと言ってるからなめられるんだ。」

優介

「はーい。」

和之

「急に話し合おうなんてよく言うよ。いつも仕事から帰って来りゃ疲れた疲れたって。」

優介

「そうそう。こっちの言うことなんかろくに聞いてないくせに。そのくせ自分の言いたいことだけペラペラ喋るだろ。どっかの会社の偉いさんとランチ食ってうまかったとか。」

和之

「最初は感謝の気持ちもあったみたいだけど、どうも最近は怪しいな。」

優介

「そう。ありがとうとは言うけどさ。形骸化って奴?」

 

・美紀と笙子:杉尾家庭先

美紀

「人のことは偉そうって言うけどさ、自分だって散々偉そうにしてきたじゃないの、お金稼いでるってだけで。立場が逆になったから嫉妬してんのよ。嫌だね、男って。」

笙子

「男はね、自分の旗色悪くなると、すぐ卑屈になんのよ。」

美紀

「私なんか別に偉そうにしたいなんて思ってないわよ。でも百歩譲って私が偉そうだとしても…いいじゃない、ちょっとくらい偉そうにしたってー。」

 

 結局美紀と和之はフリーマーケットで出展することになったたこ焼き屋をきっかけに仲直りすることとなるが、そこでも主夫であることに対し、「今は主夫だよ…先のことはわからないけど。」と言っている。この時点でも、あくまでも主夫は臨時である、という考えは変わっていないことが見受けられる。

 

 第8話では理絵のお受験が主題となっている。冒頭では美紀と笙子の会話によって和之の現状が語られている。お受験に乗り気の和之に美紀が「お金かかるんじゃない?」と聞くと、「そのうち俺の就職も決まるし。」と見切り発車ぎみである。その後、杉尾家を交えて面接の練習をしたが、職業はCMディレクターと答える。本番は11月だから、自分が就職していることを仮定としている。美紀は和之がお受験に乗り気である理由として「私立は専業主婦の家庭を理想としている。だからお受験する気になったんでしょ。」と言っている。和之は美紀の言葉を否定していたが、「俺の就職も決まるし。」という台詞や、面接の練習のシーンなどから、和之が就職に対して意欲を示しているのは確かであり、台詞として明言していなくとも、心情としては「夫=働き手、妻=主婦」という形にとらわれていることが推察できる。結局口論となった和之は家を飛び出して、優介と出くわす。優介と話し合う和之は、このシーンで以下のように語っている。

 

 ・和之と優介:公園での会話

優介

「こないだ、面接の練習しているときに感じたんです。俺、亮太のためじゃなく、自分のためにお受験させようとしてたのかな、って。主夫やってるってことの誇りが足りないんすかね。だから、亮太を人にいばれるような子供にしたいっていうか。親のエゴだよなぁ。」

和之

「ねぇ、あの質問さぁ。」

優介

「はい?」

和之

「子供にとって父親と母親はそれぞれどういう存在であるべきか。」

優介

「あぁ。」

和之

「あれ模範解答じゃなくて、正直に答えるとしたら、何て答えたらいいのかな。」

優介

「じゃあお聞きします。あなたは父親と母親は、子供にとって、それぞれどういう存在であるべきなんだと考えますか。

和之

「夫婦は、平等だと思いますよ。ですから、父親だからどうとか、母親だからどうとか、とかいうより、それぞれがお互いの人生を真剣に生きて、真剣に家族を愛せれば、それでいいと思いますよ。」

 

 優介は和之の言葉に、「そういうのが出てくるようになっただけでも、進歩なんじゃないですかね」と言っている。和之は主夫を経験することにより、家族のことを考えるようになったのであろう。また、模擬面接では、父親が不在であったために会場から出て行ってしまった真理江に対し、「分かりますよ、逃げたい気持ちは。でも…ほら、お互いかっこつけたってどうせボロでるし、正直なほうが助け合えることもあるしね。」と第1話などで見られるようなプライドが高く、自分ひとりで物事をこなそうとする和之からは見られない発言をしている。

 

 第9話では節約を気にしない和之に対する優介の心配をよそに、「俺の仕事が決まれば、金の心配なくなるし。」と相変わらず就職を決めるつもりでいる。また、「早く主夫なんかやめて、自分で稼ぎたいな。」とも言っている。しかし第8話から和之が就職活動をしている場面は見受けられない。だが、現実に家計が苦しくなり、理絵の誕生日プレゼントを買えなくなると、途端に節約を始める。現実と理想のギャップは埋めがたく、当面は現実=主夫業にかかりっきりとなっている様子が見て取れる話である。結局家計は美紀のアルバイトによる臨時収入で解決する。その後は節約をしながらも、高価なプレゼントを買い与えず、家計の範囲内で出来ることをすることにした和之と美紀。真理江に手作りケーキの作り方を教わり、健児、優介と協力して部屋を飾り付けていた。和之はこれまで家計も美紀にまかせっきりであった事が伺え、この話では家計に対する意識も身につける結果となっている。

