ドメスティック・バイオレンスと支援機関のつながりについての考察

          ―富山の支援機関からDV被害者支援への取り組み―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                         富山大学人文学部人文学科

                         社会学コース

                         0010010207

                         川畑 直樹

 


目次

 

第1章     はじめに(問題関心) 

第2章     ドメスティック・バオレンスとは 

 第1節ドメスティック・バイオレンスという言葉               

1)                           ドメスティック・バイオレンスの定義 

2)                           暴力の形態 

3)                           被害の状況 

4)                           事件として検挙された数 

 第2節 被害の潜在化について考える 

1)                            被害者の置かれていた状況から潜在化について考える 

 1−1)被害者本人が関わるもの 

 1−2)被害を潜在化させる加害者の行為 

 1−3)被害者の周囲の人に関わるもの 

 1−4)職務関係者に関わるもの 

2)                            ドメスティック・バイオレンスが潜在化してきた日本社会の背景 

 3節 2章のまとめ 

第3章     富山県のドメスティック・バイオレンスの支援についての考察 

 第1節 富山県の支援機関について 

1)                           配偶者暴力相談支援センター(富山県女性相談センター) 

2)                           グループ女綱(なづな)―ストップDVとやま― 

3)                           富山県民共生センター サンフォルテ相談室 

 第2節 支援機関のつながり 

1)                           DVを理解してもらうための啓発活動 

2)                           事例からDV問題について考える 

3)                           相談機関のつながりについて 

4)                           その他の、様々な状況における他機関とのつながり 

 3節 第3章のまとめ 

第4章     考察 

 第1節 前章までの要約 

 第2節 DV問題について考える 

1)                           加害者問題について 

2)                           法律の問題について考える 

 第3節 残された課題と今後の展望 

おわりに〜調査を通して〜 

 

注釈 

参考文献 

参考URL・資料 

巻末資料 


第1章 はじめに(問題関心)

ドメスティック・バイオレンス―テレビからこの聞き慣れない言葉を聞いたのは、ごく最近のことである。それまで、DVというものについて全く知らなかったのである。その無知こそが今回、卒業論文のテーマにDVを取り入れようと考えたきっかけである。

そこで、今回の論文の主旨を、DVというもの自体を理解するというところに主題をおいた。というのは私自身が無知だったことと、他にDVを知らない人にどのようにDVというものを知らせることができるのだろうかと考えたからだ。そこで、まずは文献を読むことから始めることにした。そして、インターネットを使い情報を集め、内閣府の調査などを参考にした。その調査の上でどうしても文献だけでは理解できなかったのが支援の仕組みであった。DV関連の文献をを読むと暴力のサイクル、複合性、支援の難しさなどが書かれていたが、支援の内容については、文献を読むだけでは理解することが難しかったのだ。そのような理由で、富山市のDV被害者支援に携わっている方達に話を聞こうと考えた。これにより、DVの内容とその大まかな支援の流れを理解することが出来ると考えたからだ。そのために今回の論文のタイトルが『ドメスティック・バイオレンスと支援機関のつながりについての考察』というタイトルになったのである。

以上のような経緯より、今回の論文の内容は大きく分けて二つに分類される。一つはドメスティック・バイオレンスはどういうものかを理解すること、もう一つは具体的な被害者支援に際して、富山の各機関がどのようなつながりを持つのかを説明するということである。この二つの主題を軸に本論文を進めていくこととする。

本論文の内容に入る前に二つの事を確認しておきたい。一つ目は本論文のタイトル中にある支援機関とは、何かしらの方法でDV被害者の支援に携わっている機関の事で、富山県にはたくさん存在するのだが、本論文では第3章の富山県男女参画・ボランティア課、配偶者暴力相談支援センター(富山県女性相談センター)、県民共生センター・サンフォルテ相談室、グループ「女綱」を指している。このうち、最後のグループ「女綱」については、民間グループであるため「支援機関」と呼ぶのは、いささか適切さを欠くところもある。しかし、本論文では、独自の役割を遂行する一支援組織として位置づけたいという意識から、他の諸機関と並んで「支援機関」と呼ぶことがある。二つ目は第2章の被害者の実態についてであるが、こちらは内閣府の調査を参考にさせてもらった。というのは、被害者の実態はプライバシーに関わるため、調査では踏み込めない部分があると考えたからだ。そのため、被害者の現状に関しては富山に限定しない。

 


第2章 ドメスティック・バイオレンスとは

この章では、DVそのものについて考えることによって、DVの大きな特徴について捉えていきたい。この特徴に関しては大きく分けて二つ存在する。一つは暴力の複合性である。命に関わるような身体的暴力が着目されがちだがそれだけが単独で発生しているわけではなく、多くの暴力と併せて繰り返し行われているということ。もう一つは暴力の実態が潜在化してしまっているということである。そこでまず始めに、DVで行われている暴力の実態について触れていきたい。

 

第1節 ドメスティック・バイオレンスという言葉

DVという言葉が近年注目されはじめ、法律や支援に関するマニュアルなどの制定が行われ、少しずつではあるが、DVという言葉自体については周囲に知られるようになってきた。しかし、家庭内の問題であり、プライバシー保護が必要であるという問題の性質上、DVがどういったものであるのか、また、DV被害者はどのような被害にあっているのかについては、多くの人に知られにくく、また、どういった行為がDVなのか自分一人では理解できないのが現状である。そこでこの節では、DVとはどういうものかを解説しながら、一つ目の特徴である暴力の複合性についてまとめていきたいと考えている。

 

1)ドメスティック・バイオレンスの定義

「ドメスティック・バイオレンス」とは英語の「domestic violence」をカタカナで表記したものであり、略してDVと呼ばれる事もある。

「ドメスティック・バイオレンス」とは何を意味するかについて、明確な定義はないが、一般的には「夫や恋人など親密な関係にある、又はあった男性から女性に対して振るわれる暴力」という意味で使用される事が多いようだ。ただ、人によっては、親子間の暴力などまで含めた意味で使っている場合もある。

内閣府では、人によって異なった意味に受け取られるおそれがある「ドメスティック・バイオレンス(DV)」という言葉は正式には使わず、「夫・パートナーからの暴力」という言葉を使っている。

                             (内閣府のホームページより)

2)暴力の形態

ここでは様々な暴力の形態について、内閣府のホームページと内閣府の配偶者等の暴力に関する調査報告書(内閣府:2002)(1)に従いまとめていく。

 

一口に「暴力」といっても様々な形態が存在し、これらの様々な形態の暴力は単独で起きる事もあるが、多くは何種類かの暴力が重なっている。また、ある行為が複数の形態に該当する場合もある。ではまず、被害者の体を直接傷つける身体的暴力について見ていきたい。

