【野球は,人間が得点の主体である】
aのサッカー・タイプは,相手のゴールに球を入れることにより得点が入ります。bのテニス・タイプは,対面相手のコートの人がいない部分に球を落とすことにより得点が入ります。どちらのタイプにしろ,球自体が得点の主体です。 ところが,cのクリケット・タイプの野球は人間がホームに帰らないと点数になりません。その人間がホームベースを踏んでいるとき,肝心の球は,グラウンドを転々としていたり,たいていはホーム・ベースからかけ離れたところにあります。 得点の決定方法 a サッカー・タイプ 球が「ゴール」に入る b テニス・タイプ 球が「コート」に落ちる c 野球 人が「ホームベース」を踏む (3)攻守の関係【野球は,攻撃と守備が分離している】 サッカー・タイプは,攻撃する選手と守備を中心とする選手に一応別かれていますが,競技の中で攻撃と守備の局面は常に変化し,選手は,ボールの状況により攻撃と守備の要素の切替を瞬時に行う必要があります。テニス・タイプは,選手は,攻撃した直後,守備側にまわり,守備と攻撃が交互に繰り返されます。
攻撃と守備の関係 a サッカー・タイプ 攻撃と守備が「一体」になっている b テニス・タイプ 攻撃と守備が「交互」に繰り返される c 野球 攻撃と守備が「分離」している
(4)競技場 サッカー・タイプもテニス・タイプも,敵と味方が正面を向かい合って戦います。サッカー・タイプはセンター・ラインを挟んでゴールやラインが対称的になっています。テニス・タイプはネットによって敵と味方にコートが対称的に配置されています。 ところが野球は,グラウンドが敵と味方の陣地に分かれているわけではなく,一つのグラウンドを,イニングの表と裏で攻撃側と守備側が交代で使用します。グラウンドは,攻撃と守備とで形状が異なっています。なお,クリケットは,敵と味方の陣地が対称的になっています。 競技場の形状 a サッカー・タイプ 敵と味方の陣地がセンターラインを挟んで「対称的」 b テニス・タイプ 敵と味方の陣地がネットを挟んで「対称的」 c 野球 イニングの表と裏で陣地を入れ替えるため「非対称」 (5)プレーエリア 【野球は,攻撃側のプレーエリアが限られている】 サッカー・タイプは,一応陣地が敵と味方に分かれていますが,実際は,敵と味方が混然となってプレーします。プレーエリアには,敵味方の区別はありません。ただし,ゴール付近には,何らかの制限がある場合があります。 テニス・タイプは,コートがネットなどにより半分に区切られ,プレーエリアが敵と味方にはっきり分かれています。選手は,相手のエリアでプレーすることはできません。 野球は,攻撃と守備が分離し,攻撃側のプレーエリアは,バッターボックスとダイヤモンドの周囲に限られています。これに対し,守備側はグラウンド全域でプレーできます。 プレーエリア a サッカー・タイプ 敵味方の区別がなくラインで囲まれた「全域」 b テニス・タイプ ネットで「半分」に区切られている c 野球 守備側はグラウンド「全域」だが,攻撃側は打者席と塁上・塁間など「一部」 (6)フェアエリア 【野球のファウルラインは無限である】 サッカー・タイプは,ラインで囲まれた区域が選手のプレーエリアであるとともに球のフェアエリアです。球がラインの内側ならイン・プレー,ラインを超えたらボールデッドになります。 テニス・タイプは,球が相手コートのラインの内側に落ちたら自分のポイント,外側に落ちたら相手のポイントになり,自分側のコートの場合はその逆になります。ラインで囲まれたコートは,球のフェア・エリアを示しています。どちらのタイプにしても,フェア・エリアは,ラインで囲まれています。 これに対し,野球では,グラウンドは,ファウルラインによってフェアエリアとファウルエリアに分かれますが,グラウンド外であっても,ファウル・ラインが延長されており,ラインの内側(フェア・エリア)に落ちた球は,グラウンド外に落ちた球であっても,ホームランとして得点になります。また,ファウルラインを超えても,必ずしもボール・デッドになるわけではなく,ファウルフライを捕ればアウトになります。 なお,クリケットには,ファウル・エリアはなく,フェア・エリアしかありません。 フェアエリア a サッカー・タイプ プレーエリアがフェアエリア b テニス・タイプ コート(地面)が,フェアエリア c 野球 グラウンド外でもフェアエリアがある (7)団体競技・個人競技 【野球は,団体競技であるが,個人競技の要素もある】 サッカー・タイプは,複数対複数の対戦型の団体競技です。