第3章 結論
ここでは第2章で見てきたFさんのライフストーリーにおいて、家族構成員の発言から見えてきた関係性を取り上げていく。
1、地域や人とのつながり
Fさんが幼いころは障害者を外に出すことはあまりしない社会情勢であった。しかし、Fさんは歩くことは出来なかったが幼少期からよく外に出ており、近所の友人との交流もよくあった。乳母車に乗って友人や姉が遊んでいるのを見ていることもあれば、姉と外でままごとをしたりもしている。姉の友人もFさんが歩けなかったり、しゃべれなかったりしてもそのまま存在を受け止め、遊びに行くときに一緒に遊ぶように誘い、共に行動している。また歩行器を使うようになるとFさんは1人で外に行くこともしばしばあった。親側もなるべく外に出そうという意識をもっており、Fさんにせがまれて百貨店に連れていったりといろいろなところによく出かけるようにしていた。母親は特にFさんを外に出すことに関して「はずかしくないのか」、「かわいそう」といった良くは捉えていない周囲の発言があっても「色んなもの見せたりやったり、聞かせたりしないとだめだと思ったからね」と述べ、障害を持っているからこそ様々なことを見聞させることを重要視している面がある。
Fさんが養護学校に行っていた折の外泊で家に戻ったときには、姉がFさんと弟を乳母車に乗せて散歩に行ったり、近所の子と遊びに出かけたりしていた。また家族5人で海水浴やドライブ、ショッピングによく出かけ、外に出かけることに重きをおいているところがあった。
また高等部への進学や更生施設の入所の際には「家に来たらもうそれで終わりなのよ、今までしたこと全部水の泡になるじゃない」と母親が高等部を作った理由として述べているが、そこにはFさんが述べているように「家に帰っても、やっぱりなにも、しなくなると思われていた」という面がある。そんな中でFさんが年齢に応じて交流していくべきと思われる人々の輪の中でいろいろな経験を積むことを母親は考えて、その時々の進路の選択をFさんにとるようにさせている。Fさんの発言から知ることが出来るが、それは高等部を作るときの親の考えとして「まだ子どもだから、そんな大人の中にいれたくない」ということや、更生施設に入ることになったときに「子どもの世界しか知らないから、大人の世界を、体験してきなさい」と親から言われたということがある。それはFさんが在宅生活を送っていたときに、母親からDへ行くことを薦められたことも同様である。「年寄りから若いものからいるから、色んな話あるから、(中略)世間のねえ、話また聞くのに、行くのなら行ってもいいよ」という母親の発言からも見えてくる。また在宅生活を送っているときに、Fさんは友人とコンサートに行ったり、障地問の活動に参加したりしている。そうしたFさんの行動で、両親が目的地までの送迎を行なっており、Fさんは自由に行動出来ている面があった。
Fさんが外に出ることが好きであったということもあるが、なにより母親が様々な経験をFさんにさせようとの思いが強いことからFさんは幼いころからいろいろなところへ自由に出かけ、また地域の人たちとの交流をするきっかけが作られている。
2、家族が介護役割を担う
Fさんは施設にいたころまでは時間はかかっていたが、自分の身の回りのことは自分で行なっていた。しかし、在宅生活を送る中で二次障害が出てきたことで介護を必要とすることが多くなっていく。そうした中で親しか頼れる人がいないという状況があった。けれどもFさんは昼間家に1人でいる状態がよくあり、自分で対処しきれないことが起きたことを考えると不安を感じるようになる。そしてFさんは身の安全性を確保するための手段として自立生活を選ぶ。
Fさんは自立生活を始めて1年後から実家に帰るようにしている。その中で介護役割を全面的に引き受けているのが母親である。Fさんは介護が介在することで家族の中で母親との関係がもっとも親密であると述べている。またFさんは母親から今でも家に帰ってこいと言われる中で「共倒れ」という状況を親が考えないということを指摘している。母親は現在介護をするときに腕が痛いと言っている一方で、Fさんが週末に実家に帰ることをやめようという考えに対してそんなことは考えなくてもいいといった発言が出てくるといったことが挙げられる。また母親から「死んだらすぐに迎えに来る」と度々言われており、そのことで介護関係が続くと「子殺し」の危険性が高くなることをFさんは不安な点として挙げている。