 

 

<身体的暴力>

身体的な暴力に関して、内閣府の調査報告書では『身体的な危害又は苦痛となる行為、あるいはそうなるおそれのある行為であり、さらに、そのような行為の威嚇、強制もしくはいわれのない自由の剥奪をも含む。』(内閣府:2002)と定義されている。身体的な暴力は刑法第204条の傷害や第208条の暴行に該当する違法な行為であり、たとえそれが配偶者間で行われたとしても処罰の対象になる。

身体的な暴力の種類として以下のような項目が考えられる。内閣府の調査の数値と併せて見てもらいたい。

                         

資料1:身体的暴力に関する回答(内閣府:2002) 

(人)

 

56

足で蹴る

55

物を投げつける

52

平手でうつ

51

げんこつでなぐる

46

髪をひっぱる

42

ひきずりまわす

38

腕をねじる

37

首をしめる

35

からだを傷つける可能性がある物でなぐる

24

刃物などの凶器をからだにつきつける

8

突き飛ばす

7

体を物に押しつけたり、たたきつけたりする

4

水や熱湯をかける

16

その他

                   

資料1から分かる事は、決して暴力が一つの形態に固執して行われているわけではないということである。実際にこれらの数値を合計し、調査参加人数で割ると、一人あたり平均約7項目に関して何らかの経験があるということを示している。つまり、DV被害者のほとんどが複数の暴力を同時に受けているのである。このことは表の上部の項目の数値にほとんど差がないことからも見て取る事が出来る。このような様々な暴力が繰り返し行われることにより、被害者は身体的な傷を体の至る所に受けることもさることながら、心に甚大な被害を受けることになるのである。また、この他に、暴力は暴力でも、体ではなく被害者の心だけを傷つける暴力も存在している。それは目には見えないが確実に存在し、身体的暴力同様被害者を苦しめている。そこで次にそのように被害者の心を直接傷つける精神的暴力について見ていきたいと思う。

 

<精神的暴力>

精神的な暴力に関して内閣府の調査報告書(内閣府:2002)では、『精神的な危害又は苦痛となる行為、あるいはそうなる恐れのある行為であり、さらに、そのような行為の威嚇、強制もしくはいわれのない自由の剥奪をも含む』と定義している。こういった精神的暴力はPTSD(外傷後ストレス障害)に至るなど、刑法上の傷害とみなされるほどの精神障害に至れば、刑法上の傷害罪として処罰される事もある。

 

資料2:精神的な暴力に関する統計(内閣府:2002)

(人)

59

大声でどなる

52

実家や友人とつきあうのを制限したり、電話や手紙を細かくチェックしたりする

45

なぐるそぶりや、物をなげつけるふりをして、おどかす

42

「誰のおかげで生活できるんだ」「かいしょうなし」などと言う

42

人の前でバカにしたり、命令するような口調でものを言ったりする

38

大切にしているものをこわしたり、捨てたりする

38

外で働くなと言ったり、仕事を辞めさせたりする

30

生活費を渡さない

25

子供に危害を加えるといっておどす

23

何を言っても無視して口をきかない

15

子どもに身体的・精神的暴力を振るう

14

言葉でおどす

13

自尊心を低下させる

12

子供以外の家族に暴力を振るう

10

調査参加者の行動への干渉・監視・監禁する

9

調査参加者の仕事に干渉する

7

物にあたる

7

食事に関するいやがらせ

6

調査参加者の男性関係を疑う

5

暴力の原因を、調査参加者のせいにする

5

働かない、経済的圧迫をする

4

凶器を見せる

39

その他

 

この精神的な暴力に関して、内閣府は4つに分類しており、(1)情緒的虐待{大声でどなる、人の前でバカにしたり、命令するような口調でものを言ったりする等}、(2)行動の監視と制限{実家や友人とつきあうのを制限したり、電話や手紙を細かくチェックしたりする等}、(3)経済的虐待{生活費を渡さない、働かない等}、(4)脅し・威嚇{子どもに危害を加えると言って脅す、言葉で脅す等}となっている。

 

精神的な暴力は、身体的な暴力と違い、体には傷は残らない。しかし、精神的な暴力も被害者に大きな被害をもたらしているのである。実際に先ほどと同じように、数値の総合計を参加者の人数で割ると、一人あたり平均約8項目に関して何らかの経験があることが示されている。これを先ほどの身体的暴力の結果と併せて見てもらうと、DVという暴力の形態は何通りも存在し、被害者一人一人がそれぞれ違った被害を受けていることになるのである。つまり、DVの特徴として暴力に様々な形態が存在していることがここを見てもらえば分かるのではないだろうか。

ここでもう一つ性的暴力について触れておきたいと思う。こちらも上の2つの暴力と複合して振るわれているので、こちらについても見ておきたい。

 

<性的暴力>

嫌がっているのに性的行為を強要する、中絶を強要する、避妊に協力しないといったものであ

る。性的暴力に関して内閣府の調査報告書(内閣府:2002)では『性的な危害又は苦痛となる行為、あるいはそうなるおそれのある行為であり、さらに、そのような行為の威嚇、強制もしくはいわれのない自由の剥奪をも含む。』と定義している。性的暴力の種類として以下のようなものが挙げられている。内閣府の調査結果と並行して見ていただきたい。   

 

資料3:性的な暴力に関する統計(内閣府:2002)

(人)

48

嫌がっているのに性行為を強制する

30

避妊に協力しない

14

見たくないのにポルノビデオやポルノ雑誌を見せる

12

中絶を強要する

5

変質的な行為を強制する

4

一方的な形のセックスをする

4

子どもの父親が自分であるかを疑う

12

その他

 

性的暴力は身体的暴力とも密接に関係しており、断ると暴力を振るわれるという被害者も調査参加者の中には存在した。また、身体的な暴力の後に、夫・パートナーが性行為を求める場合があるということであった。この他にも避妊に協力しないや中絶を強要するといった、妊娠・出産について調査参加者が主体的に決定する権利を侵害する行為が性的暴力には挙げられている。このように、強引に性行為を求められたり、子どもの父親を疑うなど、性的暴力も身体的・精神的暴力と密接な関わりを持っているのである。

 

ここまでは、大まかなDVに含まれる暴力の種類について紹介してきた。被害者は数多くの暴力を家庭という閉じられた空間において受けているのである。では実際にはどれほどの人がこのような被害を受けているのだろうか。次にDVの被害状況について触れておきたい。

 

3)被害の状況

配偶者からの暴力は、家庭内で行われることが多い事から、実際の発生件数を把握することは困難である。総理府(現内閣府)が全国の20歳以上の男女4500人に、平成11年に行った「男女間における暴力に関する調査」によると、これまでに、夫から命の危険を感じるくらいの暴行を受けたことが一度でもあると回答した女性は4,6%(約20人に1人)もいることが明らかになっている。