ラグビーなら30人,サッカーなら22人の敵味方が併せて一つのエリアで混在して戦います。このタイプには,1対1の個人戦はありません。 テニス・タイプは,ラケットなどの道具を使う場合は,1対1のシングルスが主流で,多くても2対2のダブルスです。体で直接球を扱う場合は,バレーボールのような団体競技があります。 野球は,人数的には9対9の団体競技ですが,実際にプレーするときは,守備側が9人なのに対し攻撃側の打者は1人です。また,この打者に球を投げるのは守備側でも投手1人ですから投手対打者の対決は1対1の対戦ということになります。団体戦か個人戦か a サッカー・タイプ 団体戦 b テニス・タイプ 道具を使う場合は個人戦,体で直接球を扱う場合は,団体戦 c 野球 団体戦だが,投打の対決は個人戦
(8)接触型・非接触型サッカー・タイプは,敵と味方が混然となって戦うもので,得点源であるボールを体と体で奪い合う接触型(コンタクト型)の球技です。氷上の格闘技といわれるアイス・ホッケーのように○○の格闘技といわれる競技はこのタイプです。ただし,サッカー・タイプのうちホッケーなど道具を使う競技はノン・コンタクト型の場合が多い。 テニス・タイプは,ネットなどにより敵と味方にはっきり分かれ,敵味方がぶつかり合うことはないので非接触型(ノン・コンタクト型)の競技といえます。 野球は,攻撃と守備が分離し,攻撃側のプレーエリアは,打席と塁間・塁上に限られています。打席では,投げられた球を打つだけですから,選手同士は接触しません。基本的には,テニス・タイプと同様に非接触型の競技といえますが,塁上や塁間では,タッグ・プレーなど接触プレーの要素もあります。 接触型か,非接触型か
a サッカー・ 接触型(コンタクト型)が主流,道具を使う場合は非接触型 b テニス・ 非接触型(ノンコンタクト型 c 野球 非接触型(ノンコンタクト型)だが,接触型の部分もある
(9)球の支配権 サッカー・タイプやテニス・タイプは,攻撃する側が球の支配権を持っています。サッカー・タイプは,手(足)で操る権利をなるべく自分の方で長く持てるよう相手と競う競技です。テニス・タイプは,攻撃側が球を打つことから始まり,球を交互に打ち合う競技です。打つ側が常に攻撃側になります。 ところが野球の場合は,逆に球を扱う権利が守備の側にしかありません。攻撃側にこの権利はなく,バットコントロールと足を使うのみです。野球の打者は攻撃側でありながら,投手の球を打ち返すという受け身の状態にあり,一人で守備側の9人を相手にします。 球の主導権 a サッカー・ タイプ 攻撃側 b テニス・ タイプ 攻撃側 c 野球 守備側の投手 (10)監督 サッカー・タイプやテニス・タイプの監督はヘッドコーチのことを言い,監督やコーチは,コートやフィールドでユニフォームを着ません。コートやフィールドに入らない場合もあります。 野球の監督は,マネージャーのことであり,ユニフォームを着て,フィールドで指揮をとります。 監督 a サッカー・ タイプ ヘッドコーチ,ユニフォームを着ない b テニス・ タイプ ヘッドコーチ,ユニフォームを着ない c 野球 マネージャー ユニフォームを着て指揮をとる 2 道具の使用の有無による比較 次に,道具の使用の有無による比較をしてみましょう。 (11)道具の使用の有無 サッカー・タイプもテニス・タイプも,敵と味方が正面を向かい合って戦い,グランドやコートが対称的に配置されています。敵と味方,攻撃側と守備側は,同一条件で競い合います。道具を使うホッケーやテニスなどの競技は,攻撃側も守備側も同じ道具を使います。道具を使わないバレーボールやサッカーは,敵も味方も道具は一切使いません。 ところが野球は,攻撃側だけがバットという道具で球を扱い,守備側は,手で直接球を扱います。守備側のグラブは,手の一部にすぎません。また,守備側が9人同時にプレーするのに対し攻撃側は一人づつ打席に立ちます。野球は,攻撃側と守備側は異なる条件で戦います。 (12)球の大きさ ホッケーやテニスなど道具を使って球を扱う競技の球は,片手サイズの小さい球です。球にはバドミントンのシャトルやアイスホッケーのパックといった球状でないものもあります。概してテニス・タイプの球は柔らかく,ホッケーなどの球は硬くできています。