ジェンダーの社会学〜女と男の視点からみる現代日本社会

(江原由美子 山田昌弘  放送大学教育振興会 1999年)

様々な社会現象や社会問題を、性別や性差についての社会通念を意味するジェンダーとの関連性で読みとく「ジェンダーの社会学」が誕生したのは、1980年代のことである。1960年代から70年代にかけて、世界の多くの国々において、従来の性役割に対する女性たちからの異議申し立て運動が相次いで起こった。この運動の中で「女性学」が誕生し、「女らしさ」などの性差が社会的要因によって形成されていることが明らかになっていった。同じく80年代には、女性たちの運動に影響を受けて「男らしさ」を問題とする「男性学」が誕生した。これらの、「女らしさ」と「男らしさ」は互いに対比的に構成され、ジェンダー研究が誕生し、「ジェンダーの社会学」は学問として成立したのである。

この本では、現代日本社会において重要だと思われる社会現象や社会問題を、ジェンダーという側面から考察している。「1−ジェンダーとは?」から、未来像を展望する「15−ジェンダー政策と未来」まで、様々な現象や問題を全部で15項目にわけて書かれており、ジェンダーを広く理解できる一冊であるといえる。以下、内容について簡単に紹介していこう。

「2−『女らしさ』と性役割」「3−『男らしさ』と性役割」では、ジェンダーの原点であるともいえる「女らしさ」「男らしさ」について、それぞれの身につき方(ジェンダー化)、性自認、性差意識などについて書かれている。

「4−トランス・ジェンダー、トランス・セクシュアル」では、「セクシュアリティ」の領域で起こっている現象について書かれている。近年、同性愛、性転換など、従来の男性・女性の枠組みを越える現象が話題になっている。しかし、この現象を異常とするのではなく、人間の性のあり方には多様性があるという事実を受け入れなければならない時代になってきたことは確かなのである。

「5−恋愛・結婚」では、恋愛対象、恋愛関係、配偶者選択にかかわるジェンダー現象を探る。どのような異性(同性)を好きになるかどうかは、個人差があり、好みの形成過程もはっきり分かっていない。しかし、どのような資質を持った異性を好きになるか(好かれるか)は、だいたい決まっている。つまり、通常のジェンダー特性(女らしさ・男らしさ)が関わっているのである。また、未婚化についても触れている。未婚者の結婚願望は衰えてはいないにも関わらず、なぜ結婚が遅れるのか。それは、女性が夫に経済力を求めているため、つまり、経済的に低迷を続ける日本で「経済的責任は男性にある」という性役割分業意識が強いためなのである。

「6−リプロダクション−子産み・子育て」では、現代の「妊娠・出産」に関わる諸問題、子育てについて書かれている。現代の子育ての問題として、育児責任は母親にあるとする社会通念が根強いこと、そのために起こる「密室育児」、「育児ノイローゼ」、働く母親たちの苦境などが指摘されている。

「7−家事とジェンダー」では、「家事は女性の愛情表現」とみなされ女性の仕事とされていることを指摘している。戦後の高度成長期は専業主婦が一般化し、男性は家事から遠ざかることとなった。しかし、不況になるにつれ女性も仕事を持つようになるが、依然として家事は女性の仕事であり、負担を強いられている。男性の家事参加、家事の平等化は、家事に対する新しい意味づけを必要としている。

「8−職場とジェンダー」では、性別役割分業意識のもとで、女性労働者に対しては差別があるということから、現代日本の職場に焦点をあてている。

「9−セレモニーとジェンダー」では伝統的な慣習の中にあるジェンダー関係について書かれている。例として結婚式とお葬式が取り上げられている。セレモニーは、伝統や宗教によって彩られているゆえに、なかなか変えられないと考えられがちである。しかし、不平等なものをより対等なものへと変えていくことは決して不可能ではないのである。

「10−セクシャリティと家族」では、広く「身体的に他者を求める指向性」と定義される「セクシュアリイティ」について、男女の性意識、性行動は大きく異なることを始めとしたセクシュアリティのジェンダー差が取り上げられている。特に、結婚後のセクシュアリティ問題が今後の課題となるようだ。

「11−女性への暴力」では、現代社会のジェンダー構造に対する批判的意識が強まっていくにつれ問題とされてきた、家庭内暴力、ドメスティック・バイオレンス、レイプ問題、セクシュアル・ハラスメントなどについて書かれている。

「12−性の商品化」では、売買春問題、セックス・ワーク論の主張、売春以外にも「商品」として現代社会に流通する様々な性情報や性サービスを、ジェンダーの視点から考察している。

「13−介護(ケア)とジェンダー」では、ケア(介護、看護など)の担い手の大多数は女性であることを指摘し、高齢化が進む中で介護における男女平等とは何か、について書かれている。

「14−セラピーとジェンダー」では、最近、心の悩みやセラピー(心理療法)に対して関心が集まっている中で、臨床場面におけるジェンダー問題を考察している。

この本は、放送大学教材ということもあり、ジェンダーについてよく知らない人でもジェンダーが理解できるよう、基本的なことが押さえられている。私も、様々な社会問題をジェンダーという視点から見てみることで、多くの新しい発見を得ることができた。それぞれの問題についての歴史にも触れられており、ジェンダー問題を見直す一冊となった。

(竹内 章恵)


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