ヴィクトリア朝詩人

 ヴィクトリア時代の小説は筋の複雑さ、登場人物の多さや階層的な広がり、都市生活の慌ただしさ、活気とその反面の富と貧困の鋭い対照など、この新しい社会の雰囲気を感じさせる。この時代の代表的小説家はディケンズ、彼のライバルだったサッカレーの二人だが、また同じようにこの新しい時代の小説の波に乗って登場し、これまでにない女性の自己主張の声を響かせたシャーロットエミリーブロンテ姉妹も、小説の世界このような拡大の生んだ作家たちである。
 ヴィクトリア朝の人々の考え方を代弁した詩人がテニスンである。彼は『イン・メモリアル』において、悲しみに打ちひしがれた心が平安を得、歓喜にいたる過程をたどった。
 ヴィクトリア朝を代表するもう一人の重要な詩人、それがロバート・ブラウニングである。ブラウニングについて述べる場合、重要なのが、彼が好んで用い、洗練された劇的独白という技法である。これは、詩の語り手である登場人物が、別の登場人物を聞き手としてその人に語りかけるというもので、語り手の個性も、相手の個性も、その一方の独白のなかに生きている必要がある。
 この手法は、この時代の作詩上の問題意識と深くかかわっていて、これが後の20世紀文学とりわけモダニズム文学に大きな影響を与えた。
 まず第一にイェイツパウンドT.S.エリオットらが用いた仮面の手法、第二に意識の流れの手法への橋渡しとなった。エリオットの「J.アルフレッド・プルーフロックの恋歌」は劇的独白を継承した重要な作品である。
 ルネサンス以降のヨーロッパ文学は、大きく見て真理が相対化していく傾向にある。ダーウィンの進化論『種の起源』が提唱されたヴィクトリア朝では、その相対化に一層の拍車がかかる。ブラウニングの叙事詩的試み『指輪と本』は、心理を相対化させようという大きな試みであると言える。