第1章 高齢者のパソコン・インターネット利用実態
1.1 依然少ない高齢者のパソコン・インターネット利用
総務省の平成14年版「情報通信白書」によれば、平成13年末の時点でのインターネット利用者数は5,593万人(人口普及率44.0%)、その内パソコンによるインターネット利用者数は4,890万人、インターネット世帯普及率は60.5%となった。
次に平成13年「通信利用動向調査」で世代別のインターネット利用率を見ると、10代から30代では約70%と利用率は高い。40代から50代になるとやや利用率は落ち込み、60代に至っては急激に減少している。このように、高齢者層のインターネット利用者数は依然少ないことが分かる。また、パソコンの利用率も同じ傾向にある。(図1−1)
総務省,2001,平成13年「通信利用動向調査」
高齢者のパソコン利用率、インターネット利用率が他の世代よりも低い要因の一つとして、キーボードに入力するなどの操作能力(パソコンリテラシー)、マナーを守る、セキュリティを意識するなどインターネットや電子メールを適切に利用できる能力(インターネットリテラシー)、膨大な情報を自ら選択し処理する能力(情報リテラシー)が必要となることがあげられる。テレビのような情報機器は特別な能力や知識がなくても、電源を入れチャンネルを変えるだけでテレビが提供する情報を受け取ることができるが、パソコンで情報を得るには高度な能力が必要となる。確かに、パソコンは操作が難しく、気軽に始められるものではない。特に高齢者はパソコンのような機器自体を見て「何となく怖い」「難しいに違いない」といった抵抗感が先行し、始めから受けつけない人も多い。しかし、パソコンが高度な能力を必要とするメディアであるという点では、呑み込みの早さに多少差はあるとしても、若者であろうが高齢者であろうが、使いこなせるかどうかは個人の積極性や努力によるところが大きい。それではなぜパソコン利用率・インターネット利用率が高齢者層では極端に低くなるのだろうか。
一つの考え方としては、高齢者とその他の年代ではパソコンの利用機会において社会的な環境の違いがあるということである。例えば、平成11年に決定された「ミレニアムプロジェクト」では、新世紀を迎えるにあたり、今後日本が国際経済社会にとって重要性や緊要性の高い情報化、高齢化、環境対応の三分野についてのプロジェクトがとりまとめられた。その枠組みの中の一つ、「教育の情報化」については、「2001年度までに、全ての公立小中高等学校等がインターネットに接続でき、すべての公立学校教員がコンピュータの活用能力を身につけられるようにする。(中略)2005年度を目標に、全ての小中高等学校からインターネットにアクセスでき、全ての学級のあらゆる授業において教員及び生徒がコンピュータを活用できる環境を整備する」とある(首相官邸 1999)。現在、学校教育においては、平成14年度から実施されている新学習指導要領の下で、1)小・中・高等学校を通じて各教科や総合的な学習の時間においてコンピュータやインターネットを積極的に活用する、2)中学校では技術・家庭科で「情報とコンピュータ」、そして高等学校では平成15年度より「情報」を普通教科として新設・必修とするなど、情報教育が導入される(総務省 2002)。また、社会人であれば現在のビジネスシーンにパソコンは欠かせない。むしろパソコンを利用できることが当たり前とされている。
このように学生や社会人は、勉強や業務上でパソコンが必要であることから、パソコンを使用する明確な動機があり、学習する環境が整っている。また、日々パソコンに触れなければならない状況にあり、利用頻度も高い。一方、ほとんどの高齢者にはそのような機会・環境・状況がないという違いがある。内閣府「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」では、情報機器を「いずれも使わない」が78.9%となっており、その理由については「必要性を感じないから」という意見が78.0%であった(内閣府 2002:136−137)。川上(1996)は、なんらかの契機で情報機器に接触せざるを得ないという体験が、年齢に関わりなくメディアリテラシーを高める。従って「使わない」から「使えない」という見方が必要だという(川上 1996:33)。とはいえ、パソコンやインターネットは、仕事や学業に限らず日常生活の場でも十分必要性を感じ得るものである。「必要性を感じない」という理由が多く聞かれる現状に関して橋元は、特にインターネットの非利用者はインターネットを利用することのメリット、利用しないことのデメリットを認識していない、つまり、そのメリットは利用者しか認識できないものであり、非利用者は何が不利益なのか認識できないまま自足してしまっていると述べている。(橋元 2001:184−192)
1.2 高まるパソコン・インターネット需要