姉の発言にあったことだが、Fさんのからだと介護の方法を最も分かっているのは家族の中では母親である。そのように介護において母親との親密な関係性にある中で、Fさんは「子殺し」の危惧を抱いている。こうした不安は母親のサポート役を果たしている父親や、介護にほとんど携わっていない兄弟との間には現在ないものである。Fさんは在宅生活において二次障害が出てくる中で「頼れるのは親だけ」であるのに、親に「ほうりっ放し」にされていた状態があった。そうした中で「もしここでなにかあったら私絶対に、死ぬわ」という気持ちを抱く。そのため自立生活を始めた当初は介護者を確保するということで安全性を求めた。しかし今では、家族内に関係性が閉ざされることで、家族の中にのみ問題が内在するという危険性をなくすという意味での安全性を求め、家族そして特に母親と距離をおくことを必要としている。そこには他の家族構成員との関係性においても、常に母親との現在のような関係性になることがある可能性を回避している面もある。親としては介護を行なうことは「生きる支え」となっているところがあり、自分たちが出来る限り面倒を見たいという意識が強いことが見られる。
介護という関係性を持つことに注目すると、障害者が家族に囲い込まれてしまう中で、問題が家族内にのみ内在する危険性が生まれる状況が浮かび上がってくる。このような可能性をなくすために家族に距離をおき、介護関係を家族の中になるべく持ち込まない生活をすることが選ばれている。
3、家族の場に対するもう一つの思い
Fさんはこれまでの人生の大半を養護学校や更生施設で、家族と離れた状態で過ごしている。養護学校に入るまでは姉が学校から帰ってきた後によく一緒に外に行ったり、父親とはFさんがお父さん子であったこともあり、ほとんど常といっていいほど一緒にいた。弟はまだ幼く一緒に遊ぶという年齢ではなかったので、弟とFさんの交流は少ない。しかし家族という場を中心に過ごしていた幼少期は家族と過ごすことはFさんにとって特別なものではなかった。
Fさんが養護学校に入ったころは家に帰れるときはお盆とお正月のみだった。それも期限が決められていた。家族との面会や外泊が少なかった状況では「親子離れさせる」といった名目があった。また、夜に両親だけまたは家族で、寮で寝ているFさんの様子を見に行っていたが、「顔見たらね、やっぱり里ごころついて絶対Fちゃん泣いて家帰るって言うからだめよ」と親が姉に言っており、家族と離れた状況での生活に慣れさせようとしている面がある。
しかし次第に面会や外泊が出来るようになり、家族と週末に会う機会は増えていくようになっていった。家族は週末にはFさんを中心に行動出来るように用事を入れないようにし、多くを家族5人で過ごしていた。行動においてもFさんがしたいことが優先されていた。このことに関して姉は「一週間できなかった分を、言っていたからうん。それでバランスは取れていたんじゃないかな」と述べている。
Fさんは体調が不調になることがよくあった。しかし病院と寮が併設されているために家に帰りたくても帰らせてもらえないことも多かった。そんな中で「多分家に帰ると安心するんだろう。ま、精神的なものもあるのだろうけど。安心して痛くなくなるとか」ということがあった。そんな中養護学校や更生施設に行っている間は月に数回家に帰っている状況で、「自分の居場所がない」、「お客様」状態だった面もあった。けれどもFさんにとって家は安らげる場所として大きな存在感を持ったものである
そんな中姉の発言にもあるようにFさんには「家族はすばらしい」とある時期まで思っていた。姉や母親が指摘しているように家族と過ごす時間がほとんどない状態で家庭のいい面しか見ていないということがある。
家庭内の状況が全く分からないことで家はFさんにとって、自分の居場所を定めることの出来ない空間でもあった。養護学校や施設生活を送り、家族と距離をおいている状態の中、Fさんにとって体調不良といった寮生活などで嫌なことがあったときに落ち着くことが出来、安らぎがある場所として存在していた。
更生施設を出ると、Fさんは帰りたかった家に戻って生活を送ることが出来る。最初のころは「1人で、家にいるのが楽しかった」とFさんは述べている。またFさんは友人と映画やカラオケ、またDや障地問といった場に自由に出かけて行くことが出来た。出かけるときは両親に送り迎えしてもらっていた。
在宅生活を送る中でFさんは父親の金銭トラブル、職を度々変えるといったことや両親の離婚騒動といった家庭内の問題を見るようになった。また昼間家に1人でいることにもしも自分になにかあった場合に自分の命が保障されないのではないかという不安をもつようになったことで家族と離れて自立生活をすることを決める。
そうして始めた自立生活だが、Fさんは「家のほうがね、自由だったのよ」と述べているように自立生活では人手がないこともあって在宅生活と比較して自由が利かないことに大きな不満をもつようになる。そして、始めて1年後に週末に家に帰るようになる。Fさんにとっては気分転換になっているということが述べられる。このことは姉も同様の指摘をしている。
またFさんは自立生活を3年ほど続ける中で自立生活をして良かったと感じるようになる。その理由として二軒目の家は自分で探して決めた家だということもあり、落ち着ける。またそうした中で自分の居場所があることを実感出来たことがある。
