課題2.ところで、シェイクスピアの作品は、今日シェイクスピアと言われている人物が書いたのではないと、シェイクスピアの著作に疑問を投げ掛ける人は、次の@ABのような主張によってそれをしています。シェイクスピアのサイトをもとに、大学生が書いた次の要約文を読んでください。
@ 大学へ行っていない男の作品にしては、今日シェイクスピアの作品だと言われる作品の内容があまりに教養がありすぎるという指摘である。@'しかしこの主張には、次のような反論が出ている。シェイクスピアはグラマースクールに通っていたが、シェイククスピア時代のグラマースクールのカリキュラムは、ラテン語を書いたり話したりする事を学生に要求したり、古典文学の訓練をさせたり、作品の構成に十分な修辞学や雄弁術を学ばせるようになっている。シェイクスピアの時代のストラトフォードは十分ラテン語に精通していた。従って、シェイクスピアの作品は、シェイクスピア自身が書いたものとみなせ得る。
A 中産階級で、しかも地方出身者の男によって書かれたものにしては、シェイクスピアの戯曲は、外国や貴族の知識があまりにも多すぎるという指摘である。A'しかしこの主張には、次のような反論が出ている。上記の指摘は、本や会話から吸収できる知識というものを無視しているし、時代の社会的移動性もあまり考慮していない。従って、上記のような指摘によって、シェイクスピアの作品がシェイクスピア自身によるものではないと指摘するのは間違っている。
B シェイクスピアの生涯における地方の記録で、ストラトフォードのシェイクスピアに対する明白な参考文献が、彼を作家として同一視していないという指摘である。B'しかしこの主張には、次のような反論が出ている。上記の指摘は確かに真実ではあるが、シェイクスピアの著作に関しては直接関係のない事である。なぜならば、別にストラトフォードの法の役人が、シェイクスピアがロンドンでした著作活動等について言及すべき理由はないからである。
C @ABのように、シェイクスピアの作品は、実はシェイクピアが書いたのではないという議論が持ち上がっている。シェイクスピアの代わりにシェイクピアの作品を書き、シ
ェイクスピアの作品だという置き換えが為されたとする意見があるが、シェイクスピアの作品を実際に執筆したとされる候補者のうち、最近最も有名なのが、フランシス=ベーコン、クリストファー=マロエ、そしてエドワード=デ=ベレの三人である。しかし、シェイクスピアの著作を疑う根拠がたとえなくとも、これらの候補者に対しては多くの強力な議論が取り交わされている。そして、シェイクスピアの著作を扱うこれらの意見が間違いだと反論するのが次の三項目である。
・ フランシス=ベーコンは、ラテン語と英語の両方を駆使して、膨大な作品を書いた勤勉な政治家且つ法律家であり、分析的な考え方を示す彼の作品は全て、シェイクスピアの作品を生み出す精神性とは全く異なっている。
・ 1593年のクリストファー=マロエの死は、イギリス文学史において一番良く文書で立証される出来事の一つである。それ故、シェイクスピアの戯曲をクリストファー=マロエが書いたものだと信じる人々は、マロエが本当には死んでいなくて、彼自身の身元の痕跡を残さずに尚且つ、シェイクスピアによって書かれた物だとして手渡されるまで、連続して戯曲を公の演劇界にどうにかして供給しながら、25年以上も隠れていたという事を想定したければならなくなる。
・ オクスフォードの伯爵(エドワード=デ=ベラ)は、1604年に死んだ。彼をシェイクスピアの作品の実際の執筆者だと信奉する人は、次のようにそれを主張している。「エドワード=デ=ベラは死の時に戯曲の在庫を残したが、その在庫は明確には指定出来ない人々によって、1613年位にそれが無くなるまで劇場会社に次第に送り込まれていたのだ。」しかし、この本質的に不合理な考えは、シェイクスピアが1604年以降にも戯曲を書いた事を示す多くの証拠と食い違うものである。)
(1)
シェイクスピアの作品を実は別の人物が書いたとしてあげられた上記の名前のうち、英語の読み方として適当でないものがあります。それは誰と誰で、正しい読み方に近い発音をカタカナ表記するとすれば、どうなりますか。
Christopher Marlowe クリストファー・マロエ(誤)→クリストファー・マーロウ(正)
Edward de Vere エドワード・デ・ベラ(誤)→エドワード・ド・ヴィア(正)
(2)
上記の要約は自分で調べてみて適切だと思いますか。不適切だと思う点があれば書いてください。
自分でシェイクスピアの”authourship”についてのサイトを見てみたところ、特に不適切だと気づいた点はなかった。しかし、上記の要約で不自然に思ったのはBである。まず、その文章の意図するところがうまく読み手に伝わってこない。私の理解力のないせいかもしれないが、一読してその意味が分からなかった。Bの文章はつまり、どういう事をさしているのだろうか。私が調べてみたところ、それはおそらくストラトフォードにある“ウィリアム・シェイクスピア”についての文献と、一般に知られている作家としてのシェイクスピアの著作物が同じ人物によるものかどうか分からない、という意味になるかと推測した。そうであるとするなら、B´の記述はややおかしい気がする。というのも、Bが真実であるがシェイクスピアの著作に関係ないというのは論法として成り立っていないからである。また、私が調べてみたところ、B´のような記述はどこにも見当たらずこれを書いた著者の個人的な考えだと思われる。
また、同じ不自然さから言うと、フランシス・ベーコンに関する部分で、「シェイクスピアの精神性と、ベーコンのそれが異なる」という点もある。政治家であることは、天才的かつ人間の心情に訴える戯曲や詩を書けないという理由にはならないからだ。