自由時間デザイン協会(旧余暇開発センター)は、毎年全国15歳以上の男女を対象に「余暇活動に関する調査」をおこない、90種目の余暇活動についての参加率、参加希望率等を調査している。その調査結果(『レジャー白書』)の中で、余暇活動の「潜在需要」(参加希望率から現在の参加率を差し引いた値)、つまり今後実現が期待される種目の需要の大きさを上位10種目まで示している。「パソコン」の順位は、60代以上の男性が平成10年では4位、女性は6位、平成11年は男性が3位、女性が4位、平成12年は男性・女性ともに5位・13年は男性が5位であった。また、「ライフステージ類型別潜在需要」においても興味深いデータが見られた。「ライフステージ類型別潜在需要」では基本属性とは別に「フリーター」、「団塊の世代」などのカテゴリーを設け、ライフステージやライフスタイルの相違から日本人の余暇活動の特徴を捉えている。その中に「新パワーシルバー」(60代の男女で、新制の短大・高専卒以上、及び旧制高校卒以上など高学歴者)と「超高齢者」(70歳以上の高齢者男女)と呼ばれるライフステージの類型がある。(1)そこでの「パソコン」の順位は年齢・性別といった基本属性別の順位よりも高く、「新パワーシルバー」では平成11年に3位、平成12年には2位、平成13年では5位であった。「超高齢者」では平成11・12・13年いずれも3位であった。前節で述べたように、高齢者のパソコン利用率はかなり低かった。ところが潜在需要に至っては、数ある種目のうち特にパソコンが台頭しているという事実から、パソコンは高齢者の間でもかなり関心を寄せていると言える。
一方、インターネットの潜在利用については、総務省「ITと国民生活に関する調査分析」(総務省,2002)(2)の中でインターネット未利用者、特に主婦と高齢者を対象にしたアンケート調査が行われた。調査結果によると、インターネット未利用の高齢者であっても、約4割弱の人がインターネットの利用の「必要性」を感じ、かつ、「インターネットを利用したい」(=潜在的利用層)と考えていることが分かった。利用中間層(インターネットの「必要性」を感じ、インターネットを利用したいのどちらか一つが当てはまる人)を合わせれば約5割の高齢者がインターネットに何らかの関心があるということになる。高齢者の潜在的利用層がインターネットを開始する条件としては、「近くに教えてくれる人がいること(18.5%)」「インターネット料金がもっと安くなること(17.8%)」「パソコン端末の価格がもっと安くなること(15.8%)」「もっと入力が簡単になること(15.5%)」「趣味で必要になること(14.9%)」などが挙げられている。
*
インターネット潜在的利用層:
「インターネットの必要性を感じ」、かつ「インターネットを利用したい」と考えている人
インターネット利用中間層:
「インターネットの必要性を感じ」、「インターネットを利用したい」のどちらか一つが当てはまる人
インターネット非潜在的利用層:
「インターネットの必要性を感じ」ず、かつ「インターネットを利用したい」と考えていない人
総務省,2002,「平成14年版情報通信白書」
高齢者がパソコンを利用するにあたり、パソコン環境の有無だけでなくサポート環境も重要な点であることが分かる。政府は、平成12年度の補正予算の内「情報通信技術
(IT)講習推進特例交付金」を設け、地方公共団体が自主的に行う「IT講習会」の開設を支援するべく、都道府県に交付金を交付した。この事業は高度情報通信ネットワーク社会の実現に向け国民がITを積極的に活用できるよう、すべての住民がIT講習を受ける機会を飛躍的に拡大させるという趣旨により実施された。IT講習会は、全国の公共機関等にてすべての国民(成人)を対象として行なわれた。講習内容は、パソコンの基本操作、文書の作成、インターネットの利用及び電子メールの送受信といったITの基礎技能を身につける基礎的なものである。当初は平成14年3月末までの実施予定だったが、好評につき15年の初頭までに延長されることとなった(総務省,2002)。また、民間のパソコン教室では、高齢者を対象とした講習が開講されるなど、高齢者の「パソコンは使ってみたいが、とっつきにくい」という気後れ、「教えてくれる人がいれば」というニーズに着目しているものと思われる。
1.3 高齢者層のインターネット利用状況
株式会社日本通信教育連名が、60歳以上の講座受講者を対象に行ったアンケート(3)によれば、パソコンを利用する目的について、「インターネットを使いたいから(89.1%)」が一番多く、次いで「電子メールを使いたいから(84.0%)」「年賀状などのハガキ作成に活用したいから(71.8%)」の順であった。「シニア・インターネットユーザーアンケート」(郵政省,2000)(4)では、高齢者(シニア)がインターネットを始めたきっかけで一番多かったのが「新聞や雑誌等を読んで興味を持ったから(57.2%)」、次が「家族・知人・同僚等に薦められたから(32.9%)」「仕事上で必要だったから(25.9%)」と続いている。
