英米言語文化特殊講義 課題
0210030027
青木 佳奈子
課題1.
(1)Stratford upon Avon について
Stratford upon Avonについてのたくさんの写真や絵を見たが、どれを見ても“きれい”だとか“美しい”といった感想が出てくるものばかりだった。シェイクスピアは、このような場所に住んでいたからこそ、常に心を落ち着けることができ、作品を作ることが出来たのではないかと思った。また、建物などもとてもきれいだし、毎日そのような建物を見ることで、自然にアイデアが浮かんできたりしたのではないかと思った。
(2)「シェイクスピア中心の図書館」
“The Shakespeare Centre Library”
(3)「皮製品を扱う商人」
“glover and wool dealer”
(4)“Shakespeare or, There
is no painting, drawing or sculpture that we can say with any certainty is a
true likeness of indeed, that was made by anyone who knew the playwright.”や “Shakespeare’s image continues to inspire.”という記述から、シェイクスピア自身についてはっきりしないことが多いなという感じを受けた。
課題4.『ロミオとジュリエット』の最後のシーンについて
ロミオが、ジュリエットは死んでしまったと勘違いをして毒を飲んで自殺し、眠りから覚めたジュリエットもまた、自殺をしますが、ロミオが毒を飲んだ後でジュリエットに「お前は生きろ」といったことを言わないし、ジュリエットも一緒に死ぬことしか考えてないので、お互いに一緒にどちらかの世界で生きることしか考えてないという感じで、それだけお互いの愛が深いのが伝わってくると思う。
『ロミオとジュリエット』を読んで
現代における『ロミオとジュリエット』
シェイクスピア作品の多くは、それらが書かれてから、400年を経た今もなお、世界各地で頻繁に上演されたり、映画化されたりし続けている。この事実だけでも驚異的である。『ロミオとジュリエット』に限定して言えば、若者二人の悲劇的な純愛物語の中には、人間存在の本質に関わる個人と家庭、あるいは社会をめぐる問題が激しく渦巻き、それを突き破って困難を乗り越えようとし、悲しい最期を遂げる恋人達の姿が、時代を超えて鮮やかに示されているからなのだろう。
『ロミオとジュリエット』は16世紀のイタリアの聖職者で宮廷人でも軍人でもあったマッテオ・バンデッロが書いて、フランス語訳を経て、アーサー・ブルックの長い、長い詩「ロミアスとジュリエット」が種本と考えられている。この詩が1562年で、シェイクスピアの作品は1595年頃とされているから、出版されてまもなく飛びついたということになる。この物語は、若い2人があったとたんに一目惚れして愛しあうというのを原点に、すべてを超越する力によって人生が否応なく、流されていくさまを見せることをもって成り立っている。シェイクスピアは、2人の愛は純粋であり、狂っており、端から見たら滑稽であることを何度も描いている。それなら、愛の軌跡を描くのかと思いきや、実は人生が移ろいゆくことを描きたかったかのように、悲劇が次々と2人のところに舞い降りてくるのだ。
この『ロミオとジュリエット』は「悲劇」なのだが,決して「悲劇的ラヴストーリー」では終らない。この映画は,二人の死のみに焦点が絞られているのではなく,二人を中心に,家族,市民,群集へと世界の広がりが常に意識されている。最後の場面も,二人の死で悲しみの内に終るのではなく,二人の死に気付いたロレンス神父が人々を集め,二人の死の前に愕然とし,自分達の愚かさに気付いたモンタギュー,キュピレット両家が静けさの内に和解するところで終る。確かに,主人公の二人は絶望して自らの生命を絶つが,それは人間としての尊厳を圧殺しようとするものに対してのギリギリの選択であった。その死を通して見えるものは,いかに圧殺しようとしても不滅である人間の尊厳である。 二人の愛と死はかえって,多くの人の愛と死となって昇華され,甦ったのである。二人の死は確かに悲劇であったが,しかし私達は,そのドラマから,悲しみだけでなく平和と希望をも感じることができるのである。シェイクスピアの戯曲はどれも正と邪、幸福と不幸、清濁が同時に描かれていて色々な視線で描かれている。敵でも味方でもなくてどんな攻撃も巧みにかわすことができる才能を持っている。そして、シェイクスピア自身が道化の目をもって人間世界を悲しく、そして愚かしく描いているのである。
愛に障害はつきものである。彼らは猛烈に燃え上がっていたカップルなわけだが、その理由を「親に反対されていたからだ」とした心理学者がいたのだ。周囲の反対が大きいほど、障害が大きいほど、愛は深まり燃え上がっていく。この現象は『ロミオとジュリエット効果』と名付けられた。れっきとした心理学用語なのだ。
また、『ロミオとジュリエット』にだけ言えることではないが、この作品にもいくつかの名ぜりふがある。今日に至っても、テレビのコマーシャルに使われていたりするのをよく見かける。これらをきっかけに、小さな子供も『ロミオとジュリエット』、あるいはシェイクスピアの存在を知り、いつまでも語りついでいかれるのだろう。
このように、『ロミオとジュリエット』という作品は、今日においても我々の生活のどこかに存在している。それは、シェイクスピアの偉大さを表しているだけでなく、作品から得ることの出来るものの大切さも表しているのではないだろうか。