 

資料4:被害の実態 内閣府の「男女間における暴力に関する調査」より

 

女性

男性

命の危険を感じるくらいの暴行を受けたことがある

4,6%

0,5%

医師の治療が必要となる程度の暴行を受けたことがある

4,0%

1,2%

医師の治療が必要とならない程度の暴行を受けたことがある

14,1%

3,5%

いやがっているのに性的な行為を強要された事がある

17,7%

4,0%

 

4)事件として検挙された数

配偶者間の暴力事件では、夫を犯罪者にしたくないといった理由から、妻が告訴や被害届を出すことをためらう事も多く、実際に事件として検挙された数はまだまだ少なくなっているが、最近は夫から妻に対する傷害事件の検挙件数が大きく増加している。検挙された事件の多くは、妻が被害者になった事件である。

 

上の3)、4)によると20人に1人が家庭内で命に関わる暴力を受けており、その被害者のほとんどが女性であることが伺える。考えてみてもらいたい。道路などの公の場でこのような暴力が振るわれていたらどうなるだろうか。多分その場で騒ぎになり、警察官が来る場合もあるだろう。しかし、家庭内で同じような事が起きていたとしても、なかなか表には現れず、潜在化し、暴力は繰り返されてしまうのである。今でこそ、被害者はDV法の施行や、配偶者暴力相談支援センターの設立により、以前より被害を訴えやすい状況になってきている。しかし、未だに多くの被害が潜在化しているのも現状である。では何故このような暴力が潜在化してしまっているのだろうか。何故、他の事件とは違い、すぐに事件とはならず、繰り返されてしまうのだろうか。そこで、次に被害が潜在化する理由について考えていきたい。

 

2節 被害の潜在化について考える

DVのもう一つの特徴として挙げられるのが被害の潜在性である。テレビや雑誌、新聞、インターネットなど、近年メディアの目覚しい発展により、多くの事件について情報を現在の我々は享受することができる環境にある。このような環境のおかげで、人々は以前知りえなかったような事件も知る事ができるようになり、それに関しての知識なども学ぶ事ができるようになった。ところがこのようにメディアに出てくる事件というのは顕在化しているものであり、実際に今なお、潜在化して行われている事件は私たちの周りに無数に存在している。その代表的な犯罪がDVなのである。

近年、法の整備や、国の取り組みなどによって、DVという犯罪は顕在化しつつあるが、実際このような犯罪は、もっと以前から行われていた。ところが被害者の告発も少なく、このような暴力が犯罪だと公に認められていなかったため、これまで表に出てくることは少なかった。最近は言葉の認知や支援機関の整備により、以前よりは顕在化してきているが、未だに多くの被害が潜在化しているのも事実である。

そこでここでは何故DVの被害がこれまで潜在化してきたのかを、被害者の置かれた状況や日本の社会制度を中心にまとめていきたい。何故被害は潜在化したのか、何故近年になるまでこれほどの暴力が多くの人に認知されるところまで広まらなかったのかについて見ることによって、DVの恐ろしさについてもう一度考えてもらいたい。

 

1)被害者の置かれていた状況から潜在化について考える

被害の潜在化に大きく関わっているのが、被害者が置かれていた状況である。第1節で見てもらったように、被害は命に関わるものも存在し、逃げなければ極端な話、場合によっては死ぬかもしれないにも関わらず、被害者はこれまで逃げるどころか、訴える事もそれほどなかった。それは暴力により、多くの心理的要因が働いていたり、逃げられない状況に陥っていたり、暴力に関する認識そのものが暴力を容認してしまうような考え方だったからだ。それには、加害者の影響はさることながら、被害者の周りの人の影響、果ては職務関係者の影響まで関わっていたと報告されている(内閣府:2002)。そこでここでは被害が潜在する理由について、被害者本人が関わるもの、加害者に関わるもの、被害者の周囲の人に関わるもの、職務関係者に関わるものに分けて考察していく事にする。それではまず、被害者本人に関わる要因から見てもらいたい。

 

1−1)被害者本人が関わるもの

ここでは被害者がどうして、被害を潜在化させてしまったかについて見ていく。そこでまず、内閣府の調査報告書(内閣府:2002)より、暴力を受けていた時の被害者がどのように考えていたのかについて、調査結果の数値と合わせて見てもらいたい。

 

資料5:『配偶者等からの暴力に関する事例調査』(内閣府:2002)

(人)

52

もし家をでたら、相手が追いかけてきて私はきっと殺される

51

誰も助けてくれる人はいない

49

裁判や警察などは自分を助けてくれない

48

暴力を振るわれていることを誰にも知られたくない

47

私ひとり、または子供と自分だけで生きていくことができるか不安だ

47

今はひどいが何とか状況をよくすることができる

46

家族は一緒にいるべきである

45

相手が暴力を振るうのは私に非があるからである

44

家族全員が幸福に暮らすという理想から外れることが不安だ

42

結婚生活をうまく進め、まるくおさめるのは女性の役目だ

41

相手がいないと経済的に生活ができないので別れられない

39

相手を助けることができるのは私しかいない

38

たとえ暴力を振るう親でも、子供には父親が必要だ

38

自分より相手のことがかわいそうだ

37

暴力を振るっていない時の相手はとても魅力的だ

37

結婚をした時一生一緒にやっていくと誓ったのでそれを守りたい

34

暴力を振るう相手を見捨てることはできない

31

暴力を振るわれるのは私のせいで、私はこうなっても仕方がない

30

私が受けている暴力はたいしたことはない

30

子供を取り上げられてしまうのではないかと思うと別れられない

24

もし別れたら相手が自殺するかもしれないので怖い

14

パートナーのいない女性は半人前である

14

男性とは暴力を振るうものであるから、仕方がない

 

上の資料を見てもらっても分かるとおり、暴力を受けている最中の被害者の心理状況は、逃げる事や助けを求める事よりも、暴力に対する恐怖や絶望感を感じている事が多い。そこで実際に暴力を受けている被害者がどのような状況に陥っているかについて、内閣府ではこの状況を上の調査を参考に8つに分けて考えている。そこでこの状況を上の資料の数値と併せてまとめていくと次のようになる。

     恐怖

度重なる暴力により恐怖心を与えられた被害者は、加害者から逃れられなくなることがある。「もし家をでたら、相手が追いかけてきて私はきっと殺される」と感じていた調査参加者は、52人と最も多かった事からも分かるように被害者は加害者に対し、何らかの恐怖を感じることによって、被害を表に出すことが出来ないこともあるのである。

 

