第3章 インターネットのメディア特性
コンピュータは、単なる計算機としての道具ではなくなり、インターネットのような情報・通信テクノロジーを利用して時間や空間を超えたコミュニケーションを行うことが可能となった。電子メールや電子掲示板、ホームページなど、コンピュータを介したコミュニケーション(Computer Mediated Communication[CMC])は、多様なコミュニケーション形態を私たちに提供している。本章ではまずCMCの特徴についてまとめ、その特徴が特に高齢者にとってどのような意義があるのかを見ていきたい。
3.1 CMCの特徴
3.1.1 通信メディアとの比較
ここでは松尾(1999)の研究を基に、CMCの特徴をまとめることにする。
(表3−1)各種メディアの制約の解放
メディアの種類 |
チャンネル |
距離の制約 の解放 |
時間の制約 の解放 |
対象の制約 の解放 |
即時性 |
記録性 |
対面 |
多様 |
× |
× |
× |
○ |
× |
手紙 |
文字・図形 |
○ |
○ |
× |
× |
○ |
電話 |
音声 |
○ |
× |
× |
○ |
× |
留守番電話 |
音声 |
○ |
○ |
× |
× |
△ |
FAX |
文字・図形 |
○ |
○ |
× |
× |
○ |
携帯電話 |
音声 |
○ |
× |
× |
◎ |
× |
TV電話 |
音声・映像 |
○ |
× |
× |
○ |
× |
コンピュータ |
多様 |
○ |
○ |
○ |
○ |
◎ |
松尾,1999,72頁 表3・1・2を引用
対面コミュニケーションでは、同じ時間でなければならない、同じ場所でなければならない、限られた人でなければならないといった制約があった。それが通信技術の進歩により、各種メディアを利用することで、距離の制約の解放、時間の制約の解放、対象の制約の解放が実現されている。表3−1は、各メディアがどのような特徴を持つのかについてまとめたものである。表からも分かるように、コンピュータでのコミュニケーション、つまりCMCは、対面と同じように多様なコミュニケーションチャンネルを持ち、距離・対象の制約にとらわれない、時間の制約はないが即時にも対応できるといった、これまでのメディアにはないすぐれたコミュニケーション手段である。しかし、コミュニケーション手段の利便性が増したというだけでCMCの評価が他のメディアよりも高まるというわけではない。CMCの様々な制約の解放によって、それがなければ到底知り得ることのできなかった情報を得たり、本来出会うことのなかった人と意見を交換したり、時には多くの人に自分の存在が知られるようになるなど、活動範囲が飛躍的に広がるといった新しい体験が可能となり、生活環境を一変させた。以下、制約の解放という視点からCMCの特徴について見てゆく。
a)距離・時間の制約の解放
距離の制約の開放は、対人コミュニケーションを除いて実現している。時間の制約に関しては、電話や携帯電話がリアルタイムにしかやり取りができないのに対し、手紙・留守番電話・FAX・コンピュータは、相手が同じ時間にいなくてもコミュニケーションは可能となる。しかし、手紙は即時性に欠け、留守番電話やFAXにしても着信音がするなど迷惑をかける場合もあるため、相手の状況を考えなければならない。しかし、CMCの場合、サーバにアクセスすればいつでもメッセージの送受信ができる。そうした点で、CMCは、いつでもどこでもメッセージをやり取りでき、時間や空間の制限にとらわれないというメリットがある。
b)対象の制約の解放
電話の場合、基本的には「1対1」のコミュニケーション形態となる。これに対して、CMCは掲示板などの書き込みであれば、一人のメッセージに対して多くの人が、あるいは数人が数人に対してコメントを読んだり書き込んだりする形式である。また、ホームページの場合も、ホームページを開設すれば多くの人が閲覧できる。つまりCMCでは電子メールを除いて、「1対 多数」や「多数 対 多数」のコミュニケーションが可能である。同時に、これまでは限られた人としかコミュニケーションができなかったが、対象の制約の解放により、不特定多数の未知の人と交流が可能となっている。
c)社会的制約の解放
CMCの場合、文字情報が中心となるため、動作、表情、服装、言葉の抑揚といった非言語的要素がほとんどなくなる。また、性別、年齢、職業など自分についての情報を明かさない限り、匿名的な存在でメッセージのやり取りに参加できる。非言語的手がかりの欠落は、微妙なニュアンスが伝わらなかったり、匿名性の下では無責任な言動を誘発しやすいなど問題点がしばしば指摘されている。しかし、このような匿名性の保証は、コミュニケーションにおいて制約を開放するという長所がある。これについて干川は、「(匿名性に基づいて発言が行なわれる場での)発言の信憑性は、発言者の社会的属性に付随する権威によって付与されえない。唯一、それを読む相手を納得させ重要さを認めさせるのは、書かれた発言の説得力や情報としての価値である。」と述べている(干川 1994:294)。要するに、日常生活における人間の評価基準である社会的地位がCMCでは(公表しない限り)無効となり、誰もが対等な立場で自由に発言できる機会が与えられているということである。また、普段、若者が目上の者に意見を述べることや、逆に年上の者が年下の者に教えを請うことはどうしても憚られるが、CMCではそういった面ではフラットな人間関係を築くこともできる。
3.1.2 マス・メディアとの比較
次に、情報の発信、収集という側面から、CMCとマス・メディアについて比較する。
d)双方向性
両者の大きな違いは、双方向のコミュニケーションかどうかにある。これについて干川は以下のように述べている。
「基本的に、マス・メディアは、特権的な地位を占める1つの送り手と極めて多数の
受け手の間で一方向的にメッセージが伝達される単一方向のメディアである。これに対