<補足>
・ エドワード・ド・ヴィア説を否定する根拠で、ド・ヴィアが初期に出版した詩の品質がシェイクスピアのそれに劣る問題がある。
・ フランシス・ベーコン説を支える根拠として、「恋の骨折り損」 (Love’s Labour’s Lost, 1954) に出てくる “honorificabilitudinitatibus” という長い単語に “hi ludi F.Badonis nati tuitiorbi” という言葉遊びが仕掛けられており、意味は「これらの戯曲はF・ベーコンの作りて世に残すものなり」となる、という点がある。(しかし、この言葉遊びは「去れ、F・ベーコンよ、シェイクスピアが登場して演劇中である」と読んでみせた人もいるそうだ。)
・ シェイクスピアの蔵書には彼が読んだとされる本が残っていない反面、ベーコンの蔵書にはすべてある。
・ ストラトフォードのシェイクスピアについての記録がほとんど残っていないのに対し、エドワード・ド・ヴィアの記録はたくさん残っている。(しかし、その時点で比べる尺度が異なっており、記録の多い少ないで原作者が誰かということを決める対象にはならないと思うが…)
・ ベーコンは暗号好きで有名である。シェイクスピアというペンネームを付ける際も、聖書を参考にして賛美歌の46番の、最初から46番目の shake と最後から46番目の speare を合わせたと言われている。
・ シェイクスピア直筆のサインは、数も少なくとても貴重であるが、その署名はとても汚くて、綴りもそれぞれ異なっていた。あれほどたくさんの作品を残した人物であるのにおかしい。
(3)
上記のような問題が起こる根本原因は何だと思いますか。空想でもいいから、自分の考えを書いてください。
シェイクスピアのものとされる膨大な知識や才能のすべてを持つという者が、ひとりの人間であるはずがない、という思いからシェイクスピア別人論が広まったのではないだろうか。例えば、「ヴェニスの商人」(The Merchant of Venice, 1596) にはたくさんの法律に関する知識や、外国の知識が詰め込まれている。また、全ての作品を通して言葉が非常に豊かであり、現在“格言”と言われている言葉の多くはシェイクスピアの作品から生まれたものである。それほど彼の作品は群を抜きん出て素晴らしく、神格化されるに値する人物であるということになる。
しかし、その神格化が別人論に拍車をかけた。課題1の中でも触れたように、神格化はシェイクスピアの人間としての実像を時に見失わせてしまう。シェイクスピアの「研究」をしている人は彼の作品に触れることがごく日常的になってしまい、人物像や作品とはかけ離れた “authorship” の議論に熱中してしまうのではないだろうか。或る物をよく見ようとする時、人は近づいてみるがその姿勢はそのもののごく一部分しか捕らえることができないものである。少し離れてみて初めて、分かることや気づくこともあるだろう。
また、これはごく個人的な空想ではあるが、シェイクスピアが後世にたくさんの傑作と謎を残してくれたおかげで(おかげ、というのもおかしな話かもしれないが…)、人々はもしこれが本当のシェイクスピアの作ではないとしたら、あたりまえだと信じて疑わなかったシェイクスピア自身のアイデンティティーに疑いの余地が残っているとしたら、今まで信じていたことが覆されるのはなんと皮肉的なのだろうかと思ったはずだ。皮肉的というのは、それまで神格化されたシェイクスピアは実際存在しなかったという事や、絶対的に傑作とされたシェイクスピアの作品が他人の手によるものだったというなんとも空しい“オチ”のことである。人々はいつしかこのシェイクスピア別人論のシュミレーションゲームに没頭し、本当に前述の“オチ”を迎えることを拒んだり、面白がったりしているというのが現状なのではないだろうか。
[最後に]
私自身シェイクスピアは難解で、触れがたいイメージがあったので、今までどちらかと言うと避けてとおってきた分野だった。しかし、今回、自分から歩み寄ることで、現在のシェイクスピア研究に対する疑問や自分なりの考えを持つことができた。やはり、何事も“食わず嫌い”とはよろしくないものだ。
一つ、どうしてもわからない疑問が残った。それは当時の印刷技術と、シェイクスピアの作品のほとんどが劇であるということに関連している。まず、印刷技術に関してだが、果たして当時の印刷会社は作者の注文どおりに印刷していたのか、ということである。もしシェイクスピアの注文どおりに出版されていたのなら、現在出回っている作品が本当に彼の作品であると言えるだろう。しかし当時はまだ印刷技術ができて間もないはずだ。今のように完璧に誤字脱字誤植がない訳がない。そうなると、現在研究者たちが一言一句丁寧に研究している作品は、本当にシェイクスピアが表現したかったことではないかもしれないという可能性が出てくるだろう。次に、劇であるということは実際に演じる人や演出家というものがいることを示しているのだから、原作者との間に誤差は生じなかったのか、という点がもんだいになる。実際に上演された劇がそのままシェイクスピアの手からでたものでないとすれば、それを研究するのも少しおかしな話ではないだろうか。
自分なりに時間をかけて、シェイクスピアの世界に歩み寄ったものの身近に感じられることは残念ながらあまりなかった。やはり、シェイクスピア研究の壁は厚くそう簡単には入るのを許してくれない。しかし、それだけ奥が深く、一度入り込んでしまったらできるだけ近づいて研究してみたいと思わせる研究対象なのかもしれない。研究対象とすることが難しいと気づいた私は、興味深い謎と世界中から賞賛され続けてきた作品を残した一人の人物としてシェイクスピアに接したいと思う。