第一章 人間と自然との関係


(1)自然の価値

 「自然を守る」ときの「自然」とは何かについて考えるとき、環境倫理哲学では自然の価値からアプローチをしている。第一章では、環境倫理学の概念を参考にして、自然の価値を考えていくことにする。自然には@利用的価値、A内在的価値、B本質的価値の三つの側面がある。@の「利用的価値」は、自然を何らかの形で人間が利用するときに価値を見出すものであり、利用するから守るというように人間中心主義的な側面が強い。Aの「内在的価値」は、自然を見て接して、美しいと感じるような審美的な価値である。「内在的価値」は人間の関わりかたにおいて、「利用的価値」ほど人間中心主義的な側面は表れてはいないが精神的な要素が強く、一種の功利主義的な考えが反映している。Bの「本質的価値」は、自然そのものの価値であり、人間の存在の有無に関わらずあるものであり、あらゆる生物・無生物を通してその平等性の中で、さまざまな関係性をもって存在しているものの中にある価値である(1996、p101〜 102、鬼頭)。
 最近、生物多様性についての議論が盛んに交わされ、生物多様性にかんする国際条約が1992年の地球サミットにおいて締結されたことにも、自然の「本質的価値」への関心の高まりを感じることができる。それ以前にも、水鳥の生息地としての国際的に重要な湿地に関するラムサール条約(1971年)、世界の文化遺産および自然遺産の保護に関するパリ条約(1972年)、絶滅のおそれのある野生動植物の国際取引に関するワシントン条約(1973年)、国境を越えて移動する野生動物種の保護に関するボン条約(1979年)などが、生物多様性の保全に関連する条約がすでに結ばれていたが、これらの条約は特定の生物種や生態系にスポットをあてて保護することが目的であり、地球上のすべての生物と生態系をカバーする条約ではなかったのである。その意味で1992年の生物多様性条約の成立は、画期的なものであった(1994、P92〜93)。環境倫理学によると、種の保存、生物多様性を含んだ自然の「本質的価値」こそが、守るべき価値であると言っている。地球上での人間の活動が活発になった今、人間の生活が他の種に与える危害は累増し地球上の生物のその数は確実に減少している。21世紀には、人間のさまざまな自然への一方的な働きかけの結果、まだ人間がその種の認識をしていない種類も含めて、全生物種の15〜20%もが絶滅されると予測されている( 1992、P86、星野)。人間の自然への無知・無謀な働きかけが、その種を間接的にしろ滅ぼすことは「殺種」という表現ができ、完全に自然の持つ「本質的価値」を見失っている。
 このように考えると、確かに「本質的価値」こそが重要であるように思えるが、「本質的価値」には、人間の生活と自然との関係が何も見つけ出せることができない。人間の生態系を一種の生態系だと考えることも可能であるが、「本質的価値」だけの着目は価値を口にする人間の生活を無視していると考えられる。自然の「本質的価値」だけを求めての原生林を保護することは、対象を聖域化していることに他ならない。

(2)人間と自然との関係

 人間と自然との関係は、自然の「利用」と「隔離」の二つの軸から考えることができる。産業化・都市化は、極端なまでに「利用」の立場をとり、また、盛んに行われている自然保護運動をみると、ほとんどが「隔離」の立場をとっているものが多い(1997、P227、)。このように考えると、自然保護運動の研究において、自然と人間の関係である「利用」と「隔離」の理解が重要になる。ほとんどの団体が「隔離」の立場をとっている今、「利用」の立場をとって運動を展開する団体は、自然保護という言葉に対する矛盾からかあまり聞かない。「隔離」とは自然と人間とを生活的に切り離し、それによって保護・神格化していこうというものである。そこにある自然には人為的な工作はない。原生林の保護による人間の指定地域からの排除や対象の自然公園指定による施設化、文化的・慣習的なタブーによる入山禁止などが「隔離」にあたる。それに対して、「利用」は自然に人為的な工作を加わえることである。そのため自然保護運動の標的とされ非難・批判される場合が多い。自然への人為的な工作は自然環境を変質させ、強いては単なる変質にとどまらず破壊を招くからである。人間と自然とは何らかの形で関わらなければならず、それが形となって現れるのが自然の「利用」と「隔離」なのである。

