『いやいやえん』と山岳信仰
中川李枝子作『いやいやえん』は、1962年の出版以来、40年にわたって子供たちに読み継がれてきた、驚異的な息の長さを誇る童話である。「ちゅーりっぷほいくえん」に通う腕白坊主のしげる君が主人公の7つの短編から成っているが、しげる君が悪さをして叱られたかと思うと、いきなりクマの子がやって来たり、年長組の子供たちが積み木の船でクジラ捕りに出かけたりと、現実とファンタジーの間を変幻自在に飛び越えてしまう。私も幼稚園を卒園する頃に読んだが、その奇想天外さにすっかりとりこにされてしまったものであった。
中でも印象に残ったのは、「くろいやま」の話であった。ちゅーりっぷほいくえんのみんながある時五つの山に登りに行く。1番目は赤い山でりんごの木があり、2番目は黄色い山でバナナの木がある。3番目はだいだい色の山でみかんの木があり、4番目は黒い山でうっそうと暗い。5番目は桃色の山で、桃の木がある。先生はあらかじめみんなに「山にある果物は必ず一つだけ食べること。それから黒い山は決して登ってはいけない」と注意する。
みんなはそれぞれの山で、果物を1つずつ食べるが、しげる君は欲張って2つずつ食べてしまう。かくてお腹いっぱいになったしげる君は、5番目の桃色の山へ行く気が失せて、途中でへたり込んでしまい、みんなは彼をおいて桃色の山へ行く。ひとりぼっちでつまらなくなったしげる君の前にあるのは黒い山、彼は言いつけに背いてそこに分け入って行く。
木々が絡み合う道をどんどん登って、ついに木のすき間にはまり込んで動けなくなったところへ、この山に住む鬼が現れる。しかしこの鬼は心根が優しく、しげる君のお腹がへこむのを待って彼を引っ張り出し、帰り道を教えてやる。ぼろぼろに破けた服を着て、やっとのことで山を下り、そこで桃色の山から帰ってきたみんなと出会う。しげる君は恥ずかしさのあまり、服を首までまくり上げて破けた穴を隠し、おかしな格好で帰って行った……というお話である。
私はなぜかこの話が気に入って、覚えたての平仮名と漢字で書き写そうとしたほどであるが、おかげで「危ないと注意されたところへは近寄らない」という教訓は強烈に頭に刻み込まれた。かくて親や先生の注意は金科玉条と守るくそ真面目な性格が形成されたわけであるが、そうした「副作用」はあったにせよ、子供にわかりやすい形で自然への畏敬を伝えるという意味では、とてもよくできた話と言えよう。
その後大きくなるにつれ、『いやいやえん』は記憶の底へと沈んでいった。しかしすっかり忘れていたと思っていたことでも、何かの拍子に思い出してしまうことがよくある。研究のために『山海経』を読むようになってから、何の前ぶれもなく忘却の彼方から浮かび上がってきたのがこの『いやいやえん』であった。――これこそ『山海経』五蔵山経の世界ではないか!
又西八十里、曰符禺之山、其陽多銅、其陰多鐵。其上有木焉、名曰文莖、其實如棗、可以已聾。其草多條、其状如葵、而赤華黄實、如嬰兒舌、食之使人不惑。
――又た西八十里を、符禺の山と曰う、其の陽(みなみ)には銅多く、其の陰(きた)には鉄多し。其の上に木有り、名づけて文茎と曰い、其の実は棗(なつめ)の如く、以って聾を已む(=治す)べし。其の草は条(=草の名)多く、其の状は葵の如くして、赤き華に黄の実、嬰児の舌の如く、之(これ)を食すれば人をして惑わざらしむ。(西山経)
符禺なる山には聾を治す文茎の実や、食べれば心が惑わなくなるという条の草を産するという。五蔵山経ではこのような記事が延々と続く。まさにおいしい果物のなる山々を彷彿とさせる。
そして五蔵山経にも「登ってはいけない黒い山」と同じように、「不可以上(以って上るべからず)」と書かれた山がいくつかあり、鬼こそ出て来ないものの(角のある鬼は中国にはいない)、奇怪な蛇がいたり、水が多かったりと、近寄り難さを示す記述がある。明代の王崇慶という学者は『山海経釈義』を著して、「上れないというのにどうして怪蛇がいることがわかるのか」とかみついたが、これは屁理屈というものであろう。何か恐ろしいものがあると知っているからこそ「不可以上」と言い伝えたのであり、ほいくえんの先生が「黒い山には登ってはいけない」と注意したのも、登れば恐ろしいものに出会うと知っていたからにほかならない。
しげる君は黒い山で木のすき間に引っかかって動けなくなってしまった。うっそうとして見るからに登りにくそうな山では、たとえ物の怪がいなくても、こんな恐ろしい目に遭うことがある。そうしたところに「登ってはいけない」という言い伝えが生まれるのは自然の成り行きであろう。そして登れない理由付けに、魑魅魍魎のたぐいの存在が想像されることも、また自然の成り行きである。小さい頃に親に「あそこはお化けが出るよ!」と、危険な場所に近づくのを戒められた経験のある人も多いと思うが、お化けはタブーを守らせる最も効果的な道具なのである。
洋の東西を問わず、古代人にとって山は恵みをもたらしてくれると同時に、恐ろしい目に遭う可能性もある場所であった。それ故むやみに山に入るのを戒め、自然への畏敬の心を育てるために、山に住む魑魅魍魎の伝説が生まれ、代々受け継がれて人々の無意識に定着した。『いやいやえん』の「くろいやま」の話も、恐らく作者が無意識のうちに持っていたであろう山岳信仰を、子供にもわかりやすい素朴な形で伝えることに成功したといえる。
私は大学院で中国古代神話に関心を持ち、研究を進めるうちに『山海経』と出会ったのであるが、この書に魅入られてしまったのは『いやいやえん』で養われた山岳信仰のおかげもあるかも知れない。
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