 

3節 「主夫」という選択

 

 第10話では家事に慣れた和之は優介とともにスポーツクラブで健児を相手に暇つぶしをしている。美紀には「いいじゃない、暇なんだからさ」とこれまで和之が美紀に対して言っていたようなことを言われるほど。優介に誘われてスーパーでパートをはじめる、と美紀に言うと、美紀には家事や理絵の世話、就職活動はどうするか、と反対される。第1話と立場を逆にして、同じような口論が展開されているのである。

 結局和之は忙しさのために理絵にかまってやれない、ということでパートを辞める。

 

 ・和之と美紀の会話

和之

「お前理絵が産まれる前、ずっと仕事と家事、両方やってたんだよな。」

美紀

「そうだよ。」

和之

「よくやってたよな、一人でさ。ちょっと尊敬する。俺には両方は無理だ。今は専業主夫で、いい。」

 

 ここになって和之の口から明確に、自分が専業主夫であることを受け入れる言葉が出る。和之にとって主夫を始めてからの一番の変化の表れといえる。しかし、かつて和之が制作したCMが権威ある賞を受賞することとなる。

 

 第11話では、受賞パーティに出席した和之。パーティにはCM業界の有力者たちが集い、再就職の道も開けそうである。しかし、美紀に再就職が決まれば共働き、と言われると話をはぐらかしている。第10話でも取り上げられたが、和之は共働きには消極的である。

 また、健児とけんかをして相談のために冴子に呼ばれた和之はこう語っている。

 

 ・冴子と和之

冴子

「どうしたら山村さんみたいに自分の道をみつけられるんですか?」

和之

「自分の道だって…。僕なんか別に。」

冴子

「そんなことないですよ。大きな賞を取って。」

和之

「賞を取ったのは、あれは会社にいた時作ったCMです。今の自分じゃないです。…妻の出張にやきもちやいて、仕事が決まらないんでイライラしている。それが今の自分だ。」

 

 このように、和之は「会社にいた頃の自分」と「今の自分(主夫としての自分)」をはっきりと区別した台詞を言っている。そしてこれは、今の主夫という現状に置かれている自分を認めている発言でもある。ストーリー序盤の社会人としての和之とは正反対である。また、理絵が風邪を引いたときもこれまでとは違い、素直に優介に助けを求めている。

 夫婦の立場の逆転がこの話でも見受けられる。美紀は仕事にかかりっきりで、風邪を引いた理絵にまで気持ちが回らない。和之は「仕事は大事にしろよ。こっちは俺に任せろ。」と応じている。

 そして、和之にかつての部下である加藤から再就職の話が舞い込むが、理絵の風邪を理由にその話を蹴る。「今はこっちのほうが大事だから。」和之の言葉に加藤は「山村さんがそんな事を言うなんて。」と驚く。かつての和之を知るものにとって、信じられない変化である。

 

 第12話では、和之に大手企業から就職の話が舞い込む。しかしビジネスの電話であるにもかかわらず、電話片手に理絵の相手をしている。上海への5年の海外赴任が決まる和之。しかし、美紀は和之と話し合い、正社員契約になることが決定し、理絵も今の幼稚園から離れるのは嫌がるだろう、と告げた。これまでは亭主関白で、家族に相談することなく事を進めがちだった和之がちゃんと家族と話し合いの場を持つようになっている。理絵は和之と美紀のために我慢して上海へ行くことを和之に告げる。

 ぬか床を作る和之を満足そうに見つめ、アドバイスをする優介。しかし海外赴任する和之は「まぁ、もういいや、いまさらね。」と一旦は断る。しかし再び優介を呼びとめ、ぬか床の作り方を教わる。ここでは優介から見た和之の主夫としての印象が語られており、優介からは、第1話で反感を覚えたようなプライドの高い和之の姿は見て取れないのである。

 

 ・和之と優介:山村家キッチンにて

和之

「やっぱり教えてくれるかな?ほら、最後ぐらいちゃんとやりたいし。」

 

(優介、和之にぬかどこの作り方を伝授する)

優介

「まぁ、しかし、この姿がもう見れないと思うと、何か惜しいっすね。」

和之

「そんなに笑えるかね。」

優介

「だってこの、肩から背中のラインにかけてが、どう見ても仕事が一番!って言ってるようには見えないっすからね。…冗談ですよ、冗談。」

和之

「まったく、くだらない事で。」

 

 山村家は和之が美紀にプロポーズした思い出の海岸へ行く。貝殻を山村家に見立て、「これから上海行くんだよ。」と海へ流す無邪気な理絵の姿を見て、和之はこぼした。

 