自立生活を始める前、特に更生施設にいた間までは、Fさんにとって家族という場は安らぎを求める面がある。その一方で、長年距離をおいて限られた時間の中でしか共に過ごすことしかなかったことでFさん自身が落ち着ける場所を見つけることが出来なかった。しかし現在、養護学校や更生施設にいたときと同様に、週末に実家に帰ることで気分転換を図っている。生活を送る中でバランスを保つために家族という場はFさんにとって拠りどころとなっていると思われる。
4、兄弟との関わり
Fさんと姉は家でよく一緒に遊ぶ仲であった。弟とは一緒に遊ぶということがあまりない中でFさんが養護学校に行き、姉と比べると一緒に過ごす時間は短い。養護学校にFさんが行っているときにおいてFさんと会うとき、特にFさんが家に帰ってくると、姉がFさんと弟を乗せた乳母車を押して散歩に行ったり、ゲームをしたり、一緒にテレビを見たりと、姉と弟と行動を共にすることも多々あった。姉は週末家族で出かけていたことに関して、「大人が思うほどしんどくもなかったし、うん。結構楽しかったよ」と述べている。一方養護学校や施設にいるときに、家族で行動することが外泊のときの常であったことに関してFさんは、「たぶん兄弟犠牲にしてるわ」といったことや「振り回されてるな」といった思いを抱いていた。Fさんの発言では普通の兄弟にあるように一緒に遊んだり、けんかするということがあまりなく、接点がないといったことが述べられている。そうした関係であるために、「遠くの親戚より近くの他人」という感じをFさんは持っている。
またFさんは姉には色々なことを話している。例えば更生施設では自分のペースで夜中に行動する人がいたことや、集団生活の中で人間関係に悩み、「頭おかしくなるわ」ということをこぼしていたことが挙げられる。また更生施設でFさんに好きな人がいたこと、そしてその人が亡くなったことを姉だけが知っている。母親はトラブルがあったのだろうと推測していたが、具体的な話をFさんから聞くことはなかった。姉とは年齢が近いこともあってFさんが親に相談できないようなことも気軽に話しているところがある。
一方弟は、弟自身が中学でクラブ活動をするころから週末家族5人で行動するということをあまりしなくなり、Fさんとの間に距離がある状態になる。
Fさんが自立生活を決意したことに関しては、積極的に受け入れており、姉も弟も「やりたいならやってみればいい」といったことを述べている。また自立生活の現状に関しては、姉はFさんの周りに多くの仲間がいることに「安心」感をもっており、「肉親の出番がこのごろないような感じでね。でもそれぐらいが一番いいんじゃない」と思っているが、こうした状況が「さびしい」という思いも少し抱いている。だが、Fさんが今の生活を続けていく中でどんどん好きなことをしていけばいいという思いも姉は抱いている。また弟はFさんが自立生活を始めたことは「いい道を選んだ」と感じている。そこには家にいても「何もすることない」中、Fさんが暗くしずんでいるように弟には見えていたということもある。そして「この先どうなるのかな」という不安を感じていたということがあった。そして弟も自立生活の良い点として、家にいると1人だが、今は周りに仲間が多くいることを挙げている。
弟は現在Fさんが実家に帰ってくるときに送り迎えをほんのたまにしたり、家ではFさんが頼んだことをやったり、ちょっとした話をしたりすることもある。弟は週末にFさんが帰ってくるので改めてFさんの今生活している家に行くことはないが、姉はときどきFさんの家を訪ねることがある。しかしFさんはいないことが多く、会えることが少ないことを述べていた。
また姉には介護に関しての言及が見られた。まず、Fさんが身の回りの介護を両親がずっとやっていたら「気がめいってくると思う」といった「精神的負担」を、自立生活することでなくしていることを指摘している。また現在Fさんは肉親による助けを必要としていないような状態であり、それがいいとも述べている。けれども家族の中で現在母親が最もFさんのからだや介護のことを最も知っているということも挙げ、何らかの形で将来Fさんの面倒を見る可能性もあるとして、母親から介護の仕方を学んでなにかの場合に親から介護役割を引き継ぐ考えを持っている。
Fさんは兄弟との現在そして将来での関係性はそれぞれの生活を大切にすることが良いとしている。「兄弟に面倒見てもらえるわけもないし」、「面倒見てもらうとか、そういうのは、したくないの」と述べている。それには兄弟に負担をかける状態になれば、親と同様に問題が生じた場合に、家族だけで解決しようとする状況につながりかねないという不安を抱いているためである。そうした思いがあり、Fさんは兄弟とも距離をおいた関係でありたいと考えている。