それでは、高齢者がインターネットを利用する目的とはどのようなものなのだろうか。同調査によると、「趣味・娯楽のため(70.5%)」「情報収集のため(59.1%)」「高齢化に伴う心身の諸機能低下を防ぐため(53.4%)」「世の中の動きに遅れないようにするため(49.8%)」「交流範囲を拡大するため(46.6%)」などが多かった。(図1−3)
次に、Yahoo!JAPAN「ウェッブ・ユーザー・アンケート」から、一般的な傾向を見てゆく。「個人的な興味、娯楽の情報収集のため(94%)」「仕事や研究、勉強の情報収集のため(71%)」「商品を購入、検索するため(54%)」が多く、一般には実用面を重視してインターネットを利用している傾向にある。(図1−4)
二つのデータを比較すると、「趣味、娯楽」への利用がどちらも一番多かった。大きく違う点は、まず一般利用者では「商品の購入、検索」が上位にあるのに対し、高齢者層の間ではオンラインショッピングなどの項目が登場していないということである。インターネットショッピングの経験がある人は全体で84%にのぼる(Yahoo!JAPAN,2002)というデータもある中、高齢者層ではあまり関心が向けられていない。また、一般利用者は「仕事や研究、勉強の情報収集のため」といった業務上、学業上の理由が多い。これに比べて、当然ではあるが高齢者層では義務的な「仕事のため」は26.2%と、比較的低くなっている。逆に高齢者層に多かった項目は「交流範囲を拡大するため」が約半数であったが、一般利用者では「誰かとコミュニケーションをとるため」が36%となっている。「高齢化に伴う身体の諸機能低下を防ぐ」という目的も特徴的である。
郵政省,2000,「平成12年版通信白書」
Yahoo!JAPAN,2002,「第12回ウェッブ・ユーザー・アンケート」
さらに、用途別のインターネットの利用状況について、ユーザー全体の利用状況とシニア・高齢者の利用状況とを比較してみる(表1−5)。ユーザー全体のデータは「ITと国民生活に関する調査分析」(総務省,2002)(5)、シニア・高齢者のデータは「シニア・インターネットユーザーアンケート」の資料を使用している。上記インターネットの利用動機の比較同様、調査が異なるため厳密な比較はできないが、両方のおおよその動向は参考までに比較することとした。
まず、共通して利用率の高いものは「電子メール」や「情報収集・検索」「HPの閲覧・ネットサーフィン」である。利用動向に違いが見られたものは、「ネットショッピング(52.2%)」「オークション(36.6%)」が全体では高い割合であったが、シニア・高齢者では「オンラインショッピング」が10.9%と低い利用率であった。このことから、シニア・高齢者のインターネット利用の現状は、オンラインショッピングのような消費行動はあまり振るわず、コミュニケーションと情報収集に限定した段階にとどまっているといえる。
(表1−1)インターネット用途別利用状況の比較
ITと国民生活に関する調査分析 |
% |
シニア・インターネットユーザーアンケート |
% |
電子メール |
96.4 |
電子メール |
93.9 |
メールマガジン |
76.3 |
HPの閲覧・ネットサーフィン |
79.9 |
情報収集・検索 |
70.0 |
情報検索 |
56.2 |
ネットショッピング |
52.2 |
メーリングリスト |
27.8 |
ニュース閲覧 |
48.8 |
HP公開 |
27.2 |
オークション |
36.6 |
メールマガジン雑誌 |
17.9 |
画像・音楽等のダウンロード |
33.0 |
電子掲示板 |
16.9 |
動画の受信・ダウンロード オンラインゲーム |
26.1 21.4 |
オンラインショッピング チャット |
10.9 5.1 |
各種チケット予約・購入 |
21.4 |
その他 |
5.1 |
総務省,2002,「平成14年版情報通信白書」 郵政省,2000,「平成12年版通信白書」
図1−6は、「シニア・インターネットユーザーアンケート」で実際にインターネットを始めてよかった点は何かという設問に対する回答の結果である。(図1−3)で先述したインターネットを始めた目的である「趣味・娯楽のため」「情報収集のため」は、期待通りの満足が得られているようである。そして、「交流範囲を拡大するため(46.6%)」という目的も「交流範囲が拡大した」が63.9%と、期待通りとなった人に加えて、実際に使用してみて予想以上に交流が拡大したと感じた人がいたということになる。
郵政省,2000,「平成12年版通信白書」
以上より、高齢者層のインターネット利用傾向が浮かび上がった。インターネットは趣味や娯楽への活用、情報収集が主で、全体の傾向に添っている。特徴といえるのは、他の世代よりもコミュニケーションを重視しているが、ネットショッピングのような消費行動には関心を示していないということである。