ディズニーとイギリス

 

平成14年度卒業の卒論題目のイギリス言語文化コースの卒業者の一等はじめに、ディズニー映画の父親像、母親像といったテーマがありました。ディズニーといえばアメリカを思い浮かべる人が多いとは思います。しかし、意外にイギリスと結びつきが深いのです。

 

 

1)ディズニーの主題は、『不思議の国のアリス』をはじめディケンズもの(『オリバー』、『クリスマスキャロル』)など、イギリス文学が主体です。シェイクスピアについていえば、『わんぱくダック夢冒険』'Duck Tales'に『マクベス』をもじったものがあったり、『ライオンキング』は『ハムレット』そのもの。このミュージカル版の演出で有名になったジュリー・テイモアが最初につくった映画が『タイタス』です。

 

 

2)ディズニーの映画は必ずといっていいほど(特に最近では)ミュージカルと連携しています。ミュージカルといえば一頃はブロードウェイでしたが、最近ではロンドンのウエスト・エンドと同時につくられます。そして、音楽、踊りはアメリカ、ストーリ性や演劇性はイギリスということになっています。たとえば『美女と野獣』はアメリカでトニー賞をもらったという話は聞きませんが、ロンドン版はオリビエ賞を受賞しました。その年、私はちょうどロンドンにいて、何度も観に行き感動しました。

 

 

 

3)『美女と野獣』など、ヨーロッパの寓話(『白雪姫』『眠れる森の美女』『人魚姫』などを)を主題にしたものもディズニーには多いのですが、それをアングロ・サクソン流に変形してあります。それはイギリスが誇る児童文学やアイルランドの妖精ものの伝統がいきづいています。かなり深いところでイギリス風なのです。

 

 

 

4)むしろディズニーでアメリカ的なるものを探す方がむずかしいくらいです。『わんぱくダック夢冒険』'Duck Tales'は、優等生的になったミッキーマウスに代わってドナルドダックを主人公にしただけあって、どこか『ハックルベリー・フィン』を思わせます。また先述のジュリー・テイモアが最初につくった映画『タイタス』の音楽はパートナーのエリオット・ゴールデンサルが担当して、現代音楽とジャズも取り入れたアメリカならではのものです。

 

 

 

5)ディズニーは幼児虐待的な思い出があってアメリカの土着のものは封印したかったのかもしれません。(ディズニーランドには封印されたふるさとの光景があります。) アメリカ人が土着を離れようとすると、アメリカ東部のお上品さになって、それがイギリス的になるのかもしれません。そういえばジョイスと関係が深いパリの書店で、イギリス人以上にイギリス人的な服装をし、言葉を話すアメリカ人に出会ったことがあります。

 

 

 

6)せっかくディズニーの夢にひたっている人の夢をこわすようですが、ディズニー的清潔さはアメリカでは中流趣味的統制として問題になっている面があります。サッチャーがロンドンのイースト・エンドの貧民街を清潔なビルの立ち並ぶ町に変えたのも同じことです。

 

 

 

以上、単純にディズニーはアメリカと決め付ける人は、ちょっと考え直してください。さらに言えば、『くまのプーさん』はパブリックスクールやナースリー(ちょっと良い家の子供部屋)といったイギリスの香りのする世界へディズニーが踏み込んだものだと私は思います。「くまのプーさん」関係のホームページはいっぱいありますから見て下さい。それからアメリカのホームページもWinnie-the-Poohで検索してみてください。驚くほどの研究があらわれます。最近では超心理学の研究対象でもあるようです。さらにディズニーとは直接関係ありませんが、『ピーター・ラビット』は似たイギリスの世界です。作者はナショナルトラスト運動(イギリスの環境保護、とくに田舎のマナーハウスなど歴史的建築物、庭などの保存運動)の創始者です。アメリカとイギリスは案外近いのです。ロンドンにいると、ニューヨークに何ポンドで行ける、といった安価な旅行案内が目につきます。大西洋をひとっとびです。地球の裏側で東の大平洋のかなたにアメリカ、それからアジア大陸、ヨーロッパ大陸のさらに北にイギリス、と思っている日本人は、ことに英米を切り離してしまう民族かもしれません。