 ・山村家:思い出の海岸

和之

「ちくしょ〜…。どうしたんだろうな、俺は。」

美紀

「何が?」

和之

「順番が変わってる。」

美紀

「順番?」

和之

「俺は仕事が一番大切だと思ってた。でも、気が付いたら、お前と理絵とこうしてることが、お前たちの笑顔がさ、何か、一番大切になってる。ね、仕事続けたいんでしょ。」

美紀

「ううん、いいのあたしは。」

和之

「正直に言えよ。続けたいんでしょ。」

 

(うなずく美紀)

和之

「やっぱりやめるわ。断る。上海行きの話。」

 

(中略)

美紀

「でも後悔するよ。だって行きたいんでしょ。」

和之

「だから、もう順番が変わったんだよ。」

美紀

「主夫、続けることになるんだよ。」

和之

「主夫かぁ。ま、しょうがないよね。東京でいい仕事が見つかるまで我慢するよ。それまでお前もさ、俺の主夫で我慢してくれよ。」

 

 翌日からいつもどおりの生活に戻った山村家。理絵は「何かパパがママみたい」と言う。最終話クライマックスで、和之は仕事より家庭を選択することとなり、大団円で物語は終わる。しかし、山村和之はこれかもずっと専業主夫として生活していく、とは言っておらず、あくまでも再就職を目指している。

 

4節 「主夫」和之、再び

 

 山村一家が上海行きを諦めてから3カ月経つが、山村和之は専業主夫を続けていた。一方、杉尾家では、笙子は臨月を迎え、加えて自宅出産したいというので助産師の越川から説明を受けていた。

 片や美紀は、別冊号のチーフに抜擢されたが、ミスを挽回するため一人で仕事を続ける美紀は、娘の理絵の幼稚園の運動会にも出かけられなくなり、和之と美紀は口論になってしまった。

 

 ・和之と美紀の口論

和之

「これでお前共働きなんてできるの?」

美紀

「悪いけど、今そういう話してる余裕なんかないの。」

和之

「お前さ、お前子どもの頃お父さんが忙しくて、寂しい思いしたんだろ。」

美紀

「(溜息をつく)何よそれ。」

和之

「理絵に同じ思いをさせていいのか。」

美紀

「あなただってさんざんやってきたことじゃな、あたしばっかり責めないでよ!」

 

 和之がこれまで送ってきた仕事優先の生活が、第3話などで見られたように夫婦間で逆転して行われている。それに加え、今度は子どもである理絵にまで関わってきている。美紀がこれまで感じてきたことを、和之が身をもって感じている、というシーンである。

 運動会の準備に出かけた和之と理恵、その頃杉尾家では笙子が産気づいていた。しかし優介は頼まれていた講演の当日であった。困り果てた優介は和之に講演を依頼する。必死な様子の優介に、和之は講演をすることとなる。和之はしどろもどろながらに自分の経験を語る。

 

 ・和之の講演

和之

「ただ、今わかるのは、前よりも家族と、家族っていうのは妻や娘ですけど。妻や娘とより深く付き合えるようになったっていうか…。あぁ、それと、主夫をやって、これだけはよかったって自身をもって言えるのは、妻はずっとこんな大変なことをやっていたんだって、身をもってわかったことです。まぁ、感謝できるようになったのはほんとによかったっていうか…。美紀…ありがとう。そして、ごめん。不満ばっか言って、お前だって苦しんでいるのに。それと、主夫をやってもう一つわかったことは、俺はお前や理絵に支えられているんだって事。だから、俺も、もっとお前の力になってやれるはずで…。家族なんだしね、一人じゃないし、みんなで力を合わせてやれば…。」

 

 これは和之の本心の表れであり、スペシャル版でのクライマックスシーン、もっともアピールしたいポイントであろう。和之が主夫を経験することにより、家族の大切さを認識している様がうかがえる。

 しかしラストシーンではやはり再就職について優介に軽口を叩くように言っている。

 

 ・和之と優介:ラストシーン

和之

「今はいいけどさ、再就職するし、その内。」

優介

「なんだかんだ言って主夫続けたいんでしょ?」

和之

「全然。」

 

 この和之と優介の対話は、あくまで冗談めかして描かれているが、結局のところ、主夫というものを肯定的に受け入れ、自ら主夫になろう、という台詞は明言されていないのである。

 

5節 第4章のまとめ

 

 ここまで、ドラマ13話を通しての変化を見てきたが、大きな変化は「主夫」になるきっかけとなり、「主夫」を継続する要因となった家族の存在、それを意識することにある。また、「主夫」への転身を遂げたのちの和之に関わる描写として非常に多くみられるのが、夫婦の立場の逆転により家族を意識し、これまで不可視の労働を行ってきた美紀の心情を理解する、という描写である。これらの描写が和之の心情にどのような変化を与えたか、ということについては次章にて述べたいと思う。