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 1996年10月、経済審議会行動計画委員会の雇用・ワーキンググループによって『自由で活力ある労働市場をめざして』と題された「提言」がまとめられた。これは、雇用や社会保障などの分野について、経済構造改革・規制緩和の提言をまとめたものである。その目的は「高齢化社会を迎える将来に予想される労働力人口の減少に備えて、労働力の量・質をどのように確保するか」という問題に対応する政策の指針を提示することである。その打開策として、高齢者や女性等を労働力として活用していくための具体的な提案がいくつかなされている。
 中でも「労働供給を抑制することとなっている配偶者控除、配偶者特別控除は撤廃すべきである」と明言していることは注目すべき点である。配偶者(特別)控除についてはその制度が導入されて以来様々な議論が取り交わされているが、政府機関が公に発表した言葉のなかで、このようにはっきりとこれらの制度を否定したという例はこれまでなかったのではないだろうか。
 このような提言がまとめられるに至った背景のひとつに、来る高齢化社会とそれに伴う若年労働者の不足にそなえて、財源すなわち所得税や保険料(の担税者)の確保が必須であるというかなり切迫した事情があることは想像に難くない。
 この提言は今後の制度改正の指針となり、各制度は撤廃の方向へと動くのが大勢となっていくであろう(と思ったけど不況でまた所得税減税とかいってるからわかんなくなってきたぞがんばれ宮沢くん)。
 振り返ってみて、各制度は成立からこのかた、どのような変遷を遂げ、どのように議論されてきたか。
 配偶者(特別)控除を例にとるならば、それは減税政策の一環として導入され、「内助の功」という言葉を用いて家事労働の給与所得への貢献を評価するという意味合いの装飾を施され、専業主婦の優遇措置であり公平さを欠くとの批判を受け、財源(納税者)が足りないと撤廃の方向へと動きだしたのである。
 ここで注目したいのは、導入の意図を説明する段階でも、その社会での受けとめられ方も、批判のされ方と撤廃への動き方も、制度の本来の目的(そういうものが確固としてある、としてだが)とは離れたところの問題意識で議論されているという点である。
 本論では、当時の資料や報道を辿り、制度導入の意図と、その受け入れられ方を読み取っていく作業を行なう。