 ちょうど私が家を出る時期にはいろいろな事件がありました。婚約を破棄するために、家

族を皆殺しにしたというのがあったので、相手が刃物をちらつかせると連想してしまって。

だから、「自分は、家にいなきゃいけない」と思っていました。家を出たら、家族に迷惑か

かると思って。「どこに逃げても、逃げ場がない」という、そういう精神状態でしたね。(

40代)(内閣府:2002:P40)

 

     無力感

女性が暴力を受け続ける中で、自分が無力であると感じたり、感情がなくなったり、抵抗をや

めることがある。「誰も助けてくれる人はいない」と考えていた者は51人、「裁判や警察などは自分を助けてくれない」と考えていた者は49人で、調査参加者のほとんどが、自分を助けてくれる人はいないと思っていた。これは「殺される」という恐怖に次いで高かった。

 

 自分は、この人から逃げられないんじゃないかって思い込んでいました。「お前がどこに行っても、追っていく」と、いつも言われていたので。「どこ行っても、探しに来るだろう」と、思っていました。(40代)(内閣府:2003:P40)

 

     経済的不安

夫・パートナーから離れた後の生活の不安から、家にとどまることを、その当時選択したとい

う調査参加者も少なくない。「私ひとり、または子供と自分だけで生きていくことができるか不安だ」と答えた者は47人、「相手がいないと経済的に生活できないので別れられない」と答えたのは41人だった。(内閣府:2003:P41)

 

     恥・世間体

恥ずかしい、体裁が悪い、という理由で、誰にも相談できずにいることもある。「暴力を振る

われていることを誰にも知られたくない」と答えた者は48人だった。(内閣府:2003:P42)

 

     家族観・結婚観

「家族は一緒にいるべき」「父親のいない子供はかわいそう」という家族観や結婚観から、夫・パートナーと別れることを考えなかったという調査参加者も少なくなかった。「家族は一緒にいるべきである」と思っていた者は46人、「家族全員が幸福に暮らすという理想から外れることが不安だ」と思っていたものは44人、「たとえ暴力を振るう親でも、子供には父親が必要だ」と思っていた者は38人、「結婚した時に一生一緒にやっていくと誓ったのでそれを守りたい」と思っていた者は37人であった。「結婚生活をうまく進め、まるくおさめるのは女性の役目だ」と思っていた者は42人と、約7割を占める。(内閣府:2003:P43)

 

     愛情・変わることへの期待

夫・パートナーに対する愛情や同情が、関係を絶てない理由になることもある。夫・パートナーの持

つ二面性が、さらに思いを混乱させていたことが、調査参加者の話からわかった。「今はひどいが何とか状況をよくすることができる」と考えていた者は47人で、暴力を振るわれていた当時、

状況を楽観視していた。また、「相手を助けることができるのは私しかいない」は39人、「自分

よりも相手がことがかわいそうだ」は38人、「暴力を振るっていない時の相手はとても魅力的

だ」は37人、「暴力を振るう相手を見捨てることはできない」は34人が、それぞれ思ってい

た。

 

結局、「その暴力が終わればいい人になるんだ、それが本当の彼なんだ」というふうに、

とても思いたかったです。その前の、すごくいやな彼は見ないようにして。(30代)

 (内閣府:2003:P44)

 

     無自覚

自分の受けている行為が、「暴力である」と認識していないということも、被害が潜在する理由の1つであった。また、暴力を振るわれても、それを「愛情だ」と考えている場合もあった。「相手が暴力を振るうのは、私には非があるからである」と思っていた者は45人、「暴力を振るわれるのは私のせいで、私はこうなっても仕方がない」と思っていた者は31人、「私が受けている暴力はたいしたことはない」と思っていた者は30人であった。

 

テレビでそういう番組をしている時も、「私は、死んでないから」「私なんて、これぐれい

じゃまだ、相手にしてもらえないのかな」と思って。とりあえず外を歩けて、普通に生活

できる状態でいますから。だから、「こんな程度、私ぐらいじゃまだそんな」と、思って

いました。(30代)(内閣府:2003:P45)

 

     情報不足

このほか、自分の問題を相談できる機関や、利用できる制度、司法手続などの情報がなく、「逃

げられないと思っていた」と話した者も、少なくなかった。(内閣府:2003:P46)

 

このように被害者は、暴力による恐怖感や無力感からのみ被害を潜在化してしまうのではなく、

情報不足や、世間体、又は加害者への更生の期待も被害を潜在化させていることをみてとることができる。またこの他にも、被害者が被害を潜在化させる理由として考えられるデータがある。それではまず下の図を見てもらいたい。下の図は富山県男女参画ボランティ課が実施した男女間における暴力に関する調査(2)である。図1はこの質問の前に暴力を受けた経験があると答えた被害者に対して行なわれた質問である。

 

図1:暴力被害者の相談相手について

          

             参照:平成14年度 男女間における暴力に関する調査報告書 富山県

 

上の図1はよると暴力を振るわれた事があると答えた人のほとんどが、どこ(だれ)にも相談していない事が伺える。また、もう一つこのグラフで注目してもらいたい所は、DVに関する県内の主な支援機関に相談している人が少ないということである。このような支援機関に対して相談する人が少ない事も潜在化の一つの原因と考えられる。では、どこ(だれ)にも相談しない人は、何故誰にも相談しようとしないのだろうか。そこで次に相談しなかった人の理由について見ていきたい。

 

 

図2:被害者が相談しなかった理由

          

参照:平成14年度 男女間における暴力に関する調査報告書 富山県

 

上の図を見てもらえば分かるのだが、被害者は暴力を受けた事について誰にも相談しないと答えた人が半数以上おり、その人たちが相談しなかった理由として多かったのが、相談するほどのことではないと思ったからと自分にも悪いところがあると思ったから、という回答だった。つまり、暴力を受けた事に対して、それほど重く考えていなかったり、または自分に非があると考えてしまうことにより被害を潜在化してしまうようである。このように暴力を振るわれた被害者は暴力を受けた時の絶望した心理的状況だけではなく、加害者の更生に対する期待や、自分を責めるといったことも被害の潜在化に深く関わっていることがわかった。しかし、潜在化の原因は何も被害者だけに限ったわけではない。先にも書いたが、加害者や、被害者の周りの人も関わっていることがあるのである。そこで次に潜在化の理由を加害者の点から見ていきたい。

 

1−2)被害を潜在化させる加害者の行為

被害を潜在化させる加害者の行為について、内閣府の調査報告書(内閣府:2002)によると、3つのタイプが挙げられていた。まずはそちらを見ていただきたい。

 