(3)自然の「隔離」

 「自然を守る」にはどうしたらよいかという問いに関して、人間から「隔離」したらよいというのが、誤りのない答えとなるだろう。自然という概念自体が曖昧模糊で原理的には説明することが難しいものであるから、それを触らないというのが一番安全な選択であろう。したがって、いくつかの環境保護団体がそう主張するのがしごく当然で妥当な考えである。自然保護の観点からみると、「隔離」は「自然を守る」行為としては優れている行為のように思えるが、自然の「隔離」を目的として自然保護運動を展開したために生じる問題を例をあげて説明したい。
 白神山地は、ブナを中心とする植生に覆われ、さまざまな動植物の生息する原生的な自然環境であり、1990年に林野庁により森林生態系保護地域に指定され、さらに1993年12月に、世界遺産に登録された場所である。その後、さまざまな問題が交錯する中(注1)、「入山問題」をめぐる問題が浮かび上がる。手付かずの自然を保護するために、入山を禁止して原則として人手を加えないことにしたのである(1996、P175〜P176、鬼頭)。入山禁止は、完全なる「隔離」を意味し、今まで白神山地の自然と関わりを持ってきた人たちに自然との関係を断ち切らせることになる。このような「隔離」は、人間との接触を完全に断絶することを目的とした積極的な「隔離」と言えよう。自然と共生的な営みを行ってきた人間からの積極的な「隔離」には、問題があると言わざるをえない。
 京都の嵐山は、古くからアカマツ林の美を基本となった景勝の地であり、そこでアカマツ林を守ろうと意図されたの当然の成り行きであった。昭和五年に風致地区に指定され、一般人に対して、「木材の伐採を禁ず、落葉・土石の取得を禁ず」の手厚い保護を受けることになる。その結果、アカマツ林は、自然の遷移に従って消滅し現在は、シイ・カシ類、その他の広葉樹林へと変わってしまった。嵐山のような二次林である人為によって成立した自然に対して、収奪を止める「保護」政策は、嵐山の守るべき自然を破壊してしまったのである(1988、P89〜 91、只木)。嵐山の例の他に、風致地域指定に伴う人間の排除を行うことにより、守るべき生物を風致地域から消滅させた例もある(1992、石井)。このような自然過保護的な運動・政策は、自然と人間の関係を「隔離」の面からしか考えていないことに原因がある。自然過保護の行き過ぎた例としてアメリカの「ディープ・エコロジー」(注2)の思想を強く受けた団体が、原住民の村を焼き払う行為に及んだ例にも見られるように(1994、沼田)、ここまで来ると何を守るのかが甚だ疑問である。
 このような積極的な「隔離」は極端なもので、国立自然公園に指定するなど一般の人間と自然との「隔離」が不完全に行われるものは、消極的な「隔離」であると言える。消極的な「隔離」においては、いわゆる観光というものを通して、対象化された自然とその自然から「切れている」人間が自分の都合に応じて触れ合うことができる。ほとんどの自然保護団体がこの消極的な「隔離」を目的として運動を展開している。しかし、ゴミの散乱、車の排気ガスなどを原因とする森林の破壊のような無秩序極まりない問題が全国各地でみられるのが現状である。
 「隔離」に対する諸処の問題は、人間とその対象化されてしまった自然とが「切れている」ことに起因していると考えられる。また、積極的な「隔離」に見られるような人間の指定区域からの排除は、一種のユートピア的な思想が働いているのではないかと思う。次は人間の「利用」の立場から見ていきたい。

