アングロサクソン時代

 この時代のアングロサクソン族の言葉を古英語Old English(OE)と呼ぶが、これは現代英語とは甚だしく趣がちがう。表記も発音も異なり、名詞、形容詞、代名詞等の格変化や、動詞の変化も複雑で、単語の多くも現在では使われていない。その代わり、現在の英語に残っている単語は前置詞や、冠詞や、基本的な動詞や、名詞にしてもごく身近な生活に密着した言葉が多い。
 この時代の文学作品を一つ挙げるなら、作者不明の叙事詩『ベーオウルフ』(Beowulf)であろう。700年以後から800年初め頃までに完成したと推定される3180行あまりの長詩だが、物語は一口で言えば勇士の怪物退治である。話の筋は単純だが、北欧の暗い沈鬱な雰囲気や、外敵の脅威におびえる人々の不安や、王の館での会話などが、この物語に一種の現実感を添えている。
 『ベーオウルフ』など、この時代の韻文は「頭韻」(alliteration)という押韻方式にのっとって書かれている。簡略に言えば、各行ごとにいくつかの語の語韻で同じ音を繰り返す、つまり語頭で韻を踏むというのが主な特徴である。その後、フランスから輸入された脚韻(rhyme)、つまり各行の最後の音を色々に組み合わせて韻を踏むやり方にとって代わられ、定行詩の規則としてはすたれるが、英語の用法の一種の癖としては今も根強く残っている。
 アングロサクソン族とヴァイキングの長い戦いが終わってまもなく、もう一つの、そして最後の他民族によるイギリス侵攻が始まる。1066年、海峡をはさんで相対するフランスのノルマンディ地方の領主ウィリアムが、軍を率いて攻め入り、アングロサクソン族を敗ってイギリス王ウィリアム一世となり、統治権を握るのである。貴族階級のみならず、当時の社会の上層部はすべて彼らノルマン人に占められ、戦いに負けたアングロサクソン族はその使用人、ないし農民の境遇に甘んじなければならなくなる。
 これらノルマン人は元をただせばやはりヴァイキングの一族であるが、彼らはフランスに侵入、定着して、当時はすでにフランスに同化し、フランス語の一方言をしゃべり、フランスの文化になじみきっていた。したがって、ノルマン征服以後のイギリス社会では、上層支配階級のノルマン人がフランス語を用い、下層庶民のアングロサクソン人は従来の英語を用いるという分裂状態が生じた。古英語は文章語の地位を失い、アングロサクソン族独自の文学も姿を消していく。二つの言語の並存状態は少なくとも150年以上は続いたと考えられるが、しだいに結びつく機運を見せ、おそらく14世紀の中頃までには融合して、新しい英語、フランス語の影響を強く受けた中英語Middle English(ME)が生まれる。