     見えないような工夫

被害を潜在化させる要因として、夫・パートナーが、暴力を振るっていることを外からは見え

ないような行動を取っていた。「身体の洋服に隠れる部分を殴る」「ケガをして病院に行く際、ケガをした理由として嘘を言うように強要する」などが調査参加者からは挙げられた。(内閣府:2002:P46)

 

     暴力の正当化・責任転嫁

夫・パートナーが暴力を振るうことを「お前が悪いからだ」と理由付けしたり、殴る原因は調査参加者の側にあると責任転嫁することも見られた。また、「これは喧嘩なので、暴力は仕方がない」と、自らの行為を正当化していた夫・パートナーもいた。

 

  相手はよく「愛のムチだ」と言っていました。子供に対してもそうでした。テレビに

出ている人でも、「好きだから殴った」というようなことを言う人が、いるんです。「

そうじゃない」と、私は思っていました。(20代)(内閣府:2002:P47)

 

     加害者の二面性

夫・パートナーの多くは暴力を振るった後に、優しく調査参加者のケガの手当てをしたり、「すまなかった」と謝っていた。

 

  暴力が原因で私が寝込むと、夫は優しくなって、ご飯を作ってくれる。それの繰り返

  しで、完全な暴力のサイクルがありました。離婚寸前になっていても、私の誕生日に

  はプレゼントをくれました。普通以上に優しくなってという、そんなことを繰り返し

  ていました。(30代)(内閣府:2002:P48)

 

加害者は暴力行為に関して、正当化しようとする働きがみられるようだ。また、責任転嫁も行われているらしい。そこでさきほどの被害者の心理と併せてみてもらえばより分かりやすくなるのだが、被害者は自分に非があるといい、加害者は責任転嫁するという図式が成り立っている。このような双方の考え方が、潜在化をより一層強いものにしていると考えられる。さらにここで被害者の周囲の人の行為も潜在化に関わっているので、そちらも見ていただきたい。

 

1−3)被害者の周囲の人に関わるもの

被害者や加害者といった当事者だけではなく、潜在化には周囲の人の影響も関係しているようである。まずはどのように関わっているか、そちらを見ていただきたい。

 

     自分の親や親戚の無理解

調査参加者の中には、自分の親に暴力のことを相談していたが、その際に、「そういうこともある」「夫を怒らせないようにうまくやるのが妻の役目」など、暴力を容認し、過小評価して、別れないことを勧められたり、「子どもがかわいそうだ」「離婚は身内の恥」と離婚する事を反対される者もいた。(内閣府:2002:P49)

 

     相手の親や親戚の無理解

夫・パートナーの親や兄弟姉妹に相談をした際に、「暴力を振るわれるのは、あなたに責任がある」と責められたものもいた。(内閣府:2002:P50)

 

     友人や知人、隣人の無理解

友人や知人に相談した場合でも、「夫婦だから仕方がない」「そのようなことはたいしたことはない」などど言われた調査参加者もいた。周囲の人のこのような発言によって、「自分が抱えている問題は他人に相談するほどのことではない」と感じたり、「人に話しても、わかってもらない」と思い、それ以後、第三者に相談することをやめ、被害が潜在する要因となっている場合もあった。(内閣府:2002:P50)

 

このような周囲の反応が、被害者が暴力を潜在化させてしまうのに影響している事がみてとることができる。このように、加害者、被害者といった当事者同士だけではなく、こういったDVを知らない周囲の人々の影響もDVがなかなか顕在化してこない理由の一つとなっているのである。そして、また、職務関係者の無理解も関わることがこの調査では明らかになっている。

 

1−4)職務関係者の無理解な対応

今でこそ、法の整備や、支援機関の設置などによってこのような対応は少なくなってきたが、まだDVといったものが、日本で知られていなかった頃にはこのような事があったであろうことは想像にかたくない。というのは、簡単な怪我などとは違い、被害者を助ける方法が今のように明確なビジョンで見えていなかったからだ。それにより、被害を表に出すことをやめてしまった人がいてもおかしくはない。ではどのような対応をとられていたのかを実際に見ていただきたい。

 

     理解のない対応

暴力の問題を支援機関に相談しても、「夫婦なんだから仕方がない」「夫婦の問題なので介入できない」と言われて、対応してもらえなかったことが、夫・パートナーのもとにとどまった理由の1つになっていた。

 

  警察官に「DVって何ですか」と聞いたら、反対に「宗教ですか」と聞かれました。

暴力を振るわれて、警察官を呼んだ時には、「僕の妻をぼこぼこに殴っても、あなた

みたいに警察を1度も呼ばなかった」と責められて、「呼んだことが悪い」と、言わ

れました。(30代)(内閣府:2002:P51)

     関係機関のたらい回し

相談に行った機関が適切な対応をせずに別の機関に紹介し、その紹介先でも調査参加者の要望に沿った対応ができず、参加者が「たらい回し」となり、結果として暴力を振るう夫・パートナーのもとにとどまることになった場合もある。(内閣府:2002:P52)

 

このような対応がとられた被害者は、二次被害を受ける事になる。二次被害というのはDVの被害者が被害について相談したにも関わらず、対応者の何気ない言葉や、適切な援助が受けられないことなどでさらに傷ついてしまう事をいうのだが、現在では、様々なところで行われる講習会や配偶者暴力相談支援センターのような機関があるので、このような事は減ってはきているのだが、加害者の暴力行為により傷ついて、さらに対応者の対応で傷つく事で、さらに被害を潜在化させてしまうことになってくるのである。

 

潜在化には、加害者や被害者自身の意識など当事者が関わっている場合もあれば、被害者の周りの人、例えば知人や親、などが関わっている場合もある。つまり、潜在化してしまう環境を作り出すのが、被害者本人だけではないというところにDVの恐ろしさがあるのではないだろうか。また、DV被害の潜在化に影響を及ぼすのは何も被害者の周りの環境だけではなく、日本社会の背景も関係していると考えられる説もある。そこで次にどのような日本社会の背景がさらに被害を見えにくくしているのかを見ていきたい。

 

2)ドメスティック・バイオレンスが潜在化してきた日本社会の背景

これまでは、被害者やその周囲の人の観点から潜在化の理由について考えてきた。そこで次に日本という国から潜在化の理由について考えていきたい。

 DVという言葉自体新しいので、DVという犯罪は新しいものだと考えられがちだが実際はそうではなく、これまで存在していたが表にでてこなかっただけなのだ。その理由はDVが家庭内の問題であり、外から見えにくかったからだけではない。「家」を中心とした日本の制度が犯罪自体を見えにくくしていたとも考えられている。そこでここでは(夫{恋人}からの暴力調査研究会 1998)に従って、DVを助長してきた日本の制度について見ていきたい。

 