(4)自然の「利用」

 人間は、自然を「利用」することにより、文明を発達させてきた。しかし、「かつて地中海のクレタ島では、森を破壊しつくして分明が崩壊した。あるいは、太平洋の孤島、イースター島でも、森を破壊しつくした。」(1996、安田)ように自然からの過剰な搾取は文明の崩壊を招くことになる。自然の「利用的価値」だけを目的とした「利用」は必然的に自然の破壊の進行を極端に促し、安田が示したような文明の崩壊を導く恐れがある。
 自然への産業主義的な「利用」にみられる行為は、本来の自然の激変・消滅を招く場合が多々ある。そこには、自然の三つの価値の「利用的価値」の側面しか見出すことはできず人間中心主義的な要素が多く含まれている。このような産業主義的な「利用」は人間と自然の間に不可逆的なベクトルが働いてる。この逆機能的な「利用」が招いた破壊による損害は、当事者よりも非当事者が受けることが多い。経済成長の真っ盛りの頃の公害問題やゴルフ場建設による農薬問題などでそのことを歴史的にまた、現在も進行中の産物として知ることができる。しかし、最近では、以前のような自然の「利用的価値」を目的とした破壊よりも、経済至上主義の中のレジャー開発・娯楽施設建設のように自然の土地的効果のみを目的とした破壊が多い。都市生活者たちもこのような破壊によって完成された擬似空間を求めて出かけていると言えよう。環境運動が反公害・反開発運動よりも自然保護運動が盛んになってきた理由も、自然の「利用」に対する人間の見方の変化が挙げられる。この点については第二章で詳しく述べることにする。このような産業主義的な自然の三つの価値を無視した「利用」は、歴史的建造物、公害の発生、生態系の喪失、強いては文明の崩壊だけに収まらず地球そのものを破壊する恐れがあり、自然保護団体がこの一方的な「利用」に反対するのは当然と言える。
 それに対して、利用者が自然と共生の概念を持ち自然と接し「利用」するやり方がある。ここでいう共生には、企業が開発のために口をそろえて言う共生でない。そこでは、人間の生活自体が深く自然に入り込み、人間の行為により、そこの自然が維持され、人間も自然から何らかの恩恵を受ける。このような人間と自然の関係には、人間による自然への一方的な働きかけはない。可逆的なベクトルが働き、お互いが機能的に「利用」しあうことが可能である。
 ここで少し、共生について触れてみたと思う。現在、環境問題が生じている中、共生は大はやりである。ブラジルのリオデジャネイロで開かれた地球サミットでは、「環境と開発」が車の車輪のようにいわれ、そのこころは、「持続可能な開発」といわれた。その頃から、企業の経営理念の中にまで、「自然にやさしく」「地球にやさしく」「自然との共生」が現われ、共生という言葉が、時代のキーワードのようにさえなり、あらゆるところに氾濫するようになった。「共生」という言葉は、本来、生物学的用語である。「異種の個体が密接に結びついて一緒に生活していること」として定義し、一般的には、二種間で両方または一方の利益が受けて、どちらも害を受けないような関係である相利共生や片利共生だけを意味することが多い。つまり、独立の存在としての二つの生物の間の相互関係として規定されている(1996、08、鬼頭)。鬼頭は、「しかし、人間と共生の相手である自然と片利共生ならともかく、お互い利益をえるようなことは難しいであろう。」と言っている。確かに、お互いが利益を得るような共生は難しい。ある生物が他の生物の養分を吸い取って生きる寄生という言葉が現在、一般に言われいる共生の意味するところであるかもしれない。工場建設側が必ず口にする「自然との共生」は、単なる自己正当化であり、「自然への寄生」と言い替えたほうがいい。

