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小説の成立 |
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18世紀初めに出版されたデフォーの『ロビンソン・クルーソー』は、これまでにないほど合理的で写実的な描写を駆使しているが、本格的な近代小説と言いきるには、まだためらいが残るような作品である。この小説の新しさは、ロビンソンが自給自足の生活を築きあげる過程を実に詳しく書きこんでいることである。
イギリスにおいて真の意味での近代小説を確立したのは、1740年代に肩を並べて現れたリチャードソンとフィールディングの二人である。
リチャードソンの最初の小説は『パミラ』で、当時の社会の話題をさらう大成功をおさめた。次の作品は彼の最高傑作『クラリッサ』である。『パミラ』では放蕩貴族の奔放な快楽追及と、ピューリタン的な市民道徳の対立が、ご都合主義的なハッピー・エンドで終わっていた。これに対して『クラリッサ』はその矛盾を最後まで妥協なくつきつめて、悲劇的な結末へとつき進んでいる。リチャードソンは女性の立場に立つことによって、恋愛、結婚、家庭など近代社会の基本をなす制度の問題点をあばき出したと言うことができる。
フィールディングは『パミラ』が貞節さを餌にして有利な結婚に持ちこもうとする女の狡さを描いたものだと考え、それを諷刺するために猥褻なドタバタ喜劇『シャミラ』を書いた。リチャードソンの小説が主観的、心理的客観的、パノラマ的に描く作品を書いている。このように客観的な安定した語り手に小説を語らせるという手法を確立したことが、フィールディングが英国小説に残した最大の遺産である。フィールディングの代表作は、『トム・ジョーンズ』である。彼の作品にはリチャードソンほどの深刻さはないが、その後にイギリス小説の大部分が、語り手の視点からの客観描写という彼の手法を受けついでいる。
今世紀になって実験的な前衛小説が現れるまで、スターンの代表作『トリストラム・シャンディの生活と意見』は他に例のない風変わりな作品であった。これは小説形式そのものをパロディ化した小説で、18世紀小説の形式が既にそこまで成熟していたことを示している。スターンは人間の外的な行動よりも、人間の意識の自由奔放で気まぐれな連想と飛躍に興味を抱いていた。そして変人ぞろいの登場人物と無軌道な語りによって読者の笑いを誘いながら、そこにおかしくも悲しい人間性を浮かび上がらせたのである。この作品は小説の歴史に先駆けた前衛小説であると言える。