英文学史

ある程度の作品の量をこなすということを前提に、学生ひとりひとりが「私の文学史」を構築することは必要だと思う。たとえ先生が講義することを学ぶだけに決めた学生でも。また、先生が講義することを学ぶだけに決めた学生でも、どこか心の中で「私の文学史」を組み立てて欲しい。そうでないと、講義することも単なる知識の切り売りになる。

 以上を踏まえ、最初の課題は学生に学習方針を選択してもらう。

 

 課題(1)以下の課題をさらっと見て、そこからヒントを得るなりして、A.自分なりの英文学史を組み立てる。B.課題(2)以下をこなすことで「先生の文学史」を学びながら心の中で自分の文学史についての認識も深める。C.課題(2)以下もいくつかやり、そこで得たことをヒントにして、自分の文学史を組み立てるほどではないが、ある程度英文学史と関連させたテーマを追求する。A.B.C.どれかを選択せよ。[Aを選択した人は、課題(2)以下をやる必要はない。Cを選択した人は、この課題(1)以外に最低ひとつは課題をやること。A.C.を選択した人は、ホームページ作成を含めた自由な形式で学期の最後にレポートを紙かフロッピーで提出すること。ただし出席メールは毎回出すこと。Bを選択した人は課題の回答を紙かフロッピーで提出すること。]どれを選択したか受講者は全員メールで回答せよ。(4回目まで変更可能。5回目以降は原則として変更禁止)

 

 課題(2)シェイクスピアの『嵐』の第一幕第一場と第二場を読み「航海の末、未知の島に漂着すること」ということが文学的にどのようなインパクトを持つか考察せよ。(電子テキストで「Shakespeare」や「Tempest」といったキーワードで検索すれば原文は得られる。)

 

 課題(3)「ケンブリッジ英文学史」で「Tempest」をキーワード検索し、シェイクスピアの「嵐」についての記述を読み、嵐の場面が生き生きと描写されていることが評価されていることを確認せよ。これは課題(2)で読んだ箇所である。(ほかに嵐の描写はほとんどない)「生き生きとした描写」かどうか自分の考えを述べよ。

 

  課題(4)学生のページにあるフランシス・ベーコンのページをクリックし、その最後にある‘The New Atlantis’の前半にある「魔法使いの島」という言葉(a land of magicians)を見つけよ。(全文コピーしてワードに貼り付け検索するのが早い。)シェイクスピアとベーコンはほぼ同時代の人物で、シェイクスピアの作品はベーコンが書いたとする説まで現れるほどである。嵐の場面の印象などから、シェイクスピアの『嵐』とベーコンの『ニュー・アトランティス』の影響関係について意見を述べよ。十分な見識を構築出来なければ感想程度でもよい。

 

  課題(5)課題(3)の「ケンブリッジ英文学史」で「Tempest」をキーワード検索した結果でも出てくるように、ドライデンが1667年にシェイクスピアの『嵐』を『魅惑の島』(The Enchanted Island)として上演している。原作にある「絶海の孤島で互いに同年齢の異性を見たことがない若い男女の出会い」というテーマを発展させ、原作にはない登場人物も設定してカップルを増やしている。「ケンブリッジ英文学史」ではこれを「グロテスク」としている。こうしたテーマを文学として追求することについて意見を述べよ。(好きな現代文学などに触れてもよい。)

 

 課題(6)課題(5)の「絶海の孤島で互いに同年齢の異性を見たことがない若い男女の出会い」というテーマを発展させることといった実験のような設定は、当時、王立協会(Royal Society)という自然科学探究の権威ある機関で行われた実験(ロンドンの名士に公開された)との影響関係があるといわれる。また王立協会はベーコンのNew Atlantisという島(そこでは人類の生活改善に益する自然科学や科学技術の探求が行われていた)の理念がモデルになって設立された。科学史では、ベーコンが理論的基礎を築いて、その上にアイザック・ニュートンの業績があるとされる。ニュートンやフックの法則(ばね量りのばねの延びが量る重さに比例する説明で有名)で知られるフックが活躍したのはドライデンのシェイクスピア改作が行われた王政復古期の演劇が盛んな時期であった。こうした点に留意して、学生のページのニュートンの項目をクリックし、ニュートンの生涯を読んで王立協会とニュートンとの関係をまとめよ。

 