(5)生業の視点から

 自然との共生の例によく伝統社会が持ち出される。山村や漁村における暮らしに代表さえるようなその土地の再生能力が人間の営みが追いつく人々の生活をさす。自然宗教的な信仰や儀礼の中で、宗教的なあるいは文化的、慣習的なタブーの中で、あるいは共同体規制の中で、採取や狩猟の生業をさまざまな形で強制することになる。このような伝統社会といわれるものにおいては生業によって人間の営みが形成されていた。古来の生活は、「生業」が基本であり、そこでの生活においては、人間と自然とは、現代の生活以上につながりをもち、より共生的な生き方をしなければならなかった。また、現在、文化と呼んでいるもののかなりの部分が、「生業」の部分に関係があり、「祭り」や宗教的儀礼の多くは農耕儀礼やその地域での生業に関係し、食の問題と密接に結びついている(1996、p116〜P117、鬼頭)。そのように密接に自然と関係している「生業」は、自然と人間を語る上では無視することはできない。現代のような社会は、自然を語るにおいて伝統社会のような社会に取って代わるべきであると単純に考えがちであるが、そのようなことはできないのが現実である。
 現在、都市に住んでいる人は一般に、森林などの自然とは「切れいている」と言っていいであろう。自分の生活とは、全く関係がなく、普段の生活には森林はでてこないし、一般的に言われている自然とは接触する機会もない。「生業」を基本として生活の糧を得ることができる人間は、極一部しかいず、また、現在の人間が「生業」を基本として生きることは不可能に近い。