両親は特に兄弟にFさんの面倒を見てほしいといった発言はしていない。またそのことをFさん自身も知っていた。しかし、兄弟は親の死後といった場合に面倒を見なければといったプレッシャーを持っているようであるとFさんは述べている。弟からはこうしたことに関する発言は特になかったが、Fさんが家に帰ってくることがあれば、「いつでも帰ってきたらいいよ」と述べている。また姉は気にかけている面はあるものの、「切羽詰った」状態でFさんのことを考えることはないとしていた。
兄弟を見てみると、姉においては介護への意識が高い。その一方で親のように家に帰ってきて一緒に生活することを、今のところは望む発言は兄弟からされることはない。Fさんが自立生活している状態を良しとし、Fさんの意思を尊重している面が両親よりも大きいように思われる。
総括
Fさんは幼いころからよく外に出て近所の人とも交流も多くあった。親の側も色んな経験をFさんにさせたいと考え、周囲からそれをよく捉えない反応があってもFさんを外に出し、いろいろなところに連れて行くようにしていた。そのためFさんは在宅生活を送っていたときでも好きなように外出していた。また両親が車で送り迎えをするということをしていた。こうしたようにFさんは幼いころから在宅生活までの間において家にいるときは外に積極的に出ることの出来る環境にあった。
一方在宅生活のころから始まる介護関係に注目してみると、特に母親が全面的にFさんの介護をしている中で親密な関係が作り出されている。この関係では「子殺し」や「共倒れ」の可能性といった問題性が含まれる危険性をFさんは挙げている。こうした問題に関して姉が、精神的負担があることを示唆しているが、Fさんが不安に思っているほど家族内に関係が閉ざされてしまうことに家族は意識が高くなく、親はそれよりも面倒を見ていきたいという思いが強い。そんな中家族以外の人との関係性がない状態から抜け出すためにFさんは家を離れ自立生活を行なうようになる。
けれども自立生活において外出などの行動をするときに介護人と都合が合わないことで、Fさんが思うように動きが取れないことがしばしばあった。Fさんは家にいる中で、親が車で目的地に連れて行ってくれ、好きに行動出来る点が良かった面として大きくある。そうしたことから自立生活において不満な点が出てくることもあり、週末に家に帰るようになる。そしてお気に入りの場所に行ったり、家で少しの間くつろぐことで気分転換を行なう。ここから介護関係を取り除いた状態ではFさんにとって家は安らぎの場であるといえる。そして自由に行動出来ることが大きなメリットとして挙げられる。
これらを見てみると、介護関係がある状態では家族のみしか関係性を持つことが出来ないという閉ざされた状態を作りだしているともいえる。そこで自立生活を選び、家族と距離をおくことで、介護関係の中で生み出される「閉ざされた家族関係」から抜け出すことが目指されている。一方介護関係がない状態では自由に行動することが出来たり、家が安らげる場所であるなど開放的であり問題はない。こうした介護関係が含まれない面においては、自立生活を行なっている中でも安らぎが家族の場に求められており、家族のほうに向かうことが見られる。
現在Fさんは週末に家に帰っているが、親が年齢を重ねる中でそろそろ家に帰ることをやめようと考えている。それは親の肉体的限界を考えてのことである。
Fさんが自立生活をする中で長年週末に家に帰り、気分転換を図っていた。自立生活では自分の居場所を定めて落ち着いた生活をすることが出来る。その一方で家では自由に自分の思うように動けるというメリットがある。けれどもFさん自身の安全性という点では現時点では自立生活を続ける、将来的に続けられなくなった状況では施設に行くというという方向性を取ることが考えられている。
一方で親はFさんが自立生活を続けていくことよりも、家に戻ってきてほしいという意識が高い。そこには家族でFさんの面倒を見ていきたいという思いがある。しかし兄弟は家にいることよりも、自立生活する中で多くの知り合いを作って様々な関係を作っていく点に注目し、Fさんが自立生活している状況を良いとしている。
Fさんはもともと地域とのつながりはもつことはあり、親もこうしたつながりを重要視している面があった。けれども介護関係がある状態だと問題を含んだ「閉ざされた家族関係」になってしまう。そうした関係を回避する為にも家族が介護を負担し続ける状況を減らす為にも家族との間に距離をおいたり、家族構成員以外が介護に関わるといった「開かれた家族関係」へ家族が向かうことが注目される。そうした点でFさんと兄弟の関係性に見られるようにお互いの生活を尊重しながら、なにかあったときに支えあうということを考える現在の関係を保つことが家族にとって良い状態であるといえるのではないだろうか。