  課題(7)課題(3)の「ケンブリッジ英文学史」で「Tempest」をキーワード検索した結果にあるように、18世紀にシェイクスピアが英国で復活したとき、ドイツでも大きな影響があった。Wielandの訳ということを中心にドイツでのシェイクスピア受容をまとめよ。(そこには述べられていないが、モーツァルトがシェイクスピアを愛読し、『ハムレット』の幽霊の場面に刺激を受けて『ドン・ジョヴァンニ』の同種の場面を書いたことは知られている。さらに主要国のシェイクスピア受容を概観すると、イタリアではヴェルディのオペラ、日本では坪内逍遥の訳と世話物風の上演、韓国では、戦前以来の日本文化の押し付けによって坪内逍遥訳が強い影響を与え、英語からの直接訳は戦後になってから。韓国で政治がこのようにシェイクスピア受容にからむように、イタリアのヴェルディのオペラ成立には台詞作者のボイトの革新、ヴェルディの保守といった政治的立場がシェイクスピアで手を握ったといわれる。なお演劇大国フランスについては、シェイクスピアの評判は悪く、ある時期以降、ある程度尊重されるようになったものの、誰それの訳、誰それの上演といった風に簡単には語れる状況ではない。前衛的な演劇理論では注目された。)

 

 課題(8)課題(3)の「ケンブリッジ英文学史」で「Tempest」をキーワード検索した結果にあるように、「ケンブリッジ英文学史」ではドライデンが尊重され、そのビブリオグラフィが長々と掲げられている。これらはイギリス本国ではポピュラーでシェイクスピアの改作を含む演劇、オペラなどはCDも多数出ているし、作品もロンドンの少し大きな本屋に行けば必ずある。しかし日本ではほとんど手にいらないし、ドライデンという詩人自体あまり有名ではない。「ケンブリッジ英文学史」の大きな時代設定の項目ではドライデン時代という項目まである。(シェイクスピアもディケンズも名前がないのに)。

 シェイクスピアを復活させた(もしくは今日のような形で登場させたといってもいいかもしれない)のはドライデンの功績だし、演劇中心の英国文学の環境の中で、思想的にも文学の実践でも、これほど業績の大きい人物はいないといっていいかもしれない。しかし、これまで評判が悪いのは、まず清教徒革命、名誉革命と続く激動の時代で、イデオロギー的にも政治的にも対立する勢力が権力を握ることが交代する時代にあって、まことに上手に政界を遊泳し、複数の政府から詩人としての高い評価を受けた。(そうした能力はまことに高く、どれだけドライデンがその時代と時代のイデオロギーを理解していたかの証になるが、「信念を貫かない人」ということで、これまで、その能力の高さ自体が評判が悪かった。)また日本では英国文学が演劇中心で小説中心ではないことが昔からわかっていながら、それでも「小説中心主義」を捨てられない精神的土壌があった。

 以上を踏まえ(以上の状況を詳しく調べてもいいし、完全に無視してもよい)ドライデンの作品をテキスト検索して、一部を読み、感想を述べ、イギリス文学全体の中の位置づけを考えよ。

 

 課題(9)課題(3)の「ケンブリッジ英文学史」で「Tempest」をキーワード検索した結果で引っかかるのは、本当の嵐という意味(作品名ではなく)のtempestという語である。Lancasters Expeditionという項目を調べ、今まで作品の中で読んだ嵐の場面、船で航海し、未知の島にたどり着くといったことと、本当の経験がどういう関連を持つか考えよ。

 

 課題(10)課題(3)の「ケンブリッジ英文学史」で「Tempest」をキーワード検索した結果でMeresに言及されていないシェイクスピアの作品として論じられている項目がある。MeresとはFrancis Meresのことである。この人物について調べよ。(たとえばhttp://www.lincolnshire-web.co.uk/lincolnshire-illustrious/francis_meres.htm)こうした人物の残した記録などを頼りにシェイクスピアについて考えるのは、ドライデンが再構築した近代以後のシェイクスピア像ではなく16世紀の終わりから17世紀始めにかけてロンドンで活躍した本物のシェイクスピアを同時代の精神的土壌の中で考えることにもなる。しかし、そもそも、そうしたことをやろうと英国人が考えるようになったのは、ドライデンやジョンソン博士が活躍するようになった17世紀後半から18世紀のことである。だからケンブリッジ英文学史ではシェイクスピアよりドライデンやジョンソン博士の名前を時代設定に用いている。

 

  課題(11)これまでの課題を総合すると、イギリス文学史を読み解くキーワードは「海」(航海、嵐、未知の島といった冒険、いわゆる男のロマン)「自由恋愛」(絶海の孤島での恋愛を考えたがるのは、私は英国特有の自由恋愛の概念からだと思う。社会に規制されない自由恋愛の概念が英国にだけ育ち、そこから社会を守るためのヴィクトリア朝的厳しいモラルを経て、世界をアングロ・サクソン民族が主導する、今日の開放的な現代感覚の恋愛に至る。ミュージカルやアメリカの映画が描く自由恋愛はシェイクスピアから王政復古演劇の伝統という歴史がある。)「科学」(ベーコンやニュートンの科学がしっかり精神文化と関わっている。人間を科学的に見つめる目が文学にも反映するのがイギリス文学だと思う。)ではないかと考える。この点について自分の意見をまとめよ。