     性別役割規定の規範

先ほど、被害者本人が潜在化に関わってしまう理由に、経済的不安というものが挙げられていた。夫・パートナーから離れた後、の生活に不安を持つことから、このように家にとどまることを選択したということなのだが、では何故、被害者である女性はこれほど経済的な不安を持つまでに経済力が与えられなかったのだろうか。これには昔からの次のような性別役割規定が影響していると考えられる。

日本では昔から、男性には、公の場で、政治や、賃金を支払われる労働(有償労働)の担い手になることが期待されてきた。つまり、社会を動かし、社会的な資源を生み出したり獲得したりする活動である。一方、女性には、家庭など私的な生活の場で、賃金を支払われない労働(無償労働)(家事労働・ボランティア活動など)を担うことと、公の場では、支払われる労働のうち補助的な部分の担い手になることが期待されてきた。これらは、男性の活動に奉仕し、その成果があがるよう助ける活動である。このような考え方が女性を男性の経済力に頼らなければならない状況へと追い込んでいくのである。その結果、女性は「主婦」となって、生きていくために労働してお金を得ることの出来る他の人―「主婦」であれば、多くの場合夫である男性―への経済的依存を余儀なくされるのである。このような依存する/される関係は、力の強弱の関係であり、裏返すと、支配する/される関係である。つまり、ここに力の差が生じ、男性に優位な状況を作ってしまい、女性は経済的不安を抱えてしまうため、被害を潜在化しながらも、夫・パートナーと共に暮らす選択を余儀なくされるのである。

 

     離婚の困難

女性たちが離婚を思いとどまる理由としてしばしばあげるのが、子どもの存在である。子どもの入試や就職、結婚にさしさわるからというのだが、実際、有名私立幼稚園の入試では両親面接が行なわれており、保護者名簿に両親名が記載される学校もあるという。子どもにいやな思いをさせたくない、自分より子どものことを考えるのが母親としての責任だという母性イデオロギーや、「両親そろった家庭が正しい家庭がある」という家族幻想など、家庭内離婚という「針のむしろ」に耐える「選択」をせざるをえない状況に女性を追いやる構造がある。

   たとえ、離婚を決意したとしても、離婚費用や手続きという障害が女性の前に現れる。弁護士費用を心配する場合が多いが、法律扶助協会から費用が借りられることなど、必要な法律知識や情報がそれを必要とする被害者に届いていない。いざというときに、どこへいっていいかさえ分からないことが多いのである。今でこそ先ほど書いたような暴力対応マニュアルなどが配布され、表にでる被害の数も、相談件数も増加の一途を辿っているが、まだまだ、こういった手続きについて知らない被害者が多い事も事実である。

 

この節では被害の潜在化についてみてきた。DVの潜在化は何も被害者が黙っているから起こ

るわけではないということが、この節を読んで分かっていただけたのではないだろうか。第2節の1−3)にも書いたが潜在化には、DVを受けた事のない、または全く知らない私たちが関わってくることもあるのである。つまり、例えDVをしたことも、受けた事もなくても、DVに対して正しい知識を持ち、もし相談された場合、しっかり助言できるようにしていくことこそ、潜在化を無くす第一歩になるのではないだろうか。

 

第3節 第2章のまとめ

この章ではDVの特徴について見てもらった。というのはDVというのは他の犯罪とは少し違うということを認識してほしかったからだ。例えば被害の潜在性。これはストーカー事件などとは明らかに違うところである。それは、ストーカー犯罪とは違い、加害者が身内である場合が多いからだ。また、このような命に関わるような暴力が、他の人の目に触れず繰り返し行われている事が他の犯罪と明らかに異なる。

犯罪は顕在化することによって初めて、救う事ができるし、加害者を裁く事が出来る。しかし、被害が潜在化している以上、周りの人はどうする事もできないのである。閉ざされた空間から犯罪を表に出すには、被害者自らが告知するしかないのである。

しかし、そのようなDVも日本でも最近認められるようになり、法の整備や支援機関の設置など幅広い対応がとられるようになってきた。しかし、犯罪というのは自分、もしくは身近な人が被害を受けて初めて、対応方法や支援制度のあり方に注目するようになる。しかし、DVの場合は現在進行形の犯罪であり、気付かないだけでもうすでに被害が起こっている場合もあるのである。また、被害を顕在化させるためには被害を受けている当事者だけではなく、周りの人も適切なアドバイスを送れるように、多くの人に、ある程度の知識は必要なのである。

そこで次に、現在のDV被害者に対する支援制度(今回は富山の場合を考える)について見ていきたいと思う。他の暴力とは違い、顕在化が難しいDV。このような犯罪に対してどのような支援が行われているのかを見ることによって、DVの特徴、DVによる被害者の支援の難しさなど、もっとDVについての知識を増やしてみたいからだ。

 

 

第3章 富山県のドメスティック・バイオレンス支援についての考察

 

本章の一部について調査協力者から要望があり、検討の結果、本章の全文を非公開とした。

 

4 考察

今回の論文では二つの柱、一つはドメスティック・バイオレンスとはどういうものかを理解すること、もう一つは具体的な被害者支援に際して、富山の各機関がどのようなつながりを持って支援を行うのかを見ていくということであった。そこでもう一度、これまでの内容を振り返り、そこから見えてくるものについて論じていきたい。

 

第1節 前章までの要約

前章ではドメスティック・バイオレンスについてとその支援に携わる人について見てきた。ここでもう一度流れをおさらいしておくと、第2章では、DVの特徴について述べてきた。DVには大きく分けて2つの特徴がある。一つは多種多様な種類の暴力が存在するということである。身体的な暴力だけではなく、心に傷を負う精神的暴力の他に、性的暴力などが存在するのである。そしてDVのもう一つの大きな特徴は、このような繰り返し行われている暴力が「家庭」という閉じられた空間の中で潜在化してしまうということである。このような被害は誰かが表に出さなければ支援も行えない。だからと言って自覚のない加害者が表に出すとは考えにくい。そこで、被害者がそういった事実を表に出していかなければならないのだが、第2章で述べたように様々な要因が、被害者が被害を告発するタイミングを外しており、なかなか顕在化してこないのである。

このようにDVは大きな問題を、その内に秘めているのである。そして次の第3章ではこのような複雑な問題を抱えているDVという問題に対して、富山県の支援機関がどのように支援を行っているかに注目した。ここではそれぞれの機関が自分たちの役割を担った支援を行っていることを伺うことができた。男女共同参画課では潜在化している被害を表に出すために、主に啓発活動を行っていた。サンフォルテは支援機関として相談者がどうしたいのかを聞いた上で適切なアドバイスを行っている。また、民間グループの女綱はホームページという、また他の支援機関とは違った独自の支援を模索しながら実施していたり、DVに対しての講演なども積極的に行っていた。そして配偶者暴力相談支援センターでは、配偶者暴力相談支援センターとして、DV被害者の保護や支援を引き受けて行っている。そしてこれらの機関は配偶者暴力相談支援センターとしての仕事を担っている配偶者暴力相談支援センターを中心としてDV被害者に対して適切なアドバイスや支援などを行っているのである。

