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ジェフリー・チョーサー |
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中英語が確立し、二つの種族はここでも合体融合して、現在のアングロサクソン民族の原型を形成する。中英語時代の優れた作品はいくつかあるが、なかでも有名なのがジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』(1387頃-1400)である。
『カンタベリー物語』は、実務生活で得た観察を生かして同時代のイギリス庶民の生活を素材に取り入れ、写実的な枠組みを作りあげたという点でも、イギリス文学に華やかな明るい雰囲気を持ちこんだという点でも、一つの時代を画する作品である。また、これは韻文物語だがもはや頭韻ではなく、脚韻による形式で書かれている。
この作品に生気をあたえているのは、物語の枠組みであろう。巡礼たち一人一人の綿密で写実的な描写、服装や容貌やしぐさから人物の性格まで推察してみせる語り手の鋭い観察眼、話の合間に巡礼たちがかわす生きのいい会話のやり取りなどが、これまでのイギリス文学にはない新しい魅力を『カンタベリー物語』にあたえているようだ。中英語は古英語とフランス語融合して生まれ変わった英語だが、この作品もまたフランスやイタリアの文学の影響を受けながら、イギリス独自の文学として新生面を開いたと言っていい。
チョーサーは1400年に亡くなる。15世紀半ば過ぎ、これまで断続的に続いていたフランスとの百年戦争はジャンヌ・ダルクの出現をきっかけに、結局イギリス側の敗北に終わる(1453)が、ひき続いて、王位継承をめぐるヨーク家とランカスター家の内紛が始まる。両家の紋章から「薔薇戦争」と名づけられたこの凄惨な内乱は30年間続き(1455-85)、15世紀のイギリス文学は不毛のままに終わる。わずかにスコットランドにチョーサーの影響を受けた詩人たちが何人か現れたのと、世紀の後半になってトマス・マロリーのアーサー王伝説集大成ともいうべき『アーサー王の死』が書かれたこと、ウィリアム・キャクストンがイギリスにはじめて印刷術を持ち込み(1476)、自分の手による翻訳や、マロリーの上記の作品を印刷して、近代英語Modern English(ModE)の基礎を固めたことなどが目につく。
1485年にリチャード三世の戦死をもって薔薇戦争が終わり、ヘンリー七世が即位して、チューダー王朝が成立する頃から、イギリスは遅まきながらルネサンスを迎え、同時に近代英語の時代が始まる。