して、CMCでは、基本的に、送り手と受け手の区別はなく、誰もが掲示板や電子会議
において発言することができるし、誰もがそれを読むことができ、またそれについての
コメントを書き込むことができる。この点で、CMCは双方向性をもち、かつ、発言の
機会の平等性と発言の自由が容易に保たれるメディアである。」(干川1994:291−292)。
また、マス・メディアから得る情報は、膨大な情報の中から必要なものだけが選択され編集されている。しかしCMCでは、誰もが情報を発信できるため、さまざまな情報が交錯している。そこで利用者は、「情報を効率良く選択し加工し有効に利用する情報処理能力」(情報リテラシー)が必要となる。従って、「CMCはそれを活用しようとすればするほど、能動性をより強く要求されるメディアである。」(同書:292)
CMCが少なからぬ努力が必要だという点で、付け加えておかなければならないのは、情報を手に入れるには高度なリテラシーが必要となることである。テレビは電源とチャンネルボタンを押すだけで情報は自動的に入ってくる。しかし、CMCで情報を得るにははまずパソコンの基本操作に必要なパソコンリテラシーや、必要な情報を選択する情報リテラシーが必要となる。
CMCは確かに双方向のコミュニケーションが可能であるが、それは電子メール、電子掲示板、チャットといった共通のテーマのもとに集まる仲間同士でのコミュニケーションで、範囲がやや限定されている。これに対して、同じCMCであってもホームページは性格が異なる。川上(2001)はウェブコミュニケーションの特徴を次のようにまとめている。
1. 狭義のCMC(電子メールなど)は基本的に双方向性を前提としているが、ウェ
ブコミュニケーションは双方向ではなく発信者からの一方向のコミュニケーションを前
提としている。2.狭義のCMCにおける情報は、基本的に他者に向け発信されるが、
ウェブコミュニケーションは、発信というよりは提示である。3.ウェブコミュニケー
ションは、相互行為を前提としないため、発信者による独白である。4.狭義のCMC
では、参加者は対等な関係であるが、「ウェブコミュニケーションでは「見る側」と「書
く側」が決定的に分裂し、「書く側」がウェブコミュニケーションの主導権を完全に握っ
ている。」(川上 2001:251−256)
こうした特徴から、ウェブコミュニケーションの形式としてはマスメディアと共通する部分が多い。しかし、マスメディアでは権限を持った特定の者だけが情報を発信できるのに対し、CMCは誰もが自由に情報を発信できるという点が大きく異なる。
3.2 高齢者にとっての情報化の意義
3.2.1 負担の軽減
清原は、高齢者(及び障害者)が情報通信社会へ積極的に参加することの重要性について次のように述べている。
「パソコン・インターネットは、物理的距離を越えた情報交換やコミュニケーション
を容易に可能にするし、電子政府や電子商取引、在宅学習等の制度の実現は、特に移動
に困難のある高齢者・障害者にとって自立的な社会参加の機会を拡大すると考えられる。
高齢者・障害者にとって、自由な社会参加活動の選択肢を持ち、他者と一緒に社会に参
加でき、サービスを受けると共に、サービス提供者として相互支援の担い手となるよう
な社会の構築は、社会参加機会の保障のために不可欠である。」(清原 2001:18)
身体的な不調を抱える高齢者、車など移動手段を持たない、さらに交通の便が悪い地域に住む高齢者であれば、それらの不都合が比較的少ない者よりも情報化による恩恵は大きい。体力があり移動手段もある者であれば、実際に出掛けることも困難ではないが、わざわざ遠くに出掛けるという手間が省けるという利便性がインターネットにはある。しかしそれに加えて、上記のような者にとっては身体機能をサポートしてくれるという意味を持つ。例えば今まで援助が必要だった移動の必要がなくなることで、自立的な社会参加の機会が拡大されるのである。これは、インターネットの特徴である、「距離の制約の解放」によるものである。
しかし、第1章でも触れたように、高齢者のインターネットユーザーの間ではオンラインショッピングなどを利用している人の割合が少なく、あまり浸透していないの現状である。
3.2.2 コミュニケーションの拡大
第2章で既述したように、高齢期はそれまでの人間関係が狭くなる。退職後はこれまで一番関わりのあった職縁を失い、またその頃は、子供も自立をし親元を離れてゆく。必然的に人とのコミュニケーションが減ってゆくのが定年後・子育て終了後の特徴である。つまり定年後は、職場や家族以外の趣味の仲間や地域の住人との交流がこれまで以上に重要となり、新しい人間関係の形成、新しい社会との繋がりが必要となる。
例えば、時間・距離の制限のないCMCを使えば、共通の趣味を持つ仲間が容易に見つかる。出会った仲間とメール交換をしたり、あるいは実際に出会う機会があるかもしれない。CMCがなければ存在すら知らない相手であったはずなのだ。そういった仲間と新たな人間関係を築くことが可能となる。また、社会的制約の解放という性質により、匿名でのコミュニケーションが許される。これは年齢に関係なく発言ができるというメリットがある。例えば、若者の輪の中に年配の者が一人入っていって話しに加わること、あるいは側に行って聞き入ることは実際なかなか出来ることではない。それがCMCでは様々な属性や話題の中に自由に参加することができ、新たな社会との繋がりができる。
よって、自宅にいながら社会との繋がりが保てる、世界が広がり友人が増える、年齢に関係なく活動できるというCMCの特性は、高齢者のコミュニケーションにとって有効なのではないだろうか。
以上、高齢者における情報化の意義を紹介したが、現段階では、飽くまでも高齢者がインターネットを利用することによって「期待される効果」という仮説に留めておく。では実際に高齢者は、インターネットの有用性についてどのように感じているのだろうか。第4章のインタビュー調査において詳しく見てゆくこととする。