このように、論文の二つの柱について前章で述べてきた。そこで次にここから見えてきたDV問題についての自分の見解について述べていきたい。

 

第2節      DV問題について考える

これまでDVについて学んできて私なりに考えた事や、気づいたことをここに掲載していく。今、顕在化が進んできているからこそ、見えてくる問題点についてここで論じていきたい。

 

 

1)加害者問題について

先にも書いたが、それぞれの支援機関のさかんな啓発運動の結果、潜在化していた被害は少しずつでは顕在化してきている。これが何を意味しているかというと、この被害者と同じ数だけ加害者が存在しているということである。つまり、これだけ被害者が顕在化してきている今、加害者への対応が急務となってくるのである。そこで大阪府の加害者対策の事例について2003年8月31日に産経新聞掲載された記事から紹介しておくと、加害者への更生プログラムが東京や京都などの民間団体の試みに加え、9月から大阪府が自治体としてはじめて実施するという。これまでにプログラム受講後に暴力を抑えることに成功したケースも少数だがあり、DV被害防止の新たな対策として注目を集めそうだということだった。このように他府県では少しずつ加害者への取り組みがなされはじめている。しかし、この加害者問題は、被害者とは違い、加害者自身がDVがしてはいけないことだと自覚しない限り、このような取り組みを行うことが難しいことも現状である。また、被害者支援に取り組んでいる女綱ではこのように言っている。

 

C氏:(女綱では)加害者に対してのサポートは原則としては行っていません。加害者からの相談があった場合には、返事を書く中で加害者プログラムの情報などを伝えています。また、被害者・加害者双方の間に入って直接加害者に働きかけることは、逆に当事者への危険が増す恐れがあること、スタッフへ危険が及ぶことなどから行っていません。

 

今はまだ、富山に加害者のための支援機関がないため、このような被害者のための支援機関は加害者、またはその親類からの電話相談を受けると、DVについて理解を求め、加害者のためのプログラムを行っている所を紹介するなど、加害者のための対応を行っているのである。しかし、被害者のための支援機関に電話をかけてくる場合、居場所を聞き出すためにわざとかけてくる方もいるらしく、慎重な対応が求められているのも現状である。

そのような状況のなかで自治体がこのような取り組みをはじめたということは意義があるの

である。これにより加害者を更生することができれば、加害者を救うだけではなく、被害者、ひいてはその家族自体を救うことになるからである。

富山でのDV相談件数も年々増加し、被害者保護のためのつながりがある程度確立してきた今、このような加害者への対応も考えていかなければならない時期に来ていると私は考えている。

 

2)法律問題について考える

ここまで、ほとんど法的な事には触れなかったのでここで簡単に説明しておく。

配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(DV法)とは・・・

配偶者(婚姻の届け出をだしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあるものを含む)からの身体に対する不法な攻撃から被害者を守る法律であり、保護命令には、攻撃を行った加害者に6ヶ月間被害者の住居、その他の場所において被害者の身辺につきまとい、または被害者の住居、勤務先などの付近を徘徊することを禁止する接近禁止命令と、被害者と共に生活の本拠としている住居から2週間退去することを命じる退去命令がある。

 

簡単に要約するとこういうことになるのだが、この法律において、問題とすべき点がこれまでにいくつか挙げられているので『生活と福祉』(全国社会福祉協議会出版部:2003、10)に従いながら、紹介しておく。まず一つ目は、暴力の定義規定の変更である。これは第2章と照らし合わせて見てもらいたいのだが、DV被害の中には身体的暴力の他に、精神的暴力が存在する。しかし、先ほどの法律の要約を見てもらえばわかるのだが、精神的暴力については規定されていないのである。これにより、今までは精神的な被害を受けた人はDV法では保護することができなかった。そこで、現在精神的暴力の重要性も見直され、精神的暴力を含む概念として整理することが望まれている。二つ目は保護命令の対象の拡大である。これは保護命令を配偶者だけではなく、元配偶者も範囲に含めるべきだとするものである。この対象拡大に関しては接近禁止命令により保護する対象も被害者だけではなく、子ども含めるべきだとされている。つまりどういう事かというと、この法律では離婚した元夫に対する保護命令の申し立てや、被害者以外の保護対象は認められていないのである。子どもの待ち伏せ・連れ去りだけでなく、被害者の親・友人が殺されたという痛ましい事件もあった。そこでこのような狭小な範囲に関して、見直しを検討する声が挙げられているのである。そして3つ目は、自立支援の明確化である。DV支援を行う上で最も重要な事は被害者の自立を助けることである。普通の病気やケガならば治せばすむことなのだが、DV被害に関しては、ケガが完治し、被害から遠ざかったら支援完了というわけにはいかない。また、被害から遠ざかるというのは、現時点では被害者自身が住みなれた環境や友人から離れることを意味している。保険証もなく、加害者の追跡に怯えながら息をひそめて暮らす場合もあり、加害者は住み慣れた環境も友人や仕事も失うこともなく、何の罰も加えられない。DVはが犯罪と言いながら、犯罪として成立するのは被害者が告訴した場合または保護命令が発行され、加害者がそれに違反した場合のみである。

その被害者と相談し新しい道について検討していかなければならないからである。そのため、こういった自立を目指す被害者を一人でも多く助けるためにも、被害者の自立支援について明文化して規定する必要が今求められているのである。

このように、法律に関してはまだまだ検討の余地はあり、改善すべき所もこれからますます出てくるだろう。しかし、それは法律が中途半端だったからこのような意見が出てくるのではない。DV被害者への支援が活発になってきたからこそ、このような法律の穴を指摘する声が出てきている事をここで理解しておきたい。

 

第3節       残された課題と今後の展望

 今回この調査では、DV問題の基礎的な部分をまとめる結果となった。それははじめにでも書いたことだが、私自身がDVに対して無知だったことが理由としてあげられる。そのため、本論文はDVについて理解し、富山の支援機関のつながりについて整理するという結果に至った。今回調査を行った機関がどのような活動をしており、現代のDV問題に対して、支援に携わる人たちが、どのように連携を図りながら取り組んでいるのかを整理することで、DV問題の現状を少しでも理解することが出来るであろうと考えたからだ。事実、複雑な様相を示すDV問題に対して、基礎的なことではあるが、この問題の概観について捉えることができたと私は考えている。

