「バレンタインの由来」
なぜ、2月14日がバレンタインデーと呼ばれ、女性から男性に告白をできる日に なったのでしょうか。


☆バレンタイン司祭の悲しい運命☆

バレンタインの由来は、紀元3世紀の昔までさかのぼります。 当時のローマ帝国の皇帝は、強兵策として兵士の結婚を禁止しました。 結婚して家庭ができるとどうしても家族をおもい戦闘意識が低下してしまうというのです。
しかし、それではあまりにも非人道的だということで、ひそかに兵士たちの結婚に手を貸してた 司祭がおりました。 それが聖バレンタイン司祭です。
3世紀のローマではまだ、キリスト教が迫害を受けていた時代。 そのうち、司祭のことが皇帝の耳に入り、バレンタイン司祭は処刑されてしまいました。 処刑日は紀元270年2月14日。
この日がバレンタインの始まりです。

では、なぜその日が女性から愛の告白の日になったのでしょうか。
それには3つの説があります。

その1,ルカパリア

「ルカパリア」とは古代ローマで行われていたジュノー女神のお祭りです。 このお祭りは2月15日に行われ、その最大の呼び物は前日の14日から行われていた 求婚相手をクジで当てる行事でした。
2月14日に娘たちが自分の名前を書いた紙をカメの中に入れ、 祭りの当日青年たちがそのクジをひくわけです。

バレンタイン司祭の死後キリスト教が公認宗教となり、 それ以外の宗教行事は禁止されましたが、この「ルパカリア」だけは残り、 偶然日にちが一緒だった司祭の処刑の日と合わせ、バレンタインデーとなりました。

その2,親子の交換日記

もともとバレンタインデーは親子の間で行われたノートを交換する日でした。 そのノートにはお互いの愛への感謝の気持ちが書かれてあり、だんだんそれが男女の愛の告白に 変化していったということです。
そして、20世紀になって女性から男性への愛の告白になったそうです。

その3,鳥の恋人探し

14世紀ごろ2月14日が鳥たちが春の訪れを前に相手を探し、つがいとなって 愛をささやく日だと信じられていました。 これから、少年や少女たちの間で相手を選び、手紙のやりとりが始まり、後のカードのやりとりに つながったということです。