トランスはその生活の困難さから世間の目に触れることを恐れる傾向がある。したがって本調査もインタビュー対象者の選定に困難を極めた。そこで対象者は自ら自分の置かれている状況や自分の意見をインターネットで公表している人を対象とした。そして電子メールでインタビューを申し込み、アポイントメントを取って実際に会うという形を取ることにした。
インタビューの内容としては、なるべく自由に話してもらうことを念頭においてインタビューしたが、中にはプライベートなことも含まれるので、すべての内容をそのまま公表することができないこともご考慮願いたい。
ここでインタビュー対象者についてある程度イメージしやすい様に、インタビューまでのいきさつや初めてお会いした時の印象などを書いておくことにする。
始めにインタビューした佐倉智美さんは、インタビューの一ヶ月ほど前に初の著書となる『性同一性障害はオモシロイ』を出版し、ジェンダーをキーワードにフリーライターとしての活動も始めた人である。佐倉さんはそれ以前からインターネット上にホームページ「佐倉ジェンダー研究所」(前身:「佐倉智美の人魚姫の独り言」)を開設し、その中でトランスから見た世の中のジェンダーというものをレポートしていたのである。初めて会った印象としては、失礼ながら関西のおばちゃんといった感じであった。わたしは事情を知っているだけにリードすることができたが、「そのまま女性用トイレに入ったとしても誰も変に思わないだろう。逆に男子用トイレには入っていけないなぁ」という印象の外見であった。つまりほぼパッシングはできるのではないだろうかと思われる容姿をしていたのである。現在、日常生活や社会的活動は女性、佐倉智美として行っているという。この佐倉智美という名前は戸籍上のものではなく自ら作り出した名前だそうである。
2番目は中島夕貴さん。「トランス信州」という自助グループの活動に積極的に参加している方である。トランス信州は1998年の春頃発足。長野を中心に主に当事者同士の自助を最優先して、活動しているグループである。中島さんも一見して、どう考えても女性にしか見えない。聞けばカウンセリングとホルモン療法を約1年続けていて、そのおかげで胸も膨らみ、女性としてパッシングするのは容易だろうことが予想できた。現在、書類上男性として就職してはいるものの、今や女性として仕事も含めフルタイムで生活している。中島さんの名前も戸籍上のものではない。
3人目は奥山こと美さん。こちらも佐倉さんと同じ様にインターネット上にホームページを開設している方である。まだ学生で両親と同居のため、ほとんどが男性として生活しているパートタイムのMtFである。まだ経済的に自立していない状態なので、その辺りの生活の不便などがあるようだ。インタビューの当日も女性用の服装や化粧品を持参し、男性の姿で現れた。この奥山こと美という名前は小学校の頃、自分の女性である姿を空想し、その女の子に付けた名前だそうだ。
以上、今回のインタビュー調査では結果的にMtFのみとなった。これはインターネット人口がFtMよりMtFのほうが圧倒的に多いことと、事前に私自身が地理的に比較的調査に行きやすいところを設定していたからだろう。しかし、MtFとFtMではあまりにも事情が違いすぎると予想されるので、この2つを無理に比較することはないと思う。よって本論はMtFの事情に絞って進めていくことにする。
以下にインタビュー対象者の基礎的データの表を挿入する。
表:インタビュー対象者基礎データ
A:佐倉智美さん | B:中島夕貴さん | C:奥山こと美さん | |
年齢 | 30代 | 40代 | 20代 |
職業 | 塾講師兼フリーライター | 薬剤師 | 学生 |
学歴 | 4年生大学社会学部卒 | 4年生大学医療系卒 | 4年生大学工学系在学 |
出身 | 大阪府 | 長野県 | 北陸地方 |
身体の性 | 男性 | 男性 | 男性 |
性自認 | 女性 | 女性 | 女性 |
性的指向 | 女性 | 女性 | 女性、男性両方 |
分類 | レズビアン型MtFTG | レズビアン型MtFTS | 両性愛型MtFTG |
フルタイム/パートタイム | ほとんどフルタイム | フルタイム | パートタイム |
生活 | 妻子あり | 妻子ありだが現在別居 | 両親と同居 |
調査日 | 1999年8月22日 | 1999年9月30日 | 1999年10月16日 |