 しかし、この調査において残された課題も多い。それは、調査先のすべての支援内容を調査する事ができなかったということだ。今回の調査では相談業務を行っている支援機関を中心に話を聞いた。それは、相談業務を行っているということは、DV被害者に直に触れることも多く、支援に関しても被害者の方々と一緒に考えているだろうと考えたからだ。そこで、相談業務を行なっている支援機関にインタビューを依頼し、話を聞くことができた。しかし、本調査では、インタビューした諸機関のつながりについては触れる事ができたが、それ以外の機関とのつながりや、インタビュー先の詳しい支援内容については調査不足でまとめる事ができなかった。また、4箇所にしか話を聞きに行くことができなかったため、富山における詳しいつながりについてもまとめることができなかった。

 このように課題も多いが、この論文から見えてきたこともある。それは、DVそのものが多くの国民に認知され始めているということである。この調査を進めて、私が強く感じたことは、DVとはどういうものなのかということを一般の人が理解するところにDV問題解決の糸口があるということであろう。DVを受けたことがない人は、何がDVであるかを理解することは難しい。私もこの研究を始めるまではどういった事がDVなのかを全く理解していなかった。しかし、この研究を通して、どういった事がDVであるかと考えること自体おかしいことであることを実感した。暴力は決して比較されるものではない。身体的なものにしろ、精神的なものにしろ、暴力は暴力を受けた場合それは犯罪であり、DVになりうる行為として一般の人に認知してもらえるような啓発をこれから行なっていくことこそ、DV防止につながっていくと考えられる。しかし、啓発活動が盛んに行なわれるようになり、被害が顕在化することで見えてくる課題も多い。例えば保護する場所や、加害者問題である。法律は確かに改善されようとしている(3)がまだまだ富山に求められる支援は多いのである。

 DVはそれ自体が複雑なため、ひとつの機関で相談も受け、生活のための支援も行い、啓発も行い、というのは困難である。だからこそ、複数の支援機関による役割分担とつながりが重要であり、富山県のケースは、それを成功裏に定着させつつあると言えるのではないだろうか。今後も、諸機関が情報を交換し、それぞれの役割を明確にすることで支援の有効性を高めることができると私は考えている(4)

 DVはこれからも相談件数が増加し、声をあげる被害者もこれからもっと増加していくだろう。したがって、これからもっと支援の内容も求められることになる。本論文が行なったのは、そうした時代の中で、富山県における支援のあり方を、その意義を理解しつつ整理することであった。

 

 

 

 

おわりに 〜調査を通して〜

今回この調査を行った上での感想として、ニュースなどではなかなか見かけないにしてもすごく大きな問題であることを改めて認識した。調査当初は本当に何も知らない状態で被害の深刻さや内容については検討もつかなかった。事実、DVを夫婦げんかの延長として考えていたからだ。しかし、今回の調査を通してこれだけははっきり言うことができる。それはDVは決して夫婦げんかの延長では無いと言うことだ。喧嘩というものは平等の条件のもとで、お互いの意見のぶつかりあいで起こるものであると私は考えている。しかし、DVは経済的格差など、夫婦間のパワーバランスが崩れているところからも、条件は平等ではなく、その上で暴力が一方的にふるわれるのだから、明らかに犯罪であろう。しかし、私も実際に暴力を振るわれる立場にたった場合、被害を告発できるかどうかと聞かれたら、それは難しい事かも知れない。というのは、やはり私もこれくらいの暴力は当たり前の事だと考えてしまうかもしれないからだ。そこがDVの真の恐ろしいところであろう。これまで第3者の立場で考えてきたのだが、当事者にたった場合はどうなのか本当に疑問が残る。今後考えて行くべき事はこういったことなのかもしれない。今回はこういった事を考える意味でも実りある調査だったと思う。DVはこれからますます話題になる問題であろう。その度に私はこの問題について今後も考えていきたいと思う。最後に、調査に協力して頂いた方々には厚くお礼を申し上げたい。

                                                   富山大学人文学部社会学専攻 川畑直樹


 



(1)   内閣府が平成12年に行った「配偶者等からの暴力に関する事例調査」に関する報告書である。この調査は夫・パートナーからのからの暴力の根絶を目的として行われたもので、調査対象者は夫・パートナーからの暴力の被害経験を有する女性であり、調査参加人数は62人である。

(2)   富山県が平成14121日から1231日にかけて実施した「男女間における暴力に関する調査」である。調査は満20歳から満79歳の男女を対象に行なわれた。

(3)   第4章第2節2)で示した法律の問題点について、自民党の南野智恵子議員から2004年度の通常国会に提出される改正案で見直しが検討されそうである。改正案の骨子については参考資料として挙げたホームページ(日本共産党 吉川春子)を参照のこと。

(4)   本論文においては、複数の機関の連携による支援が有効ではないかという点を強調した。ただし、C氏による次のような指摘もまた重要である。心身共に傷ついた被害者自身が(精神的にも辛い状況の中で)自ら関連機関に足を運び、同じ話を繰り返し、手続きを取ることはしんどいし、時間もかかる。そのためにはやはり、連携を第一歩と考えて、将来的には一箇所で全ての支援が受けられるようになるのが望ましい。そうすれば、一箇所で全ての手続きができるようになる。

 

参考文献

あごら富山・グループ女綱 2002年『あごら279号』 BOC出版

「夫(恋人)からの暴力」調査研究会 1998年『ドメスティック・バイオレンス』有斐閣

小西聖子 2002年『ドメスティック・バイオレンス』白水社

全国社会福祉協議会 2003年『生活と福祉』10月号

富山県女性相談センター 平成15年度版『女性保護事業概要』

富山県生活環境部男女参画・ボランティア課 2003年『男女間における暴力に関する調査報告書』

内閣府編 2002年『配偶者からの暴力に関する事例調査』財務省印刷局

内閣府編 2003年『配偶者からの暴力に関する調査』国立印刷局

波多あいこ、平川和子編 1998年『シェルター/女が暴力から逃れるために』青木書店

御堂結惟 2003年「DV法とDV対策への視点」『とうきょうの自治』No.51

 

参考URL・資料

     内閣府男女共同参画課、『配偶者からの暴力被害者支援情報』

http://www.gender.go.jp/e-vaw/index.htm

     グループ女綱―ストップDVとやま―、『なづな(女綱)〜ストップDVとやま〜』

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Suzuran/3062/

     日本共産党 吉川春子、『配偶者暴力防止法 改正案骨子』

http://www.haruko.gr.jp/josei/dv_200402dv_kossi.html

     富山県民共生センター サンフォルテ相談室発行リーフレット(2003年度)

     グループ女綱―ストップDV富山― 『2003年度女綱』(2003年度)