これに対し,サッカーやバレーボールなど球を身体で直接扱う競技の球は,両手サイズの大きな球で,柔らかい空気ボールになっています。 ところで,野球は攻撃側がバットという道具を使い,守備側は素手で球を扱うという両面性を持っています。ところが,球のサイズは,攻撃側に合わせ,片手サイズの小さなものになっています。このため,野球は身体で球を扱う競技の中で,球が一番小さいものなっているのです。ここに,投手主導の近代野球誕生の秘密があります。 3 発祥国別比較 社会の近代化とともにイギリスで生まれた近代スポーツは,アメリカに渡って大衆文化として大きく発展しました。 そこで,ここでは,ラグビー,サッカー,ホッケーといったヨーロッパのスポーツと野球(ベースボール),アメリカンフットボールといったアメリカのスポーツを比較することにより,野球の特徴を明らかにしたいと思います。これは,歴史的アプローチを加味した比較論的アプローチということができます。 ヨーロッパのスポーツとしては,サッカー,ラグビー,クリケット,ホッケーがあげられ,アメリカのスポーツとしては,ベースボール,アメリカンフットボール,バスケットボール,バレーボールがあげられます。 アメリカン・スポーツの特徴を挙げると・・・ (1)メンバーチェンジ=スポーツの大衆化 『 アメリカン・スポーツの第一の特徴は,メンバーチェンジが可能なことです。ヨーロッパ生まれのスポーツは,選手交代を最近まで認めていませんでした。それは,エリート中心のヨーロピアン・スポーツと大衆化を自然に志向したアメリカン・スポーツの最も大きな相違点といえます。』 イギリスが発祥のサッカーやラグビーは,一人の絶対的な権限を有する主審があらゆる判定を下し,時間の経過も主審が身につけている腕時計のみで判断することが基本になっています。一方,アメリカのボールゲームは,すべて審判が複数で(主審を置く場合でも副審との競技によって判定が下されケースが多く),試合時間の経過も,観客が見ることができる会場内に設置された大時計によって公開された形で客観的に判定されます。 それらのルールは,アメリカンフットボールのファーストダウンの成否を10ヤードのチェーンを用意して観客の前で測定することも含めて,アメリカン・デモクラシーをスポーツで具現化したものと考えられます。 アメリカでデモクラシーが発展し,大衆に浸透したのは,それが,歴史の浅い国(過去の事例の少ない国)で物事の判断をくだすときの最も合理的な方法だったから,といえます。 それに対して,スポーツをエリートのものとして発展させたヨーロッパでは,アメリカ合衆国の歴史に存在しない絶対王権的な嗜好を,それが最も迅速に判定が下せるシステムとして採用しました。エリート中心のヨーロッパ・スポーツ界では,少々の判定ミスや数分の試合時間の長短など,長い歴史のなかで些細なことと考えたのかも知れません。』 (3)「間」でドラマを楽しむ ヨーロッパでは,シェークスピアやモリエール以来の演劇,モーツァルトやロッシーニ以来のオペラが大衆に楽しまれていました。そこで,ドラマは演劇やオペラにまかせ,スポーツでは「間」がなく,終始動き続けるプレーが好まれるようになりました。 一方、アメリカのスポーツのもうひとつの大きな特徴は,「間」が多いことです。 ヨーロッパのスポーツには存在しないタイム・アウト(作戦会議)が認められていたり,アメリカンフットボールで攻撃ごとにハドルが組まれたり,ベースボールにおけるイニングごとの攻守交代,選手交代,回数制限のない作戦タイム,ピッチャーの投球ごとの「間」等々,アメリカのスポーツにはやたら「間」が存在します。とりわけベースボールでは,約3時間の試合時間中ボールがインプレー状態にある時間は,わずか25分前後で,あとの約2時間半はボールデッドの状態(プレーを休んだ状態)にあります。 これほど「間」が多いのは,アメリカが「演劇の文化的基盤がない国」だったから,という指摘があります。開拓時代原住民との闘い等で劇場を造る余裕がなく,演劇が発達しなかった。演劇を楽しめなった分,その役割を広場でプレーされるボールゲームに求めた。観客は,プレーがとぎれる「間」のうちに,プレーヤーが何を考えているのか,次は何をしようとしているのか,といったことを想像し,頭の中でドラマを楽しんだ。 アメリカン・スポーツは,ヨーロピアン・スポーツに対し,大衆性・民主性・演劇性という特徴あることを指摘しています。