(6)里山について

 人間の生活において密接な関係を保ってきた里山は、人里近くにある雑木林のことで、二次的にできたものであるため二次林・再生林とも言われる。里山と人間の関係は、自然の共生的な「利用」の代表的なものとしてよく引き合いに出され、最近では、日本の里山の利用が、世界で注目をあびているぐらいである。里山での利用は循環可能な「利用」であり、里山での人間の行為は里山の維持を意味する。昔の人間は、維持・管理するという意味で使っていたかどうかわからないが、古来から日本では、搾取しすぎず「利用」し、生活と密接に結びついき、結果として里山を維持してきたのである。最も原始的な農業ともいわれる焼き畑はその代表的なものである。「林業と農業が結びついた焼き畑農法は、混合農林業という名のもとに、生態系を破壊しない農法として自然科学者の間で注目されている。」(里山トラスト・ナギ畑の会申込書)のだ。里山の自然は、主にコナラやクリなどを中心とした落葉広葉樹で形成され、人間の手が加わらなければ、シイ・カシ類を中心とした常緑広葉樹の森へと自然の法則に従い、極相をめざし変移してしまう。そう考えると、里山の自然はとても不安定な自然であり、変移の途中に過ぎない自然であると言える。里山や雑木林のもつ価値においては、これまで生態学的にも経済学的にも資本主義社会のシステムの中ではあまり評価されてはいないのが実状であった。しかし、ゴルフ場などによるリゾート乱開発によって多くの里山が破壊されるにつれ、里山の持つ意味を気が付きはじめるようになった。
 里山は春の山菜、山野草に始まり、川魚・キノコ・木の実といった四季折々の自然の恵みを提供してくれる一番身近な「自然」として親しまれてきた。里山という名前は、人間が二次林に親しみを込めてつくった愛称でもあるのだ。薪炭林ともいわれた落葉広葉樹主体の雑木林は、薪・炭の他にも、さまざまな日用雑貨、木工芸品の材料や良質の堆肥の生産の場として大切にされてきた。そのためには、適切な伐採、下草刈り、落葉かき、火入れなどの維持管理が人間の手によってなされている。また、里山の持つ保水能力・侵食防止能力も忘れてはならないものである。里山の「利用」の仕方には、無知な人々による批判もあり、「きこりが山を破壊している」という詩がヨーロッパで唄われたように、里山の「利用」は一般的には知られてはいない。そこで里山の利用をきこりの木と焼き畑を例にあげて考えたい。
 里山生活者であるきこりは、里山で「生業」を行ってきたと言える。再生可能な若い落葉広葉樹を選んで木々を伐採する。切った木の切り株からはヒコバエと呼ばれる新芽が現われ、また十数年後には、立派な木となる。無造作に放置しとけば、老齢の伐採されない木となり、朽ち果てていく。老年の木を伐採した切り株からはもはやヒコバエは誕生せず、その木は死んでしまうのである。森はきこりの手によって若く蘇えり、永遠と生き続ける。 ナギ畑と呼ばれる焼き畑がある。ナギ畑は、「本州の中部から西部にかけての日本海斜面と、中部日本の太平洋斜面の赤石=丹沢山地に分布する型。前年の秋林を伐採して翌春火入れをする秋伐り春焼き型と、春から初夏にかけて林を伐採して夏火入れをする春伐り夏焼き型とが存在する。初年度作物は春焼き型の場合は雑穀(アワ、ヒエ)で夏焼き型の場合はソバである。二年目には雑穀が中心で豆類(ダイズ、アズキ)をともない、三年目には豆類が中心で雑穀をともなうという輪作形態を持つ。」(1987、p122、守山)という特徴がある。ナギ畑のような焼き畑は、現在、自然保護の観点から攻撃されることが多いが、日本の各地の農村では1960年頃まで見られた。しかし、焼き畑によって森林が消滅したという話はきかない。「里山が持っている豊かさとは、人間が適度に自然とかかわることにより、そこから生活に必要な生産物を、くめども尽きない状態で得る事がことができる。」(1994、p 19、山田)からである。このような自然の「利用的価値」を持つ二次的な森林である里山は、「利用」しやすいという利点も大きく無駄を省く合理的な活動の例として、エコロジーの観点からも肯定的な立場が多い。
 里山は多種多様な生物が存在あるだけでなく、里山の維持は、それらの生物の維持、生態系そのものの維持につながるという自然の「本質的価値」においても重要なものである。例えば、スプリング・エフェメラルと呼ばれる生物たちがいる。寒い冬が終わり、春の暖かい日差しの中で、まだ寒々としたコナラやクヌギの下で、三月〜四月までの短い間だけ姿を見せる生物たちを総称していう。これらの生物は、高木層の葉が茂り林床が暗い影に覆われるまでの一時期だけ、花をさかせ、生を謳歌するのである。植物たちだけではなく、早春明るい雑木林の林床で活動するギフチョウなどもスプリング・フェメラルにあげられる(1993、p38〜p39、石井他)。そのような生物たちは、人間と深く関わる里山においてのみ生きることができる。人間の働きかけが結果としてそこにある生態系を維持していくことにつながるのである。
 このような里山の「利用」は共生的な利用と位置づけることができる。里山の利用にみられる「利用」こそが、人間と自然との間に可逆的なベクトルが働くものであり、「自然との共生」という言葉にふさわしいであろう。里山の中での、人間と自然との関係は「切れている」関係でははい。むしろ、大幅に繋がっているのであり、お互いの働きかけがお互いを支えているのである。

(6)「隔離」と「利用」の中の自然保護

第一章では、自然と人間の関係である「隔離」と「利用」を自然の価値を含めながら述べてきた。人間の自然への働きかけの結果は、「隔離」してその対象地とつながりを絶つか「利用」してつながりを持つかの二つしかない。このように考えると、「自然を守る」運動は、自然の「隔離」と「利用」の中でどのように運動を展開していくかが運動の要となる。自然保護運動の多くは、「隔離」を目的としている。しかし、自然を対象化し普段から接することなく「自然を守る」と陳述することは全くナンセンスであるかもしれない。最近の自然保護団体の衝突の背景には、都市生活者と農村生活者の自然の捉え方の違いがよく言われることもそのことに起因している。「自然を守る」には、自然の「隔離」以外の側面である「利用」についての考察、自然と人間との「つながり」の理解が必要である。そこで、「利用」しながら「自然を守る」ことはどういうことかを「里山トラスト」を参考にして考えることがこの論文の趣旨である。

戻る