奴隷解放前の黒人文学


 18世紀のアメリカで、未だ黒人の奴隷解放がされていない中、奴隷の詩が出版されるという衝撃的な出来事があった。当時、黒人奴隷たちは、逃亡をする危険性があるとして教育を受けるような事はまずなく、このような状況の中で読み書きができる黒人がいるという事実だけでも驚くべき事であった。
 初めてアメリカにおいて詩を出版した黒人奴隷は、Jupiter Hammonという人物である。 1711年にNew Yorkで生まれ、白人一家であるロイド家で働いていた。ロイド家は出版関係の仕事をしている一家であり、聖書も作っていた。そのおかげもあって、普通の黒人奴隷ならば読み書きは学ぶことができないはずのところを、Jupiter Hammonはロイド家の人たちと聖唱教室に通うことによって、これを学んだ。An Evening Thought: Salvation by Christ, with Penetential [sic] Criesという詩からもわかるように、内容はすべてキリスト教的であった。これは、本当は白人への恨みを書きたいという本音を隠して、キリスト教という仮面をつけた文章である。この後、Phillis Wheatleyという黒人奴隷が1773年に詩集を出版したが、この「仮面をつけた文章」という作風は、彼女の作品にも通じるものがあるとえる。
 1845年、Frederick Douglassという黒人奴隷が自伝を出版した。黒人奴隷が書いた自伝は、スレイヴ・ナラティヴ(奴隷体験記)と呼ばれている。1845年というと、奴隷がいて当たり前の時代であり、そんな時代に奴隷が自伝を出版するという出来事は、たいへん衝撃的であった。彼の作品は、仲間である奴隷たちに語りかけているものではなく、奴隷制を実施していないアメリカ北部の白人や知識人たちに訴えかけたものであった。彼の自伝の出版により、悲惨な奴隷制の実体が北部の人たちにありありと伝わり、奴隷解放に向けての雰囲気が一層と高まった。