都築響一1)ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行(東日本編・西日本編)』2)

 

日本全国から341件の奇妙な名所や施設を紹介した本である。ふつうの旅行ガイドとはだいぶ趣きが異なる。文庫本で2分冊(東日本編・西日本編)、両方合わせると厚みは6センチを超える。その中に、圧倒的な量の写真と細かい文字のテキストが詰めこまれている。このそれ自身はちきれんばかりの本は、単なる名所案内ではなく、エネルギーにあふれた人間の営みをテーマにしているように見える。

 

 記録更新をねらうスポーツ選手、科学の進歩に寄与すべく研究に打ち込む学者、悟りを求めて精進する宗教者、あるいは身近なところでは、志望校合格を目指して勉強に励む受験生、このような人たちが日夜情熱を傾けて目標に向かって邁進するさまは、傍目にも頼もしくすがすがしく映るものだ。

 

 ところが、本書で紹介される珍スポットも人間の情熱が作り出したものであるにもかかわらず、見る者を脱力させずにはいない。エネルギーの噴出方向があまりに突飛なのである。たとえば、スズメバチに巣の土台としていろいろな物を与え、ハチと二人三脚の造形芸術制作にいそしむ人がいる。本業で成した財をつぎこんで、一人もくもくと50余年、アウトサイダー・アートというべき木彫り作品の制作に励み、その作品を屋外および組立て式スチール物置き30数個の中に陳列展示している人がいる。警察犬マニアの経営するラーメン屋には、警察犬の写真があふれ、店主作詞の警察犬賛歌が大音量で流されている。

 

 当人たちは大真面目なのだが、その情熱が生み出したものは人類の進歩や社会の発展とは無縁である。身も蓋もない言い方をしてしまえば、ガラクタである。そのようなガラクタが日本の各地に人目をしのぶように、ではなく、かなりの場合地元の人にさえ無視されながらも、こんなにも多数存在している。これはある意味で感動的である。

 

 なぜなら、これらのガラクタは、人間は市場原理の中で経済効率を上げるためや、競争社会の中で勝ち抜くために生きているのではないと気づかせてくれるからだ。本書の珍名所の数々を眺めていると、心中になんともいえぬ異和感が広がってくる。ふだんの私たちの常識は一撃をくらう。3)

 

 競争から降りたところからくる、微温的なほのぼの感・なごみ感・能天気さ、さらには敗北感まで漂わせたり、廃墟趣味(生きている廃墟というべきか)へとつながる「名所」もある。アウトサイダー・アートの系譜に連ねてよいものもある。

 

 ただし、ガラクタを作るのは変人奇人に限らない。お役所が率先して、すなわち税金で、カエル型の橋やフルーツ型のバス停を作ったりしている例も紹介されている。1億円の「ふるさと創生基金」が実施されたときの、さまざまな珍妙なアイディアが思い出される。

 

 写真に添えられたテキストはおちょくり気味の筆致でありながら、暖かい視線を感じさせる。ページ欄外に、各「名所」が所在する自治体の標語や姉妹都市名が紹介されているのも、不思議な効果をあげている。人生の目的は? 人間は何のために生きているのか? などの高邁な疑問にとりつかれたとき、本書をひもとくとよい。肩の力がすっと抜けて、きっと新たな展望が開けるはずだ。

 

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1) つづき・きょういち、1956年、東京生まれ。

2) ちくま文庫で、「東日本編」「西日本編」の2分冊の形で200012月に刊行。「週間SPA!」に、19932月から988月まで238回にわたって連載された「珍日本紀行」がベースになっている。97年には、それまでに取材した約200のスポットを収録した大判写真集『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』がアスペクト社から出されている。

 なお、同じ著者によって『珍世界紀行 ヨーロッパ編 ROADSIDE EUROPE』も今年(2004年)筑摩書房から出版された。99の珍名所が紹介されている。童謡の世界を剥製を使ってジオラマにするのに情熱をそそぐ人など、突拍子もない発想が私たちの常識を揺さぶる。日本編と比較するのも興味深い。

3) 異化効果Verfremdungseffektである。

 


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